うんち君のこぼればなし
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電車にて

 仙台から就職のために上京したばかりで、まだ満員電車に慣れていないころ、要領悪く手すりの縦棒と乗客との間に挟まれて死ぬかと思った経験があるが、まさにギュウギュウ詰めの電車の中というのは、特にお年寄りなどでは死ぬこともあるのではないかと思うほどの異常な世界である。その圧力のために、鞄の中に入れていたカセットやCDのケースがどれ程割れたか知れない。ちょっと骨のもろい人であれば、間違いなく骨折ぐらいはするだろうと思う。だが、最近はそれ程混む路線には乗る必要もなく、また乗る場所によって混み方が違っていることも学んで、割と楽な通勤をしている。

 電車の中では、いろいろと興味深い人にも出会うし、不快な思いをすることもある。東京では、その路線によって明らかに乗客達のムードが違うので、自分の感覚に合った電車に乗り込んだなら、その先にある土地が住むべき場所なのかも知れない。だが、どんなに気に入った路線であろうと、変な人は必ずいる。毎日通勤に利用していれば、そんな人達を目にしないわけにはいかない。

 車内で赤ん坊のぐずる声が聞こえた。見ると、赤ん坊を負ぶった母親が座席に腰掛けていた。いちいち赤ん坊を降ろすのが面倒だったのか、背負ったまま浅く腰掛けている。赤ん坊が泣いたので、「どうしたのかしら?」といった表情で、母親は顔を背中の方へ向けた。母親が見ると、赤ん坊はおとなしくなる。だが、母親が顔を前に戻すと、赤ん坊が再び「ホギャア!」と泣いた。母親がまた背中に顔を向けると、赤ん坊は泣きやんだ。しかし、前を向くとやはり赤ん坊は泣く。そんなことを延々繰り返す親子なのである。私は「アホかしら」と思った。

 母親は、赤ん坊が寂しがって泣いていると思っている様子だが、それはとんでもない間違いだった。端から見ていれば原因は明らかなのである。母親は前を向いて座っているとき、座席に寄りかかっていた。母親の背中とシートの間に挟まれた赤ん坊は、苦しくて泣いていたのである。母親が、「どうしたのかしら?」と顔を背中に向けるとき、母親の体はやや前傾姿勢となって、苦しみから解放された赤ん坊は泣きやんだのだ。結局、この鈍感で不注意な母親がそのことに気付くことはなく、赤ん坊の圧迫と解放のサイクルは、親子が電車を降りるまで続いた。私はこの子の成長過程に苦難が待ち受けているだろうことを予感した。

 以前の会社に勤めていたときは、終電間際の電車にばかり乗っていたので、必ず酔っぱらいがいた。つり革にぶら下がりながらグルグル回っている、半分意識を失った酔っぱらいは、なかなかのものだと思う。どういうわけか、突然手が外れてひっくり返ったというような光景を見たことがない。よくあんな状態で寝ていられるものだと思うが、コウモリが逆さにぶら下がりながら寝ているのと同じ原理か。どんな原理か知らないけれど。しかし、自分が座っている目の前で、あのグルグルの酔っぱらいが回っているときの恐ろしさといったらない。そのうち頭の上からとんでもないものが降ってくるのではないかという恐怖だ。それでも幸い、いままでにそんなひどい目にあったことはない。

 終電近くになると意外と電車内は混んでいて、ちょっとしたラッシュアワーのようである。そんな状況にも拘わらず、時たま何故かポコッと空いた一画があったりする。乗り込んでみて、その理由を知る。床が汚れているのだ。もちろん酔っぱらいの提供物なのだが、ハムスターではないのだから、外で体内に詰め込んだ食料を、わざわざ電車内に持ち込んで吐き出す真似はやめてもらいたいのである。私が見た最悪の酔っぱらいは、座席に座りながら口に指を突っ込んで積極的にゲーゲーやっていた。スーツの上下ともベロベロで、そのうち転げるように電車を降りていったが、床一面に広がる置き土産には、皆、ほとほと迷惑顔だった。あそこまで正体を失うほどに飲むというのはどういう了見なのか。その姿をビデオに撮って、素面の時に見せつけてやりたいとよっぽど思う。

 正体を失うと言えば、こんな事もあった。かつて、妻が電車に乗り込んだときに異臭を感じたことがあるという。何かと思ったら、若い男が納豆を食べていたそうだが(後に、別の電車でも納豆の残がいを2度ほど見つけたというが、電車の中で納豆を食べる人が少なくないことに驚きを感じる)、私も電車に乗り込むや、異臭を覚えた経験がある。だが、この時は納豆ではなかった。シンナー臭かったのである。目の前には床にしゃがみ込んだ高校生ほどの少年がいた。最初はこの少年とシンナーの臭いとを結びつけて考えてはいなかったが、よくよく見ると、その少年の右手は小さく握られていて、さかんにその手を顔に近づけている様子だった。「あれ?」と、不審に思ったとき、その少年が立ち上がって歩き出した。その足取りは哀れなほどの千鳥足で、目は完全に正気を失っていた。いわゆるラリった状態で、少年はそこら中の手すりや壁にぶつかり、床に転げながらヨタヨタと電車を降りていった。こっそり隠れて吸おうという考えさえ無くすほどにメタメタになったあの姿は、哀れという表現では全く足りないほどの悲惨さであった。

 さて、私の中で未だに謎のまま何の結論をも見いだせないでいる一つの出来事がある。

 もう、10年以上も前のことになるだろうか。それは、ある普通の晩のことだった。私はいつものように終電間際まで働いて、いつもの電車に乗り込んだ。途中で乗客が随分と降りて、車内は隣の車両まで見渡せるほどの空き具合となっていた。私は開かない側のドアの所へ寄りかかり、ヘッドフォンで音楽を聴きながら本を読んでいた。ある駅で電車が停まり、乗客の乗り降りも済んだのだが、何故か電車はドアを開けたまま動く気配を見せなかった。少し経つと乗客達の視線が一斉にホームの方へ向いた。なにか騒がしい様子である。喧嘩でもしているのか。私はヘッドフォンを外し、ホームの様子を見た。すると、何かバタバタという足音が聞こえた。ホームの端から一人のサラリーマン風の男が走ってくる。眼鏡をかけた20代ぐらいの男である。かなり必死な勢いで走っているが、その顔は笑顔である。そして、その後ろを赤いミニスカート姿の女性が、やはり相当な勢いで走って追いかけてきた。

「こんな時間に公共の場所で、いい歳をしたアベックがいったい何をふざけ合って大騒ぎしているのか」

 私はそう思い、あきれると共に多少の憤りを感じた。だが、次の瞬間、私のその思いは大きな驚きへと変わった。

 後ろから追いかけてきた女性が、逃げる男の背中に向かってドロップキックを浴びせたのである(一応解説すると、ドロップキックとは、高くジャンプし、空中で両足をそろえてキックするプロレス技)。そのキックは男の背中をかすめただけで、その女性はそのままホームへ落下した。難を逃れた男はなおも笑顔を絶やさないまま、私の立っている場所のすぐ側のドアから車内へ駆け込んできた。女性もすぐに立ち上がると猛烈な勢いで同じドアから入ってきた。そして、あろうことか、勢い余って私の目の前で転倒したのである。私は呆気にとられて目の前の女性の様子を眺めていたが、さらにそこには驚くべき事実が待ちかまえていた。

 私は、目の前で立ち上がったその女性と20センチほどの至近距離で一瞬見つめ合った。その顔つきはまるで鬼のような恐ろしさであり、それは全く女性のものではなかった。そう、彼女は男だったのである。

 おかまとかニューハーフとかいう類のものではない。明らかにどこからどう見ても男そのものであって、単純に女性ものの服を身に着けただけの長髪の男なのである。なぜ、彼がそんな格好をしているのか分からない。スコットランド人にも見えない。純粋な日本人のようである。顔だけを見るとロック・ミュージシャンのようでもある。年の頃は逃げる男と同じぐらいか。かなり酔っぱらっているようにも見えるし、全く素面と言われればそうなのかとも思う。表情はいたって無表情、ただし、内面にしまい込んだ憤怒の表情も感じる。そして、終止無言のままである。

 逃げる眼鏡の男は、そのまま別のドアから再びホームへと出ていった。スカートの男も、私の前を離れ、必死に後を追いかけようとしたが、そこへ駆け込んできた2人の駅員に取り押さえられてしまった。眼鏡の男はその様子をホームから眺めて、安心したような表情でどこかへ立ち去っていった。捕まったスカートの男は何やら駅員に言い聞かされているようで、そのまま大人しくなると、車内の一角にしゃがみ込んだ。当然、駅員達はその男を連れて出ていくのだろうと思って見ていると、なんと、その男一人を置いて、駅員だけが降りて行ってしまった。驚いたのは我々他の乗客である。間もなくドアが閉まり、電車が何分遅れかで発車すると、我々の目はその得体の知れないうつろな表情の男の姿へとそっと注がれた。皆、目を合わせるのが恐いので露骨には視線を送らないが、なにか不穏な動きでもあったらすぐにでも逃げだそうという体勢で、監視の目を光らせ続けていたのである。結局、男は大人しいまま何事を起こすこともなく、次の駅で待ちかまえていた駅員達にどこかへ連行されていった。

 あのスカートの男が何者だったのか、私には未だ見当がつかない。彼があの眼鏡の男をなぜ追いかけていたのか、あの2人の関係はどういうものだったのか。なぜ彼はドロップキックを浴びせるほどに怒っていたのか、そして、あんな状況にありながら、なぜあの眼鏡の男は笑顔を絶やさなかったのか。世の中に謎は多い。

 あのとき、現場に居合わせて、何か事情を知っている方、ご連絡下さい。もちろん、ご本人からの連絡も歓迎致します(でも、“鬼のような恐ろしさ”とか書いちゃったからなあ)。

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