うんち君のこぼればなし
ホーム      前へ INDEXへ 次へ
たまこ、お前もか

 先代のハムスター、“ぎんぱち”が亡くなったのは、昨年(2005年)の8月だった。3年ほど生きたから、ハムスターの平均寿命を全うしたと言える。

 ぎんぱちはゴールデンハムスターだが、普通のゴールデンのように茶色くはなかった。名前が示すとおり、シルバーの毛並みを持った特殊なハムスターである。いわゆる、“カラーハムスター”の一種だ。カラーハムスターは、“カラーひよこ”とは違って、無理矢理に赤とか緑とかに毛を染めたハムスターではない。ちゃんと品種改良によって、幾つかの色に固定させたハムスターである。ゴールデンハムスターなのにシルバーとは、矛盾しているようだが仕方がない。黒人なのに真っ白なマイケル・ジャクソンのようなものだと思えばよい。

 ぎんぱちは、妻がデパートのペットショップで吟味して買ってきた。ジーッと1時間ぐらいも観察し続けて、その性格を見極めた。

「この子なら我が家に合う」

 名付け親も妻だが、吟味し尽くしたから“吟ぱち”というわけではない。もちろん毛並みの銀からイメージされた名前である。

 我が家初代のゴールデンハムスターの“たまご”は(「“たまご”その凄まじき生涯」参照)、気性の激しいメスだったし、その後に飼ったハムスターたちは大人しいオスだったので、以降のハムスターはオスにしようと決めていた。

 ぎんぱちも当然ながらオスであることを確認して買ってきた。買ってくる時には、体長で大人の1/3ぐらいの仔ハムスターだが、小さい時には雌雄の判別が難しい。お尻の穴の位置とかそんなところで見分けるらしいが、素人にはよくわからない。ぎんぱちがオスであるということも、もちろん店員の言うことを信用するしかない。

 何ヶ月かして体が大きくなってくると、オスの場合は玉がでかくなってくる。それを左右にプルプル振りながら歩くので、間違いなくオスだと確認できる。ところが、半年が過ぎても、ぎんぱちの玉は大きくならなかった。今までの経験上、このぐらい経てば、はっきり変化が現れるはずである。

「もしかして、ぎんぱちはメスじゃないか?」

 そう思った。

「“ぎんこ”と改名しようか」
「“ぎんこ”はやだなあ」

 そんな議論が夫婦間で交わされたのである。ある事情があって、“ぎんこ”という名前には抵抗がある。ともかく、ぎんぱちとはあまりにもオス向きの名前だから、本当にメスだったら改名しないといけない。だが、ぎんぱちはまだ体が小さかった。普通のゴールデンに比べて2割ぐらい小さい感じである。成長が遅いのかも知れない。どうせ、

「ぎんちゃん」

 と呼んでいるのだから、あわてて改名する必要もないかと、暫く様子を見ることにした。

 すると、だんだんに玉は大きくなってきた。品種改良のせいなのか、体自体はあまり大きくならないままだが、これは紛れもなくオス、というぐらいにはっきり成長した。

 ぎんぱちは妻が見立てたとおり、大人しくて優しいハムスターだった。気が荒いハムスターは、人の指をガブリと噛んだりするが、ぎんぱちはせいぜいカプッと甘噛みするぐらいだ。ハムスターに甘噛みされるのは、けっこう幸せな気分である。部屋の中を散歩させても、そんなにあちこちを齧りまわることもない。体も健康で、いつも元気だった。

 そんな平和な暮らしをしていたぎんぱちに変化が現れたのは、2年半ぐらいが経ってからだろうか。

「なんか、妙にタマタマが大きくなってきてない?」

 正確には玉が大きくなってきたわけではなく、玉袋が大きくなってきたのである。そのまま直立させれば、信楽焼のたぬきそっくりかもしれない。実は、それはオスのハムスターによくあるといわれる病気の症状であった。ちなみに、脱腸ではない。

 犬や猫はもとより、小鳥でさえ10年以上生きるのに、ハムスターの寿命は3年という短さである。その最後も静かに穏やかに亡くなるということが少ない。野生にいれば、3年も生きることなく、なにかに食べられてしまうことが多いだろうが、現代の家庭でペットして生きていても、食い物が悪いのか、ストレスのせいなのか、妙な病気になって苦しんで死んで行ってしまうことが少なくない。

 初代の“たまご”は壮絶なガン死をした。次の“たまごろう”は老衰のようでもあったが、最後には毛が抜けて、ハゲチョロリンで死んだ。帰省中の仙台にての客死であった。ゴールデン3代目の“たまじろう”は見かけこそままだったが、やや短い生涯を送った(「たまじろう、飛ぶ」参照)。小さなジャンガリアン・ハムスターも3匹飼ったが、1匹はやはりガンになって、お化けのような顔で死んでいったし、あとの2匹は1年ほどで突然死した。

 ぎんぱちも例外ではなく、やはり病気になった。玉袋に水が溜まったのだ。玉袋はどんどん大きくなった。皮が伸びて、薄ピンク色のタラコのようになった。触れば暖かくて、プニャプニャして気持ちがいい。とりあえず、ぎんぱちに痛みはなさそうだが、そのうち水は下腹部にまで溜まってきた。妻が病院に連れていったが、

「水を抜いてもまた溜まるし、今の状態で内蔵がバランスを保っているので、水を抜くと、却って状態が悪くなるかも知れない」

 と、お医者さんに言われて、結局、薬だけをもらって帰ってきた。水が溜まるのを抑える薬だが、効果の程は解らず、ぎんぱちの体はひょうたんのようになって行った。体を曲げることが出来なくなって、毛繕いも出来ないし、糞をお尻の穴からポイッとくわえて飛ばすことも出来なくなったから、妻が時々詰まった糞を取り除かねばならなかった。歩けば、アメリカあたりの激肥満おばさんのようで、なんとも重々しい。

 そんなぎんぱちも、最後は息も絶え絶え、長い時間あえぎ、悶え苦しみながら死んだ。お盆休みの仙台への帰省間際だったから、気をきかせて少し早めに死んでくれたかのようだった。死んだぎんぱちの体は、ウォーターベッドのように、全身がタップンタップンの水で満たされていた。例によって、ぎんぱちの亡き骸は近所の川の土手へ、花とエサと共に埋めた。

 それから2週間ぐらいで、新しいハムスターを買いに行った。ペットショップを4件ぐらいまわって、やっとよさそうなのを見つけた。普通のゴールデンだが、ちっちゃくて、

「こいつがかわいい」

 と、珍しく私が思った。ケースには3匹入っていて、オス2匹、メス1匹と書いてある。

「この子見せて下さい」

 妻がお願いして、女性の店員さんが手を伸ばすと、その子ハムはビックリしてひっくり返って、ウギャギャギャと逃げ回った(実際には無言で駆け回る)。その様子に、気性が荒そうだけど、この子で大丈夫かと妻が心配した。私は、絶対これだ、と言った。オスかメスか店員さんに訊いてみると、メスだという。出来ればオスがよかったが、どうしてもこのハムスターがよいと私は思ったので、そのまま買った。

 ハムスターを選ぶ時はいつも妻主導で、私は、

「いいんじゃない」

 と言うぐらいの立場なんだが、この時に限っては、なぜか私が強くプッシュした。そのせいか、今までのハムスターに比べて、とても可愛く思うし、その姿を眺めている時間も多い。久し振りに我が家にやって来たメスのハムスターに、妻は、“たまこ”と名付けた。

 いつも思うことだが、買ってきたときのハムスターは小さくて可愛くて、とても元気だ。少し前に死んでしまった先代のハムスターの姿と比べると、その若々しさが眩しく見える。たまこもまた、3年も経つと痛々しい姿になって死んでしまうのか、と思うとなんだか物悲しい。

 たまこは、最初臆病だった割には意外と早く慣れた。それでも、暫くは寝てばかりで、ほとんど巣の外に姿を現さない日が続いた。小さいうちは、まだ赤ん坊みたいなものだから、睡眠時間が長いのだろう。ようやくまわし車も回すようになり、体も大きくなってきたからカゴの外に出して散歩をさせるようになると、別に置いてある別荘についている回し車を回す。

「お前は回し車に飽きたから、『外へ出せー』っておりをガジガジしてたんじゃないのか」

 と思うのだが、場所が違えば同じ回し車も新鮮で楽しいのだろうか。私と姉兄たちが、家族旅行に行くたび、その土地の本屋に入って喜んでいたのと一緒かも知れない。

 たまこも、すっかり大きくなって、大人の体になってきた。小さかったぎんぱちに比べて成長が早い。メスは気性が激しいというのも一般的なことで、やはり個体差があるのだろう。たまこは、今までのオスのように大人しい。我々は安心した。

 ある日、妻がたまこを手に取って観察していると、妙なことに気づいた。

「なんか、大きくない?」

 玉が、である。

「オスか?」

 ぎんぱちに続き、たまこにも異性疑惑が持ち上がった。もしもオスだったとすれば、“たまこ”では不憫である。しかし、ぎんぱちの例もあるから、結論を急がずにじっくり様子を見ることにした。

 そして今、我が家には、“たますけ”というオスのハムスターがいる。とてもかわいい。

ホーム      前へ INDEXへ 次へ