うんち君のこぼればなし
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反省しております

 うんち君お馴染みの昔話である。相手の気持ちを考えると、あまり公にする話でもないとは思うのだが、いいかげん時効かとも思うので書く事に決めた。

 私が中学二年生だった時の話。ある朝、登校すると下駄箱の横に一人の女子がたたずんでいた。他のクラスの子である。数日前に顔を合わせる機会があったから見覚えはあるが、名前は知らない。言葉を交わしたこともない。その子が下駄箱の横からジーッと私の顔を見つめている。話しかけてくるでもなく、真顔でただ私の顔を眺め続けている。

(なんだろうなあ)

 と訝しみながら、靴を履き替え、教室へ向かった。その子はそのまま下駄箱の横に立ち続けていたから、きっと誰かを待っているのだろうとその時は思った。

 しかし翌朝、その子はまた下駄箱の横に立っていた。靴を履き替える私の様子を再び凝視している。だがやはり話しかけてくることはなく、私も彼女を気にしない風を装ってその場を立ち去った。そんなことが一週間ほども続いただろうか。さすがに私も確信した。これは私を眺めるために立っているんだろう、と。

 それより少し前、こんなことがあった。ある時、教室ヘ入ると、クラスメイトの男子数名がニヤニヤと意味あり気な笑顔で、

「鬼山〜、この〜」

 などと言いながら近寄ってきた。連中が楽しそうに話すには、ある女子の鞄の中を物色したところ(もちろん本人が知らない間の不法行為)、女の子同士の交換日記を発見した。その中に私のことが書いてあったらしい。なにやら二人とも私に好意があるとかあったとか。そのうちの一人はクラスのN村という男子と付き合っているというもっぱらの噂だったが、その子の言うところによると、

「私も鬼山君が好きだったけど、あんまり冷たいからあきらめてN村君にする」

 とのことらしい。

(冷たい?)

 冷たいもなにも、私はなんにも知らない。そういえば席が隣になったことがあったような気もするが、ほとんどその子とは話すこともなく、それらしい素振りをされた記憶もない。と思ったのだが、よくよく記憶を辿ってみると、そういえば思い当たることがあった。以前、その子が側にいる時に、やたらにジーッと見つめられていたことを思い出したのである。しかし、相手の顔つきがあまりに真剣に見えたので、

(なんでコイツは俺のことをこんなに睨んでいるんだ?)

 と、ガンでも飛ばされているのかと思っていたのだ(多少不良っぽい子だったからというのもある)。

「ああ、そういうことか」

 鈍い私もさすがに気がついた。相手の顔をジーッと見つめるのは、『好き』というメッセージなのである、と。実は、そういう自分もその時には熱烈に好きな子がいて、内気ゆえ告白はできないまでも、機会がある度にその子の目に強い視線を送っていたのだから、そんなことに今ごろ気づく自分は我ながら相当のアホかと思った。

 というわけで、下駄箱の女の子も私に気があるのだろうなあと思ったわけであるが、程なく、新たな動きがあった。ある日の休み時間に、他のクラスの女子数人がやってきて、私を教室の入口へ呼びつけた。私が行くと、「ある女の子から」と、手紙らしきものを渡された。彼女らは、あの下駄箱の女子と同じクラスの子達だったし、当の下駄箱の子はそこにはいなかったから、『ある女の子』の正体はいかにも明らかである。

(これが世に言うラブレターか)

 と、多少の興奮を覚えながら一人になって開いてみれば、それはラブレターと言えるものではなく、『好きな色はなんですか』とか『誕生日はいつですか』とかいうような、たわいもない質問書だった。そして、最後にはこう書かれていた。

『好きな人はいますか?誰とはききませんから』

 色々とどうでもいいことを尋ねてはいるが、要するに本当に訊きたいのはこの一点なのだろうなと察して、正直に返事を書き込んだ。

『います』

 実際、片思いながら好きな子はいたわけだし、はっきり言って、下駄箱の女の子を好きになりそうな可能性は極めて低かったから、ここは早めにあきらめてもらったほうがいいだろうと思ったのである。私が恋をしていることは誰にも言っていなかったが、質問書には『誰とは訊かない』とあったので、私は正直に答えたのである。

 質問書のやりとりをしている間も、下駄箱の女子は相変わらず何事もなかったように毎朝黙って私を見つめ続けていた。私は彼女のそのやり方になんとなく釈然としないものを感じた。そして、質問書を返した翌日あたりに、そのクラスから新たな使者が送り込まれてきた。私の友人、K藤である。私は教室を出て、階段の上で彼と話し始めた。K藤はある使命を帯びていた。

「鬼山の好きな人が誰か教えてくれって」

 私はカチンときた。話が違う。誰とは訊かないというから正直に答えたのだ。確かに、好きな人がいると言われればやっぱり気になる、というのは乙女心として理解できるが、それにしても1日かそこらで前言を覆すとは、あまりにも不誠実ではないか。自分の正体も明かさないのに、相手には好きな人の名前を教えろと言う。なんでそんな重大な秘密を誰とも解らない相手に教えなきゃならないのか。冗談ではない。私は苛立ちを感じ、自然と声が大きくなった。

「誰とは訊かねえって書いてあったべ!なんで、んなこと教えねけなんねえのや!(注:仙台弁。当時はバリバリ使っていた)」

 K藤は、まあそうだよな、という顔をしてそれ以上は訊こうとしなかった。私は、逆にK藤に質問した。

「なあ、誰なのや?」

 だが、K藤はそれを答えるわけにはいかない立場なので、困った顔をするばかりだった。K藤が答えるまでもなく、正体はあの下駄箱の子に九分九厘間違いないのだが、少しばかり頭に血がのぼっていた私は、彼女の顔を思い浮かべながら、

「あいつか?あの○○みたいな奴か?」

 と、ちょっと悪意を込めて彼女の容姿をあるものに喩えて言った。そこには、毎朝無言のまま待ち伏せされることのうっとうしさと、名乗りもしないまま相手の秘密だけ聞き出そうとする勝手さに対する私の反感が込められていた。だが実のところ、もし彼女が私好みの可愛らしい女の子であったとすれば、こういう反応になったかどうかは甚だ怪しいところであるから、要するに若い時分にありがちな、容姿重視の価値観による態度だったと言えるかも知れない。

 結局、K藤は質問書の主の正体をはっきりとは明かさぬまま帰って行った。翌朝、下駄箱横に女の子の姿はなく、私の反応を伝え聞いた彼女がついにあきらめたのだろうと思った。その考えは決して間違いではなかったが、ただ、それだけではない予想外の出来事が私の知らないところで展開していたのである。

 2,3日が過ぎて、私が廊下でK藤と顔を会わせると、彼はそそくさと近づいてきて言った。

「あいつ、グレちゃった」
「は?」

 唐突なことで最初はなんのことやらわからなかったが、話を聞いて驚いた。『あいつ』とは質問書の主、もちろん下駄箱の彼女である。

「こないだ鬼山が『あの○○みたいな奴か?』って大きな声で言っただろ。実はあの時、あいつが階段の下で話を聞いてたんだってよ。で、ショックを受けて…」

 その翌朝、K藤のクラスに下駄箱の女子の姿はなかったという。そして何時間か後に彼女が教室に現れた時、クラスメイト達は呆気にとられた。昨日まではごく普通の生徒だったのに、遅刻して現れたその日の彼女は、引きずるような長いスカートをはいた、(当時の)典型的な不良少女の姿に変身していたからである。

(そんな単純な反応の仕方しなくたって…)

 そんな気持ちは正直持ったものの、さすがに責任を感じた。小中学生あたりの男子であれば、イジメとかいうこととは別に、何の気なしに女の子の容姿をけなすようなことは割と日常的で、皆が言ってるからとか、喧嘩の流れでとか、ほとんど罪の意識を感じないままにそんな言葉を口にすることはあるものだ。中学2年生だと、そろそろそういうことを面と向かっては言わなくなる年頃だし、そもそも私はそういうことを言うのは少ない方の人間だったとは思う。が、振り返ってみれば、複数の女の子たちをかなり傷つける言動が確かにあったと思い当たる。要するに、相手の痛みがわからないという精神的落ち度ゆえのことで、下駄箱の女子に対する中傷も、同じく私の人間性の至らなさから発したものである。もちろん、彼女がその言葉を耳にするとは思っていない上でのいわば陰口であったが、少なくとも自分に好意を寄せてくれている相手に向ける言葉ではないだろう。

 私自身の体験としては、幸いなことに、容姿的なことについての中傷というものを受けた覚えがない。一時期ちょっと太り気味だった時に『こぶとりにいさん』と言われたことはあったし、恐竜の子供みたいな目をしているとか、瞼が下から閉じるなどとからかわれたことはあるが、別に傷ついたというものでもない。小学生の時、朝、教室に入って行くと、当時私が好意を持っていた女の子が突然目の前にやって来て、

「アタシ、あんたなんか好きじゃないからね!」

 と、告白した覚えもないのにクラスメイトの前でいきなりふられて、目が点になった経験はあるが、好きな子にカバだのブタだのウンコだのキモチワルイだのといった類いの言葉を浴びせられたことはない。私が下駄箱の彼女を喩えた『○○』は、かなりひどい。そんな言葉を好きな相手から言われたら、ほとんどの人はトラウマになるかも知れない。さすがに私もそのことは感じたので、彼女の傷を和らげるために、一芝居打とうかとも考えた。その筋書きはこうである。

 私が彼女のクラスを覗き込み、K藤に向かって、
「ホントは誰なんだよ!」
 と訊く。K藤は下駄箱の彼女を指し、それを見た私が、
「あれ?なんだ、思ってたのと違う子だったんだ」
 と言うと、それを聞いた下駄箱の彼女が、
(「○○みたいな」というのは、私のことを言ったんじゃなかったんだわ!)
 と、喜ぶ。

 だが、いかにも白々しいだろうなと思った。もしもうまく行ったところで、また私は彼女をふらなければならないわけだし、半端なことをしてもしょうがないかと、結局私はなにもしなかった。

(一人の女の子を不良にしてしまったんだなあ)

 と、罪の意識を持ちつつ、以後、他人を、特に女性を中傷するような言動は慎もうと反省し、現在に至る。

 ちなみに、私が教室に入るなりいきなりふられたという小学校時代の事件は、友達のI田に原因がある。あの、隣で小便をしていた上級生に自分の小便をひっかけた、いじめられっ子のI田である(「封印を解く」参照)。ある日の帰り道、話の流れから、私は自分の好きな女の子の名をI田に明かした。もちろん「誰にも言うなよ」と確認した上でのことだ。それが、翌朝学校に行ってみればその女の子にいきなりふられたのである。私より早く教室に入っていたI田が、私との約束などお構いなしに、相手の女の子に、

「鬼山が好きだって言ってたよ」

 と告げていたのだ。私はふられた瞬間、真っ先にI田の顔を睨みつけた。その日の帰り道、奴のことを随分と蹴っ飛ばした記憶がある。だが、I田に対する怒りの感情ばかりが強かったので、ふられたことに対するショックというものがほとんどなかったのは、考えてみるとI田の友達甲斐だと言えるのかも知れない。いや、言えるわけない。

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