うんち君のこぼればなし
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なんだかすっごい人々

 フグというものを初めて食した。天然もののトラフグだそうで、よくあるお皿の透けるような薄〜い奴ではなくて、その3倍ぐらいは厚く切ったものだ。かなり高いに違いなくて、貧乏人の私がこんなものをわざわざ自分で食べようと思うわけはないので、もちろんご馳走になったのだが、舌の肥えていない私にはその美味しさがいまひとつわからなかった。ご馳走してくれたのは某スポーツ店の社長さん、あるいは今回の仕事の請け負い先である某工務店の社長さん。どちらが持ったのかは定かではないが、とにかく両者に御招待されて私の事務所の所長とともにご馳走になった。

 フグを食べたことがないと私が言うと、我が事務所の所長はとても面白がって、

「人生三十数年生きてきて、フグを食べたことがないの?不思議だねえ、驚いちゃうねえ」

 と騒いだが、なにもそんなに驚くことはないだろう。フグは日常の食卓に上る食材ではない。私は庶民なのだ。我が親も庶民なのだ。グルメの趣味などこれっぽっちもない家族が、わざわざ無理をしてフグを食うわけもない。私自身にももちろんそんな望みがない。だから何かの機会にご馳走になるかしない限りは、フグを食う場面などあるわけがないじゃないか。名家の生まれの建築家先生とは環境がちがうのだ。

「じゃあ、2人とも嬉しがっちゃうね」

 と、招待してくれた社長さんたちがきっと喜ぶだろうと言っていた我が所長だが、当のY社長は、

「若い頃に自分で食べようとは思わないもんな」

 とひと言で済ましてしまった。喜ぶそぶりも驚く様子もなにもない。そりゃそうだ。それが普通の感覚だろう。私がとりたてて特異なわけではないはずだ、きっと。

 社長とはいえども、まったく庶民的なこのお二人、このようにとても普通の感覚をお持ちかと思うと、実はそうでもない。

 今回の仕事というのは、銀行のビルを買い取り、改装してスポーツ店にするというもので、うちの設計事務所ではこういう仕事は普通積極的にはやらないのだが、不況で仕事がなくて困っているし、そこは人の繋がりなので来たものは一応受ける。ここのスポーツ店は登山用品を中心に全国展開しているのだが、現在の社長であるY氏はもともとが山男で、このY氏の仕事をいつも請け負っている工務店のI社長も元山男である。2人ともその世界では名の通ったすごい方々のようで、工務店社長のI氏が以前にこんなことを言っていた。

「ベテランになると最後はみんな死んじまってなあ。植村も死んじまったし(注:植村直巳のこと)。俺もこないだヒマラヤで副隊長やって1人死なせちまってな、『も〜うやめた!今度こそ俺は山やめた!もう嫌になった!』って宣言してよ、もう山から足洗っちまった。いい歳だしよ」

 アルプスだヒマラヤだパタゴニアだと、家族をほっぽって何ヶ月も出かけっぱなしになるような人達なので、社長といってもそのへんの背広族とは違う。Y社長のお店は元日以外は年中無休だそうだが、毎日朝早くから夜遅くまで働いていても全く苦にならないらしい。

「真冬の山の上で、ぶら下がって何日も寝てるような極限状態を経験してるわけだから、それに比べたら普段の仕事での厳しさなんてなんとも思わないですよ。横になって寝れるだけでどれほど楽なことかと思っちゃうね」

 ということなので、還暦を過ぎていてもとても元気である。山男というものは本当に山に取りつかれていて、なにがなんでも山へ行きたい、まともな飯を食わず、ボロアパートに住んででも山へ行きたい、仕事を辞めてでも、借金をしてでもとにかく山へ行きたい、というものらしい。一流の企業や官庁に勤めながら、山をやりたいがために仕事を辞めてしまった人達がいっぱいいるそうだ。どういうわけか山というものは彼らにとってはそんなにも魅力的なものらしい。

 Y社長はまだ冷静で、さすがに自分はそんなことはしないとおっしゃるが、I社長の方はそうではないという。Y社長曰く、このI社長という人はとにかく『やんちゃ』で、自分の息子たちよりもよっぽど中身が子供だということだが、付き合っているとそのことは明らかで、私なんかからすると確かにやることが全く異質である。ただ、山については超一流だというから、山のエリートなんてものはみんなそんなもので、とにかくアクが強く、“俺が一番だ!”と全員が思っている存在なのだそうだ。

 このやんちゃなI社長、外に女が何十人もいたとかいるとかいうのは当たり前の話で、Y社長もその相手を十人は知っているそうだ。そんな話はしょっちゅう聞かされる。昔は日曜の朝になると姿を眩まして、そのまま3ヶ月ぐらい帰ってこないなんてことがざらだったという。そんな人なので奥さんは大変苦労したという話だが、それでもずっと添い遂げているところは偉いというかなんというか、そうはいっても奥さんの方がよっぽどのやり手という感じもする。一度お会いしたことがあるが、さすがにパワフルな人という印象だった。こういう人の場合は妻というよりは母親という目で旦那を見ているようで、要するに親子と同じなので、別れるとか別れないとかいう次元の話ではなくなっているのかも知れない。

 このI社長、山での経験を仕事に充分に生かしている。工務店とは別に、ちょっとした会社を作った。足場を組まなくてもザイルでぶら下がりながら簡単な工事をやってしまうというものだ。東京タワーのてっぺんまで行って外部の電球替えをやっていたこともある。当時はわずか3人が3日間で全てやっていたそうだが、その後は某大手企業が15人で一週間かけているというから、かなりすごいことらしい。しかしさすがに相当に無理なことをやっていたようで、東京タワーは山よりも怖いと言っていた。この人はもう六十半ばだが、かつては有名CMの吹き替えもやっていたという。これは個人的なバイト仕事だったそうだが、『ファイト〜一発〜』というのがそれで、ヘリコプターから縄ばしごでぶら下がるバージョンだ。随分昔の話で、彼もまだ幾らかは若かったとはいえども、それでも想像以上の年寄りがぶら下がっていたことになる。

 I社長には息子が2人いて、2人とも工務店の仕事を継いでいる。次男の方がなかなか真面目にしっかりやっていて、息子の方がよっぽど常識的で優秀だと言われているが、仕事以外ではそうでもないところもある。この息子たちは親のように山登りはしない。真っ平ゴメンだと言う。どうしてかと訊くと、幼少時、スパルタの父に岩壁を登らされた恐怖が染みついているからだと言った。

「子供だからそんなの登れるわけないじゃないッスか、そしたら上から引っぱり上げるんスよ。そん時の恐怖が抜けなくて、もう駄目ですね」

 そう言った息子の横で、父親が楽しそうに言う。

「こいつらぜんぜん登れねえからよ、仲間と2人でヨイショって崖の上からザイルで引っぱり上げてな」

 そんなわけで、息子は山へ登らずバイクに夢中である。仕事では常識的な彼だが、山が怖いというのに、スピードに対する恐怖心のなさは非常識過ぎる。

 何年か前に彼は事故で入院したことがある。首都高をバイクで走っていた時、転倒して足の指の骨を折った。指は5本しかないのに片足だけで6箇所折ったというので面白がっていたが、あまり面白い話でもない。160キロというスピードでコケたにしては随分軽いケガだったと思うが、彼としては特に怖かったわけでもないそうだ。それもそのはずで、彼の感覚は、

「100キロ以下で走るのって、かったるくないッスか?」

 というもので、現在の愛車(カワサキの1200ccだとか)は一速で140キロぐらいまで引っ張れるらしい。履いているタイヤはレース仕様の溝の無いもので、実に325キロまで出たと言っていた。そんなスピードをどこで出すのかと訊いたら、

「首都高とか」

 と答えた。300キロを超える世界というのは、外灯の明かりがただの線に見えるようなものだそうで、夜の首都高をそんな速度で車をかわしながらウネウネと楽しみながら走るらしい。

「怖くないの?そのスピードでなんかあったら、助かんないでしょ。そのあたりは覚悟して乗ってんの?」

 と訊くと、

「いやあ、自分もケガはしたくないですからね。いちおう気はつけてますけど、怖くはないッスね。自分も前、250に乗ってた時は100キロ超えると怖かったけど、能力のあるバイクに乗ると、それに比例して怖くなくなります。それだけよく止まるし」

 と教えてくれた。なるほど、そんなもんか。ある程度以上の速度になったら危険度は一緒かもしれないから、より能力の高いバイクのほうが安全なのかも知れない。それだけのバイクを乗りこなすには自分の技量も磨かなければならないわけだし。ナマクラ包丁よりも、良く切れる包丁のほうがケガをしないという理屈と同じか。

「雨の日も走るの?」

 という質問には、

「走りますね。でも、240キロまでしか出ません。タイヤが空回り始めちゃうんで」

 と言った。

 街中も常にこの調子で走るし、もちろん渋滞中の車列の間さえもそうなので、毎日のように覆面や白バイにサイレンを鳴らされるらしいが、

「なんか言われてるなあ、と思うと後ろの方に消えて行っちゃうんで、『ああ、きっと俺のことじゃないんだ』と思ってそのまま行っちゃいますね。もちろん、明らかに俺に寄れって言ってるのがわかったらちゃんと寄りますけど」

 という調子だ。そこまでになると白バイも最初からあきらめるし、大渋滞を引き起こしながらタラタラ走っている暴走族の連中も、大人しく道を空けてくれるという。

「こいつは半端じゃねえから。頭おかしいんだよ」

 とあきれている父親のI氏も、実はバイクに乗る。還暦を過ぎてなお、北海道を200キロ以上で走る人だ。充分あきれるに足る。

「こいつにバイク貸したら、倒しすぎてマフラーもステップもガリガリに擦りやがって、冗談じゃねえよ。もう二度とお前にゃ貸さねえ」

 なんて言っている横で、息子は面白そうに微笑んでいる。こんな親子が他にも飛ばし屋連中を何人か伴ってみんなでツーリングへ行く。山男だけに宿は全てキャンプだ。

「鬼山君もバイク乗るんだよな。こんど一緒に行こうよ、北海道。キャンプ楽しいよ」

 と何度も誘われるが、もちろんその都度断っている。冗談ではない。トロトロ街乗りだけしているエセライダーみたいな私が、そんな連中にくっついて行って楽しいわけがない。

「俺の250じゃ着いて行けるわけないから、いいですよ」

 そう言うと、

「ゆっくり走るから大丈夫だよ。150キロぐらいで走るから。な、行こうよ」

 と言う。この人達のゆっくりはせいぜいがそんなところだ。やはり冗談じゃない。

 山男にバイク男。彼らを見ていると、なんだかすっごい人達だなあと思う。彼らに比べると、自分は随分と小粒な人間だと思わずにはいられない。

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