フランク・フリップ
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ポリス 〜The Police〜

 素晴らしい。名バンドだ。大メジャーである。ポリスといえば、時の流行に乗じて、出だしはパンクということでプロモーションしたようだが、その実はパンクとは特に関係がない。デビュー当初、ヴィジュアル的にはみんなで髪をブロンドに染め、音的にも多少は荒っぽくパンクらしい部分を演出しているが、本人達はパンクをやっているつもりもやりたい気持ちも無かったことは明らかである。そうしたポリスの似非パンクの姿勢を、パンク界のカリスマ、セックス・ピストルズのジョニー・ロットン(後改めジョン・ライドン)は憎しみを込めて「クソ食らえ」とかなんとか言っていたものだ。

 ポリスの連中は、パンクをやるにはセンスも実力も知性も分別もあり過ぎたし、さほど若くもなかったので(アンディ・サマーズなどは加入当時で既に34歳、他の二人も24,5歳)、パンク・ムーブメントなんてものはとても子供っぽく見えたに違いない。ポリスのメンバーはパンクなどよりは、どちらかというとジャズやプログレに関わりがある。ポリスの音楽自体はそのどちらでもなく、メンバー個々の音楽的嗜好はバンドとしての音楽とは少なからずズレがあるようだ。スティングはもともとはジャズが好みのようだし、アンディ・サマーズもそもそもジャズ・フリークである。スチュワート・コープランドはアメリカ人だが何故かイギリスのプログレ・バンド、カーヴド・エアに入った。奥さんはそのリード・ボーカル、ソーニャ嬢だそうだ(今でもそうかどうかは知らない)。別にプログレ好きでカーヴド・エアにいたわけではないだろうが、とにかくいつでもどこでもリズムをとるのが大好きなリズマティストで、特にエスニックなリズムが好きなようである。ポリスはもともと彼がスティングに目を付けて結成したバンドだから、実力や年齢はともかく(3人の中では彼が一番年下)、バンドのイニシアティブはコープランドが握っていたようにも思われる。ポリスの音楽性を方向付けている中心人物も実はコープランドで、それぞれの個人的趣向を離れて“売れる音”作りを戦略的に行っていたのではなかろうか。初期のポリスでレゲエらしきリズムを取り入れたのも彼のようだし、スティングやサマーズのジャズ嗜好を排除しているのもおそらく彼の仕業だと思われる。実際のところ、コープランドにはプレイヤーとしてのさほどの技量がないので、ジャズ的なアプローチにはついていけないという事情があったかも知れない。まあ、単純にあまりジャズが好きじゃないというだけかも知れないけれど。

 ポリスの最重要人物と言えばもちろんスティングであって、彼の作曲能力とボーカル(とルックスも?)がなければポリスの成功はまずありえなかっただろう。コープランドの“売れる”戦略もスティングあってのことなのである。だからといって、残りの二人の貢献を無視してもいけない。確かにアルバムの中に極たまに紛れ込んでいる、コープランドとサマーズの楽曲は、スティングのそれに比べれば見劣りするかも知れない。コープランドの曲を私は好むけれども、クラーク・カント名義のものを含めて、どれも一本調子だと言われても致し方ない。アルバム『シンクロニシティ / Synchronicity』の中でのサマーズの曲、『マザー / Mother』はカスだとか、あれさえ入ってなければ完璧なアルバムなのになんて思っているポリスファンも少なくないだろう。確かにあれは変であるし、その辺のお年寄りに聴かせたらさらに老け込んでしまうかも知れないような雰囲気だが、だからといってサマーズを全否定などしてはいけない。彼の才能は後ほど開花する。この時点でも、ギタリストとしての貢献度は馬鹿にできないものがあるのである。作曲者として貢献しているのはほぼスティング一人と言っても良いぐらいだが、音作りの貢献度では他の二人の方が優れている。働きどころがそこしかないのでがんばったのかも知れない。しかし、これぞポリスという音をつくったのは間違いなくコープランドとサマーズである。極端に言えば、ベースは別にスティングでなくともいい。もしも、イエスのクリス・スクワイアやブランドXのパーシー・ジョーンズ、あるいはブラフォード他のジェフ・バーリンなどがベースをやっていたら、それこそ個性が強すぎてポリスの音はぶち壊れてしまうかも知れないが、スティングのプレイはとても無難なので、個性の強くない人なら他の誰でもいいとも言える。だが、コープランドとサマーズのプレイを欠いては、ポリスの音ではなくなるだろう。やはりバンドはチームワークが命。それぞれのソロワークに比べてとても魅力が大きい。

 このぐらいのクラスになると、それぞれのメンバーがしっかりとソロでも仕事ができる。スティングはソロでもヒットメーカーだが、そのジャズ的な(本人は様々な音楽要素を取り入れた“ハイブリッド”だと言っているようだが)音は、確かにポリス時代よりも洗練されて、技術的にも高くセンスも良いのかも知れないが、やはりなんだか食い足りない感じである。本人がもうそんな歳ではないという事なのだろうが、おとなしすぎてはっきり言ってつまらない。アンディー・サマーズは最初の『xyz』こそお粗末なボーカルを披露してしまったおかげで大失敗だったけれど、その後の仕事の素晴らしさは断然スティングよりも上を行っているのではないかと個人的には思う。最近はあまりにもジャズ・プレイヤーのようになってしまって、おまけにカヴァーばっかりやっているのでちょっとつまらないけれど、それにしても彼の才能の豊かさを改めて感じさせられる仕事ぶりである。コープランドは最近音沙汰がないようだが、かつてのソロアルバムを私は今でも良く聴く。一本調子ではあるが、私は好きである。深みはないが勢いがある。勢い。そう、これがポリスの魅力だった。だから、完成度が高いと言われるけれど、(マザーを除いて)綺麗にまとまりすぎてしまった『シンクロニシティ』よりも、荒削りなファーストの『アウトランドス・ダムール / Outlandos d'Amour』が私は大好きだし、最高傑作であると思っている。このアルバムには、これから行くぞ!という意気込みとエネルギーが満ちあふれている。その情熱が私の魂を刺激するのである。作品的には『白いレガッタ / Regatta de Blanc』のほうがレベルが高いかも知れないが、魂を振るわすという意味ではファーストに及ばない。新たに事をなそうとしている人間のパワーは、何事においても感動と興奮を与えるものだ。

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