うんち君のこぼればなし
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親指4本の謎

 メタシリウス右京さんという友人(もちろん本名ではない)がいる。以前、彼の足の親指が短いという話になり、それなら自分のほうが短いと、2人で短さ比べになった。

「俺より短い奴はいないよ」
 と右京さんは豪語していたが、
「いやいや、そんなはずはない。俺より短いことはまずないだろう」
 と、私も負けずに言い返した。

 お互いの足を並べてみれば、結局、似たり寄ったりだった。こんなに身近に似たような境遇の人間がいたことに強く感銘を受けた。

 足の親指が短いというのは、他の指に比べて相対的に短いということである。多くの日本人の足では最も長いのが親指だが、私や右京さんの場合、親指が人差し指より1センチ以上も短い。それによって何か不都合があるのかと言えば、特にはない。むしろ靴のカーブに合っているため、極めて合理的であるとさえ言える。親指部分よりも人差し指や中指の辺りがもっとも突出したような形をしている大方の靴は、実は我々のような人間向けに作られているに違いない。普通に親指の長い人があんな靴を履けば、先端を圧迫された親指は関節の根元部分で外側に膨らまざるを得ず、それが外反母趾(“外反拇指”とも書くようである)などという変形を生み出すのだ。我々にはそんなことは無縁である。とは言っても、そもそもの足の形が不格好なので、自慢するほど良い物でもない。ゆえに、人の目にさらされることはあまり面白くないけれど、足の場合、そう目立つことはないので大した問題でもない。

 というわけで、右京さんの場合はどうということのない問題だけれど、私のように手の親指もセットになっているとなるとちょっと話が違う。手は目立つからである。

 世の中に私の親指を面白がる人は多い。その一番は妻で、彼女の場合は手足をセットで喜んでいるが、ほとんどの人は足のことは知らないから、私と言えば『手の親指』だと思っている。

 昨年、数年ぶりに顔を会わせた大学時代の友人は、「これが楽しみだった」と言わんばかりの目の輝きでもって私の親指をしげしげと眺めては大笑いをした。彼は私の親指の大ファンらしい。昔からことあるごとに「親指見せて」と言ってはそれを見て大喜びしていたものだ。

 私の手の親指の具体像を一言で表現すれば、『ダルマ状』といったところだろうか。第一の特徴としては、ともかく短い。ジャストフィットのはずの手袋をすれば、親指だけ指先が余る。そして次の特徴として、横に広い。これはとにかく広い。第一関節から先だけが突然拡がっているのである。ボーリングをするときに適当な重さの玉を使おうとすると親指だけが穴に入らないので、仕方なく、指の穴の大きい、大男用の重い玉を使わざるを得ないことがある。指先が横広なのでそれに伴って爪の形も異様に横長である。コンピューターでプリントするとき、普通の人は用紙設定で“A4タテ”を選択するところを私だけが“A4ヨコ”を選択してしまった、といった感じである。それほどの違いがある。こういう横長の爪を持った人を何人か見たことはあるが、彼らに比較しても私の親指はトップクラスだと思う(面白さにおいて)。

 親指の先の面積がとても広いので、
「私の親指は拇印を押すためのものである」とか、
「ヒッチハイクをするためのものである」とか、
「指圧をするためのものである」
 などと自分で言うのだけれど、実際は指圧以外に活用したことはない。妻はこの親指による指圧をとても良いと言うが、彼女が一番喜ぶのは、夫の親指の爪にペンで顔を描いて遊んでいるときである。ダルマ状の指には、目鼻が良く似合う。

 以前、職場の人にこの親指を発見され、
「指どうしたの?」
 と真顔で訊かれたことがあるが、もちろんどうしたわけでもない。
「いえ、どうもしませんが」
 と答えるしかなかったが、いっそのこと、
「昔、左手を金槌で叩いちゃいましてね。左右合わせるために右手も叩きました」
 とでも答えた方が気が利いていたかななどと思った。

 しかし、確かに「どうしたの?」ではある。なぜゆえにこのような親指4本が生じたのであろうか。結論を言えば、いまだ謎である。遺伝的な要素があるのかとも思うが、少なくとも私の親兄弟においては、手足を含めてこのような不格好な親指は一本も存在していない。もちろん隔世遺伝ということもあるし、突然変異の可能性もある。だが、もしかすると先天的なものではない可能性もあるのではないか。幼い頃の記憶には自分の手足の親指の形など残っていないのだ。もしかしたら外部的な要因が作用しているのではないか。そんなことを改めて考えてみると、実はかつての気になる出来事がないこともないのである。それは私が小学校2年生の時のことだった。

 部屋の中を裸足で歩いていた私は、突然、左足親指の上側にチクリという痛みを感じた。

「イテッ!」

 と言うほどの、ちょっとした痛みである。全く激痛ではない。何だろうと思って見てみると、親指がなんとなく赤く腫れている。特に傷口も見あたらないし血も出ていないのだが、曲げると痛いし、なにか尋常ではない感じがする。ふと床の絨毯の上を見ると妙なものがあった。絨毯の毛の中から斜めに突き立っているそれは、真ん中あたりから折れた縫い針の元のほうだった。

 どうしてこんなものがここに立っているのか。しかも先半分が無い。まさかとは思うが、念のため両親は私を病院へ連れて行った。

 レントゲンを撮るとはっきり影が映っていた。
「入ってますねえ。親指の上の方から斜め下にきれいに入ってますよ」
 医者がなんとなく楽しそうに言った。すぐに針の先を取り出す手術をした。局所麻酔をし、針の進入口あたりの肉をほじくり、縫い針の先半分を取り出した。長さは1.4センチあったと医者は言った。

 何がどう作用してこんな事になったのかが分からない。私は普通に歩いていた。縫い針は横たわっていたのか最初から上をむいて立っていたのかわからないが、どういうわけか足の裏からではなく表側から突き刺さった。私はいったいどんな歩き方をしていたのだろう。不思議でしょうがない。しかし、針が親指の上側から突き刺さり、折れて残った根元の部分が破断面を上にして絨毯に突き立ったことはまぎれもない事実なのである。世の中は複雑なことが起こる。

 さて、これ以来、私の左足の親指は成長を緩めた。…かも知れない。皆さんは、このような話を耳にしたことはないだろうか。例えば片腕だけを鍛えるような運動を続けていると、全く鍛えていない反対側の腕もある程度鍛えられるという話を。これと同様に、私の右足の親指も左足に合わせて成長を緩め、ついでに両手の親指も足に合わせてずんぐりむっくりになったのではないか。そんな馬鹿なことがあるわけないと皆さんは思われるだろうか。だが、この世界においては、ありそうにないことが時たま起こるのである。実際、あの針の刺さり方自体があり得そうにないことではないか。だから、親指達がそろって“ずんぐりむっくりの道”を選んだとしてもおかしくはないのかも知れない(親指達が“ずんぐりむっくりの道”を選ぶこと自体はとても可笑しいけれど)。しかし、私はそんなわけはないと思う。

 というわけで、次の仮説を立ててみよう。

 あの針は“あるツボ”を強烈に刺激したのではないか。縫い針である。そこいらの針治療の針とは太さが違う。おまけに1.4センチのものが傷口も分からないほど奥までめり込んだのだ。相当に強力な刺激を与えたに違いない。そのツボこそ、“手足の親指4本をずんぐりむっくりにするツボ”だったのではないだろうか。そう考えれば全てがうまく説明できる。

 …わけがあるかいな、あほらしい。

 おしまい。

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