フランク・フリップ
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ロジャー・ウォーターズ 〜Roger Waters〜

 2002年3月28日。ロジャー・ウォーターズのライブを観た。会場は有楽町にある東京国際フォーラム・ホールA。なかなか綺麗で大きく、そして見やすいホールだ。

 会場内の年齢層はやはり高い。40代が中心だろうか。平日の夜だったのでスーツ姿の男性が多い。課長さんクラスのサラリーマン達が、飲み屋ではなく、こんなコンサート会場に3人ぐらいで連れ立ってやって来て、みんなで仲良く並んで嬉々として開演を待っているという光景は、なかなか目にすることのできない珍妙なものではある。クリムゾンのライブ同様女性客は少なく、一割程度といったところか。だが、会場の雰囲気としては、ちょっとマニア色が濃い感じのクリムゾンのライブと比べて、より一般社会に近いものを感じる。やはりフロイドは世界的な大メジャーなのだ。なんだかんだ言っても、クリムゾンに比べれば一般受けする聴きやすい音であって、なんとなく緊張感が少ないのである。というのは私の個人的感覚であって、人によってはフロイドの方により緊張感を憶える人もいるだろうけれど。

 さて、このツアーは『In The Flesh World Tour』と銘打たれており、二部構成で、休憩を含めて3時間にも及ぶ長大なライブだった。ソロツアーの割にはウォーターズのソロはアンコールの新曲を含めて5曲のみで、大半がピンク・フロイド時代の曲で構成されていた。以前に発売されているライブアルバムとほとんど同じ内容だ。私はあのアルバムを割と良く聴いていたので、あまり新鮮味や意外性がなかったことは残念な要素だったが、さすがにフロイドは名曲ぞろいだなあと改めて感心させられた。『ドッグス / Dogs』の途中の長いキーボードソロの間、ウォーターズを含む暇な人たちが、テーブルを囲んで酒を飲みながらカードに興ずるといった珍しい小芝居も織り交ぜながらのステージだった。

 それにしても、ロジャー・ウォーターズは若い。1944年の9月生まれだというから、この時点で57歳である。それでいて腹も出ていないし、声に衰えも感じない。かつてはファッションモデルをやっていたとの話がある元同僚のデヴィッド・ギルモアが、10年前には既に見る影もない妊婦さんのような腹をして、今にもゲロゲロと何かを吐き出しそうな口元でギターを弾いていた姿とは比べようもなく格好いい。最近のロマンスグレーもなんとなくダンディーであり、昔の彼よりも明らかに素敵に見える。そもそもウォーターズはえらい大男で、手足が長く、そのスラリとした体躯は遠目に見てとても見栄えがする。それがまた長いネックのベースギターを持っているとなんとも様になるのだ。顔もリチャード・ギア風だと言えないこともない。よくここまで持ち直したものだ。髪型のせいもあるだろうが、昔はとにかく長い顔、長い鼻、でかい口、というイメージが強く、随分とインパクトのある顔だったのである(「ピンク・フロイド 〜Pink Floyd〜」の挿絵参照)。『ウマグマ / Ummagumma』というアルバムがあるが、これなど本当は『馬熊』であって、もちろん“馬”はウォーターズのことを表しているなんてことを考えたりするぐらい、長さを感じたものだ。だが、最近では顔の肉付きも良くなって、それほど長い顔という印象はなくなった感がある。つまらない気もするが、まあ彼のためには良かったに違いない。

 このツアーのギタリストは3人もいるのだが、メインはスノーウィ・ホワイトである。といっても私は知らない。シン・リジィにいた人でソロキャリアも随分長いらしいが、そもそもシン・リジィも名前しか知らない。スノーウィ・ホワイトとは『雪のように白い』という意味になるが、そんなに白いかどうかはともかく、白人ではある。

 昔、中学生時代、クラスの女の子が、
「あの子、“黒井みどり”っていうのよ。そんな名前普通付ける?」
 なんてことを言っていた記憶があるが、その“黒い緑”さんに比べれば辻褄があった名前ではある。まあ、ものすごく濃い深緑だと思えば“黒い緑”さんも矛盾した名前ということもないのだろうけれど。

 そんなことはともかく。このスノーウィ・ホワイトさんのギターは、やっぱりギルモアとは違う。できることなら本物が聴きたい。私の大好きな名曲『コンフォタブリー・ナム / Comfortably Numb』では、ギタリスト2人で気持ちのいいギターソロをオリジナルより長々とやってくれて、それはそれで大変に良かったのだが、でもやっぱり気持ち良さ度がギルモアより劣る。歌にしてもそう。ギルモアのヴォーカルパートを、女性コーラス隊の人やギタリストの1人が歌っていたけれど、オリジナルをちょっとアレンジしたり、妙に歌い上げちゃったりするとなんだか気に入らないのである。ギルモアのヴォーカルは決してうまいものではないが、彼のギターの音色同様、なんだかとても心地いいということを今回改めて感じた。かといって、ウォーターズ抜きの3人ピンク・フロイドの物足りなさと言ったらないのであって、必要度から言えばウォーターズのヴォーカルが圧倒的に不可欠なのは間違いない。だが、ギルモアのギターと歌がなかなか埋め合わせのきかないものであることもやはり確かなのである。

『狂気 / Dark Side Of The Moon』以降のピンク・フロイドにおいて、女性コーラス隊というのは不可欠になっているが、当然このステージにも3人女性コーラス隊が付いた。ウォーターズのソロにおいては更にコーラス隊の活躍度が増しているけれど、私はあれをあまり好まない。確かにとても素晴らしい技量を持っていて、感動的な程の歌唱力を聴かされたけれど、なんだかつまらないのだ。みんなでそろって変な振り付けで踊りながら歌うのもいただけない。そもそもロックというジャンルの音楽にはそぐわない存在なのではないかという感じがする。

 ポリスが随分と売れるようになって、どんどん音が洗練されるとともに、『ロック』的な勢いや荒さを失っていったけれど、最後の頃になるとステージにはやはり女性コーラス隊が乗っていた。その映像を見てとてもがっかりしたのを覚えている。ピンク・フロイドがそうであるように、いわゆる“男臭い”、“攻撃的な”、狭い意味で言うところの『ロック』というジャンルを越えている証と言えるのかもしれないが、そこにはなにか煮え切らない、スッキリしない感覚というものが残るような気がする。

 そんなことは決してあり得ないだろうが、もしもいつの日か、キング・クリムゾンのステージに3人女性コーラス隊が乗っていたら、私はファンをやめるかも知れない。もちろん、4人女性コーラス隊だったらいい、なんてことではない。

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