うんち君のこぼればなし
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怪奇植物現る

 今から7年ほど前の話。新婚の頃、2年間だけ住んだマンションがあった。職場に通いやすいという理由で東京のとある下町を生活の場に選んだのだが、住んでみると土地柄もその部屋もなにやら性に合わない。その街はかつてのいわゆる赤線地帯で、現在はそれなりに小綺麗にはなっているものの、やはりあまり健康的な雰囲気の街とは言えない。駅前には風俗店も多く、家に遊びに来た友人がこの街の様子を見て、「欲望にストレートな街やね」と言ったことを良く憶えている。

 マンションの前は国道で、窓を開けているとうるさくてしょうがない(その点は現在住んでいるところでも同じなのだが)。また、横の細い道を挟んだ向かい側にはラブホテルがあって、昼間からなかなか繁盛している様子だった。成人の日に晴れ着姿の女の子を乗せた車が道路に列をなして順番待ちをしている光景には感心したものだ。

 周りはそんな環境だが、部屋の中もなんだか感じが悪い。建物自体はさほど古くもない、白いタイル貼りの小綺麗な鉄筋コンクリート3階建てで、我々の部屋はその2階だった。部屋の通気が悪くやたらと湿気っていて、あちこちにすぐカビが生える。風呂場の排気ダクトがトイレのダクトと繋がっているので、風呂場の湿気がトイレに流れ込み、トイレ内はいつも結露状態である。キッチンの蛇口の付け根から常にジワジワと水が漏れてきて、流しの一部は常に水浸しである。 

 何があるのか知らないが、なんとなく嫌な感じがする。一人でいるときなど、多少の薄気味悪さを感じる。見る人が見れば何かいると言われるんじゃないかという気がしないでもない、妙な居心地の悪さがある。当時は共稼ぎだったのだが、二人ともそこに越してから妙に体調がすぐれず、やたらと寝込んだり、食中毒になったりであまり良いことがない。寝ていると、早朝4時頃に部屋の呼び鈴をならされたような気がして目を覚ますことが幾度もあった。気のせいかなといつも思うのだが、夫婦で目を覚ますことも何度かあったので、実際に鳴らされていたのではないかとも思うが、いつも寝ている頭で聞いているので定かではない。本当に鳴らされているのだとすればいたずらなのだろうから、やはりあまり楽しくない土地柄だということであるし、もしも空耳のようなものだったとすれば、何が我々に起こっているのか理解に苦しむところであり、いずれにしてもあまり気持ちのいいことではない。

 そんな状況があって、特に妻の気持ちとしてはこの場所を早く離れたいという思いが強くなっていた入居2年目の夏頃、それは現れた。

 妻が買ってきた小さな鉢植えの植物をキッチンの流しの上に置いていたところ(水場に生きた植物を置いておくのは風水的にはよろしくないと後ほど聞いた。参考まで)、そのうち妙なものが土から顔を出した。

 形は野球のバットをちょっとずんぐりにしたようで、それが3本一株のように立ち上がっている。大きさは最大のもので1.5センチぐらい、小さいものが1センチぐらいだろうか。茶色で表面に短い毛が生えていたような気がする。質感としては果物のキーウィの皮に似ているかも知れない。てっぺんは丸く球状だった(図ー1)。

 妙なものが生えてきた、と最初は思っただけだった。見たことのないものなので、多少の興味を持ってそのまま見守ることにした。

 2,3日経ってふとその妙なものに目をやると、思いがけない変化に気づいた。一番小さな1つだけは変わっていなかったが、他の2つを見ると、丸かったはずのてっぺんの部分が、まるで刃物でスパッと切り取られたかのように真っ平らになっているではないか。

「あれ?何じゃこりゃ」

 私は妻を呼び、更に二人で顔を近づけてよく見てみると、切り取られた断面とも言える部分に白い膜が張っていることが確認できた(図ー2)。

「うわ、ますます奇っ怪な!」

 私はいよいよ興味を持ち、爪楊枝を手にしてその白い膜を突っついてみた。すると“まりも羊羹”の皮のように、その白い粘膜が楊枝の先からぱっと弾けて穴が拡がった。驚いたことに、バット状の形態の中味はほとんどが空洞であった。しかしただの空洞ではない。その中には透き通った液体が満ちていた。ただの水かも知れないが、定かなことは分からない。そして、液体の底には球が3つ噛み合ったような形状の何かがあった(図ー3)。

 この時、妻はゾーッとして鳥肌が立ったらしい。エイリアンの卵がピュッと顔をめがけて飛んでくるような、なにか得体の知れないものに襲われる恐怖をにわかに感じたという。まあ、想像力がありすぎだが、私から見ても薄気味の悪いものであることには違いない。それ以来妻はその植木鉢に近づくことができず、私が鉢をベランダに出し、妻が近づかなくてもすむように端の方へ追いやった。妻はベランダへ出るたび、その鉢の存在を目の端で気にしながら直視することをせず、日光にさらされてその怪奇植物が乾燥死するまで安堵することがなかった。

 後日、以前勤めていた会社の連中と飲んだときにこの怪奇植物のことを説明し、会社の植物調査部門の人間に簡単な調査を依頼したところ、それがキノコの一種であることが判明した。しかし、何というキノコだったか、詳しいことについては良く憶えていない。とにかく、不気味で面白い珍キノコである。以来、二度と目にしたことはない。

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