うんち君のこぼればなし
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イタリアへ行こう!

 稀にではあるが、朝の腹の痛みが激しすぎる場合、とてもじゃないが会社まで我慢できないということがある。そんなときは乗換駅でトイレへ寄ることになるわけだが、会社には間違いなく遅刻である。会社に行ったところで最初の15分ぐらいはトイレで過ごすのだから実質的には同じ事であるのに、片や遅刻でこなたセーフとはあまり面白くないが、そこは社会のルールなので致し方ない。

 そしてもう一つ面白くないのが駅のトイレに設置された尻拭き紙の自動販売機だ。正式にはなんというのか分からないが、一般にトイレットペーパーと言えばロール状の紙を思い描くであろうから『尻拭き紙』としておく。私が利用している某私鉄の駅のトイレにはトイレットペーパーのホルダーは着いているが、ほとんどの場合肝心のトイレットペーパー自体は無い。たまに見かけることもあるが大抵は既に使用済みで、芯だけが残っていることが多い。駅側の管理がなっていないために補充が不完全なのか、とにかくタダでは尻も拭けない。世の中にはとても不真面目な人達がいっぱいるようで、手持ちの普通のティッシュペーパーを使う人も少なくはないようだ。その実態は散乱するポケットティッシュの空き袋の数を見れば容易に推測できる。しかしながら、ポケットティッシュはいけない。いや、ポケットティッシュ自体はいいけれど、あれをトイレに流してはいけない。それは常識だと私は聞いている。そんなことをすると後の汚水処理が大変になる。こういう人達には社会的な責任感が足りないのだ。きっと便器の周りにうんこのかけらを置いて行くのもそういう輩に違いない。そもそもティッシュを使えば配管が詰まってしまう危険性がある。トイレの配管が詰まると、とてもひどいことになる。私には苦い思い出があるので声を大にして言いたい。
「普通のティッシュを水洗トイレで使うなかれ!きっとそのうち地獄を見ることになるぞ!」

 本人が地獄を見るのは構わないが、私のように関係のないまじめな人間がとばっちりを受けてはたまらない。あんな経験は二度とごめんなのだ。(「地獄を見た日」参照)

 さて、そんなわけで私はきちんと『尻拭き紙』を買う。1パック100円、良心的なところでは2パック100円で売っている。毎日、みんなで金を払って電車に乗っているのだからトイレットペーパーぐらいサービスで着けとけと言いたいところだが、そこはまあよいとしておこう。私が許せないのはその販売機の設置場所だ。大抵の場合トイレ入口のすぐ脇、外側に置いてある。どこからでもよく見える場所に置いてある。買う人に分かりやすいよう配慮してくれているのかな、と受けとれなくもないが、実際のところ設計時点ではそんなものを置くことは考慮していなかったのだろう。単にスペースの関係でそうなっているに違いない。それにしても、あまりにデリカシーがなさすぎる。そんなことを男が気にするものではないと思う方もいるかも知れないが、男だからこそ気にする理由があるのだ。男の場合、小用では紙を使わないのが普通である。チョチョイとナニを振ってから仕舞うだけである。要するにパンツで拭いちゃうんである。それを聞いて「汚ーい!」と言う女性もいるが、小便器の横にトイレットペーパーがない以上、それはもう社会が認めたルールである。すなわち、男がトイレで紙を使うのは大便に限ってのことなのであるから、こんな人目に付くところで尻拭き紙を買うということは、
「ご通行中の皆さん、私は今から大便を致します!」
 と言っているようなものなのである。世の中には色んな人がいるものだから、そんなことは全く気にしないおやじさん達もいるにはいるけれど、そんな人は意外と少ないような気がする。実のところこうした駅の便所などで堂々と脱糞音を立てる人はそう多くない。腹の調子が悪いときにどうしても大きめの音が出てしまうのは仕方がないとして、普段我々が家庭のトイレで気兼ねなくする時のような、思い切りのよい音はあまり聞こえてこないものである。それだけ皆さん苦しみの中にあっても気遣いをしている様子なのだ。要するに男にも、もちろんおやじさんたちにも充分デリカシーはあるということだ。

 さて、その日、私は例によって腹痛を起こし、途中の乗換駅でトイレに寄った。いつも持ち歩いている『尻拭き紙』も残り僅かである。仕方なく人目を気にしながら素早く購入する。とは言え、この販売機ときたら金を入れた後にレバーを押し下げるもので、「ガッチャンコ!」とえらい大きな音が出る。嫌でも目立ってしまうのである。だが、本当のところそんなことを気にしてもいられない。早いところ列の後ろに並ばねばならないのだ。トイレの中へ入ると状況は厳しかった。大便ブースの空きを待っている人達がいつもより多い。3つあるブースに対して既に4人ほどが並んでいる。こんなにも仲間がいるのかと少々嬉しい気持ちもある反面、先行きの不安も大きい。こんなに人が並んでいては10分以上待たされる可能性が高い。だが経験上、他のトイレを探したとしてもここで並んで待っているよりも早く入れることは少ないので、結局ここでこうしている以外に道はないのである。

 ブースのひとつが空いて列が前へ進んだとき、今まで壁の陰に隠れていた一番手前のブースが目に入った。驚いた。扉が開いたまま、そこは使われていない。そして大きな立て札が立てられている。

“清掃中”

 腹の中に怒りがこみ上げてきた。こんな忙しい朝に清掃とは!しかも、実際には清掃などしていない。ただ立て札だけが置かれていて、無言のうちに「使うな!」と言っているのだ。これが“清掃中”ではなくて“故障中”だったとしたらあきらめもつく。あるいは実際に清掃をしているなら「なんでこんな混んでいるときに」と多少腹は立とうが、「仕事だから」と、ある程度納得もできる。だが、ここには誰もいない。清掃の用具さえ置いていない。私が勘ぐるに、これは一種の場所取りに違いない。混んでいる朝だからこそ、空いているうちに場所をキープしておこうという極悪清掃人の悪らつな魂胆に違いない。そして自分に都合のよい時にすぐ掃除ができるようにとの、うんこより汚い策略なのだ。

 彼か彼女かは知らないが、明らかにこの人物は繊細な心を持ち合わせていない。繊細でないからこそ、この人は神経性の下痢をしない。もちろん、繊細な人がみな神経性の下痢をするとは言わない。だが、繊細であるならばたとえ頻繁な腹痛体験はなくとも、ここに整列している我々の苦しみを多少は理解する力を持っているはずだ。繊細でない上にこうした体験も持ち合わせていないからこそこんな惨い仕打ちを平気で行うことができるのに違いない。

(ああ、救いがたい世の中だ)
 私は心の中で嘆いた。私の前にはまだ3人が立っている。3つだと思っていたブースは実質2つでしかなかった。
(10分どころでは済まないな。あと何回あの苦しみが襲ってくるだろう。はたして耐えきれるだろうか?)

 早く楽になってこれを使いたいという思いからなのか、手にしていた『尻拭き紙』のパッケージがいつの間にか私の目の前に掲げられていた。見ると、裏側に差し込まれた紙にはタロットカードの絵柄とともにこんな文章が書かれている。

〜ジプシーおばさんのお告げ〜
〈スパーデ〉剣1
新しい恋の始まりの予感。衝撃的に心を奪われるでしょう。
◆タロットカードは神聖なものなのでゲームに使ってはいけないといわれています。

(下痢に苦しんでいるときに便所紙の裏にこんな事を告げられてもなあ)
 普段からこんな占いなど全くあてにする質ではないが、『尻拭き紙』のパック裏に書いてある占いならなおさらのこと信じる気にはなれない。ここは便所。愛や恋とはあまりにも懸け離れたところである。それに今はそんな事に心を奪われている余裕もない。

 それにしても、こんなものに占いをつけるセンスも理解できないが、何よりも驚いたのはその下に小さく書いてあったこんな文章である。

78枚集めた方に
1.イタリア旅行【4名様】
2.有名占い師による無料占い券【30名様】
が当たります!(年2回抽選)

 78枚!この尻拭き紙を78パックも買えというのだ!ひとつ100円として7800円!あのガチャンコレバーを78回押し下げねばならないのだ。こんな私でさえ買ってせいぜい月に1度か2度である。月に2度買うとしても39ヶ月、すなわち3年3ヶ月かかる。実際にはそんなに買わないから、おそらく集まるまでに最低5年は必要だろう。これでイタリア旅行に行った人を是非見てみたいものだと私は思った。

 さて、15分も待ったろうか、ようやく空いたブースに入ることが出来た私は早速用を足し始めた。それにしてもいつも思うことだが、こうしたトイレの汚さといったら言語に絶するものがある。世の中まだまだだなあとまた思う。どうしてちゃんとターゲットに入れられないのか。せめて、はみ出たら拭き取っておくぐらいの配慮がないものか。こちらはズボンの裾が汚れないように気を使わなければならない。うんこはつけっぱなし、タバコの吸い殻は捨てっぱなし、ティッシュの空き袋も捨てっぱなしで、もちろん小便もこぼしっぱなしだ。腹の中は空になっても、私の心の中はいつもいたたまれない思いでいっぱいなのである。

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