うんち君のこぼればなし
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新型iMacきたる

 2002年2月28日夜。

 私が風呂に入っているところへ、妻がやって来て言った。
「旦那さ〜ん、恐いよ〜」
 またゴキブリか何か不気味な生き物が出たのか、あるいは怪奇現象でも起こったかと思ったが、そうではなかった。彼女がメールを打とうと、いつものようにiMacを立ち上げたところ、
「バチッ!バチバチッ!」
 と、いかにもショートしているかのような音と画面の乱れが相当な勢いで現れたらしい。
「爆発する〜」
 と、妻は恐怖におののいていた。近頃、古いテレビが火を噴いたなどという話題を耳にするのでそんな発想になったようだが、私は笑いながら、
「爆発はしないだろう」
 と言って妻を安心させようとした。しかしながら、爆発はしないまでも、iMacが壊れてしまうという可能性は考えないでもなかった。ただ、それさえもほんの僅かな確率だろうとその時は思っていたのである。

 実のところ、この症状は昨年(2001年)の暮れごろから現れていた。時々「バチッ!」という音と共に一瞬画面がフラッシュする。いかにもヤバそうな感じである。

 PCのWinな友人に話してみると、「ホコリだ、ホコリ」と言った。内部にホコリが溜まって、どこかがショートしているに違いないと言う。私もおそらくそうなのかなと思った。こんど中を開ける機会があるので、その時にきれいに掃除をすれば良くなるだろう、ぐらいに思っていた。

 私のiMacは一世を風靡したいわゆるボンダイブルーの初代iMacだった。正確には本当の初代型ではなくて、マイナーチェンジが施されたB型という奴なのだが、ボンダイiMacをひとくくりで見れば、これも初代iMacの部類だろう。

 既にiMacを買ってから3年近くが経っていた。コンピューターの世界における3年間というのは本当に長い期間であって、今や我がiMacの能力と言ったら余りにも貧弱になり果てていた。私がホームページ用の絵を描くのに使っているソフトは“painter”というものであるが、そもそもそう軽くはないこのソフトがバージョン6から7にあがったところ、腹が立つほどさらに重くなった。とにかく何をするにもタイムラグがあって、スムーズに作業が進んでいかない。もはや私のボンダイiMacでまともに扱えるソフトではなくなっているのだ。こんなことならバージョンアップなどするのではなかったと思うものの、3万円弱も払ったのだから前のバージョンに戻すというのも悔しいのである。またインストールし直すのも面倒だし、結局、我慢して使い続ける決心をした。

 ソフトが重いのであればハードを速くするしかない。だが、マシンを買い換えるのは贅沢である。そんなに余裕のある経済状況でもない。というわけで私はCPUアップグレードカードを購入することにした。ちょうどそのころ、初期のiMacに対応したなかなか良いカードが発売予定との情報を得たからだ。価格は300ドル。日本で買うと4万円程度ということだった。ついでにメモリも最大限乗っけてしまおう、CD-R/RWも無いのでこれも買ってしまおう、ということで締めて7万円程の投資になった。

 CPUアップグレードカードの納期がだいぶ遅れたので、私のボンダイiMacが生まれかわりを果たしたのは、カードを予約してから4ヶ月ほどが経った、今年(2002年)の1月末のことだった。このカードとメモリを取り付けるとき、内部を丁寧に掃除した。確かに細かいほこりがかなり積もっていた。

 すっかり清掃され、高速化された我が新生iMacがいよいよ立ち上る時がきた。既に1年以上前に取り替えられていた大容量のハードディスクが“カリカリ”といつもの音を立て始めた。

「バチッ!」
 ところがそのとき、例のヤバそうな音とともに画面がフラッシュしたのである。
「あれっ?直ってないなあ」
 それは意外な展開だった。私の見込みとしては、そんな症状はすっかり消えて無くなるはずだったのだ。その上、気のせいか以前より症状が悪くなったように思えなくもない。私の脳裏には不気味な想像が浮かんだ。

「7万円も投資したのに、すぐ壊れちゃったりしないだろうなあ、まさか」

 なんとなく不安は残ったものの、症状も変わりないといえばそう言える程度なので、まあ良しとすることにしよう、マシンのパフォーマンスもだいぶ速くなったことであるし…、と思いきや、painter7を使うにはまだまだ遅すぎた。確かに全体的に見れば何かと動作が速くはなったのだが、少なくともpainter7に関して言えば、とてもじゃないが快適な作業環境に変わったとは言い切れないレベルなのである。私はかなり不満だった。しかし、これだけの投資をした以上、あと2,3年はこのまま使い続けるという私の決意に変わりはなかった。

 ところがである。それからちょうど1ヶ月が経ったこの夜、我がボンダイiMacは、かつてない激しい“発作”に突如見舞われた。
「つけない方がいいよ、爆発するよ〜」
 そう妻は言ったが、何にしても一度その症状を見てみなければならないと思った。

 パワーボタンを押すと、iMacはごく普通に立ち上がり始めた。ところが、それもわずかの間のことであり、たちまちにして“発作”が現れた。その「バチバチッ!」と断続的に聞こえる音の激しさと画面の乱れ具合は、まるでiMac内部での“溶接作業”を思わせる程であった。今まで時たま現れていただけの症状とは、頻度も程度も明らかに違う。言うなれば、今までの『しゃっくり』に対して、今回は『激しい咳』といった程の違いである。息も絶え絶えの様子なのだ。

「ホントだ、ひどい」
 私はとりあえずiMacの電源を落とした。
「修理するまでつけない方がいいよ」
 妻の言葉を聞いても、私はまだ騙し騙し使えるのではないかと思っていた。暫し考えた後、私はiMacを再び立ち上げることにした。少し使ってみて、どうしても支障があるようだったら修理を考えようと思ったのである。

「バチッ、バチバチッ!バッチ、バッチバチ、バチバチバチバチッ!」
 立ち上がり始めたとたんに先程よりも更に猛烈な勢いで咳き込みだしたiMacだったが、一瞬の後、突然の沈黙が訪れた。同時に電源ランプが消灯し、そしてそれが二度と光ることはなかった。CPUを取り替えたのが災いしたのか。CPUをオリジナルのものに戻し、メモリも元のものに差し替えて再度スイッチを入れてみた。するとパワーランプが光ったのである。しかし、それも一瞬だった。結局その希望も束の間、再び沈黙が訪れて、今度こそ本当にそれっきりになった。

 こうして私のボンダイiMacは、3年と1ヶ月半の生涯を閉じたのである。チューンナップしてから僅か1ヶ月。ほとんどなんの恩恵も受ける暇はなかった。

 販売店に問い合わせてみたところ、修理はおそらくマザーボード交換ということになりそうだから、買った時の値段かそれ以上に費用がかかるだろうとのことであった。これはもう、新しいものを買う以外選択の余地がないことを示している。誰がそんな金を出してまで時代遅れの性能を手に入れようとするものか。そこまでボンダイに執着を持っているというわけでもない。

 つい先頃、新型iMac発売のアナウンスがあったばかりである。かなり興味をそそられたものの、既にCPUアップグレードカードを注文していた私は、その欲求に我慢の蓋を被せた。しかし、今や事態は変わったのである。新型iMacが私を手招きしている。致し方ない。買おう。おそらくそれが私の本当の願いだったのだ。私の隠された願いが見えざる力となって、ボンダイを叩き壊したのかも知れない。そんなことをふと思った。

 買い換えるとなれば、もちろんボンダイ用のCPUアップグレードカードも不要だし、メモリも使えない。新しいiMacにはCD-R/RW機能付きのドライブが内蔵されているので、外付けのCD-R/RWも不要である。実はこの外付けのCD-R/RWドライブを私はまだ一度も使っていなかった。こんな事なら箱に仕舞ったままにしておけば良かった。それだけで売値が随分と違う。とにかく全てが用無しとなってしまった。もったいないので、以前使っていたメモリも含めて秋葉原へ売りに行った。すると、新品購入時価格、総額9万円程の中古部品が占めて3万円強で売れた。ここのところメモリが高騰し始めており、そのおかげで256MBのメモリ2枚を随分高く買い取ってもらえたのが幸いしたようだ。ちなみに買い取り価格が一番安かったのは、ボンダイiMacにもともと付いていた32MBのメモリで、20円だった。

 さて、新型iMac。既に発売されているのですぐ手に入るだろうと思っていたら、品薄で1ヶ月ほど入荷見込みがないなんて話が出てきた。すぐに手に入るなら最上位機種でもよいかと思ったが、どれも同じ程度待たされると聞いて、結局ミドルクラスのものを選んだ。多少速度が落ちるのと、DVDが焼けないこと、ハードディスクの容量が20GB少ないこと、この3点で3万5千円の価格差がある。この程度の性能差は我慢して、増設用のメモリ代に充てるつもりでこの差額を節約した。

 ボンダイiMacのハードディスクは無事だったので、外付け用のハードディスクケースを買ってきてそれに入れ込み、会社のMacに繋いでメールぐらいはそのまま使っていたが、家では何も出来ない。コンピューターの無い1ヶ月は思った以上に長い。この3年間、コンピューターに随分時間を割いていたことを再認識した。暇になったのでテレビを見たり、ゲームをしたりする時間が増えた。

 iMacが壊れてから一週間後。プレステ2でゲームをやっていると、急に画面が右側から縮んできた。画面の右端が真っ黒になって、表示領域の幅が8割ぐらいになった。
「アレ?なんだなんだ」
 プレステ2もコンピューターの一種であるから、どこかでソフト的におかしくなったのだろうと思い、接続を一度引っこ抜いてみたりしたが直らない。しかし、テレビの電源を入れ直してみたら直った。今のはなんだったのだろうと思いながらもまたしばらく遊んでいると、再び画面が縮んだ。今度は7割程になった。またテレビのスイッチを入れ直して元に戻す。そんなことを4、5回繰り返した。徐々に画面は狭くなってくる。
「なんか、ヤバいなあ」
 そう思いながらも意地でゲームを続けていると、すぐに新たな画面収縮が起こった。今度は、「ピーッ!」という得体の知れない音を伴っている。そして唐突に「ブチン!」という断末魔の叫びを残して画面は漆黒へと変わった。画面が二度と光を取り戻すことはなかった。

 こうしてボンダイiMacの後を追うかのように、我がパナソニックのテレビも14年弱の生涯を閉じた。まあ、これは充分な期間働いてくれたので、老衰みたいなものだと納得も出来た。致し方なく、翌日、近くのコジマにテレビを買いに行ったが、それにしてもテレビは安い。14年前に買ったものよりも大きさも性能も上回っているテレビが、当時よりも格段に安く買える。もちろん、プラズマやワイドテレビを買うわけではないのでそんなことが言えるのだが、それにしても当時の半額なのである。とても安いので、リサイクル法による古いテレビの引取料が異常に高く思えた。

 新しいテレビが届くのは二日後だった。私はこれ程暇な土日を過ごした記憶がない。我々夫婦がコンピューターとテレビにいかに暇つぶしを依存していたのかを改めて知った。余りにも退屈なので日曜日はどこかへ出かけようかとも思ったが、寒かったのでやめた。予定外の出費ばかりで、更に金を使う気が起きなかったこともある。結局、お茶を飲み、好きな音楽を聴きながら、買い置きしてあった本をずっと読んで過ごした。優雅な一日であった。とは言っても、読んでいた本はコリン・ウィルソンの『エイリアンの夜明け』。内容的にはあまり優雅な雰囲気ではない。

 2002年3月29日。

 ついに新型iMacが我が家に届いた。妻が早速、黒ヤギとハムスターのシールを貼り付けた。少し華やいだ。モニターの位置を簡単に変えられるというのはとても良いことである。体勢によって適度な位置に合わせることが出来る。速度は申し分ないだろう、多分。液晶の画面でモーレツパンチの絵を見ると、色合いやにじみ具合が多少気に入らない感じもしないではないが、それも見慣れればどうと言うことはない。

 先日、この新型iMacシリーズが突然2万円値上がりしたが、私はその前に予約していたので助かった。ボンダイiMacが壊れるのが、あと3週間遅かったら、それこそさらに悔しい思いをしたかも知れない(だが実は、4月7日現在、在庫分を旧価格のまま販売しているお店が結構あるようだ)。逆に、もう2ヶ月早く壊れていて、私が旧型iMacの最新モデルに急いで買い換えていたとすれば、それはもう、とてつもなく悔しかったに違いない。本当は、新型iMacが発表になってから、注文していたボンダイ用のCPUアップグレードカードが入荷するまでの3週間のうちに壊れてくれるのが最高であった。そうすれば、CPUカードはキャンセルし、メモリも外付けCD-R/RWも買わずに、また旧型iMacを買ってしまうこともなく、値上がりする前の値段で新型iMacを手にすることになったであろうからだ。しかし、ボンダイiMacはそれなりに良い時期に壊れてくれたと言えるだろう。無駄なチューンナップだったような気もするが、去りゆく愛機への最後のはなむけだったと思えば良いのかも知れない。感謝。そして冥福を祈る。




追記

 上の文章と絵を書いたのが4月7日。アップロードを依頼してジャンクさんに送った。仕事が忙しいジャンクさんが更新できないでいる間に、次の更新分の文章を打ち始めた。それが4月8日。新しいiMacが来てから11日目である。

 OSXのシステム上で文章を打っていると、突然画面が分裂した。と言っても、モニターが「パカ〜ッ!」と割れたとかいうことではない。画面の表示が乱れたのである。分身の術のように、左右にブレて2重に表示されるような状態になった。そして、フリーズしないはずのOSXが、いうことをきかなくなった。やむなくリセット。再起動して、さあ続きを始めようと思ったら、また画面がおかしくなった。少し放っておくと元に戻り、そしてまたおかしくなる。そんなことをしているうちに結局フリーズ状態になって、リセット。今度はハローマック(起動画面の顔付きマックのアイコン)が分裂している。真ん中にいつものマック。その左側に左半身のマック。反対側に右半身のマックが表示され、レインボーカーソルもダブルでくるくる回っている。立ち上がっても、すぐフリーズする。もう、リセットの嵐。だんだん症状がひどくなって、画面上はもうグチャグチャである。乱れた画面の中、なんとか起動ディスクを切り替えてOS9で立ち上げてみるも、結果は同じだった。

「これは、システムの問題ではない。ハードの問題である」
 そう思った私はCDから起動してみた。やはり同じ状態。もはや疑う余地はなかった。よもやこんなものを使うことになろうとは思ってもいなかったが、ハードウェアのテスト用CDが付いていたので、これを使ってみた。

 すると、画面はまともに表示された。
「お、直ったかな?」
 そう思ったのも束の間、検証ディスクの操作画面そのものが分裂。全体が表示されない。検証開始のボタンがどこにあるかも分からないまま、手探り状態でクリック。なんとかチェックを始めたようである。結果は“ビデオRAM”にエラーが出た。3度チェックして、なぜか3度違うエラーコードが出たが、“ビデオRAM”がいかれているという結果に変わりはなかった。

 というわけで、買って10日で修理に出すことになった。勘弁して欲しい。1ヶ月近く待って、やっと来たと思ったのに、もう行ってしまうなんて。アップルのサービスセンターに電話をすると、ちゃんと梱包セットを用意して家まで取りに来るという。そして修理して送り返すというのだが、取りに来るのが早くて2日後、そして修理自体に一週間から10日は見て欲しいとのことであった。まだ新品なので全く新しい本体と交換ということもできると言われたが、ハードディスクの中味は失われてしまうので、2日がかりでセットアップした苦労は水泡と化す。それに、黒ヤギとハムスターのシールも貼って、いくらかはその個体そのものに対しての愛着も湧きつつある。結局、修理を選択した。

 それにしても、これからの10日間は長い。これは拷問に似ている。よく言われる拷問のテクニックとして、こんなものがあるらしい。

 まずは相手を徹底的に拷問にかける。その時点では、強い意志を持った人間なら、死も覚悟しながらなんとか耐えることができる。すると、肉体的な限界が近づいたと思われるこの段階で、拷問する立場の者が一転して優しい態度を示す。相手をいたわり、そこまで耐え抜いた相手に敬意さえ表し、拷問の終了を伝える。精神的に張りつめた状態でずっと耐え抜いてきた相手は、そこで一気に緊張を解き、安心する。ところが、これを見届けた拷問者は再び拷問を始めるのである。こうなったら、もはや拷問に耐えられる者は皆無だという。一度弛緩した精神は、再びの拷問に対して何倍もの恐怖を感じ、それに耐えうる気力を生み出すことが出来ないという。

 1ヶ月の間、コンピューターの無い生活に耐えてきた私は、やっと手にした新型iMacで、
「さあて、やるぞ!」
 と、明るくやる気に満ちていたのである。ところが、たったの10日でその思いが中断され、また10日間を待たなくてはならない。前回の1ヶ月間に比べて、今回の期間がどれほどつらくてイライラするものか、感覚的には雲泥の差がある。「もう耐えられない」という気分なのだ。

 しかし、その気持ちが通じたのか、本日、引き取られてからたったの丸2日でiMacは帰ってきた。素直にうれしい。ロジックボードを丸々交換したようなので、頭脳は別物に生まれ変わったわけだが、ハードディスクの中のデータは無事だったし、黒ヤギとハムスターのシールもそのままである。

 そして私は早速この追記を書き始めた。その分、この文章も随分と長くなってしまったが、こうなると、忙しくて一週間アップする間のなかったジャンクさんの状況も結果的には良かったと言える。なんだか、急に良い気分である。

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