うんち君のこぼればなし
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M尾さん

 世の中のある部分はこんな風になっているのかと教えてくれたのがM尾さんだった。

 私が大学を卒業してすぐに勤めたのが、ある環境コンサルタント会社で、いわゆる環境アセスメントなどを主な業務としていた。他に造園コンサルタントや都市・地域計画のコンサルタントのようなこともやっていて、私自身は地域計画部なる部署に身を置いていた。

 徹夜々々の苦しい日々で、いつ辞めたろうかと思いつつ過ごしていた入社2年目の夏頃、M尾さんがやって来た。話によると同業他社の社長の御曹司だという。将来の跡取りで、勉強のために数ヶ月程度出向という形で席を置くのだそうだ。年齢は25,6歳で、要するに金持ちのぼんぼんなのだが、お世辞にもいい男ではない。というより、こう言っては失礼だが、容姿としては世の平均よりも下の方に位置していると言える。その辺のことも影響しているのか、とにかくどうもひどく甘やかされて育ったような気配がある。

 当時、会社は千代田区一番町という都心の一等地にあったが、テナントとして間借りしているだけのもので、社員用の駐車場などあるわけもなかった。バブルの真っ直中で民間の駐車場料金も安くはないだろうに、彼は当たり前のように自動車通勤をしていた。ジャラジャラと、これ見よがしに車のキーを鳴らしながら「ただの国産車ですよ」と、自分の車が最高級のソアラであることを自慢気に話していた。高級ブランドのダブルのスーツを本人はいつもビシッと着込んでいるつもりなのだろうが、実際は、あまり高くない身長の、もっちゃりしたぜい肉質の体の上にダボッと被せて歩いていた。この庶民派の会社からすれば、M尾さんの存在はおよそ場違いな印象があったが、彼の側でも我々をどこか小馬鹿にしているような態度が感じられなくもなかった。

 M尾さんはアセスメントの仕事をやることになっていたのだが、その部署に空いた机がなかったために、席だけは地域計画部内の私の2つ隣に定められた。この時、私の隣、M尾さんとの間には1年後輩の新人が座っていた。この後輩は何とも落ち着きがなく、いつも女の子の側へふらふらと出かけていってはおしゃべりをしたり、机で居眠りをしているようなことが多く、私は内心「働きの悪い奴だ」という気持ちを持っていた。だが、その向こうのM尾さんの様子を目にするうち、この後輩が実に働き者に見えてきた。

 そもそもM尾さんはほとんど定時に出社することがない。当たり前のような顔をして30分程度は遅れてくる。時々は出社しなかったりもする。
「アレ?M尾君は?」
 と、期間限定の上司となったYさんが言うのだから無断欠勤なのだろう。それどころかM尾さんを受け入れる決定を下した責任者の片割れであるS尾専務(片割れのもう1人はご主人のS尾社長。尾つながりでM尾さんを引き受けたわけでもないだろうが)までもが行方を聴いて回っているのだから、やはり彼の行動は誰からも了承されたものではないようである。だが、M尾さんの様子を観察するに、彼の側では、当然そういった特権を与えられているのだとの傲慢なる思い込みを持っている雰囲気がある。まあ、しかしそれは良いとしよう。自分の父親の会社ではすぐ専務になるのだとか、既になっているのだとかいう話も聞く。当然同じような待遇が約束されているのだろうと思い込む理由も理解できなくはない。とはいえ実際のところ全然良くはないのだが、とりあえず百歩も千歩も譲って良しとする。重役だと思い込んでいるなら重役なりの仕事の仕方をしてくれればいいのだから。しかし、M尾さんの仕事ぶりと言ったら、これはもうなんとも想像力の限界を超えたようなあきれ果て具合である。

 この会社にはアルバイトが多い。私の妻もここでアルバイトをしていた。そしてM尾さんにもアルバイトが付いていた。いや、本当のところアルバイトとは言えない。普通、アルバイトは会社が募集して、面接によって応募者の中から採用する。多くの場合は部署ごとに配置され、必要に応じて複数の社員に共用される。社員との相性や仕事の継続性などによって、1人の社員にほぼ専属的に使われることもあるが、基本的には部内の共有物(物と言っては失礼だが)である。当然、給料は会社が支払い、上司である社員個人とアルバイトとの間に雇用関係はない。

 M尾さんが最初に来たとき、我々はその背後に見慣れぬ男性の姿を見た。初めは新しいアルバイトが雇われてM尾さんに付いたのだろうかと思った。だが、すぐそれが間違いであることが分かった。誰も彼の名前すら知らなかったし、M尾さんの期間限定上司であるYさんに至ってはこの男性の存在すら認識していない様子であった。彼はいつもM尾さんと共に現れた。いつもM尾さんの後を付いて歩き、M尾さんが行方をくらましたときは一緒に姿を消した。彼はM尾さんとは対照的にほっそりとした優男で、なかなかの二枚目であった。

 M尾さんはYさんから仕事を与えられていたが、ほんの短期間のことでもあるからYさんとしてもやりにくかったのだろう。とりあえず任せた仕事は極めて単純で単発的な作業だった。普通にやればすぐに終わってしまって、時間を持て余してしまうだろうという程度の作業量と見受けられた。基本的には仕事は社員がやるものだ。仕事量と時間的猶予との兼ね合いで、補助的にアルバイトに仕事の一部を任せるというのが常識だろう。だが、M尾さんに常識はない。

 Yさんが仕事の指示を与えるとM尾さんは素直に「はい、分かりました」と返事をした。そしてYさんが立ち去ったのを確認するとすぐに例の優男を呼びつけ、自分が受けた指示をそのまま偉そうに伝えた。

 かくしてYさんがM尾さんに与えた仕事は、Yさんの全く知らないところで、会社が一銭の金をも支払っていない見知らぬ優男によって処理されていったのである。

 私は人格的に見るべきところのない人物とは極力接触を断ちたいというところがあるので、M尾さんに話しかけることは一切なかった。だが、私の横に座っている後輩はそんなことはお構いなしである。気になったことはすぐに質問をする。ある時、珍しく自分の席に座っているM尾さんに、こう言った。
「あのー、M尾さん。いつも一緒にいるあの男の人はどういう人なんすか?」
 もちろんこれは、あの優男がM尾さんの何なのかという質問である。M尾さんが来て以来、みんなが知りたがっていたことだ。直接話はしたくなかった私でも、その答えには聞耳を立てた。

「ああ、彼ですか。彼はもともとゴルフをやっていましてね。プロになる直前までいったんですけど、背中を痛めてゴルフをあきらめた男なんですよ」
 なぜかM尾さんは自慢気に語った。

 そんなことは訊いてない。優男がゴルフをやってようが、男優をやってようがそんなことはどうでもいい。なんであなたはその男を連れて歩いているのかということを訊いているのだ。だが、その答えに対して後輩がそれ以上の質問をすることはなかった。

 ところで、優男が仕事をしている間、当のM尾さん本人は何をしているのかと言えば、どこかへ電話をかけていたりする。この当時は携帯電話なんてものはまだ普及していなかったので、彼が使っていたのは会社の電話である。就業時間中に会社の電話を使っているのだから当然仕事の電話なのだろうかと思えば、やはりというか、そうではなさそうである。まあ、仕事と言えば仕事の電話のようでもあるのだが、少なくともこの会社の仕事とは全く関係がない。例えばこんな調子である。

「もしもし、M尾です。ご無沙汰してます。実は今、別の会社に出向してましてね。いろいろと勉強させてもらってますよ。ところで、例の物件どうなってますか?そうですか。またよろしくお願いしますね」

 なんて面白いことを言う人だろうかと、横で聞いていて吹き出しそうになった。まさか本気で言ってるとは思えないが、しかし、M尾さんのことだから意外と本気の言葉だったのかも知れない。そうだとすれば、これはもう人生の達人である。これほどまでに何もしていない中から、自分の実となる経験を引き出すことができるのだから。

 この会社の仕事には地図が不可欠で、プロジェクトごとに5万分の1や2万5千分の1の地形図を購入する。普通はそれこそアルバイトが買いに行くのだが、よっぽど仕事がなかったのか、YさんはM尾さんに買いに行って来るように言った。いつもの調子であれば例によって優男に丸投げするところなのに、外出するとなると別のようで、M尾さん自身が勇んで出かけていった。もちろん優男も当然のごとく一緒だった。

 普通に行って来ればせいぜい1時間の買い物である。朝の10時頃に出ていったM尾さん達は当たり前なら11時には戻るはずである。ところが昼になっても戻らない。昼休みが終わってもまだ戻らない。そして2時を過ぎた頃、丸めた地図一本を持ってようやく2人が帰ってきた。2人ともニコニコと満足気である。よっぽど外出が楽しかったのだろう。それ以来仕事でもない(に違いない)のに2人揃ってどこかへ出かけてしまうことが多くなった。

 M尾さんがこれほどまでに好き勝手をやれたのは、もちろん彼自身の質によるものが最大の要因だが、Yさんが管理者としてあまりにも野放しにし過ぎたということも原因の一つと言える。Yさんとしては、短期間でいなくなってしまう経験不足の人間に一般の社員同様の教育をする気にはなれなかったのだろうし、Yさんの目の届きにくいところにM尾さんが座っていたこともあって、簡単な仕事を与えたままほとんどほったらかしという状況が続いてしまったようである。また、レポートを書くような指示をM尾さんがS尾専務から直接に受けていたことも(これもM尾さん自身が書いたかどうかは定かではないが)Yさんを遠慮がちにさせたかもしれない。だが、M尾さんの席に来るたびにその姿が見えないということが多くなると、さすがにYさんも何も言わないでいるわけにはいかなくなった。あるとき、優男と一緒にどこからか帰ってきたばかりのM尾さんに向かってYさんが言った。

「どこに行ってたの?」
 M尾さんが答える。
「ちょっと新宿の方へ」

 そんな大まかなことを訊いているわけではない。何の仕事の件で何をするためにどんなところ、それは地名ではなくて、例えばどこかの会社か、役所か、図書館などの公共施設のようなところか、あるいは現地の視察にでも行ったのか、そういうことを具体的に説明しなさいと言っているのだ。だが、いちいちそんな風に質問の意味をかみ砕いて説明するのも面倒だったのだろう。Yさんはそれ以上何も訊かなかった。そして、部下を叱ることの苦手なYさんが、ここでおそらく最大限の注意を与えた。

「今度からは、どこに行くのかちゃんと分かるようにして行ってね」

 本当にそれは注意というにはあまりにも穏やかな言い方だったが、心の中ではこんな風に怒鳴っていたに違いないと思う。

「営業でもねえのに毎日毎日ほっつき歩きやがって、会社をなめるのもいい加減にしやがれ。どうせサボって遊びに行ってるんだろうが、たとえ仕事だったとしても、どこに何しに行って何時ぐらいには戻りますって上司に断ってから出ていくのが常識だろうが。そんなことまで言われなきゃわからねえのか。せめて手に鞄ぐらい持ってけってんだ。行きも帰りも手ブラじゃ仕事にも見えやしねえ。だいたいあの優男は何だ。なんで知らねえやつが当たり前の顔して出入りしてやがるんだ。なにが『勉強させてもらってます』だ。笑わせるんじゃねえ、このクソ馬鹿タレがあ!」

 実のところこれは私の心の叫びである。もちろん、こんな我々の気持ちなど察する気配もなく、M尾さんはただ素直に「はい、分かりました」と答えた。

 翌日、いつものようにM尾さんと優男の姿が消えた。結局Yさんには何も断らずに出かけたようである。だが、見るとM尾さんの机の上には一枚のメモ用紙が載っている。私はM尾さんの進歩に対する多少の期待感を抱きながら机に近づいていった。

 メモ用紙にはただ2つの文字だけが記されていた。

 “新宿”

 その後、M尾さんは予定より早く会社を去っていったように思う。誰も送別会を開こうと言い出す者はなかった。

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