パラビオシス
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はじめに

 ライアル・ワトソンの著書に『スーパーネイチュア』(牧野賢治訳・蒼樹書房)というものがある。現在の科学では説明の出来ない、だからといって決して切り捨てることの出来ないような、いわば科学の縁辺にある事象について書かれた歴史的な名著であるが、この本の冒頭付近にこんな事例が紹介されている。

 ゴキブリは普通評判が悪いが、優れた実験動物である。普通種のペリプラネタ・アメリカナは、毎日暗くなるとすぐに活動的になり、5、6時間もつづけて食物をあさる。しかし、その頭を切り離してしまうと、もはやサーカディアン・リズム(生物体に本来備わっている、概ね1日を単位とする生命現象のリズム−鬼山注)の活動を示さなくなる。それは、あるいは驚くべきことではないかもしれない。しかし、実際にもしも外科的に頭が取り除かれ、出血によって死なないよう予防策がとられるなら、ゴキブリは数週間も生きのびる。頭のないゴキブリは、結局は餓死する。しかし、生きている間は、でたらめで、気まぐれなやり方で動きつづける。
 ジャネット・ハーカーは、輸血によってゴキブリに方向感覚を取戻させることができることを発見した。すべての昆虫は非常に未発達の循環系をもっており、血液は内臓諸器官をひたしながら体腔内を流れめぐっている。それぞれの体壁に孔をあけ、短いガラス管でつなぐだけで、一個体は、他の個体と血液を共有できる。ハーカーは、2個体の意見の相違という問題を、器用ではあるが、いささか気味の悪い折衷案によって解決した。彼女は頭を切り取ったゴキブリの背中に、血液を提供するゴキブリをひもでくくりつけ、上側のゴキブリの脚は、気味の悪い結合体をもがいてひっくりかえさないように切り取った。このようにパラビオシス(並体結合。体を平行に結合させたまま生きること)でつがいになると、1つの頭と1組の脚を持つ双胴のゴキブリは、ほとんど正常に振舞った。それは日暮れ直後のある時間だけ動きまわり、再び典型的なサーカディアン・リズムを示した。

 私はそれほど友人が多いほうではないが、それでも時々は連絡を取り合うような友人を片手程度は持ちあわせている。その中に高校時代からの友人が2人だけいる。当時私たちは普通高校に通っており、まさに普通に通学をし、普通に授業を受け、普通に遊び、普通に卒業して、(うち1人は普通に予備校を経由して)そして普通に大学生になった。仮に彼らを『森田』および『堀内』と呼ぶことにする。
 現在、彼らは身体障害者として生活している。森田と普通に会話を交わすことはもはやできなくなった。彼は聴覚障害者としてあまり気乗りのしない状態で人生を歩んでいる。堀内は普通に体を動かすことがもはやできなくなった。片足と片腕の自由が利かず、現在では車椅子を使用している。

 森田が発病したのは10代の終わりのことで、周囲の協力もあって大学は無事卒業したものの、中学校の数学教師になるという志望は果たせず、現在コンピューター関係の仕事に就いている。彼の病気は「特発性両側性感音難聴」というもので、かなり高度の難聴である。彼自身の説明によれば、彼の耳の中では常に耳鳴りがあって、それが止むことは決してないという。外界からの音についても完全に聞こえないというわけではないが、音圧が鼓膜にあたっているのを感じて、これが音かなと思う程度にしかわからない上、かなり大きな音でないと感じることができない。また、感じたとしても音声として聞き分けるようなことは一切できない。だから、会話もできないし、音楽を楽しむことももちろんできない。難聴とはいうが、実質的にはほぼ聾と変わらない状態なのである。現在のところ原因も治療法も不明である。将来的には人工内耳を付けられるようになる可能性も残されてはいるが、現在のところ合うものがない。もう耳は聞こえないままでもいいというのが本音だと森田は言う。

 森田が聴力を失って何年かたった頃、目が疲れやすい気がしたので会社のそばの眼科へ行ったところ、詳しい検査が必要とのことで大学病院へまわされた。診断の結果は「網膜色素変性症」だった。網膜の中の光を感じる視細胞が働かなくなり、夜盲症、視野狭窄、視力低下を起こして失明の恐れもある病気である。日本の成人の中途失明原因では第3位を占め(平成6年現在)、原因は遺伝子の異常とされる。特定疾患に指定されており、治療法はまだない。また、白内障を併発しやすく、森田も既に発症している。白内障もまた治療ができないので、将来進行したら人工レンズを入れなければならない。

 森田は最終的に眼科医によって「アッシャー症候群」との診断を受けている。網膜色素変性症のうち感音性難聴を伴うものが少なからずあり、そのほとんどがアッシャー症候群だとされる。森田の場合、耳と目の病は別々に発症したようにも見えたが、実はお互いが関連している可能性が高いということのようである。視覚障害については、現在のところ夜盲症の自覚症状があり、暗い夜道などでやや不便を感じるものの、それ以外に生活への支障は無いという。白内障と視野狭窄も徐々に進んできているが、まだ自覚症状はない。もし、このまま症状が進めば将来的には視覚と聴覚に障害を持つ盲聾者となる可能性もある。

「もし、目まで駄目になったらどうするんだ?」
 以前こう尋ねた私に、醒めた笑顔で森田は答えた。
「さあね。ただ、家でボーッとしてるしかないんじゃないか」

 一方の堀内が発病したのも10代の終わりのことである。高校を卒業してからは堀内との付き合いは一切なくなっていたので、私が彼の病気のことを知ったのは発病後ずいぶん経ってからのことだった。森田が耳の検査と治療で入院しているとき、見舞いに来させようと私が連絡した高校時代の友人から、堀内の入院のことを知らされた。既に入院して1年以上が経っているという。私は森田が退院するのを待って(結局、症状の改善は一切ないままに退院した)、一緒に堀内の病室を訪れた。突然現れた我々の姿を見て、堀内は相当に驚いた様子だった。事前に状態は聞かされて、心の準備はしていたつもりだったが、堀内のその姿の変わりようには少なからずショックを受けた。堀内が冒されている病は膠原病(こうげんびょう)のうちの「SLE(全身性エリテマトーデス)」と呼ばれるもので、これも根本的な治療法の確立されていない特定疾患である。全身性炎症性疾患で、発熱、体重減少、易疲労などの全身症状がある。慢性腎炎もSLEに伴う症状のひとつとされている。ステロイド等の服用により病気の進行を抑える程度の治療しか出来ないのが現状であり、また、それらの副作用により様々な弊害が伴うことも避けられない。我々が最初に病室を訪れたときにはムーンフェイスと呼ばれる、顔が丸く腫れ上がる副作用が現れていた。

「こんなになっちまった」
 この時、堀内はそう言って居心地が悪そうに笑った。

 堀内の場合、発症してから1年程はほとんど寝たきり状態であった。自分で起きあがることはもちろん、手足を動かすこともままならなかった。寝たきりの頃、堀内と親しいある友人が見舞いに訪れた際、絶望の淵に沈みきっていた堀内が「死にたい」と漏らしたという。情に厚いその友人は堀内の弱音に対して強く言った。

「そんなに死にたかったら、俺は止めないから勝手に死んじまえ」
 堀内がそれを聞いて言った。
「でも、死にたくても体は動かないし、舌を噛み切る力もない」

 それ程までに症状は重かった。発症後2年目からはある程度症状が改善されたが、それでも左腕の肘、手首の関節は硬直したままで動かすことはできなくなり、また、左足もまったく自由が利かなくなった。2年目からは車椅子や杖を使っての歩行訓練も始められたが、結局退院までにはさらに2年間を要した。暫くは休学していたが、結局大学へは戻ることなく、そのまま中退することとなった。

 退院してからは、東京に出てきていた私のところへ泊まりがけで遊びに来たり、積極的に動き回っていたが、その後も様々な症状が現れて長期の入院をし、また、命にかかわるような大手術も何度か受けている。

 細かい話をすればきりがないほど彼らの苦労は耐えないが、それはひとまずおいておく。私が注目している点は、彼ら2人の関係にある。森田と堀内は高校時代から今までを通じて決して親友という間柄ではなかった。それは私を含めた関係においても同じであって、もし彼らが病気になっていなければ、年始の挨拶さえ交わし続けていたかどうか疑わしい。高校時代においては、私と森田の関係が最も密で、次いで私と堀内、そして森田と堀内の間が最も疎であったと思う。おそらく健常者時代に彼らが2人きりで遊んだようなことは一切なかったはずである。現在の彼らはよく連絡を取り合い、また、共に出かけたりしている様子である。堀内の車椅子を森田が押して歩き、人とのコミュニケーションは堀内がとる。感覚器官に障害を持つ森田と肢体に障害を持つ堀内とがお互いを補い合って一緒に行動する様は、パラビオシスでつがいになった双胴のゴキブリのように思える。ゴキブリと言われれれば2人とも気を悪くするだろうから、二人羽織と言ってもいいかも知れない。

 現在、彼らの置かれている状況は大変に困難である。彼らに対して何をすべきなのか、何が出来るのか、私にはその答えを出す義務があるのだろうか。この15年間、彼らの存在は、私の内面に対して何らかの結論を要求する力であり続けた。しかし、私は未だになんの結論へも至っていない。

 このコーナーを始めるにあたって彼らには事前に了解をとった。何か彼らとやり取りを行う中で、お互いに望ましい方向性が見い出せれば良いと考えていた。ところがどうしたタイミングか、ここへきて彼ら2人の関係があまり良好とは言えなくなってしまった。今の状況ではもはや2人はパラビオシスの間柄ではない。3人で話し合いをしながらコーナーを進めて行くという方法はひとまず難しくなった。しかし、これは一時的なものだと私は勝手に考えている。いつの日か2人の関係が修復されれば当初の計画も実現されるものと思って、とりあえずは私が1人で好きなことを書くことにする。ただし、パラビオシスな2人を中心テーマに据えるという当初の趣旨を念頭におきつつ、ここでは『うんち君のこぼればなし』とは違った、極めて真面目で固い話題を中心に書くつもりである。

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