うんち君のこぼればなし
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封印を解く

 これは私が長年封印してきた物語である。母と兄、妻以外はほとんど誰も知らない話だ。姉はおそらく知らない。母と兄はこれを読むまで忘れているだろう。父は知っていたが亡くなってしまった。極くわずかの友人に何かのきっかけでチラッと話したことがあるが、特に親友というわけでもなかったから、おそらくまるで覚えていないだろう。今となっては笑い話で、こうやって公表することができるけれど、子供時代には絶対に他人に知られてはいけない秘密だった。実は大人になった現在でも、この話だけは書けない、書くべきではないと思っていた。『うんち君』のネタとしてはとても魅力的なのだが、それでもやはり多くの人の目にさらすべき話ではないと考えてきた。それがなぜ、今回封印を解く気になったのか。ズバリ、

「ネタがなくなったから」

 である。昔の職場は面白人間の宝庫だったが、現在の職場に移ってからは面白いことをやってくれる人に出会うチャンスがほとんど無くなった。思い出話にも限りがある。新しい刺激的な人生を切り開かない限り、今後『うんち君』のネタは増えそうにない。かようなまでに『うんち君』のネタは枯渇状態にある。禁断のネタに手を付けなければ立ち行かなくなってきたのだ。

 なぜ私はこの話を封印してきたのか。それは、とてもストレートな下ネタであるからだ。いくら『うんち君』とはいえ、生々し過ぎるのではないかと思うのである。私の普段の人となりを直接に見知った人なら、知的で品のあるイメージとのギャップに戸惑うかもしれない。これを読んだ知り合いと顔をあわせたら、非常に恥ずかしい思いをするかも知れない。特に女性には会いにくくなる。やはり書くのをやめようか。などと言ってはいられないのだ。男子たるもの、一度書くと決めたからには書くのである。

 さて。
「腹に一物(イチモツ)持っている」
 といえば、密かに企みがあるという意味だが、
「下腹に一物持っている」
 とか、
「股に一物持っている」
 といえば意味合いが違ってくる。それはもうナニのことを指す。ストレートな下ネタということは、要するに、私のナニの話である。『一物』とか『ナニ』とかいうと、とても生々しくていかがわしい感じなので、女性にも子供にも読みやすくするために、これ以降は、
『ホワッツ』
 と言い換えることにする。

 私のホワッツについて書く前に、参考事例を紹介する。予備知識を持っていただくと、この話がより理解しやすくなるはずだ。

 割礼という風習がある。広辞苑第四版によると、

(circumcision) 陰茎包皮を環状に切りとる風習。女子の陰核の一部を切除する場合もある。古来、諸種族間に広く行われ、現今でもユダヤ教徒(生後八日目の男児に施す)・イスラム教徒のほかオーストラリア・アフリカなどの諸族で宗教儀礼・通過儀礼などとして行われる。

 ということだが、日本などにはこんな風習はないので、男の子は皆、普通は包茎である。この『包茎』という言葉もちょっと生々しいから、女性と子供たちのために、これ以降は、
『小籠包』
 と言い換えることにする。一応、“包”という字を活かして。

 ホワッツが小籠包であると(この書き方、やっぱりわかりにくい?)、小さい子供の場合、普段は完全に皮が覆ってしまっていることが多い。皮の先がくっついて尿道口を塞ぎ、ホワッツ全体ではちょうど朝顔のつぼみのような形になっている。こんな状態のホワッツだと、小用を足すときにはちょっと皮を体側に引き寄せて尿道口を露出させてやらないと、出口を塞がれた小便があらぬ方向に飛び出すことがある。

 小学校時代、I田といういじめられっ子がいた。彼は未熟児で生まれ、生後の処置に問題があって、強度の近視と肢体の若干の不自由というハンディキャップを背負っていた。ちょっと体に問題があったりするとすぐにいじめの標的にされてしまうというのは、悲しいが現実であった。それでも私は彼とはよく一緒にいた(いじめはしなかったが、多少上から見おろすような付き合い方ではあった)。彼は頭も良くなかったし、腕力もなかったから、いじめに対して彼なりに考えた抵抗手段は、『かっつぁき』(引っ掻くこと)と『唾かけ』だけだった。1、2年生ぐらいで前歯がちょうど生え変わる時期、いじめられると両手をぐるぐる回しながら爪を立て、それでも相手がひるまない場合は両手を首の前でクロスさせ、
「歯っ欠け〜セブン!」
 と叫んでその歯抜けの部分から唾を飛ばした。「歯っ欠け〜」が始まると、いじめっ子たちは一旦は遠ざかるが、I田が唾を吐き終わればまた近寄ってくる。もし唾がうまくいじめっ子に命中したとしても、結局はかえってひどく暴力を受けた。まったくもって可哀想な男だった。

 やることなすことがうまくいかないI田は、自ら不幸を招き寄せるようなところがあった。あるとき一緒にトイレへ入り、2人並んで小便器の前に立った。I田のとなり、私とは反対の側には見知らぬ上級生がいた。I田が小便を始めた途端、彼の閉じた小籠包のホワッツから飛び出した小便は、90度方向を変えて、隣にいた上級生の体を直撃した。上級生は激怒し(まあ、致し方ない)、見知らぬ下級生をこれでもかと痛めつけた。

 といったことが、小籠包であるホワッツの実態である。参考事例終わり。

 さて。話は私が幼稚園児であった頃にさかのぼる。そのころ、家の玄関の前には3本の杉が立っていた。いわば庭木だが(庭木に杉というのは最近の感覚ではあまり無い気がするが)、どういうわけか兄と私はその一本の根本に向かって、よく立ち小便をした。外でやる小便が気持ちよかったのだろうか、便所がふさがっている時にはもちろん、便所に誰も入っていなくてもしょっちゅうやっていた。
「ミミズに小便をかけるとホワッツが腫れる」
 という言い伝えがある(もちろんホワッツとは言わない)。私はミミズに小便をかけた覚えはない。しかし、気付かずにかけてしまったのかも知れない。私のホワッツは腫れた。腫れたばかりではなく激しく化膿した。実際にはミミズは関係なかろう。ホワッツに傷でもついていたところへ汚い手で触れたのが原因だろうと思う。今となってはよく覚えていないが、それなりに痛かったと思う。ただ、激痛ということはなかった。ひどく膿が出たが、どこから出たのか記憶が定かではない。尿道からだったか、横の方からだったか。なんにしても皮の内側、小籠包の具の部分からであったことは確かである。

 両親もそれほどの大事だとは思わなかったろうが、放っておくわけにもいかないので、私は病院へ連れて行かれた。幼児のころの記憶だからその専門が何科だったかはわからないが、もしも、ナニ科というのがあればちょうどよかったかも知れない。診察が始まると、医者は別段驚く様子もなく、ある器具を取り出した。大きな注射器である。おもむろにそれを私のホワッツに近づけてきたものだから、さすがに青ざめた。

「そんな大きな注射器を僕のホワッツにぶっ刺すの!?」

 恐怖におののきながら見ていると、注射器には針がついておらず、医者はその先を私のホワッツにあてて、膿を吸い取り始めた。その後消毒して、ベビーパウダーかなにかの粉をはたいてお終いである。薬を飲んだかどうかは覚えていない。3回ぐらい通ったと思う。治るまでにはしばらくかかったので、家では母が医者と同様の処置をした。1日何度かやったはずである。大変でも危険でもない、極く簡単な処置だった。しかし、この処置があれほどの後遺症を招こうとは、本人はもちろん、医者も母親も予想だにしていなかった。

 幼稚園児である私のホワッツはもちろん小籠包だったから、その処置をする時には皮をグイッと引っ張らなければならない。グイッとやって膿をとり、消毒して粉をはたく。1日数回をたぶん10日ほどは続けた。繰り返しの効果は絶大である。ホワッツが完治した時、私は愕然とした。なんと、私は大人になってしまったのだ。ホワッツから膿が出るという珍しい経験によって、私は一皮むけたのである。いや、正確には、私のホワッツが一皮むけたのである。すなわち幼稚園児にして私のホワッツは小籠包を卒業したのであった。とんだマセガキである。一時的なものだろうと最初は思っていたが、いつまでたっても元には戻らない。父は私のホワッツを見るとよく笑ったものだ。

「あははは、面白いなあ、子供なのにむけちゃって」

 大人になれば、みんな小籠包ではなくなるのだということはわかっていたから(必ずしもみんなではないが)、将来に対する不安はまったくなかったが、さしあたっては少年時代である。見回したところ、そんな『一部分だけ大人びた少年』は一人もいない。馬鹿な子供たちのことだから、見つかれば大騒ぎになる。

「鬼山のホワッツはむけている」

 なんて噂がクラス中、学年中、はたまた学校中に広まってしまう可能性だってあるかも知れない。なんたって、珍ケースだから。

「見せて見せて!」

 と、馬鹿ガキどもが寄ってくれば、

「いちいち騒ぐんじゃねえ、この小籠包のガキどもが!」

 と、大人の貫録で黙らせるだけの度量があればいいのだろうが、そんな風にはできないただの多感な子供であるからには、必死に隠し通すしかない。軽薄な輩はどこへ行っても存在するが、なにかというと他人のホワッツを見たがる奴がいる。小便をしているところを覗く。プールの着替えの時に友達のタオルを外そうとする。宿泊を伴う行事で風呂に入ると、級友のホワッツに目を凝らす。こんな奴らの目から、私は必死になって自分のホワッツを守った。周囲には私が極端な恥ずかしがり屋だと映ったかも知れない。水泳の時間も、修学旅行の風呂も、とにかく私はがんばった。決して誰にも悟られてはならないという一心で耐え抜いたのである。そして、ついに思春期を迎え、成長の遅いまわりの子供たちが、徐々に『脱・小籠包』を遂げ始めた。こうして、長年にわたり心に負担を強いてきた重荷を、私は無事降ろすことができたのである。

 中華料理屋へ行って小籠包を頼んだ時に、この文章のことを思い出して、一人で不気味に笑い出しちゃったりする人がいたらごめんなさい。

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