フランク・フリップ
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スーパートランプ 〜Supertramp〜

 スーパートランプとは『すっごいトランプ』だと思って、「ダッサいネーミング!」なんて言ってる人がいるのではないか。認識違いである。日本語で言うところの“トランプ”は英語では“cards”であって、この“トランプ”というカタカナ英語の元となっている“trump”という単語は“切り札”を意味する。一方、スーパートランプの“tramp”は“放浪者”という意味なので、このバンド名を直訳すると“すっごい放浪者”、あるいは“チョー放浪者”ということになる。何がどれだけすごい放浪者なのかと想像力をかき立てられもするが、そもそもはW.H.デイヴィスという人の1910年に出版された『The Autobiography Of Supertramp』という小説からとった名前だそうで、このタイトルで使われている“Supertramp”は“すばらしき放浪者”と訳されている。また、バンドの創設者であるリック・デイヴィスがデイヴィス繋がりでもってこの作家に惹かれたという事情もあったりするのかも知れないが、そんなことまで私は知らない。どうも若い頃にアメリカで放浪生活をしていたリック・デイヴィスが自分に重ね合わせてこの名称を選んだというのが本当のところのようだ。なんにしても『すっごいトランプ』だと思ってちょっと馬鹿にしていた方は彼等の名誉のためにも認識を改めていただきたい。まあ、どうでもいいけど。

 スーパートランプの音楽を“女々しい”とか“子供っぽい”とか言う人々がいるようだが、そういう受けとめ方をされる要素は確かにあるのかもしれない。一言でいえばポップだし、音は優しく、ロジャー・ホジソンの歌声も高くてソフトだ。クリムゾンのように男性ファンばかりが多いということもないだろう。よく知らない人からすると軟弱に思えるかも知れない。しかしだからと言って彼等の才能を過小評価してはいけない。というか、ホジソンの才能を、である。リック・デイヴィスには悪いが、彼の才能はロジャー・ホジソンのそれとは比べるべくもない。

 スイスからロンドンにやってきたリック・デイヴィスが新聞にバンドメンバーの募集広告を出し、紆余曲折を経て最終的にこのバンドが立ち上がったという経緯からすれば、スーパートランプは彼のバンドであると言える。その最初のオーディションでロジャー・ホジソンがピックアップされたことはリック・デイヴィスの見る目の確かさの証明ではあるし、幸運でもあったろう。この最初の出会いから意気投合した2人が核になってバンドは動き出すのだが、残りのメンバーについてはなかなか恵まれなかったようで、興行的に全く振るわなかったセカンドアルバムまでのメンバーを一掃して再度オーディションを行い、ついにあのスーパートランプ節を醸し出すプレイヤー3人を迎えた。この3人のメンバーは全くのプレイヤーといった立場にあるので、バンドの中での重要度という点では確かに劣るけれど、しかし彼らの作り出す音こそは、スーパートランプのアイデンティティを構成する上での欠くべからざる大きな一要素になっている。とくにホジソンの曲と彼のヴォーカルにとってはこの“音”が抜群の相性を持っていて、これがなければさすがのホジソンといえども魅力が大幅に低減することと思う。

 しかし、リック・デイヴィスに関してはこのスーパートランプ節をどうにも生かし切っていないように思えてならない。そもそも彼の作る曲とヴォーカル自体に魅力が乏しいのに、どういうわけか編曲に対して力を尽くしているようには感じられない。あれでも一生懸命力を尽くした結果なのかも知れないが、そうだとすればちょっと寂しすぎる。ホジソンが他のメンバー達の個性を充分に活用しているのに比べ、デイヴィスは己のキーボードでの弾き語りでやっつけてしまおうというきらいがある。シンプルが好きといえば聞こえが良いが、実際はラフの時点からの練り上げをあまりおこなっていないというところが正しそうでもある。スーパートランプといえば優しい音づくりというイメージが強いが、それは概ねホジソンの楽曲についての話であって、デイヴィスは対照的に割とヘヴィーな音作りをする。デイヴィスにはヒット曲が少ないので、スーパートランプの音といえばホジソンの音とほぼイコールで捉えられてしまうことになったが、デイヴィスからするとその辺の評価に対する意地もあってシンプルまたはヘヴィーな音作りに固執したと考えられなくもない。しかし、それがまた魅力の低減を招いているのだから哀れなのである。

 ホジソン在籍時のアルバムにおいて、ホジソンとデイヴィスの曲はほぼ交互に現れる。その魅力の差があまりに激しいので、デイヴィスの曲は“繋ぎ役”というか、番組本編の間に挟まれる“CM”の如き立場にある。

「この隙にトイレに行っておこう」

 というような感じである。だから、デイヴィスの曲がそこそこ良かった『クライム・オブ・センチュリー / Crime Of The Century』と『ブレックファスト・イン・アメリカ / Breakfast In America』はアルバム全体としてのまとまりが良くなる。そんなわけで、スーパートランプの音楽的なイニシアティブを握っているのはもちろん明らかにロジャー・ホジソンである。イニシアティブというと少し語弊があるが、言い換えればスーパートランプの音楽性を代表しているのはロジャー・ホジソンであったということだ。しかし、スーパートランプはホジソンのバンドではなかった。所有権はデイヴィスにあるだろうし、バンドを束ねる力という点ではデイヴィスの方が優れているに違いない。というよりも、ホジソンは人を束ねて引っ張っていくというタイプの人間ではないだろう。

 ポール・マッカートニーが、「どんなに頑張ってもジョンのようには出来なかった」と、ビートルズ時代のことを述懐していたように、リック・デイヴィスもまた、「ロジャーにはかなわない」という思いを抱いていたことは充分推測できるが、スーパートランプの場合はビートルズとはちょっと状況が違う。ジョン・レノンは音楽的な面も含めて完全にビートルズのリーダーだったが、スーパートランプにおいてはバンドの運営面と音楽面において、能力的な逆転が起こっている。リック・デイヴィスが己の音楽的才能の限界を素直に認めて、ロジャー・ホジソンをサポートしていく方向で進めていったなら、ホジソンの脱退はなかったかも知れない。しかしデイヴィスはそうしなかった。意地でも自分の曲を自分で唄い、アルバムの中に押し込んだ。ホジソンという人はいかにも内気で遠慮気味かつ思いやり溢れるタイプのように見受けられるから、たとえ出来が悪いと思ってはいても、リーダーかつ友人であるデイヴィスの曲を排除しようという運動はできなかっただろう。別にリック・デイヴィスが押しの強い男と言っているわけではない。彼もまたそれ程我の強い男ではなさそうにも思う。ただ、ホジソンがより遠慮深かったのではないか。

 ファンとレコード会社にとって最も望ましい道筋は、リック・デイヴィスが作曲とリード・ヴォーカルから手を引くということだったろう。少なくとも、もう少し控えめになることだ。必ずしも彼が脱退することが望ましいことだったとは思わない。リーダーシップをとる立場の人間がいなくなるからだ。しかしそれも、ロジャー・ホジソンが抜けることに比べれば比較にならないほど良い選択ではある。だが、バンドの世帯主であるデイヴィスはもちろん脱退しなかったし、音楽において自分の力を発揮し続けたいという思いも捨てられなかったのだろう。そのために自分が作ったバンドなのだから当然といえば当然である。結局現実にはロジャー・ホジソンが独立してしまった。ホジソンの人気をデイヴィスがやっかんで追い出したのだという声が聞かれもしたが、そんなことはあり得ないだろう。バンドにとってホジソンがどれほど大事な人間であるかということぐらいデイヴィスは充分に認識していたはずだし、見たところ彼はそんなに小さい男ではなさそうである。

 当然の結果としてホジソン脱退後のスーパートランプは、“パッとしないにも程がある”という状況になったが、それでも4人は一生懸命やっていたようである。例によってライブ+ヒストリーもののLDを持っていて、これを機会にちょっと見直してみたが、ホジソンがいなくなった後、すっかり自信を失った印象のリック・デイヴィスのインタビューがちょっと哀れである。バンドが最近どうなっているのか、私は全く知らない。

 一方のホジソンはと言えば、脱退後のソロアルバムの出来は悪くはないのだけれど、やはりなんとなく物足りない。曲自体が良くても、同じ調子が続くのはちょっとつらい感じもする。今にして思えば、デイヴィスの中休み的繋ぎ曲も必要悪だったかも知れない。ホジソンの最近の動向もまたよく知らないが、一時期は90125イエスのトレヴァー・ラヴィンと仕事をして、いかにもホジソン節だなあという佳曲がイエスの『トーク / Talk』という出来の悪いアルバム(“むごいアルバム”と評した人もいる)に収録されていたりする。このまま消えてしまうにはちょっともったいない才能だが、ホジソン達の時代はとっくに終わってしまったというのが厳しい現実なのだろう。そのうちホジソン入りスーパートランプが再結成なんてこともないとは限らないが、その時には懐メロ大会のツアーだけが喜ばれるバンドに成り下がる可能性もある。だがホジソンはそんなことを潔しとしない男のようにも思うから、本気でやるつもりがない再結成にはきっと乗ってこないに違いない。

 リック・デイヴィスについては随分きついことを書いたが、決して彼が嫌いなわけではない。単に興味がないのである。彼は悪い人じゃないと思いますよ、きっと。

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