うんち君のこぼればなし
ホーム      前へ INDEXへ 次へ
邪悪な小学校

 私はへそ曲がりなので、世の中の流行というものに乗っかるのが嫌いである。だからネット上でよく使われる顔文字なんてものも使わない。ネット上に限らず、最近雑誌の記事などでも良く見かける“(笑)”というやつも使わない。使わないんだが、そういう流行ものをいじくって遊ぶのは好きなので、ちょっとしたバリエーションを考えてみたりする。どうせやるなら徹底的にやってみるのがいい。

 たとえば(例)。

 ああ、そこだ、そのちょっと上だ、そう、そこそこ(痒)。いやあ、おさまった(楽)。あれ(疑)?なんか、カサカサいってるけれど(聞)。うわあー(驚)!出たあ(油虫)!殺虫剤はどこだ(捜)。シューッ(噴)!いやあ、死んだ死んだ(安)。あっ(臭)。ごめんごめん(屁)。腹の調子がちょっとね(痛)。ちょっくら行ってくるよ(便)。長びくかも知れないから、本がいるな(持)。ふんふん(読)。ついでにこっちも(糞糞)。カラカラ(紙)。よいしょ(拭)。ジャー(流)。ホイッと(上)。シュル、カチャカチャ(締)。ガチャ(開)。バタン(閉)。ただいまぁ(戻)。いやあ、スッキリした(空)。

 といった具合。ちなみに、上の例では、トイレで手を洗う場面が描かれていないが、それは省略したのであって、私のことを事後に手を洗わない男だと誤解しないでいただきたい。念のため。カッコ書きの使い方のルールがいまいち統一されていないが、用法もこのぐらい自由度があった方がかえって面白いだろう。日本語の新しい文化として発達させるのも結構いいかも知れない。でも、実際のところは、こんなこといちいちやってられないのである(面倒)。

 さて、どうでもいい話から始まったけれど、最近、日本語の単語の使い方について考えることがあったので、それについて書いてみる。

 昨年の夏から、都心の現場でしばらく設計監理の仕事をしていた。週に一度は現場に行っていたのだが、時間がうまく合えば、電車で行くよりもバスで行った方が早かったりするので、都心の街並みをのんびり眺めながら、おじいちゃんおばあちゃん達と一緒にバスに揺られて現場へと向かうことが多かった。

 いつも降りる現場近くのバス停は、とある区立小学校の真ん前にある。いかにも都心の小学校らしく、鉄筋コンクリート5,6階建ての小綺麗なビルである。よくよく見ないとそれが小学校であることなど気づかないような建物だ。その小学校の正門前に掲示板がある。様々なものが貼ってあるのだが、私がどうも気になって仕方のないボードが一つあった。そこにはこう書いてある。

“こんげつのめあて”

 一年生にでもわかるようにという配慮だろう。全部平仮名で書いてある。その具体的な中身は書いていなかったような気もするし、書いてあったような気もするが、とにかくその表題が気になって全然覚えていない。

 日本語としては別に間違っていないだろう。『目当て』とは、『目標』、『目的』のことであって、おそらく、『もくひょう』、『もくてき』と書くよりはわかりやすいだろうとの思惑で、この『めあて』という平仮名書きの言葉が選ばれたのだと思う。

 だが、どうもしっくりこない。『目当て』という単語は、“金が目当て”とか“体が目当て”とかいうように、どちらかというと打算的なニュアンスを含んだ、いわば好ましくない意味での使われ方をすることが多いと思うのである。だから、生徒達を前に校長先生が、

「みなさん、“こんげつのめあて”は…」

 なんて言っている光景を思い浮かべると、なんだかこの小学校が、学校ぐるみで悪巧みをしている邪悪な集団に思えて来なくもない。以下は、この小学校の日常を私なりに想像したフィクションである。

「さて、全校の“こんげつのめあて”はなんだったかな。校長先生の話をちゃんと聞いていた人」
 担任の高橋が尋ねても、誰も答えようとはしない。この6年1組の教室での当たり前の光景である。高橋は、いつものように教室内を見回すと気の向くままに一人の生徒を指名した。

「三浦、わかるか?」
 その男子生徒は、物憂げな表情でゆっくり立ち上がると、静かな声で答えた。
「はい。今月の目当ては…、金だと思います」
 高橋は苦笑いをした。

「確かに、“金が目当て”というのは語呂の良い、聞き慣れた言い方だが、校長先生はそんなことを言ってないぞ。だいたい、小学生に向かって、『目当ては金です』と言ったところで、意味が分からん。もういい、座って」

 高橋はもう一度教室を見回すと、今度は一人の女子生徒に目をとめた。学級委員の垣内葉子だ。ただし、この学校では学級委員のことを“組長”という。彼女は通称“女組長”で通っている。成績は優秀で、およそ質問に答えられなかった例がない。一つの質問に確実にケリを付けたいとき、高橋は決まって彼女を指名する。

「じゃあ、女組長、分かるか」
「はい」
 彼女は眼鏡の縁をキラリと輝かせ、一寸の無駄もない洗練され尽くした動きでスッと立ち上がると、無表情のまま答えた。

「校長先生は、こうおっしゃいました。『“こんげつのめあて”は、“積極的に手を挙げて自発的に答えましょう”です。今まで、先生の質問の答えが分かっているのに手を挙げなかった人たちが多かったのではありませんか?これからは、分かっていたらどんどん手を挙げて、そして、分かっていなくても、もっとどんどん手を挙げて、活気ある教室づくりに励みましょう』」

「随分正確に覚えていたな。それについて女組長はどう思う」
「はい。“こんげつのめあて”と、全部平仮名で書いてあるぐらい低学年に配慮している割には、“積極的”とか“自発的”という表現は難しいのではないかと思いました。せめて、説明を加えるべきだったのではないでしょうか」
「それだけかな」
「分かっていないのに手を挙げろというのは、当て推量でもいいからとりあえず答えろ、でたらめなことをどんどん発言しろという意味だと理解しましたが、それでは教室内の秩序が乱れるのではないかと思いました」
「なるほど。先生もその意見には賛成だ。あの校長は時々余計なことを口走るので、みんなも注意しなさい。だが、“分かっていたらどんどん手を挙げる”という点はどうかな。今、女組長は私の質問の答えが分かっていたわけだけれど、“こんげつのめあて”に反して手を挙げなかった」
「“こんげつのめあて”をこのクラスでも受け入れるという方針が示されたならば、そのように努力します」
「よし、座りなさい」

 高橋はもう一度ゆっくり教室中を見渡して、そして言った。
「“こんげつのめあて”を実現するための『くわだて』を各班で話し合いなさい。班の『くわだて』を実行する上で、1人1人は何をすればいいのか、それぞれ自分の『たくらみ』を決めなさい。そして、『もくろみ表』にまとめなさい。『もくろみ表』には、班の『くわだて』、そして個人の『たくらみ』を書いて、それぞれ、『ぬかった』、『しめしめ』、『まんまと』の3段階評価を毎日書き入れなさい。月の終わりに、『まんまと』の一番多かった班と個人に賞金を出します。だから、“こんげつのめあて”が金だという三浦の答えもあながち間違いではなくなったわけだ。ただし、評価に不正が見つかった場合はただならぬ罰を与えるので、覚悟するように」

 嫌な小学校である。でも、フィクションなので。

 我ながら、なんのことやら。

 おしまい。

ホーム      前へ INDEXへ 次へ