うんち君のこぼればなし
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 大学4年生の時のこと。

 4年生になると研究室に所属することになる。世の中にこんな机があるのかと思うほどの小さな机をあてがわれて、授業のないときはその席で卒論の準備をして過ごすようになった。建築学科には卒論の他に卒業設計というものもあるので、卒論は確か10月末ぐらいが締め切りだったと思う。

 締め切りには少し間がある9月頃のことだったろうか。割と早い時間帯に帰れるだけの余裕のある時期だったと思う。その日も私は夕食前の早い時間に帰り支度を始めた。まだ研究室内にほとんどの人間が残っていた。室内用に使っているサンダルから履き替えようと、私は身を屈めて自分の机の下に置いてある靴を取り出した。

 その時ほんの一瞬、なんとも表現のしようのないような猛烈な悪臭が私の鼻を襲った。驚いて顔を上げると、そこには隣に座るM木の顔があった。彼もまた戸惑いに満ちた表情をしていた。

「なんか今、もの凄い臭いがしたよなあ」
「うん、した。生ゴミの腐ったような」

 2人がそう言葉を交わした時には、既に嘘のように何の臭いも漂っていなかった。本当に一瞬のことだったのである。臭いの拡がった範囲もごく限られていたようで、その臭いを鼻にしたのは私とM木の2人だけだった。だが、そのまま放置しておくにはあまりにも激しい臭いだったので、我々はその臭いの元を捜し始めた。

 まず、靴を置いておいた私の机の下を見た。なんとなく黒っぽく汚れているようにも見えるが、鼻を近づけても特に臭いは感じられない。いつも靴を置くので、だんだんと汚れてきたものだろう。私はそこに脱いだサンダルを置き、立ち上がって付近を調べ始めた。机の裏側や、隣のM木の机、随分と離れたところまでさんざん捜してみたが、何も見つからない。

「気のせいかなあ」
「いや、気のせいにしては凄過ぎる。絶対に臭いの元がある」
 M木はまだあきらめない様子である。私ももう少し捜してみることにした。

 実はこの時、私の脳裏には一つの疑念が生じ始めていた。机の下の黒っぽい汚れ。なんとなく床が湿っていたようにも見えた。臭いを感じたのはそのすぐ側である。靴を引っ張り出した時だった。

「いやいや、まさか。そんなわけはない。そんな馬鹿なことがあるわけがない」
 私はその考えを拒否した。もう少しこのまま他を捜してみようと思った。

「やっぱりないなあ」
 暫く捜し続けたが、やはり何も見つけることはできない。私の疑念はいよいよ強まっていった。もはや、無視するには大きすぎるほどになっていた。

 私は意を決した。

「どうか、ありませんように」  そう祈りながら、私は片足を挙げて自分の履いている靴の裏を見た。

「あっ…!」

 あった。あって欲しくないものがそこにあった。猛烈な臭いを放つ元凶が、ピッタリと貼り付いていた。

「ああーっ!鬼山がうんこ持ってきたあーっ!」
 片足立ちで呆然と靴の裏を眺めている私の姿を見て、M木が大声で叫んだ。

 次の瞬間、研究室中の窓が一斉に開け放たれた。

「勘弁してくれよー!」
「うんこ持ってくんなよー、鬼山ー!」
 そんな言葉を浴びながら私はどういう顔をしてよいかも分からず、逃げるように研究室を後にするとすぐさまトイレへと駆け込んだ。

 やりたくはなかったが、私は仕方なく靴の裏のうんこを落としにかかった。できるなら道具などを使って体から離れたところで間接的にでも取り除きたかったところだが、トイレットペーパーを厚く折り重ねて手で拭い去るぐらいしか方法が見あたらなかった。そのためには当然靴の裏を顔の前に持ってこなければならないのだが、このうんこは尋常な臭いではないのである。排出したての臭めのうんこぐらいではとてもじゃないが太刀打ちできないような爆臭を放っている。まず間違いなく犬の糞だろうが、出来てからかなりの時間が経過しているもののようで、おそらくは腐っていると思われる。ただでさえ臭いものが、さらに腐っているのだ。

 生ゴミは元は臭くもない食材だったりするが、腐ればあれほどの臭いを発する。数学的に極めて単純化して書くと、生ゴミの元となる食材の臭いを“x”、腐臭係数を“α”とすれば、腐った生ゴミの臭いは“αx”ということになる。一方、うんこ臭係数を“β”とすると、同じ食材を食べたとして、うんこ化したときの臭いは“βx”である。“α”と“β”の値のどちらが大きいかというのはその時々であるが、いずれにしても、このうんこが腐ったとしたらその臭いは“αβx”ということになる。すなわち、ただの腐った生ゴミより“β倍”臭い、言い換えれば、“うんこ倍”臭いのである。まあ、実際はそんなに単純なものではないから、これ程は臭くないかも知れないし、これ以上に臭いのかも知れない。

 なんにせよ、とにかく人生で初めて嗅ぐようなとてつもない臭いの物体を鼻先に掲げ、指先にその柔らかさと粘っこさを感じながら、私は一生懸命に作業を続けた。人間にはどうしても『臭いもの嗅ぎたさ』という心理があるから、ちょっとだけは確認してみるものの、その都度倒れそうになって結局は息を止める。口で息をしながら作業をすれば臭くはないだろうが、食物を入れるべき口の中が恐ろしく汚染されてしまうような、また、鼻毛というフィルターも無しにあまりにもダイレクトに毒ガスを吸い込んでしまうような恐怖感に駆られて、それはできなかった(実際、物の臭気を感ずるということは、その物体の一部を体内に取り込んでいることに他ならない)。結局、作業中は息を止め、苦しくなったら思いっきり腕を伸ばして靴を遠ざけ、顔は出来る限り反対側を向いて短時間に一呼吸のみ行う、ということを繰り返した。

 この『腐ったうんこ』は粘土のような粘り気を持っている。表面は茶色く、多くの枯れ草に覆われており、一見ただの土のように見える。だが、表面を取り除くと内部は灰色がかった特殊な色合いで、靴裏の滑り止めの隙間に完全に入り込んでおり、とてもトイレットペーパーだけで取り除くことの出来る状態ではなかった。結局は大学のトイレで完全にきれいにすることはあきらめ、家に帰ってからトイレ洗浄用のブラシで洗い流した。これ程の粘り気を持っているために、大量に靴の裏に付着したまま歩き回っても全く落ちることがなく、また、古くなって表面がやや乾燥状態にある上、草が覆っていることにより、ほとんど床を汚すこともなかったのだと思われる。さらに、この時の靴がやや底の厚い、かかとの少し高い革靴であり、うんこの大半が土踏まずの部分に付着していたこともまた、床を汚さずに済んだ理由の一つであろう。だが、このために足の裏から伝わってくる異物感が全くと言ってよいほどなく、結果、うんこの発見が遅れた原因となっていたとも言える。

 記憶が確かなら、うんこを踏んだのは15年ぶりのことであった。小学一年生の時以来である。しかも建物の中にまで持ち込んでしまったことに、私は少なからずショックを受けた。しかしながら、いったい私はこのうんこをいつ踏んだのか。それが最大の謎だった。

 15年前なら、道端によくうんこが落ちていたものである。いい加減な舗装と言うのか、道の端だけは土が残っていて雑草が生えているようなところがそこらじゅうにあった。よせばいいのにそういうところを好んで歩いたりしたものだから、割と頻繁にうんこを踏んでしまったものである。だが、15年後の道路には滅多にうんこなど落ちていないようになった。道端に雑草が生えているようなこともない。そもそもスクーターで通学していたので、家から大学までの間にはほとんど地面に足を着くことがないのである。玄関で靴を履き、数歩でスクーターににまたがり、そのまま舗装道路を走り続ける。大学までの間で地面に足を着くのはおそらく信号待ちのときだけであり、回数にすれば10回にも満たないのではないかと思われる。大学に着けば、バイク置き場の床はやはりコンクリートであり、そこから建物入口までのせいぜい20mの距離を歩くのも、やはりコンクリートかタイルの上なのである。この間のどこで踏んだのか。うんこの表面に草が多く付着していたことからしても、うんこ自体がかなり古い物であることからしても、この通学ルートの中で私が足を着きそうな場所にうんこが落ちていたとはとても考えにくい。家畜を載せたトラックなどから糞が落ちたのか、それもあり得なくはないとも考えたが、下がアスファルトやコンクリートであればどうしたって目に付くだろうし、仮に見落としたとしても、踏んだときには気付くのではないかと思うのである。

 いろいろと考えているうち、そもそもその日の通学時に踏んづけたという前提が誤りなのではないかということに気が付いた。そして記憶を辿っていくと、一つの場所に思い当たった。それは前日、帰宅途中に立ち寄った友人のアパートである。スクーターを駐車したのは舗装されていない場所だった。そして、確かに雑草も生えていたのである。実に私は、研究室だけではなく、自分の家の玄関にまでうんこを持ち込んでいたのだった。

 というわけで、草むらには気を付けねばならないという教訓を15年ぶりに再び得て、事件は解決した。この教訓を忘れなければ、これから暫くはうんこを踏むこともないだろう。もしかしたら一生踏まないかも知れない。そんなことを思った。

 それから半年後、私は就職して東京にいた。そして、うんこを踏んだ。綺麗に舗装された広い道路の上で、真新しい、大きくてやわらかいうんこをこれ以上ないという程みごとに踏んだ。人目を気にしながら歩道の縁石の角でうんこを拭い、しばらくの間、足を引きずるようにして歩いた。なんとも情けなかった。

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