うんち君のこぼればなし
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仙台名物“パタパタ”

 私が以前務めていた会社に、T内君という学生アルバイトがいた。都内の有名私立大学に通う、私より2つほど歳下の彼は、端で見ていると、あまりがらの良くない、粋がった若者といった風ではあったが、付き合ってみれば可愛気がないわけでもない。とはいえ、自分がもらったちょっとのぼせたラブレターをみんなに見せて笑いの種にしてみたり、予備校時代、前に座っていた女の子の枝毛をそっと裂き開き、いつの間にかパサパサになった自分の髪の毛を不思議がるその子の姿を見て、1人ほくそ笑んでいたというような、質の悪い男ではある。そもそも他の社員が抱え込んでいたバイトだったので、彼に仕事を手伝ってもらう機会は数えるほどでしかなかったが、少しお互いに馴染んできたかなといった頃に、このT内君が興味深い話を始めた。

 例によって終電間際まで働いて、そろそろ帰ろうかなという時、私はT内君に訊いた。

「どこの駅から帰るの?」

 すると彼は「九段下駅」と答えた。会社は千代田区一番町にあり、そこから九段下へ行くには千鳥が淵を通るのが近道である。千鳥が淵は皇居のお堀端にある綺麗な緑道で、国立の戦没者墓苑があることで有名である。春には桜が咲き乱れ、その時期にはよく昼休みに花見弁当を楽しんだものだ。そんな美しい千鳥が淵だが、T内君はそこを通りたくないと言う。

「おっかないんすよね」

 悪く言えば生意気な口調で、いつも強がっている印象のある彼が、この時は随分と弱々しい声で言うので、私は何事かと思った。夜の千鳥が淵は何か治安が悪かったりするのかと思った。しかし、次の説明を聞いて、そうではないことが分かった。

「あそこ、やばいんすよ」

 彼曰く、千鳥が淵は、よく“出る”らしい。以前、彼が歩いていると、お堀の水面に、なにやら白い影がボーッと浮き上がってきた。それが人の形になって、水面に立っている姿になったという。また、千鳥が淵にはところどころベンチがあるのだが、彼が歩いている前方のベンチで、なにやらぺちゃくちゃと喋っている人達がいたらしい。うるさいアベックだなあと思いながらそのまま近づいていったのだが、側へ来てみると、

「人間じゃなかった」

 のだそうである。

 T内君はとにかくよくそういったものを見るという。それで、もう千鳥が淵は通りたくないので、私と一緒に別なルートで帰ると言った。

 ここで、千鳥が淵にかかわる私の体験を書いておこう。

 T内君からお化け話を聞かされて後のこと、私は結婚前の妻と、夜の千鳥が淵を歩いていた。完全に日は暮れていたが、まだそれほど遅い時間ではなく、我々は食事する場所を探していた。千鳥が淵を歩きながら、私はT内君に聞かされた話をしては妻を怖がらせて面白がっていた。やがて、何事もなく千鳥が淵を出ると、すぐ目の前にあった喫茶店で夕食をとることにした。店のドアを開け、2人で店内に入ると、ウェイトレスが「いらっしゃいませ」と言って近づいてきた。そして続けてこう言ったのである。

「3名様ですか?」

 私は「はぁ?」と思っただけだったが、妻は随分ゾッとしたらしい。一緒に別な客が入ってきたわけでもなし、大人数なわけでもないのに、そんな間違いをするとは確かに気持ち悪いと言えば気持ち悪いかも知れない。これで、「水が3つ出てきたらどうしよう」かと妻はびくびくしていたそうである。

 さて、T内君の話に戻る。

 一緒に途中駅まで行く事になった私とT内君だが、電車の中でも彼はお化け話を続けた。私が仙台の出身だと知ると、彼は仙台での体験を語り始めた。

 友人がいるとかで、彼が仙台へ遊びに行ったときの話。竜の口(たつのくち)渓谷に架かる八木山(やぎやま)橋は、投身防止のために現在では高いフェンスが設置されているが、かつての自殺の名所として有名なところである。周りは山に囲まれて、いくつかの街灯があるばかりの、夜になるとかなり暗い場所である。自殺の名所だけに、この辺りは心霊スポットとしてなにかと紹介もされているようだが、そんな八木山橋をこのT内君は友達と一緒に夜間訪れたらしい。おそらく面白半分に行ったものと思うが、彼が橋から下の渓谷を覗き込んでいると、何やら話し声が聞こえてきた。下の方から複数の声が会話しているような様子だという。

「やべえ、やべえ」

 そう言ってT内君はその場を逃げ出したらしい。しかし、分からないのはその後の彼の行動である。

「なんか頭に来たから、道の街灯を叩き割りながら帰ってきた」

 そういう状況で“頭に来る”というのもよく分からないのだが、だから“街灯を叩き割った”という行動の意味も理解できない。とんだ悪ガキなのである。

 そんな話を聞かされて私が当惑していると、今度は変なことを訊いてきた。

「仙台出身だったら、パタパタ知ってるでしょ?」
「パタパタ?」
「知らないんすか?仙台名物っすよ」

 そんな名物は聞いたことがない。仙台名物といえば、七夕祭り、笹かまぼこ、牛タン、ずんだ餅、といったところが一般的だが、“パタパタ”など見たことも食べたこともない。いったいそれは何かと尋ねると、T内君は丁寧に教えてくれた。

「仙台のどこかの路線に自殺の名所があるらしいんすよ。よく電車に人が飛び込むとこ。そのすぐ横に道が並んで走ってるらしいんすけど、その道を、夜、バイクで走ってたら、バックミラーに小さく白い光が見えるんだって。何だろうと思って見てると、だんだんその白いのが大きくなってくるんだって。そしたら、それが人なんだって。上半身だけの人が、手だけで、パタパタパタッて追っかけてくるんだって。おっかないからバイクを飛ばすんだけど、もの凄い勢いでパタパタパタッて迫ってきて、最後には追い抜いていくんだって」

 私は感心した。仙台にそんな名物があったとは知らなかった。今にして思えば、実に子供の好きそうな作り話という感じなのだが、その時はT内君自身の体験談を聞いた後だったし、あまりに真剣な表情で語るので、さすがに私も少し本気にしてちょっとゾッとしたのを覚えている。しかし、最近ほとんど同じ話が全国の子供達の間で噂されているらしいことを知って、要するに“口裂け女”と同じ類の話なのだと再認識したものである。

 だが、この“パタパタ”話には、仙台名物と言うだけあって、北国らしいちょっと素敵なおまけが付いている。

 T内君が最後に付け加えて言った。

「この“パタパタ”って、冬になると名前が変わるんすよ。冬はね、“サクサク”って言うんだって。雪の上をサクサクサクッて追っかけてくるから」

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