うんち君のこぼればなし
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デンジャラス・キッチンズ

『The Dangerous Kitchen』はフランク・ザッパの曲である。曲というより、“しゃべり”であるという感じもするが、これは家の中の台所についての歌である。私がこれから書くのは、家の外のキッチンの話だ。

 JR御茶ノ水駅は現在私が勤めている設計事務所から10分ほどの距離に位置している。その駅前に一軒の洋食屋がある。入ったことはないが、ちょっと度肝を抜かれた名前なので、いつも気になって看板を眺めてしまう。看板にはこう書いてある。

“ボリュームたっぷり キッチン・カロリー”

 安い上にボリュームが半端ではないので学生に人気だそうである。以前テレビ番組で、あるタレントが(誰だったか忘れたけれど)学生時代に通った店として紹介されていた。だが、このネーミングでは、体型を気にしている女性はなかなか入れないだろうなと思う。

 大学時代、いわゆる学食での出来事。その時私が注文したのは、スタミナ焼き定食とかいうものだったと思う。ステーキ皿というのか、木製の受け皿の上に熱い鉄板が載って、その上で料理がジュージューと音を立てている。学食は当然のごとくセルフサービスで、食事を取ってくるのも食器を下げるのも自分で行うわけだが、この日も、食事を終えた私は器を持って下膳口へ向かった。下膳口の手前には大きなポリバケツがあり、そこに残飯を入れることになっていた。基本的に私は何かを残すような事はほとんどないのだが、それでも捨てるべき何かが皿の上に残っていたのだろう。私は皿を逆さにして、その上のものをポリバケツの中へ捨てた。

 その時、「ゴトンッ!!」という大きな音がした。「しまった!」と思った。鉄板ごとポリバケツの底へ捨ててしまったのである。簡単に取れる深さではない。我ながら間抜けなことをしたものだとうんざりした。このままにしておけば、たちまちにして鉄板は後から捨てられた残飯の下に埋まり、生ゴミとして処理されてしまうだろう。鉄板はモーレツに燃えないゴミなので(そもそも本当はゴミでさえないけれど)、ゴミの分別の点からも好ましくないことである。もしも、家畜の飼料にでもされるなら、彼らの歯が心配でもある。というわけで、格好悪いながらも鉄板を拾い上げることが正しき人間の行いだと思った。思ったが、あまりに格好悪いので、私は正しくない人間の行いを選択した。下膳口で待ち受けるおばちゃんが、鉄板の載っていない木皿を見て一瞬変な顔をしたような気がしたが、私は素知らぬ顔をして逃げるように立ち去った。

 同じ学食での出来事。私は1人だった。カツカレーを受け取り、誰も座っていないテーブルに腰掛けた。いざ食べようとすると、スプーンもフォークもないことに気付いた。セルフサービスなので、自分で取ってこなければならない。私はテーブルにカツカレーを置いたまま、席を立った。スプーンを取って席に戻ってみると、向かい側に女子学生が2人座っている。

(なぜ、よりによって真正面に座るのだ?)

 私の最も苦手な状況である。男子校を卒業したてで、なおかつほとんど男子ばかりの工学部へ入学した私にとっては、見知らぬ女子学生と向かい合って食事をするなど、心安らかでないことこの上ない。友だちが一緒であればまだ心強いが、こちらは1人である。できれば席を移りたいが、それも妙だろうと思うので仕方なく食事を始めた。

 そういえば、カツカレーと言えばフォークだった。だが、それを思い出したときには既に遅かったのである。私の口にくわえられたカツの一切れは、学食ならではの猛烈に固いスジ肉であり、歯だけで噛みきることは到底不可能に思えた。かといって一口で食べるには大きすぎる。口の外にある残りの部分にどうにかして力を加えて、引きちぎってやる必要がありそうだった。それにはフォークがいるが、手元にはスプーンしかない。口からカツをぶら下げたままの顔を女子学生の前にさらしているわけにもいかず、もちろん指でカツをつまんで引きちぎるわけにもいかないので、私はとりあえず顔を伏せた。そして、口から出ているカツを皿の上に置き、その上からスプーンを突き立てて押さえ込んだ。そしてギリギリと必死に歯を立て、頭を引き上げにかかった。カレーの上で必死にもがく私の姿を、目の前の女子学生たちはどんな風に眺めているだろうか?そう考えるとみっともなさで顔が熱くなった。できる限りさりげなくもがいたつもりだが、おそらく彼女たちにはすっかり見透かされていただろう。きっと、私の脳天を見ながらほくそ笑んでいたに違いない。

 現在勤めている事務所のすぐ側に“キッチン・ジロー”という店がある。これはチェーン店で、トンカツやエビ・魚のフライなどの揚げ物、ハンバーグ、カレーをメインにした料理を出す店である。昼食の弁当はよく買うのだが、店内に入って食事をすることは滅多にない。だが、魔が差したのか、ある日の昼、私は珍しく1人で店内に入っていった。店の中は随分と混み合っていた。もしかすると、席が空いていないかなと思った。

「いらっしゃいませ」

 すぐに若いウェイトレスが近づいてきて、私を店の奥へ案内した。そこにかろうじて空席があった。店の一番奥にある2人がけの小さなテーブルが空いていたのである。ウェイトレスは有無を言わさずに私をそこへ座らせた。相席ではない。あの学食の思い出のように目の前に見知らぬ女子学生が座っているようなことはないので、とりあえずは一安心である、…と思いきや、その席のいたたまれないことと言ったら、まさに凄絶の極みであり、前代未聞、空前絶後、抱腹絶倒(マチガイ)、七転八倒(ちょっと不適切)、想像を絶する未曾有の『大いたたまれなさ』なのであった。

 私の座ったテーブルの左右には、それぞれ4人がけのテーブルがあった。テーブルとテーブルの間はほんの少ししか離れていない。そして、この並んだ3つのテーブルがある一角は、ちょっとした仕切の壁によって店の他の部分と半ば区画された空間となっていた。要するに10人がけのテーブルがある一部屋のようなものである。

 私の左側のテーブルには若い女の子4人のグループがいた。この辺りには医療事務の専門学校が幾つかあり、昼の時間になると食料を求めて大勢で姿を現すのである。この4人はほぼ間違いなくそうした専門学校の学生だろうと思われた。そして、私の右側のテーブルにも4人グループが座っていた。こちらも若い女の子である。やはり専門学校の学生に間違いなさそうだった。両グループとも、若いだけに元気がいい。よく言えば『元気がいい』だが、本当のところは『やかましい』のである。私はうんざりした。落ち着かないことこの上ない。彼女たちのテーブルでは既に食事を終えているようだった。食べたなら早く出ていけば良さそうなものを、やはりおしゃべりが楽しいのか、いつまでも席を立とうとしない。私は注文した料理が出てくるまでどうしたものか、途方に暮れていた。何もすることがなく、目線をどこにやっていいかもわかならない。若い女の子達の顔を眺め回すわけにもいかず、もちろん体を眺め回すわけにはもっといかないので、なんとなくテーブルや壁に視線をやって、時の過ぎるのを待っていた。やることがないので、神経はほとんど彼女たちの会話に向いている。どうでもいいような話が飛び交っている。そして、驚くべき事が起きた。

 私の右側のテーブルにいた女の子が、左側のテーブルに座る子に話しかけたのである(左右逆だったかも知れない)。たちまちにして2つのテーブルの間で会話が飛び交い始めた。4人グループが2つだとばかり思っていたが、実は8人グループだったのである。私は8人組の見知らぬ若い女の子達の中に1人放り込まれていたのだ。

 彼女たちは既に食事を終えているので、会話に集中している。真ん中に座る私を飛び越えて会話が繰り広げられている。1人つまらぬ顔をして黙っている私を尻目に、みんなで笑う。大騒ぎである。会話しながらもなんとなく私を気にしている様子が感じられる。彼女たちのチラチラとこちらを窺うような視線が気になる。当然、私が目障りに違いない。これを『針のむしろ』と言うのか。いっそのこと、彼女たちの会話に交ざってしまえたらどんなに楽だろうかと思うが、そんな気軽な性格でもない。

 やっと出てきた料理を私は一気に食べた。ほとんど顔を上げることなく、ただ料理だけを見つめて食べた。食事する私の脳天を皆が眺めているという強迫観念と闘いながら、ただ黙々と食べた。そして、食べ終わったとたんに伝票を持って席を立ち、その恐ろしい空間から脱出した。

 あれ程食事を味わえなかったことはない。恨むべきは私をあの席に連れて行ったウェイトレスである(別に本当に恨んではいないけれど)。気の利いた店員であれば、女の子8人グループのど真ん中に若い男1人を放り込むような真似はしないだろう。少なくとも事前に同意を求めるべきである。

「こんな店、2度と来るか!」

 という心境ではあったが、2度と行っていないわけでもない。

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