うんち君のこぼればなし
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睡眠と私

 睡眠というものには随分と考えさせられる事が多い。子供の頃には睡眠は取れるだけ取ることが喜びだったが、最近は睡眠が必要なければ随分と良いだろうにと思う。色々な人の話を聞いたり、本を読んだりしているうち、睡眠は4,5時間もあればいいんじゃないかという概念が埋め込まれた。実際にはもっと少ない睡眠で生きている人もいるようだし、体質的にほとんど考えられないような僅かな睡眠時間しか必要ない人々の事例もあるようだが、私としては週末の寝だめを含めて、結局平均6時間ぐらいは寝てしまっているのだろうと思う。それでも平日は4時間ぐらいというのが割とあたりまえなので、寝付きはすこぶる良い。目を閉じれば、まず一分以内に確実に眠りに落ちて行く。余りにひどく眠いときなど、ダラーッと寝ヨダレを垂らして、その気色悪さで目を覚ますことも珍しくない。

 寝ヨダレはよく垂らすが、寝言は割と言わないほうだと思う。だが、最近は時々寝笑いをする。面白い夢を見ているときに、ニコニコと笑いながら寝ているのを自覚する。あまりにも楽しい場面だと、「プフッ!」と吹き出して目を覚ますことがある。昔はこんなことはなかったから、最近になって随分と心に余裕を持つ術が身に付いたのだろうと思う。世の中には毎夜の如く悪夢にうなされている人々も少なくないだろうから、そんな方からすれば、寝笑いなんてとんでもないことに思われるだろうが、もちろん私もうなされることが無いわけではない。殺されそうになるような夢を見て、寝汗をぐっしょりかいて飛び起きたこともある。そんなときはドラマでよくあるように「ううっ!」などという呻き声をあげる。一度、横で寝ている妻が、聞いてるこちらまで背筋が寒くなるような恐怖に充ち満ちた断末魔の叫びをあげたことがあって、慌てて揺り起こして介抱したが、やはり殺されそうになる場面で、猛烈に恐かったと言った。

 金縛りの体験も以前は随分あったが、これは確かに半分覚醒して半分夢を見ている状態に違いないと自覚して納得したとたん、以後は起こらなくなった。それでも、霊の存在を否定しているわけではない。ひとりで寝ている周りを若い男らしい気配が動き回っているのを感じて薄気味が悪かったとき、これも夢には違いないとは思うものの、その夢の状態が霊の存在と結びついていないとも言えないだろうと考えたりもするし、やはり夢はただの夢でしかなく、私のなかで作り上げただけのものであるという可能性も否定はしない。なんにしても、私も寝ながらヨダレを垂らしたり笑ったりしているばかりではなく、なにかとゾッとしたりもすることはするのである。

 ここで、他人の寝言話で面白かったものをひとつ。又聞きなので細部は違うかも知れないが、概ねこんな感じである。妻が友人の女性から聞いた話。

 その女性の旦那が寝言を言った。
「そこのお肉取って下さい」
 それを横で聞いた奥さんが、面白いのでこう言ってみた。
「どのお肉ですか?」
 すると旦那がちゃんと答えて言った。
「そ、そのお肉です」

 この話はこれだけである。特にオチはない。

 さて、また随分と昔の話で恐縮だが、私が幼稚園児の頃の話を書く。

 その時、母はケガか病気で入院中だった。我々子供達の面倒は、父と祖母が見ていた。私の布団の上げ下ろしは父の仕事だった。

 その晩、私は夢を見た。怪獣の夢である。それより少し前、私は父に連れられ、兄と一緒にゴジラ映画を見たばかりだった。『ゴジラ対ヘドラ』である。当時、日本は公害問題が深刻で、その社会情勢に一石を投じるつもりだったのかなんなのか、ヘドロの海からわいて出てきたヘドロ怪獣ヘドラであった。映画自体は子供心にも面白いかどうかいまひとつ判断が付きかねる気がしたが、今調べてみると、ゴジラが初めて空を飛んだ間抜けさ加減が賛否両論を呼んだ異色作だそうである。

 その晩、私の布団の中では大変なことが起こった。実際の映画でのヘドラがどんな攻撃をしたか、はっきりとは覚えていないが、私の夢の中のヘドラは「ビビーッ!」と目から光線を出した。 その映像は今でもはっきりと思い描くことができる。なんとなく光線の発射音も耳に残っている(光線に発射音があるのも妙な気がするけれど)。そして、その光線が届いた先は私の股間だったのか、布団の中で私の下半身はジワーッと熱くなった。

「あっ!」

 目を覚ましたときにはもう遅かった。私の膀胱はすっかり空になっていたのである。私が物心付いて以来、おねしょをした記憶はこれ一度きりしかない。幼稚園の年長組であった私はこの行為を恥じた。恥じたと共に可笑しかった。普通は夢の中でトイレに行って、同時に寝小便を垂れるものだろうと想像していた。だが、なぜか私はヘドラの光線と共に寝小便を垂れた。自分がヘドラになりきっていたという気もない。なぜヘドラだったのか、それが今でも謎なのである。

 さて、初めてのおねしょに後ろめたさを感じた私は、そのことを父に言い出せなかった。びしょびしょのままの布団の中で朝まで我慢して眠り、何事もなかったように起きた。父は何も気付かなかった。いつものように祖母に連れられて幼稚園に向かっていると、同じ幼稚園に通う年少の子を連れた母親が何の偶然か、こんな話をしていた。

「この子ったら、おねしょしたのよ。幼稚園児にもなって、まったくしょうがないんだから」

 私はドキリとした。まるで自分に言われているような気になった。私は彼より歳上だし、おまけに父にも祖母にもおねしょのことは隠している。随分と後ろめたい思いだった。

 そのまま何事もなく数日間が過ぎた。私は仕方なく毎晩汚れた布団で眠った。そして、4,5日が過ぎた頃、ついにおねしょは発覚した。いつものように布団を敷いていた父が、その余りにもはっきりと変色した布団の色に気付いたのである。

「ああっ!やったな、あんた!やんだごだ(嫌なことよ:仙台弁)!」

 父は私の顔を見て笑った。もちろん、私も笑って返した。優しい父だった。

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