フランク・フリップ
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番外編:矢沢 永吉 〜Eikichi Yazawa〜

 なんで矢沢永吉だと思われる方も多いだろう。そもそもこのコーナーは、私の好きな洋楽アーティストについて書くことが基本なので、好きでもない日本のアーティストを書くのは場違いであると私も思うが、だから番外編として書く。なぜ、永ちゃんを書くのかと言えば、『パラビオシス』のコーナーの中で何度か紹介している友人の堀内(仮名)が、ホームページを立ち上げたいと言い出したので、おそらくそのサイトの中心テーマになるであろう、彼が神のように崇める永ちゃんの似顔絵を提供することになった。提供するだけでは何なので、こっちで先に似顔絵を使わせてもらおうということで、ここに登場したのである。こういう例外が許されるなら、他の友人からの、
「モー娘。について書いて欲しい」
との要望にも応えていいのかとも思うが、新旧合わせて17人もの女の子の似顔絵を描くなどゾッとするし、アイドルにまで手を拡げると、さすがにコーナーの趣旨を逸脱しすぎるので、今のところそれはやらない。だが、先々どうなるかは知らない。

 そもそも私は矢沢ファンとは対極の位置にあるような人間なので、彼の音楽を聴いたりすることはまるっきりないから、その音楽性や彼に対する想いを書くことはできない。ここでは、堀内に連れて行ってもらった(というか、連れて行かれた)矢沢永吉武道館ライブの様子を紹介しよう。フランク・フリップを面白がって読んでいる方々の中で、永ちゃんのライブに行ったことのある人はとても少ないと思うので、その実態に触れるのもなかなか興味深いことだと思う。クリムゾンのライブと比較しながら眺めてみたい。

 永ちゃん恒例の年末ツアーというものがあって、全国何カ所か回った後、最後は武道館の数回公演で締めくくるというのが毎年の決まり事のようである。私が行ったのは、'96年の『Wild Heart Concert Tour '96』というツアーだそうで、その最後の最後、武道館での最終公演(12月14日)を見たのである。当時はまだ車椅子ではなく、杖だけで動くことができた堀内が、青森、山形あたりのライブを見た後、最後にやってきた武道館に私を引き連れていった。あの年は各地のライブを合わせて9回(武道館で5回!)の公演を見た堀内だったが、なおかつ武道館は私のチケットまで用意していたのだから、チケット代、交通費、宿代など加えたら本当に大した出費である。それでも、全ては永ちゃんのためにという彼なので、もちろんそんな金が惜しいわけもない。私もクリムゾンのライブには2回は行くけれど、それ以上はさすがに金が惜しい。愛情の深さが随分と違うようだ。ちなみに、彼が今まで最も多く行ったのが'97年のツアーで、岩手1回、秋田1回、仙台3回、横浜アリーナ2回、名古屋1回、日本武道館5回の計13公演を見たそうである。考えられない。

 その日、会場に向かう永ちゃんファン達は、おそらく、大好きな永ちゃんの曲を聴きながら、テンションを高めていたに違いない。一方、よそ者の私と言えば、フランク・ザッパの『レザー / Lather』に聴き惚れながらやって来たのだから、あまりにも場違いである。九段下駅の改札で堀内と待ち合わせて、そこから会場まで歩いて向かうのだが、その光景がクリムゾンのライブの時とは随分と違う。もちろんクリムゾンが武道館でライブをやるなんて事はこの先まずないだろうが、会場の大きさの問題ではなく、そこへ向かう人々の雰囲気の違いである。男が圧倒的に多いというのは、クリムゾンのライブとそう変わらないが、永ちゃんファンの楽しそうなことと言えばクリムゾンファンの比ではない。クリムゾンファンの場合、割とインテリやら内向的な質の人達が多いので、なんともバラバラで淡々とした雰囲気なのだが、永ちゃんファンにとって、ライブはいわば集会であり、お祭りのようである。もちろんクリムゾンファンも胸の内では猛烈にワクワクしているのだが、それを表に出して大騒ぎすることは少ない。

 開演までしばらく時間があったので、少しの間、外でファン達の様子を眺めていたが、それは私が普段生きているところとは全く異質な世界であった。都心だとはいえ、時は12月の半ばである。それなりに寒いのだが、その冬の屋外で、素肌に白や派手な色のジャケットを羽織っているだけのファンの姿が少なくない。「その格好で電車に乗ってきたのかなあ」と少し驚く。首には例の矢沢タオルを掛け、頭はリーゼント。今風のロン毛や茶髪のお兄ちゃんなど見あたらない。私が中学生ぐらいのときの、『ツッパリ』と呼ばれた人種が現代に蘇って大集結したような光景である。渋谷のコギャルが見たら、それこそ「ダッサーい!!」と思い切り馬鹿にされそうなセンスだと思ったが、ある意味、とてもすがすがしい気もする。そこかしこで、「お久しぶりっす!」、「ご無沙汰っす!」といった挨拶が交わされていて、やはりそれは『集会』のようだ。ちなみに堀内からの情報によれば、チケットの裏にはこんな事が書いてあるそうだ。

 ・特攻服でのご入場はお断りします。
  又、周囲を威圧する服装の方もお断りする場合もございます。

 さて、会場に入ると、客席では既に猛烈な『永ちゃんコール』が繰り返されていた。まだ誰もいないステージに向かって、「永ちゃーん!永ちゃーん!」と延々繰り返す人々。クリムゾンのライブでこんな事をやったら、フリップに怒られてしまうんじゃないかと思うが、ここはやはり特殊な空間なのだ。堀内に訊けば、こんなのは当たり前のいつもの光景だという。場違いな所へ来たという思いをますます強めながら、とりあえず席について開演まで待つことにした。場違いついでに私は再びザッパの『レザー』を聴き始め、『デューク・オブ・オーケストラル・プルーンズ / Duke Of Orchestral Prunes』に感動して、堀内の耳にヘッドホンを突っ込み、「これがいいんだよねえ」などと彼の盛り上がる気持ちに水を差すような真似をして喜んでいた。

「始まったら、俺、立ち上がって騒ぐからね」
堀内がそう言ったので、
「俺は立たないよ」
と答えた。

 いよいよ開演。永ちゃんが出てきた途端、会場は総立ちである。堀内を含め、みんな揃って拳を振り上げての「永ちゃーん!永ちゃーん!」の大合唱だ。私はファンではないので立たない。そもそもファンであったとしても、立つのは好きではないのだ。前の人間が立って、ステージが見えなくなった場合には仕方なく立つが、そうでなければ決して立たない。ザッパは聴衆が立ち上がって興奮することを好まなかった。フリップもそうだ。ましてやフリップの場合、自らが座ったままギターを弾くロック・ミュージシャンなのだから、聴く方が立ってどうするのだ。というわけで、ファンではないので別に永ちゃんが見えなくてもいいやと思っている私は、見渡す限りの人々が立ち上がっている中、1人座り続けていた。見るものがなくて退屈なので周りを見回してみると、斜め後ろにいた熱心なファンらしい母娘の娘の方が、座っている私を、異端者でも眺めるような鋭い目で睨んだ。

「あんた、それでもファンの端くれなの!」
とでも言いたげな表情である。まさか、ファンでもない人間がこんな所に座っているとは思いも寄らないのだろう。その後、観客“ほぼ”総立ちのまま何曲かが過ぎて、バラードでやっとみんなが座った。居心地が悪かったが、私は意地でも立たなかった。だが、2回目にみんなが立ったときは、さすがに周りの圧力に負けて、立つだけは立ったような気もする。もちろん『永ちゃんコール』は控えた。

 永ちゃんと観客の間には会話があって、新曲か何かをやった後に、永ちゃんが、
「今の曲、どうですか」
なんて訊くと、
「格好良かったよー、アニキー!」
といった声援が飛ぶ。日本のアーティストはこういうところが良いと思う。フリップにも、
「イマノ、シンキョク、ドデスカネ、ミナサン」
なんて言ってもらえると嬉しいのにと夢見る。まあ、実のところ夢見たりまではしてない。

 さて、正直、知らない曲ばかりの、趣味の異なるライブは、決して楽しめたとは言わないが、一つの体験としては興味深かった。ライブが終わって、“永ちゃんもどき”みたいなファン達がゾロゾロ歩く中、タクシーを拾って飯田橋まで行った。タクシーの運ちゃんが、
「今日は何があったんですか?」
などと訊くので、堀内が説明をすると、
「ああ、それで。みんなちょっと変わったカッコで歩いてるから、何があったのかなあって思ってたけど、ああ、皆さんファンなんだねえ」
と、納得した様子だった。
「俺はファンじゃない」
と言いたい気もしたが、そんなことを言ってもどうなるもんでもないので黙っていた。

 飯田橋の居酒屋に入って食事を始めると、横に座った革ジャン姿の男性2人組の会話が聞こえてきた。どうやら、彼らも武道館からの帰りらしい。

「いやあ、やっぱりこれですよね。武道館のライブで締めくくらないと、年は明けないっすよ」
「甘いな。年末のツアーは全部見ないと駄目なんだよ。そうじゃなきゃ本当に年は明けないね」

 私は、以前、シルヴィアン・アンド・フリップのライブに行った帰りに立ち寄ったラーメン屋での光景を思い出した。やはり横のテーブルに座っていた、いかにも同じライブ帰りといった感じの数人連れが、楽しそうに会話していた。

「ついに、幻のシックスを手に入れたぜ」
「どうよ、いいの?」
「でも、やっぱ、ソフト・マシーンはスリーだろ」

 フリップのライブの後にソフト・マシーンの話とは、やっぱり同類が集まっているなあと感心したが、永ちゃんの世界でもやはりファン同士の考えることは同じなのだ。堀内も金と暇と体力さえ許せば、毎年全部のライブに行きたいところなのである。

 それにしても、毎年ツアーの全てのライブを見て回るなんて、すごいものだ。内外を問わず、どんなアーティストにもそういうファンは付いているだろうが、おそらく、永ちゃんのファンにはそんなことをしている連中が特に多いに違いないと思う。それだけ、ある層にとっては、求心力の異常に強いアーティストであることは確かなのである。

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