フランク・フリップ
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ロキシー・ミュージック 〜Roxy Music〜

 先頃、ワールド・ツアーの為だけに再結成したらしい。既に来日公演も果たしたらしいが、知らなかったので私は行かなかった。知っていても行ったかどうかは微妙なところだが、それでも私はロキシーがかなり好きである。なんと言ってもブライアン・イーノを輩出したバンドであるから、魅力的な事この上ないが、やはりロキシーはほとんど完全にブライアン・フェリーのバンドなのである。90%以上はフェリーが作り出しているようなものだろうと思うが、だからといって、ブライアン・フェリーのソロと似たようなものかと言えば、とんでもないのである。圧倒的にロキシー・ミュージックの魅力が勝っている。

 これは他のバンドにも言えることだが、いかに傑出した才能を持った1人を中心としているバンドであっても、優れたバンドというのはその他のメンバーの力というのが実に重要なのである。ロキシー・ミュージックにおけるブライアン・フェリー、ピンク・フロイドにおけるロジャー・ウォーターズ、ビートルズにおけるジョン・レノン、ポリスにおけるスティング、スーパートランプにおけるロジャー・ホジソン、フーにおけるピート・タウンゼント、バッド・カンパニーにおけるポール・ロジャース、レッド・ツェッペリンにおけるジミー・ペイジなど、これらの人々が抜けてしまえばバンドは成り立たないか、ほとんど腑抜け状態ではあるが、とは言えども、彼らがソロでやる仕事というのはどうしたってバンドでの仕事にはかなわないのだ。そこには、全体としてのバンドの“音”があって、他のメンバーのもたらすヴァリエーションが、音楽性に広がりをもたらすのだ。だから、中心メンバーのソロ作というのは確かにバンドの音楽と大方は同じようではあるけれど、どうしても一本調子になってしまって、色合いが足りない。それにやはり共同作業の葛藤や緊張感がうまく絡み合えば、その作品には1人の時とは比べものにならないようなエネルギーが凝集されているのである。というわけで、有能な人はとかく独立したがるものだが、「暫し待て!」と私はいつも言いたい。

 それでもロキシーは随分頑張っていたと思う。イーノを追い出してバンドの実権を握ったフェリーが、その根性の悪さから他のメンバーと対立しながらも、バンドとしての活動を続けたことはとてもよろしい。きっと、マンザネラやマッケイはとても辛抱強い性格なんだろう。よくあんな強突張りに付き合い続けたものだと感心する。ブライアン・フェリーがどんな人物か、“UKプログレッシヴ・ロックの70年代”(青林堂)という素敵な本の中で、元メンバーのエディ・ジョブソンがインタビューに答えて語っているので引用しよう。

「皆、そうだけれどブライアンには彼の目標があって、それをやり遂げるために成すべき事をしていた。そのためには人を使い、ふみつけにする必要があったとしても彼はそんな事は気にも留めない所がある。それは今でもそうだ。レコードに自分以外の誰のクレジットもせず、ついでにロイヤリティも払わなかったりね。最近のアルバムにも僕は参加しているんだけれど、クレジットされもしないし、ロイヤリティももらっていない。だから彼の自分勝手さは年々悪くなっていると言えるね。彼の事を親切な男だと言うつもりはないよ」

 だそうである。この話からいくと、ロキシーのほとんど全ての曲をフェリー1人で作っているらしいクレジットはちょっと眉唾なのかなと思えてもくる。

 ところで、ブライアン・フェリーは、エルトン・ジョン同様、かつてクリムゾンのオーディションを受けて不採用になった男である。確かにあのグニャラグニャラしたヘロヘロの唄い方ではクリムゾンには合わないだろうが、しかし、あの個性的なヴォーカルは大変な魅力なのである。クリムゾンと言えば、ロキシーのツアーにはジョン・ウェットンが参加していて、その縁から後にエディ・ジョブソンとU.K.を結成するわけだが、ロキシーのヴィデオを見ていたら、ジョン・ウェットンと一緒にメル・コリンズまで映っていた。まあ、あの人はとにかくあらゆるバンドとセッションしていたようだから、別に不思議ではないけれど。

 あのヴォーカルも含めてのことなのか、フェリーは何やらやたらと『ダンディー』と言われる。だが、果たしてそれで正しいのだろうか?本当にあれはダンディーなのか?私は昔から彼を『オヤジ』だと思っていた。ダンディーならダンディーでもいいが、「若いうちから『オヤジのダンディー』だなあ」と思っていた。とてもロック・ミュージシャンのムードではない。はっきり言えば、『変なオヤジ』だと思っていた。もちろん見るからにまともな人間ではないなと感じていた。イーノはロキシー時代にはとんでもない格好をしていたけれど、どんな格好をしていようと内部からかもし出すムードというのは伝わって来るものだ。イーノは若ハゲに恐い恐いメイクと宝塚みたいな衣装だったが、中味はとてもいい人そうである。それに比べるとフェリーはどんなにスーツやタキシードでビシッときめていても、とてもうさんくさい。まあ、『ダンディー』と『いい人』というのは確かに共存しそうにない特徴ではある。いい人のフェリーなんてのはあまり魅力的ではないのかも知れない。

 さて、ロキシーにはとても良い曲があるのだが、ろくでもない曲も多い。ひどいアルバムになると、一曲ぐらいしか見るべきものがないこともある。だが、その一曲がたまらなく良かったりするので困るのである。例えば『フレッシュ・アンド・ブラッド / Flesh + Blood』。私はこのアルバムの『オー・イェ / Oh Yeah』が大好きである。ロキシーの曲の中でこれが一番好きな程である。だが、この曲と、つづく『セイム・オールド・シーン / Same Old Scene』以外、このアルバムにはたいした曲がない。もう、ほとんどどうでもいいような曲ばかりである。エディ・ジョブソンがいた頃の3枚などは全部で2曲ぐらいしか良い曲がないのではないかと思うほどである。そこら辺に比べると、イーノのいた最初の2枚は粒が揃っていると思う。そのころはまだフェリーが中心でやっていたわけではないそうだから、これは本当の共同作業の成果と言えるのかも知れない。やはりまとまった集団の力はすばらしい。

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