フランク・フリップ
ホーム      前へ INDEXへ 次へ
ザ・フー 〜The Who〜

 世界保健機関じゃない。来日したことのない最後の大物バンドと言われるザ・フー。いきなり疑問を感じた。このバンドの名を日本語で書く場合は『ザ・フー』なのか、それともただの『フー』なのか。とりあえず『ザ・フー』と書いたがなんとなく納得いかない。“The”付きのバンド名であっても日本語では普通“ザ”は省くので、『ザ・ポリス』とも『ザ・ビートルズ』とも言わないことが多い。しかし、“ザ”を省いた時の音の響きと字面が間抜けな故か、『The Who』の場合は“ザ”付きで呼ばれることが多い。日本の慣例に従うなら『フー』で行くべきだろうが、より一般的な呼び方として“ザ”付きを選択した。実のところどっちでもいいことではある。

 この“ザ”問題、普通はどっちでもいいのだが、例外として『The The』がある。さすがにこれを『ザ』と言ってはいけないに違いない。日本のバンドで『The Alfee』なんてのがあって、これは昔は無かったものにあとからわざわざ“The”をくっつけたので、『ジ・アルフィー』としっかり呼ばせているようだが、途方に暮れるほど興味の対象外なので、心の底からどっちゃでもよい。とりあえず例として出してみたまでだ。ご存知のように、母音の前にある“The”は“ザ”ではなくて“ジ”と読むが、私が中学の時の英語の教師はこれを“ゼ”と発音していた。一応前歯の間に舌を挟みながらではあったが、私はいつも釈然とせずに、
「“ゼ”じゃないだろう、“ジ”だろう」
 と、心の中でツッこんでいた。ついでに書くなら、
「37ペーシを開いて」
 と言われたときの“ペーシ”、
「ほどんとありません」
 と言われたときの“ほどんと”にもツッコミを入れていた。“ページ”が“ペーシ”になり、“ほとんど”が“ほどんと”になるのは東北の訛りだから致し方ないのだけれど、さすがに我々の年代ではそうは言わないのだ。

 そんなことはさておき。ザ・フーの話だ。ビートルズに引き続き、このバンドもオリジナルメンバー4人のうち生き残りが2人になった。私はザ・フーのファンというほどの者ではないので、その動向を追いかけてはいなかったが、いつの間にやら再結成ツアーをやっていたという事実に驚いた。2002年の6月末からラスベガスを皮切りにアメリカツアーが始まるところだったが、あろうことかその前日にベーシストのジョン・エントウィッスルが心臓マヒのため急死してしまった。秋には20年ぶりになるスタジオ録音のニューアルバム製作が予定されていただけにファンとしてはさぞかし残念なことだったろう。しかしこの大ベテランバンドの凄いところは、2講演のみ延期しただけですぐに代役を立ててツアーを開始したことだ。先に亡くなった2人も重要な人物であったには違いないだろうが、残された2人がより重要なメンバーであるということも幸いしたと言えるだろう。片やフロントマンのロジャー・ダルトリーであり、もう一人はバンドのリーダーであり音楽的中心にもいるピート・タウンゼントだ。この人、児童ポルノ画像所持の容疑で最近逮捕されたが、保釈金を払ってすぐ釈放されたそうだ。

「幼児期に性的虐待を受けたことがあり、執筆中の自伝のため幼児ポルノについて調べるのが目的だった」

 と弁明しているそうだが、ほとんど誰からも信じてもらえていない気配。なにはともあれ、カリスマギタリスト、カリスマミュージシャン、カリスマアーティストの一人であることに間違いはない。腕をぐーるぐーると回しながらの風車奏法や、ステージ上でギターをぶっ壊すパフォーマンスは有名だが、私としてはあまり興味がない。物は大切にしましょうと言いたくなる、というのが本音である。ああいうパフォーマンスをする人からすると、ステージの端の方でイスに腰かけ、スポットライトさえ拒否しながらただ黙々と演奏するフリップ先生のようなロック・ミュージシャンが許せないかも知れないと思いきや、このピート・タウンゼントさんこそ最初にクリムゾンを絶賛してくれた同業者と言ってもよい。クリムゾンのデビューアルバム、『クリムゾン・キングの宮殿 / In The Court Of The Crimson King』が発表された時に、『薄気味悪いほどの傑作』または『超人的な傑作』と評したとされる(原語では“an uncanny masterpiece.”)。やたらとクリムゾンやザッパにからめて話が進むのがこのコーナーの特徴だが、そこが『フランク・フリップ』たる所以だとも言えるのでどうかご了承願いたい。

 私はザ・フーのアルバム全てに耳を通したわけではない。なんとなれば、前述のとおりファンと言うほどの者ではないからである(ちょっと聖書くさい言いまわし)。どうしてファンじゃないのかと言えば、その出会いが原因かも知れない。私が初めてザ・フーに触れたのは、ドラマー、キース・ムーン亡き後のアルバム、『フェイス・ダンス / Face Dance』だった。中学3年の時に友人から借りたのだが、かつてからのファンにすれば物足りないアルバムだろう。悪くはないが、そう良くもない作品だ。そして次に聴いたのが『四重人格 / Quadrophenia』。これもそこそこの作品という感じであって、私を強烈に惹きつけるアルバムとは言えなかった。というわけで、私にとってのザ・フーはここで一旦終了となった。その後、他の作品を耳にするまでは10年の歳月を待たねばならなかった。10年後に私の前に現れたのは熱烈なザ・フーのファンである会社の後輩女性社員で、私に(半ば強引に)『ロック・オペラ“トミー” / Tommy』の映画ビデオと『フーズ・ネクスト / Who's Next』、『フー・アー・ユー / Who Are You』のテープ、それからピート・タウンゼントのソロアルバム『アイアン・マン / Iron Man』を貸してくれた。『ロック・オペラ“トミー”』と『アイアン・マン』については貸し主のお勧め度の割にはピンと来なかったが、『フーズ・ネクスト』と『フー・アー・ユー』は気に入って、自分でも購入した。特に『フーズ・ネクスト』は最高傑作との定評があるだけに曲も粒ぞろいだし、彼ららしいパワーも充分に備わっている。立ち小便上がり(風呂上がりみたいな意味での“上がり”)のジャケット写真も良いのか悪いのか分からないが味わいがある。以前はロジャー・ダルトリーを『モッタリした粗雑なボーカリスト』と思っていたが、意外とシャープで迫力のある良いボーカルだったんだなと認識を改めた。

 『フーズ・ネクスト』は今でも私の愛聴盤である。これは確かに傑作だと思うが、でも残念ながら『薄気味悪いほどの傑作』または『超人的な傑作』とまでは言えない。強いて言うなら『小気味良いほどの傑作』または『鉄人的な傑作』といったところか。

ホーム      前へ INDEXへ 次へ