うんち君のこぼればなし
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アホ部長の末路

 人の上に立つ者は、人格者でなきゃいけない。少なくとも人間性においてアホであってはならない。

 そもそも私は運動部に入るようなタイプではないのだ。先輩風を吹かせて上下関係を強要する連中の軽薄さには耐えられないし、運動能力が優れているわけでもない。それがどうして“硬式テニス部”なんてものに入ろうと思ったか。魔が差したとしか思えない。

 中学時代は1年生の初っ端から新聞配達をやっていたので(「恐怖新聞配達」参照)、当初は部活には入らず2年生の途中から卓球部に入った。卓球部といえば聞こえが悪いが、母が昔から卓球好きで、我々子供達も小さい頃から割と馴染んでいたスポーツなので、というのが選択の理由であった。しかし、気が向いた時だけ顔を出してテキトーに遊んで帰る不真面目部員でしかなかった。高校に入ったらちょっとは見映えのするスポーツをやってみようかと思っていたが、団体競技が嫌いで、大きい球を扱う球技が苦手、足が遅くて力もなく、泳ぎはほとんどカナヅチ、といった具合だからおよそ適したスポーツが存在しない。これでも小学校の低学年までは足が速く、リレーの選手などやっていたのだが、のんびりした性格が肉体にまで影響を及ぼしたのか、そのうちに全ての身体的動きが鈍くなってしまった。だが、運動神経自体はそんなに悪いわけではないらしい。一度、体育教師のY先生に、
「俺って、運動神経悪いんですかね」
 と訊いてみたところ、
「O先生よりはいいよ」
 と言われた。O先生というのはY先生の先輩にあたる日体大出身の体育教師である。要するに、運動神経は悪くないが、その能力をフルに活かさずに緩慢に使用している、といったところに違いない(と己に言い聞かせてみる)。

 高校に入学するとすぐに部活動のオリエンテーションがあった。新入生が礼拝堂(ミッションスクールであった)に集められ、各部からそれぞれ代表者が登場して自分たちの部の素晴らしさをアピールする。この時、硬式テニス部の宣伝を担ったのが2年生のXである。ずんぐりむっくり、小柄で固太り、顔は牧伸二似のおよそ爽やかさと無縁のこの男、ニコニコと明るい笑顔でテニス部の楽しさを大いに語った。
「…だから、楽しいんです!」
 彼自身、爽やかではないがとても明るく楽しい好人物に見えたし、その彼が語るテニス部のイメージも極めて好ましいものであった。

 彼のある面での才能については率直に認めざるを得ない。なんといったって、彼のその話術によって、多くの新入生たちが幻想を抱き、楽しいに違いない硬式テニス部の門をくぐったのであるから。この年の硬式テニス部は、史上かつてない大量の新入部員を迎えることとなった。入学者自体が例年より大幅に増えたこともあるが、やはりXによる虚言の功績が大きかったことは否定できない。

 入部した我々1年生は、すぐさま、Xの正体がとんだイカサマ野郎であることを知った。見た通り、本当に牧伸二のように楽しくて明るい先輩なのだと思い込んでいたけれど、実際には“悪い牧伸二”にほかならなかったのである。いやんなっちゃうのは、いつも我々1年生のほうであった。

 入部時の部員構成は、3年生が2人、2年生が8人、1年生が30人前後であった。当然部長と副部長は3年生の2人で、テニスの実力的にもこの2人が優れていたと思う。部長のH谷先輩はむっつりした人物で、1年生に対して多くを語らないから、その正体は謎に包まれている。2年生による評判はあまり良いものではなかったようなので、さほどの人格者ではなさそうである。
ただ、テニスの実力はそれなりだったようで、高総体の試合では、あの仙台育英学園高校のナンバー3を打ち破った。本人も勝てるとは思っていなかった様子で、初戦の相手が育英のナンバー3と決まった時には沈んだ表情だったものが、終わってみれば思わぬ勝利にニコニコ顔だった。相手は有名校の実力者であっただけに結構名を知られていた存在だったらしく、
「育英の○○、初戦で負けたぞ!」
 と、話題になっていた。
「え!誰に?」
「H谷っていう無名のヤツ。T岡高だってよ」
「T岡?なんで?あそこの学校って時々わかんねえことするよな」
 たまたま横でその会話を聞いていた私と友人達は、笑いをこらえるのに必死だった。

 我々1年生の面倒を見るのは2年生の仕事だから、当然2年生のキャラクターについては詳しくなる。2年生の実力ナンバー1であるH本先輩は優しい性格で、後輩に対しても威張り散らしたりしない好人物だ。顔つきも爽やかで、当然次期部長は彼だと目されていた。2年生実力ナンバー2であるS沼先輩は部長に似てむっつりした印象だが、こちらの場合は部長よりもやや鬱々として屈折したイメージがある。それでも1年生に対して何をするというわけでもなく、意地が悪いというわけではなかった。1年生にはほとんど興味がなく、自分がうまくなる事だけを考えていたようである。

 2年生ナンバー3であるのがあのXである。底意地が悪すぎる男ゆえ、“先輩”という言葉は省かせてもらう。この男とナンバー4であるM月の性格の悪さには本当に虫酸が走る。ナンバー5のA部とナンバー6のC葉先輩は、根はそれ程悪くないようだが、意志が強くないので、つるんでいるXとM月の毒気に汚染されている人達というところだ。特になにがどうという程のものではない。ナンバー7と8であるY田先輩とU津先輩は見るも無残な苛められっ子だった。苛めているのは当然XとM月が中心である。苛めについてはM月の方が露骨であり、後輩たちの前でY田先輩とU津先輩のことをさんざんにこき下ろす。Y田、U津の両先輩は、1年生から見てもかなりな下手糞には違いなかったが、だからといって、
「あいつらと練習すると、ヘタになるって知ってた?」
 とか、
「あ〜あ、早く辞めてくんねーかな」
 などと大声で言うのはいったいどういうことか。このM月という男、なまじ顔が女の子のように可愛らしいだけに却って薄気味悪い。ニコニコと満面の笑顔で苛めを心から楽しんでいるという風情だ。

 M月の口癖は
「速ぇ〜サーブ見てーか?」
 であった。そんなもの、誰も見たくない。なぜならば、痛いからだ。
「おい、お前。そこに立て」
 近くにいた1年生からその日の犠牲者を選び出し、フェンスの前に立たせる。その後輩を的として速ぇ〜サーブを打つのである。嬉々とした表情で思いきり何度も打つ。救いようのないイカレポンチだ。ただ、私の場合はあまり苛めたくなるタイプではなかったようなので、その的にされることはなかった。

 一方の“悪い牧伸二”はと言えば、とにかく意地汚い。
「これから、おにぎり持ってきた奴は、腕立て免除してやる」
 堂々と賄賂を要求した。まさか本気だとは思わなかったが、実際に持ってくる馬鹿な奴が何人かいて、“悪い牧伸二”はそれを受け取るとぺろりと平らげ、約束通り、彼らのトレーニングメニューを軽くした。
「おいおい、全部食ったぞ!だからあんなにブクブク太ってんだ、あのブタ!」
 そんなわけで、陰では肉体的にも精神的にもブタ呼ばわりされていた。“悪い牧伸二”は上にはヘコヘコしながら、下には威張り散らすタイプである。普段自分のやっていることは棚に上げて、やたらと偉そうに1年生を叱り飛ばしたりする。しかしそれも賄賂を贈ればどうにでもなるといった類いのものだから、もちろんそんな説教をまともに受け止めて反省する1年生など一人もいない。“佞奸”という言葉はこの男のためにあると言っても過言ではなく、当然ながら人望のかけらもないが、本人はそんなことを微塵も感じていないようである。オリエンテーションの時にはあれほどの明るい笑顔だったのに、いざ正体を現せば、いやらしい含み笑いと後輩を脅す時の陰険な眼差ししかない。世の中には全く驚くべき人間がいたものだと、1年生全員から毛虫のように嫌われていた。

 高総体が終わり、3年生が去る時期が来た。我々1年生には懸念があった。3年生がいなくなれば、X、M月らがいい気になって好き放題やり始めるのではないかということだ。おそらくそれは避けようがない。いくら次期部長のH本先輩が立派な人物であったとしても、同級生である連中に対してはあまり強くは言えないだろう。H本先輩は優しすぎるところがあるので、もしかしたら奴らの悪行を黙認してしまうかも知れない。どうしたって、3年生がいた頃に比べれば、奴らの態度が大きくなる事は確実であろう。とにかくH本先輩の良心に期待をかけるしかない。

 ところが、心配な噂が聞こえてきた。H本先輩が部長就任を渋っているらしい。
「え〜なんでだよ。ってことは、S沼先輩が部長か?なんかやだなあ」
 S沼先輩は何を考えているかわからないところがあり、その辺は現在のH谷部長と変わらないのだが、S沼先輩にはなんともどんよりとしたムードが漂っているので、皆を引っ張って行く立場の部長としてはあまり適さないような気がした。
「じゃあ、牧伸二か」
 誰かがそういうと、
「そんなわけねーだろ。あいつが部長になったら、俺辞める」
 他のみんながそろって辞める辞めるの大合唱になった。
「やっぱりS沼さんか?なんとかH本さんに引き受けてもらいたいけど」
 皆の願いは一つだった。

 そして。

「えー、今日で我々3年生は引退するわけだけれど…」
 H谷部長から最後の挨拶があった。
「今後はX部長のもと、しっかりがんばるように」
 皆の顔から血の気が引いた。

「冗談じゃねえ!H谷は馬鹿じゃねえのか!なんであんな奴を部長にするんだよ!なんでH本さんは部長になってくんねえんだよ!俺、ほんとに辞める!」
 その日の帰り、1年生達は騒然となった。実際、そのまま辞めて行った者が何人もいた。しかし、ほとんどの人間はとりあえず新体制の部活動を体験してから判断する事にした。

 そして“悪い牧伸二”テニス部初日。驚くほど殺伐としたムードである。張り切るXは怒鳴りまくっている。誰に遠慮する事もなく好きなだけ威張り散らせることがこの上ない快感のようだ。
普段の練習で使えるコートは2面ほどあるに過ぎず、コートを使った練習の機会を与えられる人間はそう多くないわけだが、Xが部長になった事で、2年生の上位4人だけがほぼ独占的に練習を行うことになった。我々1年生はいつまでたってもトレーニングと球拾いばかりをやらされそうな気配が濃厚だった。

 暗く、重く、絶望に満たされた時間だった。その日の練習の最後に、Xが皆の前でこう言い放った。

「俺はいままでの3年生みたいに甘くねえからな。ビシビシしごくから覚悟しておけよ」

 だが、甘かったのはX本人のほうだった。翌日から雪崩のように1年生が辞めて行った。30人程もいた1年生はおそらく一ヶ月も経たないうちに、たったの3人になってしまった。己の人望の無さがこれほどまでに退部者を生み出す結果になろうとは、Xも全く考えていなかったに違いない。私も辞めたうちの一人だった。全く部活に出なくなり、そのまま退部扱いになることを選んだ連中もいたけれど、私はそういうやり方が気持ち悪かったので、Xの元へ退部を申し出に行った。

 私が退部したい旨を告げると、Xはさびしそうな顔をして、

「おまえもか。結構期待してたんだけどな」

 と言った。期待とは、どうやら私がテニス部の中で活躍しそうだということらしい。まあ、そう言ってくれるのはありがたいが、それは買いかぶりが過ぎるというものだ。そもそもほとんど基礎トレーニング以外の機会を与えられていなかった段階だったので、私にテニスの素質があるかどうかなど分かろうはずもないが、それでも私の走りや動きをしっかり見ていれば、期待できる男ではないといった程度のことは感じるに違いなく、そういう点でも彼は部長としての素質に欠けていたといえるだろう。

 だが考えてみれば、私自身はXに苛められた事も怒鳴られた事もなかった。だから“悪い牧伸二”に個人的恨みを持っているわけではない。ただ、Xの人間性の貧しさと、Xが部長になればどうなるかということをある程度分かっていたはずのH本先輩がそれでも部長を引き受けなかったことによる幻滅と、M月など他の2年生たちへのあきらめと、そしてあまりにも何もしない名ばかりの顧問の無責任さなどを目の当たりにして、この部に対する希望を一切失ってしまったのである。それが私や他の1年生達の共通の思いであった。

 自分の口舌で新入部員を大量に招き入れ、そして自分の器量でそのほとんどを失った、まさに『悪い牧伸二独演会』そのものの数ヶ月だった。真心のない人間は、遅かれ早かれ皆にそっぽを向かれる。いくら“悪い牧伸二”といえども、私が最後に見た彼の淋しそうな表情には同情を禁じ得ない。彼があの騒動の後、何かを学んで、多少なりとも世の中に役立つ人間に変わってくれていれば良いのだがと思う。

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