うんち君のこぼればなし
ホーム      前へ INDEXへ 次へ
猫の大騒ぎ

 私が小学生のころ、何匹か猫を飼った。全てが拾い猫なので、2,3年するとどこかへいなくなってしまって、そのうちまた新しい猫を拾ってくる。というか、小猫を見つけてはとっつかまえて、無理矢理餌付けをしたものだが、そんなうちの一匹にチョロと名付けた黒ぶちのオス猫がいた。

 チョロは生後数ヶ月でわが家の庭先へ紛れ込んできて、それを見つけた私と兄が逃げ場のない隅の方へ追い込んで捕まえた。最初はさすがに脅えていたが、家の中に軟禁して餌をやっているうちに馴れてきた。チョロの態度にすっかり余裕も出てきたので、これなら逃げないだろうと判断し、外出を許可した。完全に家の中で飼えばトイレなどを用意しなければならないが、猫用の出入り口を作り、自由に出入りできるようにして半ば野良猫状態で飼っていると、トイレの時は勝手に外出するようになる。

 チョロはもともとが野良猫なので野性味が強い。顔は小さく毛並みは艶やかで美しい均整のとれたスマートな猫で、可愛いというよりもハンサムというタイプだった。見た目のクールさにたがわず、猫なで声で甘えたり人の周りにすり寄って餌をねだるようなこともほとんどない。野性的な猫なので、半野良状態で飼うことはチョロの精神衛生上とても健康的なことだったとは思うが、そうした飼い方による弊害もチョロの場合は格段に大きかった。

 雨の中を帰ってくれば家の中を泥足で歩くのは当然だが、そのまま人の布団の中に入ってきたりするので、布団の中まで雨と泥でグズグズになる。草むらをさんざん歩き回るから、南京虫にしょっちゅう食いつかれて来て、仕方なくそれをペンチで潰し殺したりもした。ちなみに南京虫を知らない方のために説明すると、体長5ミリぐらいのカメムシ目トコジラミ科の昆虫で、翅は退化してほとんどない。頭が小さく、動物の皮膚に噛みついて吸血する。腹が肌色で柔らかく、噛みついた状態でいつまでも動かないので、最初のうちはイボなのかと思った。触ってみるとポロリと落ち、短い足が動いたのでそれが虫だということがわかった。血を吸うと蚊のように腹が膨れ、大きくなると1センチぐらいにまでになる。そこまで成長すると落ちやすいのだが、小さいうちはしっかり噛みついているのでうまく取る事が難しく、結局ペンチで潰して殺し、自然に落ちるのを待った。潰せば血で真っ赤に染まるし、もちろん気持ちの良い感触ではないので、その作業がとても嫌で、兄と二人で譲り合いながらやったような記憶がある。ついでながら、後年、会社の後輩がわき腹を南京虫に噛みつかれ、病院で肉ごとえぐり取ったという話を聞き、人間にも付くのかということを知り、また、現代の東京にいながらそんなものに喰いつかれる人がいるということに驚いた。

 猫を飼っていると、他の猫までが勝手に出入りするようになり、驚くほど可愛くない大野良猫がいつの間にか家のソファーで寝ていたりする。そういう猫は我々人間を見ると仰天して猛ダッシュで逃げていくが、混乱して逃げ道が分からなくなると、天井まで登る勢いで部屋中を駆けずり回って、あげく人の足をおもいっきり引っ掻いて飛び出て行くようなことになる。何度それでけがをしたことか知れない。だから、部屋へ入ったときにそういう猫と遭遇するのはこちらとしても恐怖であるし、危険なのだ。さながらゲーム『バイオ・ハザード』の如しである。

 このように部外者の猫というのは普通はビクビクしているものだが、一匹だけ驚くほどのん気で動じない猫がいた。小学生であった兄がどういうわけか“リーチドラドラのポン”と名付けたその猫は、チョロの倍もあろうかという大きな頭を持ち、全く毛繕いなどしていない様子の毛並みは恐ろしいほどに汚く、養殖しているのではないかと思うほどの数の南京虫を体中に住まわせていた。薄のろで可愛くないこと甚だしく、汚すぎて触る事さえ躊躇するそのリーチドラドラのポンは何度水をかけて追い払っても、懲りずにノコノコ入ってきて、いつの間にか南京虫だらけの体をソファーに横たえていたりする。可愛ければ考えてもいいが、論外な程にみすぼらしいアホ猫という感じなので、さすがに迷惑この上なく、結局最後には捕まえて父の車で遠くへ捨てに行った。飼い馴れた賢い猫が帰巣本能で以前住んでいた家へ数ヶ月後にたどり着いたというような話があるけれど、さすがにリーチドラドラのポンにはそんな美談はない。

 これらよそ者の猫達は、チョロにとっては敵である。家の近くで遭遇しようものなら、ウ〜ウ〜と睨み合い、最後には取っ組み合いの大げんかが始まる。もちろんチョロが在宅中に敵が侵入してきたとすれば、部屋中を転がり回ってブギャーブギャーと大騒ぎになる。我々人間がそんなケンカに巻き込まれると、これまた引っ掻かれてケガをしたりするので大変危険である。猫は夜行性なので、そんなケンカは夜中に多い。近所で出会った二匹がチェイスをしながら家に駆け込んでくる事がよくあった。夜寝ていると、ブギャブギャブギャーッ!バタバタバタ!と、もの凄い大騒ぎがあって、二匹の猫が階段を駆け上がってくる。どういうわけかいつも私と兄、姉が寝ている二階の子供部屋へ駆け込んできては、そこを決闘の場とした。二匹の猫が団子になって部屋中を隅から隅まで転げ回っては引っ掻きあい、噛みつきあう。もちろん鳴き声も凄まじい。そして少しすると、再びもつれ合いながら階段を駆け降りて家の外へ出ていく。外ではまだしばらく取っ組み合いが続くようである。ようやく静かになって我々が眠りにつこうという頃、体のあちこちにケガをしたチョロが悠々と帰ってきて毛繕いをする。全く平気な顔だ。男らしい。確かリーチドラドラのポンもオス猫だったが、あれに比べたら数百倍はメス猫にモテたに違いないと思う。

 チョロはあまりに野生児なので、とにかくいろいろな生き物を捕まえてきた。そのまま外で遊んでいればいいものを、安全な家の中まで持ってきてゆっくり楽しみたいのか、それとも我々に獲物を見せたいのか、とにかく全てを運び込む。よく連れてきたのはカマドウマだ。私の大嫌いな奴である。知らない人のために説明すると、体長3センチほどのバッタ目カマドウマ科の昆虫で、翅はなく、全体黄褐色、背中が丸まって後肢は強く、驚くほど高く跳躍し、触角が非常に長い。薄暗いところに大量に潜んでいたりして、伏せてあった板などを何気なくどけるとピョンピョンと四方八方に飛び出して度肝を抜かれたこと多数である。俗称“便所コオロギ”。種類はいくつかあって、なかでも“マダラカマドウマ”という奴はそのネーミングも模様も最悪である。昔はわが家の周りにはやたらと多く生息していた。

 かつてカブトムシを飼っていたプラスチック製の金魚鉢をその死後洗わずに外に放っておいたら、いつの間にかカマドウマの巣と化した。その容器は上のフタだけが格子状になっていて、本体は深くつるつるしているために、跳躍しかできないあいつらでは一度入り込むとほとんど脱出する事が出来ない。それでもバカなカマドウマがどんどん入ってくるのか、その数はみるみる増えていき、最盛期には20匹ほどが生息していただろうか。おぞましくて手を付けられずにいると、食料難に陥った連中の間でそのうちに共食いが始まって、手足の残がいを多数残したまま結局滅び去ったという悪夢のような思い出がある。このカマドウマが部屋の中に入ってきてこちらへ向かって跳んできたりすると、心臓が止まりそうなほどゾッとした。跳躍力が強いので、跳ぶときには「パシッ!」という嫌な音を立てる。そして発達し過ぎたせいなのか知らないが、この後ろ脚がやたらにポロリととれやすい。その様がまた私に鳥肌を立てさせる。

 こんなおぞましさの権化みたいな虫をチョロはしょっちゅうくわえてきた。家の中でそいつを放し、ちょっと逃げれば追いかけて叩き、また逃がしては追いかけて叩く。そんなことを繰り返しているうちにカマドウマの足が取れ、弱って身動きがとれなくなってしまうと、チョロは急激に興味を失って立ち去ってしまう。残されたのは瀕死のカマドウマと、その部品。もちろん片づけるのは我々である。恐ろしい。

 チョロがくわえてきたのは虫ばかりではない。ある夜、寝ていた我々は聞きなれない騒音に叩き起こされた。
「バサバサバサッ!ドタドタッ!」
「なんだなんだ!」
 慌てて電気をつけると、そこには鳩の首根っこをくわえたチョロの姿があった。大暴れする鳩の首にガッシリとかぶりついたまま、チョロはブンブンと何度も振り回した。そのうち首の骨が折れ、鳩は絶命した。鳩が死んで静かになった途端、チョロは興味を失い、鳩の死骸を部屋に置き去りにして立ち去った。そんなことがおそらく4,5回はあっただろうか。その度に我々は首の折れた鳩の死骸を土に埋め、部屋の中に散らばった羽根を掃除した。

 度肝を抜かれたこともあった。あるとき、普段は見えない机の陰に、横たわる怪しげなものを発見した。短く白い毛に覆われた動物の死骸である。足の形や大きさから、おそらくウサギだろうと思われた。どうして“おそらく”なのかといえば、そこにはきれいに切断された下半身のみがあったからである。
「なんで下半身だけが!?」
 驚きながらもそれを観察すると、興味深いことがわかった。その死骸の周りは全く血で汚れていない。それどころか、腰の切断部分でさえ、血に染まった毛がほとんどないのである。これはチョロが生きたままウサギを連れてきてそれを殺したという可能性を否定する証拠のように思える。ましてや、その切断面の鋭さ、出血の少なさからして、チョロが上半身を食べたなどという可能性は皆無であろう。理由は分からないが、このウサギと思われる生き物はおそらく死後切断され、どこかに置かれていたところをチョロに発見されて家に持ち込まれたに違いない。彼の狩猟本能からすると、動かないその下半身はさほどの魅力がなく、結局戯れる事も無くチョロは静かにそこへ放置したのだろうと推測する。

 チョロのおかげで珍しい動物にお目にかかった事もあった。モグラである。一度は暗灰色の小さいモグラ、二度目は茶色い大きなモグラをそれぞれ連れてきた。小さい灰色のほうは体長12,3センチぐらい、ゴールデンハムスター程度の大きさだった。大きいほうは20センチ近くはあっただろうか。顔形もはっきりと違う、明らかに種類の異なるモグラだった。日常生活の場で野生のモグラを目にする機会など普通はまずないだろう。漫画のようにモグラが(サングラスをかけて)土の中から頭を出している光景など実際にはあり得ないのではないかと思うほどだが、チョロはこの珍しい動物を二度までも捕まえたのだから、実に優れたハンターだったのだと感心する。モグラの体はとても頑丈に出来ているようで、チョロの口から奪い取ったモグラはどちらもピンピンしていた。チョロが最初に小さい暗灰色のモグラを連れてきたとき、モグラなど見るのも触るのももちろん初めてだった私は、それを手に持ってじっくり観察しようとしたが、前へ掻き進もうとするその手と鼻先の力強さには全く抵抗出来ずに、やむなくビニール製の手提げカバンにモグラを放り込んだ。するとカバンの中でもモグラは必死にもがき続け、ほんの少し後にはカバンの底を突き破って顔を覗かせてしまった。もはやこれ以上この突貫野郎を留め置く事は不可能と判断した私は、その貴重な動物の写真さえ撮らずにすぐさま庭へ解き放ってしまった。小さいモグラでさえその馬鹿力だったので、二度目に大きなモグラが来たときには私は即刻それを逃がしてやった。モグラは人間が簡単に扱えるような動物ではないことを知った。

 こんなハードボイルドなチョロだったが、実は精神的には繊細な美青年だった。まるで私の如く(?)である。というのも、彼もまた“うんち君”だったからだ。

 チョロを飼ってから2年以上が過ぎたころ、新たな小猫が現れた。あまりの可愛さに、またその猫を捕獲して無理矢理餌付けをした。やはり綺麗な毛並みのオスのトラ猫で、名前をミーと名付けた。このあまりにもありきたりな名前の猫は行動もありきたりで、ゴロニャンゴロニャンと人の足下にすり寄ってはこれ以上ないような甘え方で食事を要求したりする。顔もとても可愛らしいので、クールでハンサムなチョロとは対照的だった。このミーがわが家の中で人気を得ることが、チョロには面白くなかったようだ。しかし、チョロは大人の男なので、家の中でミーと顔を会わせてもいじめるでも威嚇するでもなく、ただ居心地悪そうに立ち去るのみだった。

 ちょうどその頃、わが家の半分を新築する事になった。かつて増築した比較的新しい部分はそのままにして、古い半分だけを建て直す工事だった。そのままにする部分には1階に祖母の部屋と専用のキッチン、トイレ、2階には私と兄と姉の子供部屋があった。工事期間中、その子供部屋2間(兄と私は同じ部屋)に、父、母の2人と2匹の猫が無理矢理なだれ込んできて、ギュウギュウ詰めの生活が始まった。

 チョロもミーも常に家の中にいるわけではない。半分以上は外出しているから、2匹ともそろって部屋の中にいるという状況はほとんどなかった。それでもゆっくり休みたいときなどには家の中で寝るので、2匹とも丸一日姿を見ないという事はほとんどなかった。しかし、住み馴れた家の半分が取り壊されてなくなり、残された狭い部屋の中には気に入らない新入りの小猫がいるというのはチョロにとってはとてもストレスの溜まる状況だったのだろう。外出が増えていき、チョロが姿を見せる時間は徐々に少なくなっていった。それでもチョロはまだわが家の住人だった。

 あるとき、その狭い部屋の中で異臭がした。
「なんだか臭いぞ」
 匂いの元を探ると、机の下に下痢便があった。チョロの仕業だった。初めはたまたま腹の調子が悪かったのだろうぐらいに思っていた。しかし、それが毎日のようになると、さすがに我々もただ事ではないと思うようになった。チョロが机やベッドの下へソッと入り込む。少しすると、そそくさと再び姿を現し、そのまま外へ出ていく。異臭がするのでのぞき込んでみると見事な下痢便が残されている。当然、チョロがベッドや机の下へ潜り込もうとすると我々は叱るようになり、そのままチョロを抱えて外へ放り出した。腹痛で苦しんでいるところをそんなふうに叱るとは全く可哀想なことをしたもので、ますますストレスがたまる原因になっただろうが、当たり前のように部屋の中で下痢をされるのもやはり困るのである。チョロとしては外へ行きたくても、こらえるだけの余裕がなかったのだろう。その辛さは今の私には痛いほど理解できる。部屋の隅にトイレを設置しても、そこへさえ辿りつけないほどの緊迫状態だったようで、結局最後には部屋中に新聞紙を敷き詰めることになった。“どこでもトイレ”である。

 マタタビ成分入りの猫用の腹薬を飲ませてもみたが、全く効果は無かった。べつに血便であるとかいうこともないので、ただの神経性下痢症だろうと思っていたが、今にして思えば何かの病気だったのかも知れない。丸2日、丸3日と、外出の時間がどんどん増えていったチョロは、ある日を最後にその姿を現さなくなった。新しい家が建ち、そこへまたチョロが帰ってくる事を皆が待ち望んでいたが、チョロが戻る事は二度となかった。もしかすると、致命的な病気を抱えたチョロが死に場所を探して出ていったのかも知れないが、出来得るなら、居住環境の変化により居心地が悪くなり、神経性の下痢に苦しんだ揚げ句、わが家を見捨てて立ち去ったのだと思いたい。わが家を離れたチョロが、その後幸福だった事を祈る。

ホーム      前へ INDEXへ 次へ