うんち君のこぼればなし
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“たまご”その凄まじき生涯

 “たまご”は我が家で飼った初代ハムスターである。ちょうど“怪奇植物”(「怪奇植物現る」参照)が生えてきたころ、妻が買ってきたメスのゴールデンハムスターだ。

 “たまご”という名前は、座って丸まったときの後ろ姿が鳥の卵に似ていたところから妻が命名した。次に飼ったオスのゴールデンハムスターに“たまごろう”と命名したのはその繋がりであり、その次のオスのゴールデンに“たまじろう”と名付けたのもその名残である。オスのゴールデンハムスターたちは確かに信楽焼の狸を彷彿とさせる外観を持っているけれど、決して“たま”を意識した名前ではないことを断っておく。

 ゴールデンハムスターは一般的にオスよりもメスの方が性格が活発なようである。個体差も当然あるだろうが、この“たまご”の暴れまわり方は、その後のオスのゴールデンやジャンガリアンたちに比べたら、ただごとではない激しさだった。だから、実状を知ってしまった現在となっては、もう一度メスを飼おうという気はほとんどない。ただ、部屋をひどく荒らされた分だけ、たまごはとても強く記憶に残るハムスターだったし、その面白さも想像を絶するほどであった。世の中にこれほど間抜けで面白い動物が他にいるだろうかと思わずにはいられないのである。

 ハムスターの面白さは、かごの中で飼っているだけでは分からない。後に病気になったたまごをとある動物病院へ連れて行ったとき、犬を連れた女性が、

「ハムスターなんて車をカラカラ回してるだけじゃない」

 というようなことを言っていたのを耳にして妻はカチンときたというが、確かにかごの中ではそのぐらいのものではある。しかし、ひとたび部屋の中へ解き放ってやれば、たまらなく楽しいショーを始めてくれるのだ。

 ゴールデンハムスターは顔芸を持っている。人差し指と親指で輪っかをつくり、それをハムスターの首に巻く。そのままその輪を鼻先へ向けて移動してやると、ハムスターの顔の皮が前にクシャッと寄って、チャウチャウ犬とそっくりの顔になる。やられる方は迷惑だろうが、これは本当によく似ていて楽しい。顔芸のもう一つは頬袋芸だが、頬袋に詰め込むだけ詰め込んだときの顔ときたらそれはたまらない。ほっぺたが膨らんでいるだけでも間抜けだけれど、顔の皮がほっぺたの方にググッと引っ張られるので、もの凄いアカンベ顔になるのである。巣材にするティッシュなどを詰め込んでいるときにはそれが口からべろんとはみ出していて、それもまた間抜けなのだが、はみ出したティッシュが大きかったりすると、それを踏んづけるのでなかなか前へ進めずに四苦八苦する。持って生まれた短足具合とあいまって、その姿は鈍臭さの権化に見える。

 ハムスターは確かに回し車をグルグル回すけれど、狂ったように熱中するのも最初の数ヶ月程度のことだ。一度飽きてしまえばほとんど見向きもしない。回し車など、かごの外の散歩に比べれば遙かに魅力に乏しいのだろう。外に出たいのに閉じこめられているときには、かごの格子を一晩中ガジガジと噛み続ける。鼻にしわを寄せ、鬼のような顔で力一杯噛む。もちろんそんなことでかごが破れるわけもないのだが、我が家のハムスターかごは歴代のハムスター達による噛み痕で、一部の塗装がハゲハゲになっている。

 そんな彼らであるから、もしも餌をやった後でかごの出入り口を閉め忘れでもしていれば、当然のように脱走する。たまごは特に部屋の隅での別荘づくりに熱中するハムスターだったので、脱走に賭ける熱意も並々ならぬものがあったようだ。

 ある夜、寝静まった寝室で妻が枕元に気配を感じて目を覚ました。はっと顔を上げ、気配がした方へ目をやると、上体を上げ、後ろ足で立ち上がったまま硬直したたまごの姿が暗闇にうっすらと浮かび上がった。

「あっ!」

 妻が慌てて捕まえようとすると、たまごは脱兎のごとく逃げ出した。妻は起きあがってその後を追いまわし、やっとの事でたまごをかごの中へ戻した。

 翌朝、目を覚ましてトイレへ入った私はそこに思わぬものを発見して大笑いした。前の晩にはなかった別荘が、トイレの隅にしっかりできあがっていたのである。夜中に脱走したたまごは、自分の巣から持ち出した巣材や部屋においてあったティッシュを頬袋に入れて、身の丈ほどもある床の段差を越え、トイレのドア下の狭い隙間をくぐり抜け、何往復もしながらせっせと別荘をこしらえていた。いつもなら散歩できる空間は一部屋に限られているので、その中で造る別荘は彼女にとって本当のお気に入りの場所ではなかったのだろう。新たなお気に入りの新居を夢中になって造っていたようだ。後日の夜中、再び枕元に怪しげな音を聞いて目を覚ました妻は、またもやそこに脱走したたまごを発見した。しかし、今度はすかさずはっしと鷲づかみにして、かごの中へと放り込んだ。

 ハムスターは多かれ少なかれ、いろいろなところをかじる。コード類は特にやられる。ステレオから音が出なくなったと思えばスピーカーのコードがかみ切られているし、インターネットが繋がらないと思ったら、モジュラーケーブルがやられている。隅っこの壁紙ははがされるし、畳もむしられる。以前の部屋では床の仕上げ材(長尺塩ビシート)が数センチ四方の大きさで破られてコンクリートがむき出しになった。ばれなければいいがと思ったが、やはり無理な話で、引っ越しの時に補修費をしっかり取られた。

 自然の中では土の中に住むというネズミの習性だろうから仕方がないが、目を離すと観葉植物の鉢に登って、その土を掘り始める。顔中土だらけになって土を床にまき散らしながらせっせと掘る。そんな本能があるので、コンクリートの床も壁も穴を開けてその先へ進もうとするようだ。 しかし、鉢に上がったハムスターは土を掘るだけではない。花を食う。芽を食う。シクラメンの花は毒だというが、たまごは少なからずそれを食している。そのために寿命を縮めたのかも知れない。以前、妻が買ってきて大事に育てていたシンビジウムという植物があったが、一度花が散った後、ようやく花芽が出てきて「もうすぐ咲くわ」と楽しみにしていた矢先、たまごに見事食われてしまった。結局二度と花を咲かすことなく、じき枯れてしまった。

 たまごはそれだけでなく、私が使った後でほったらかしにしていた、パレットに残った絵の具も随分と食べてしまった。心配していた矢先、たまごの両耳の先としっぽの先が火傷でもしたようにただれているのに気がついた。すぐそれはかさぶたになり、数日後には落ちてしまった。というわけで、それ以後のたまごの耳としっぽはとても短くなった。ちょっとエグい。冬場だったので凍傷になったのかも知れないが、絵の具の毒にやられたのではないかなどと考えてもいる。だが、たまごを洗って乾かしたときのドライヤーの熱で火傷をした可能性もないとは言えず、結局、はっきりしたことはわからない。

 ハムスターの本来の住環境は砂漠だというから、基本的には木の上などの高い場所には無縁である。普通のネズミのように長いしっぽでバランスを取りながら天井裏や高いところを素早く走り回るような生き物ではない。短いしっぽは何のためについてるのかよく分からないぐらいのもので、ノコノコと尻を振りながらゆっくり歩く。当然高いところでバランスを取るなんてことはできるはずもない。だが、それなのになぜか高いところに登ろうとする。土の中の巣では通路を上り下りするところから、上を目指す習性もあるらしい。その上昇志向は強い。中でもたまごは特に強かった。普通では登れないゴミ箱に、横の棚などからジャンプして飛び移ろうとする。

「ペタン、ペタン」

 と、聞き慣れない音がするので見てみれば、30センチは離れているような場所からピョンと跳び、ゴミ箱のはるか手前で床に腹から落っこちていた。跳んだ格好はムササビのように見えなくもないが、そのわびしい跳躍力では飛び移れる可能性は無い。それでもたまごはあきらめず何度も何度もチャレンジする。見ている我々はその真剣さに大笑いをする。ゴミ箱が近くにあったとして、その中に入れたところで特に何があるわけでもない。

「カサカサ、カサカサ」

 と、聞き慣れない音にゴミ箱を覗き込んでみれば、そこには出られなくなって必死にもがいているたまごの姿がある。

「ばかだなあ、おまえは」

 そう言って救い出し、ゴミ箱の外に放してやるが、暫くするとまた、

「カサカサ、カサカサ」

 という音が聞こえてくる。物覚えはとても悪いのである。たまごはそのうち、ちょっとした高さの足場があると、何の目標もない前方に向かってジャンプするようになった。何がしたいのかよくわからない。ジャンプそのものが楽しいのか。

 普通のネズミのようにスルスルとは登れないけれど、足場さえあれば彼らはどこまでも登っていく。壁と家具の隙間がちょうど手頃であれば、足を踏ん張り、背中を壁に押しつけながら上まで登っていく。本棚の上に突然姿を現して我々を驚かすことも多い。しかし、ハムスターは全く身軽ではないので、やたらと転落する。本棚の裏からゴトンという音が聞こえてきたり、家具の上からヒューッと落っこちてきたりするので飼い主は注意していなければならない。掃き出し窓(床まで開く出入りできる窓)のカーテンをよじ登ってカーテンレールの上を歩いている姿を見つけることがある。見つければすぐに捕まえて降ろすけれど、気付かなければ無謀にも彼らは自分で降りようとする。ある時、窓の方から「ゴツン!」というかなり激しい音がしたので、

 「あ、落ちた!」

 と思って妻が見てみると、気を失ったたまごが仰向けにひっくり返っていた。慌てて抱き起こすとすぐに意識を取り戻したが、たまごは失禁していたという。

 ハムスターは普段はとてもノタノタ歩く。走ってもテケテケという程度のものだ。こんなことでは野生で生きていくのは大変だろうなと思う。このうすのろ加減では敵に襲われたらイチコロに違いない。ところが、この我々の認識を覆される出来事が起こった。

 あれは確か森田健作主演の「おれは男だ!完結編」という映画だった。夜中にテレビ放送されたものをどういう気の迷いか(関係者の皆さん、ごめんなさい)ビデオに録った。後日それを見ているとき、たまごを散歩に出した。たまごがこたつ布団を上がり、テーブル上を徘徊している時、テレビの画面にトンビが円を描きながら飛ぶシーンが流れた。ピーヒョロ〜ッという鳴き声と共に上空を舞う黒いトンビの影が大きく映し出されると、それまでのんびり歩いていたたまごが一瞬ビクン!とした直後、猛烈な勢いでこたつを駆け下り、部屋の隅にある家具の陰へ逃げ込んだのである。その間約1秒。決して誇張ではない。まさに目にもとまらぬ速さである。そのあまりの慌てぶりに我々は大爆笑したけれど、同時に、実際には遭遇した経験もないはずの敵の姿に対する本能の反応と、ハムスターに秘められたそのすばらしい逃亡のパワーに大いに感心せずにはいられなかった。

 たまごは一度行方不明になったことがある。夏の夜、いつものようにたまごを散歩させた後、そろそろしまおうかと部屋の中を捜していると、掃き出し窓の網戸が少し開いているのに気付いた。嫌な予感がした。案の定、部屋をいくら捜してもたまごの姿はない。バルコニーに出ていってしまったことはもはや疑う余地がなかった。だが、バルコニーを捜してみてもやはりたまごの姿はない。ここは10階の角部屋である。いくら高いところから落ち馴れているとは言っても、さすがにここから落ちたのではひとたまりもない。しかし、たとえあれほど間抜けなたまごではあっても、この高さから身を投げたとは考えにくい。おそらくかなりの確率でたまごは隔て板の下をくぐり、隣のバルコニーへ行ってしまったに違いない。この隔て板の先には9軒分のバルコニーが連なっている。一番向こうは50m以上も離れているのだ。たまごがこの先へ行ってしまったとすれば、再び会うことは難しいかも知れない。もしもどこかの部屋の住人に発見されでもすれば、そのまま飼われてしまうかも知れないし、ゴキブリもヤモリも叩きつぶそうとする8号室のおばちゃんなどに見つかれば、たまごも叩き殺される運命かも知れない。そんなことをさせないためにも、各部屋をまわって事情を説明する必要があるだろう。これは面倒なことになったものだ。そんなことを考えていると、妻はソーセージを電子レンジで温め始めた。この匂いでたまごをおびき出そうというのである。ソーセージとうちわを私に託すと、妻は最悪のことを考えて、懐中電灯を手に下を見に行った。

 私は温まったソーセージを隔て板下の隙間のところへ置いて、うちわで扇ぎ始めた。まだ近くにいることを祈りながら、5分間も扇いだだろうか。

「あ、いやがった!」

 ついにたまごが鼻をヒクヒクさせながら、そののん気な顔を現したのである。このチャンスを逃しては2度と捕まえられないかも知れない。私はソーセージをじわじわと手前に引き寄せながら、たまごの体がすっかりこちら側へ来るまで待った。

「今だ!」

 たまごの体をグワシとつかみ、かごの中へ放り込んだ。囮のソーセージはハムスターにはよろしくないので、可哀想だが食べさせなかった。

 耳としっぽは半分しかなかったが、それ以外はむやみに元気だったたまごが病魔に襲われたのは、飼って2年が過ぎた頃だったと思う。お尻のあたりが汚れ、息も絶え絶えになっていたたまごを、妻が驚くほどの愛情を持って一晩中看病した。翌日、病院へ連れて行ったところ、メスのハムスターによくある子宮の病気だということで、緊急に開腹手術を行った。開いてみればガンも見つかって、小さいなりの大手術になった。手術代も2万円ぐらいはかかったろうか。買った値段は2000円ぐらいのものだったから、買い換えるのに比べれば随分と損をしたようなものだが、こういうものはそういうものではない。こういうもの、そういうものと、どういうものだかよく分からないかも知れないが、要するに金の問題ではないのだ。愛情の問題なので、家電製品のように経済的観点からのみ選択を行うわけにはいかないのである。だが、今となっては、もう二度と手術の道は選択すまいと思っている。その理由は経済的な観点からということも実のところ多少はあるけれど、それよりも、こうした小動物の肉体に対する手術の負担が相当にきついということが大きい。そもそもあれだけ小さな動物であるから、完全な手術をすることなど不可能に近いのである。完治するならまだしも、多少の延命のためでしかなかったなら、手術はたまごに却って大きな苦しみばかりを与えたような気がする。腹部全体を縦にバッサリ切り裂いたような凄まじい傷跡を持ちながらも、落ち着き無い小動物であるばかりにベッドで安静にしていることもままならず、動いては苦しむことを繰り返さなければならない。そして切り刻まれた傷の痛みもまだ癒えぬ間にガンが再発し、二重の苦しみを味わっていたのではないかと思うのである。

 最後のたまごの姿は相当につらいものだった。これもガンのためなのか、片目がつぶれ、それが痒かったのか足で思い切りひっかくのである。可愛かった黒い目もしわしわのレーズン状となり、さながらネズミ版四谷怪談である。さすがにその姿のおぞましさには我々も正視することができず、可愛い側の顔ばかりを見るようになった。

 この頃、妻は夢を見た。たまごがあの世へ無理矢理連れ去られそうになる夢だ。

「連れてかないで!」

 妻は寝言でそう叫んで目を覚ましたという。

 程なくたまごは死んだ。ほとんど巣にこもったまま姿も見せなくなっていたたまごが、最後の時には巣を出て、挨拶でもするかのように我々の顔を静かに見上げていた。次第に弱く小さくなる呼吸。最後にひとつ、大きく息を吸ってたまごは静かになった。ようやく苦しみから解放された瞬間だった。

「死んじゃったんだね」

 そう言って妻は落涙した。

「ご苦労さんだったね」

 私は言った。

 激しく生きたたまごは、その死もまた激しかった。その肉体は小さく生涯は短かかったが、我々が彼女を通じて得た体験はとても大きい。

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