うんち君のこぼればなし
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ギョーザコンパ

 大学時代、私の所属していた研究室では、いつの頃からか『ギョーザコンパ』なる行事が恒例となっていた。研究室のすぐそばにある会議室だったか講義室だったか(とにかく何かの折りに使う部屋)において、ひたすらビールとギョーザを飲食する。なんでも、何年か前の先輩にギョーザ作りの得意な人がいたとかで、その人が皆に手作りギョーザを振る舞ったのが始まりだと聞いた気がする。それ以来、その先輩の味を受け継いで、後輩たちがギョーザを作り続けてきたらしい。私が在籍していた1年間で、このギョーザコンパをおそらく3回ほど経験したと思う。最初は我々新4年生の歓迎会だったので、ただ食べるだけだったが、次からは4年生自身が作ることになった。

 この数がいつからの伝統なのか分からないが(おそらく最初は違っただろうと思う)、ギョーザコンパに用意されるギョーザの数は実に1000個と決まっていた。研究室の人数は25人程だったから、1人当たり40個の割り当てである。もちろん教授をはじめとした職員方は若くもないので、あまり多くを食べない。というわけで、学生連中の割り当てはさらに増えることになる。しかしそこは尊敬すべき紳士であるI教授率いる理系のコンパなので、体育会系のコンパのごとく、食えないものを無理矢理食わされるというようなことはもちろんない。実のところ、余ったギョーザは、建物中に充満した強烈な匂いを嗅ぎつけて集まってきたハイエナのような他の研究室の連中に、慈悲深く分け与えられるのである。ただし、ハイエナ君たちは必ずしもすんなりとギョーザを恵んでもらえるわけではなく、場合によっては皆の前で一芸を披露しなければならないこともある。

 ギョーザを1000個作るというのは、そうそう簡単なことではない。コンパの当日に用意し出したのではとても間に合わない。準備は前日から始まる。いや、挽き肉についてはそれ以前に注文しておかなくてはならない。なんといっても、必要な挽き肉は5kgにおよぶのだ。一抱えほどもある挽き肉を買っていく学生を肉屋の主人がなんと思っているのかは知らない。

 白菜やニラなどの具材は店を2,3件もまわれば買えるのだが、ギョーザの皮となるとそうもいかない。一件の店に置いてあるギョーザの皮の数というのは意外と少なく、そのため、1000枚の皮を買い集めるためには4,5件のスーパーをまわらなければならなかった。我々が買い占めた後のそれぞれの店頭からはもちろんギョーザの皮が消え去るので、他のお客さんには大変迷惑な話である。我々が最初に担当したギョーザコンパのときは店をまわるのがいいかげん面倒になってきて、

「ちょっとでかいけど、これしかないからこれでもいいか」

 といった具合に何割かが“ジャンボギョーザの皮”になった。大きなギョーザは食い出があっていいのだが、作っているうちにギョーザの中味が足りなくなった。考えてみれば当たり前の話である。歴代の先輩方が

「1000個のギョーザの中味はこのぐらい」

 と、経験に基づいて割り出した分量なのだ。でかい皮に目一杯詰め込めば、せっかく集めたギョーザの皮も多くが無駄に余ってしまう。したがって後半に作ったギョーザは、皮ばかり大きくて中味がチョボチョボという、見るもわびしいダイエットギョーザになった。以降、ジャンボギョーザの皮は御法度とされた。

 さて、大量のニラ、白菜、しいたけ、ニンニクその他(詳しくは忘れた)を研究室備え付けの無残な包丁でみじん切りにする。包丁は数本あったが、どれもこれも「いったい何年前に研いだんだ?」というほどの絶望的なナマクラ包丁で、ニラなどはグニグニするばかりでいっこうに切れやしない。それでもなぜかだれも包丁を研ごうとはせず、力まかせにニラを押しつぶし切りする。普段包丁をほとんど握らない男子学生が、大量のニラを“みじん押しつぶし切り”する労力というのはかなり大変なものだ。これが最初の料理体験だったとすれば、一生料理はやるまいと思いつめるかもしれない。

 具材をなんとか全て細かくしたなら、直径60センチほどもある大鍋に入れる。ごま油とか豆板醤なんかも入れたような気がする。それら材料をかき混ぜる作業をするのだが、その担当はジャンケンの敗者と決まっている。なぜならば、具がまんべんなく混ざり合うように、担当者は素手でかき混ぜることを強要されるからである。肘までも突っ込んで必死にかき混ぜた結果、素肌に染み込んだその強烈な匂いは、1週間も落ちることがないそうである。“そうである”と書いたのは、もちろん私自身は幸運にもジャンケンを勝ち抜いたからだ。

 練りあがったギョーザの中味は、翌日の皮つつみ作業まで寝かされた。時は夏場だったろうか。仙台の山の上にあるキャンパスで比較的涼しいとはいえども、夏は夏である。生の挽き肉だから当然冷蔵庫に保管しなければならないが、研究室には冷蔵庫がなかったか、あるいは小さくて入らないと判断されたか、とにかく、大鍋はそのまま室温で放って置かれた。

 翌日の昼、「さあ、作るぞ!」と勇んで鍋蓋を開けれみれば、若干の変色と、わずかな異臭が観られた。当然といえば当然の結果である。
「やばい?」
 我々はクンクンと鼻を効かせた。やはり誰が嗅いでも、やや酸っぱい。だが結論は『決行』であった。ギョーザ1000個分の材料と、ここまでの仕込みの努力を無にするわけにはいかない。中止してしまえば、
「俺のこの臭い腕はなんのためだ!」
 と、攪拌担当者も嘆くことだろう。

「よく焼けば大丈夫だろう」
 という甘い考えのもと、皮包み作業に入った。最初こそぎこちなかったが、皆、すぐに見映えのよいギョーザを形作れるようになった。先輩のリクエストにより一部に水ギョーザを加えて1000個のギョーザは出来上がった。後は、会場で焼きながら食べるだけだ。ホットプレートだったか、カセットコンロだったか、その両方だったか、とにかく焼き続け、食べ続ける。焼いたギョーザは酸っぱい臭いもわからなくなって、これといって問題なさそうであった。

 実のところ、食中毒のもとになる菌のなかには火を通しても元気な奴らがいるそうで、これは全く危険なギョーザコンパであったらしい。が、幸いなことに体に異変をきたした人は私の知る限りいなかった。最近、OBからノーベル賞受賞者も出した大学の学生たちにしては(やや自慢)、ナマクラ包丁をそのまま使ってみたり、生肉を腐らせてみたりで、とても賢いようには思えないけれど、胃腸のほうは優秀なようであった。どういうわけか、私でさえ腹を下さなかったのだから、世の中は不思議なのである。

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