フランク・フリップ
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フランク・ザッパ 〜Frank Zappa〜

 フランク・ザッパへ辿り着く道というものはもちろん人様々で、その経過の違いによって好みの曲のタイプも変わってくるだろう。ザッパの音楽には実に多様なスタイルの曲が含まれていて、彼が偏見を持たれる元となっているワイセツソングから、ロックだろうといったもの、あるいはジャズロックと言えるようなものに、シンクラヴィアなる機械による自動演奏の類、オーケストラの演奏による現代音楽まであってとにかく幅が広い。幅が広いうえにキャリアも長かったので、その時代ごとにまた随分と音楽の様子が違う。出ているアルバムの数も膨大で、オフィシャルなアルバムのほとんどをコレクションするまでには十年以上を要した。

 これだけ多様なザッパの音楽であるから、同じザッパファンだといっても人によって好む曲には全く接点がないということも当然のようにあるに違いない。クリムゾンファンである私がザッパへ辿り着いた道筋は当然のごとくプログレ経由である。だから、好みは70年代前半のジャズロックと言えそうなあたりの楽曲である。あの、複雑さ、非凡さ、何とも言えない味わいはプログレの目指すところと共通のものがある。ザッパの目指す全ての音楽の融合というか、とにかく既成の音楽を越えた物を作り続ける姿勢というのはまさにプログレッシブな精神にほかならない。クリムゾンの音ばかり聴いている人にとってはザッパの音は迫力に欠けると思われるかも知れない。おまけに下品な歌詞には全く付き合いきれないと、ちょっと触れただけでずぐさまザッパを見捨ててしまったクリムゾン、あるいはプログレのファンは少なくないだろう。それはまあ、好みなので別に何も言うことはない。

 ザッパの音楽には、いわゆるプログレがこき下ろされているところの、大仰で、勿体ぶっていて、頭でっかちで、挙げ句の果てにダサイという形容がそれほど当てはまらないと思うので(猛烈にダサイじゃないかと批判する人はいるんだろうが、ザッパのあれは意図的なダサさなんであって、それを必要とする曲にあえて付け加えられているアレンジに間違いない。そこら辺の半端プログレバンドの一生懸命な末のダサダサさとは格が違うのだ)、いわゆるプログレに分類されるものではない。だが、やはり常に新しいものに全力で挑戦していくというプログレの姿勢がなせる技か、いわゆるプログレミュージシャン達とのつながりが意外と強い。私はそうしたつながりの糸をたどって御大ザッパまで行き着いたわけであるが、そうしたザッパとプログレの両方に関わったミュージシャンをあげてみれば、まずは当然ながら現役クリムゾンのエイドリアン・ブリューがいる。それからテリー・ボジオは元クリムゾンのジョン・ウェットンなんかとUKというバンドで一緒にやっていたり、最近では休クリムゾンのトニー・レヴィンなんかとも一緒にアルバムを出している。さらにチェスター・トンプソンは、ピーター・ガブリエルの抜けた後のジェネシスのツアーでドラムを叩いていたし、最近では元ジェネシスのスティーヴ・ハケットのツアーでクリムゾンのオリジナルメンバーだったイアン・マクドナルドや前出のジョン・ウェットンと共に来日している。それからエディ・ジョブソンもUKにいたし、シャンカールもピーター・ガブリエルとはよく共演している。

 そんなわけで、プログレ物を聴いていると色んなところからザッパの名前が出てくる。当の本人はプログレとは言われてないし、歌がたたってかキワモノだとか変人だとか挙げ句の果てにはステージ上でヒヨコを踏んだの、うんこを食べたのとデタラメな話が広がって、「奇行で知られるアメリカのミュージシャン」なんて書かれ方をしていたりする。真相を知らない私は多少そのへんが引っかかるところではあったが、それよりもやはり彼のところへ出入りしているミュージシャンの質からして、そんな馬鹿話だけで云々されるような人物ではあるまいと思い、なにも知らぬままとりあえず2枚のアルバムを買った。『グランド・ワズー / Grand Wazoo』と『ジャズ・フロム・ヘル / Jazz from Hell』である。年代も楽器編成もとても好対照な2枚で、おまけにザッパのアルバムの中では異色な部類に入る。

 この2枚を私は笑いながら聴いた。歌詞や音がおかしかったというわけではない。待ちこがれていた天才との出会いに、歓喜の笑みが沸き起こったのである。このときから、長い長いザッパコレクションの旅が始まった。15年ほど前のことだったと思う。

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