フランク・フリップ
ホーム      前へ INDEXへ 次へ
ムーディー・ブルース 〜The Moody Blues〜

 ムーディー・ブルースのアルバムは6枚ばかり持っているが、実のところ、メンバーについては誰が誰やらさっぱりわからない。途中から元イエスのパトリック・モラーツが入ったことは知っているが、そもそもオリジナル・メンバーが誰なのか、唄っているのは誰なのか、なーんにも知らない。そんな状態でエッセイを書いてもいいものかという声もあるかも知れないが、いいのだ、なんでも。別に解説者じゃないので、テキトーに書く。

 ムーディーズ(ムーディー・ブルースの呼び名)はプログレじゃないかも、という意見もあるようだが、一般的にはプログレの最古参的存在と認識されているようだ。なんたって、ジミー・ペイジをして「真のプログレッシヴ・ロック」と言わしめたらしいのだから。しかし、そんなジャンル分け的なことはどうでもよろしい。端的に言えば、彼らの音楽は「甘〜い感じ」である。迫力あるロックではない。その迫力の無さ加減がもたらしたものなのか、デビュー時のキング・クリムゾンに関わるこんな逸話がある。

 クリムゾンのアルバムデビュー前のこと。ムーディーズの英国ツアーのサポート(つまりは前座だろう)を予定されていたクリムゾンのステージを、ムーディーズのメンバーであるグレアム・エッジとジャスティン・ヘイワード、そしてプロデューサーであるトム・クラークが試聴のために訪れた。ところがクリムゾンの演奏が進むにつれ、エッジとヘイワードの顔色はどんどん悪くなって行った。後日、ムーディーズのマネージャーからクリムゾン宛に電話があり、ツアーの同行をキャンセルする旨伝えてきた。「音楽的なバランスが悪い」というのがその理由だったが、クリムゾンの音があまりに凄すぎて、ムーディーズのメンバーが慌てたというのが真相である。

 さらに、クリムゾンのデビューアルバムは当初、ムーディーズのプロデューサーであるトニー・クラークが行っていたが、これは結局途中降板ということになった。それまでに録音された内容は全て破棄され、改めてセルフ・プロデュースにより驚異の『クリムゾン・キングの宮殿 / In The Court Of The Crimson King』が作り上げられたわけだが、つまりは、クリムゾンの音楽レベルがトニー・クラークのプロデュース能力を遥かに超えていたということである。

 こうした出来事があったのは事実らしいが、その理由がここで言われている通りなのかは実際のところわからない。このおそらくクリムゾンファンには有名な逸話により、キング・クリムゾン>ムーディー・ブルースという見方が強く後押しされることになっている。クリムゾンはムーディーズなんぞに比べると圧倒的に凄すぎるので、という解釈はクリムゾンファンを心地よくさせるさせるものだが、しかし、きっとそれは都合の良い見方であるし、ムーディー・ブルースに対して失礼である。当時、既に多くのヒット作を放って揺るぎない地位を確立していたムーディーズのメンバーやトニー・クラークが、

「いやあ、僕らのレベルではとてもじゃないけどクリムゾンには太刀打ちできませんから」

 といった意味合いの事を己のプライドに反してはたして言うものだろうか。言ってないのだとすれば、その解釈は憶測に過ぎない。だが、ナイーブで人が良さそうな連中にも見えるから、場合によっては自分たちの気持ちを正直に白状していたかも知れない。実際、イエスのジョン・アンダーソンが後年のインタビューでこんな事を語っている例がある。曰く、

「初めてキング・クリムゾンを見た時、思わず泣いてしまった。それまでは自分達が一番だと思っていたのに、彼らの方が良かったんだからね」(『UKプログレッシヴ・ロックの70年代』青林堂 より)

 私はクリムゾンファンだから、ムーディー・ブルースよりもクリムゾンの方がそりゃあ素晴らしいと思うが、物事の比較というのはそんなに単純なものではない。一応どちらもプログレッシヴ・ロックという括りで語られはするものの、キング・クリムゾンとムーディー・ブルースの音楽性は大きく違う。目指すところの違う音楽を、凄いか凄くないかで比べる事こそ大いなる間違いである。音楽に限らず、それぞれ立場や役割や特性の違うものを単純な指標でもってランク分けしようなんて行為や発想を最近の私は特に許せないところがある。まあ、そんな目で見てみると、特に初期の『フランク・フリップ』の文章なんてものは非常に独善的で、たまに苦情のメールが来たりするのも致し方ないかなという、今にすれば非常に問題ある書き方であったりするわけだが、でも、こんな素人が適当に書いたことなので、あまり目くじらを立てないで下さいね。余裕を持って読んでいただきたい、ぜひ。

 ムーディー・ブルースの音楽は割と安定していて、各アルバムとも基本的には無難な曲以上でまとまっていると思う。なんじゃこりゃという出来の曲もたまにあるが、グッと心にしみる大好きな曲も少なくない。一般的に、彼らの最高傑作は『童夢 / Every Good Boy Deserves Favour』と言われる事が多い。おそらくファンに最も親しまれた、黄金期とも言えるラインナップで作られたアルバムであるということが大きいのかとも思うが、私からすると『魂の叫び / Long Distance Voyager』が一番である。他のアルバムに比べて圧倒的に完成度が高いと思う。曲は粒ぞろいだし、演奏にもスキがない。ジャケットも美しい。このアルバムからパトリック・モラーツが加入した事が音楽的な勢いとキレを与えているようでもあり、この前後のアルバムに比べると、傑出した出来のように思う。どういうわけか、明らかに出来が悪いと思われる次のアルバム『プレゼント / The Present』のほうが世の中では大いに売れたらしいが(たぶん、前作の内容を踏まえての期待買いが多かったと思う)、それにしてもパトリック・モラーツはこれら2枚のどちらでも曲を書いていないのはちょっと遠慮しすぎのような気がしないでもない。演奏も思ったほどは目立っていないようだが、しかし、相変わらず顔の存在感には並々ならぬものがある。いやもう、この人の顔は絵を描く方の身としてはたまらない魅力だ。

 ちなみにこの当時、ボーカルは3人ぐらいいたようであるが、どれが誰やらわからない。自分の曲は自分で唄うということがおそらく基本であろう事を考えて推察すると、グレッグ・レイクに声質が似ているのはレイ・トーマスさんであろう。最もよく出てくるのはジャスティン・ヘイワードさん、ヘロヘロと一番下手なのがジョン・ロッジさんだと推測する。詳しい方、正しいですか?メンバーたちを“さん”付けで書くのは、あまり詳しく知らないので、よそよそしさが残っているからである。

 3人ともボーカルは総じて不安定である。皆さん、さほど上手くはない。ついでに書けばパトリック・モラーツの前任者であるマイク・ピンダーさんもかなりのヘロヘロだ。だが、皆、温かみがある。彼らの音楽は、メロディーで勝負するタイプのものだろう。「いいなあ」とジンワリするようなメロディーが多い。クリムゾンのように緊張感で満たされた音楽を聴いていると、“感動できる曲”が恋しくなるときがある。その欲求を満たしてくれるやさしさと温もり、そして文字通りムードを持っているのがムーディー・ブルースだ。顔付きを見ても、なるほどと納得できるような優しげな雰囲気を持っている。こんな音楽をやっていながら、顔を見てみれば皆ローリング・ストーンズのようであった、なんてことはやはり無いのである。ある程度人は見かけによる。それはもうホント。

 さて、今でも彼らは活動をしているようだが、『プレゼント』を最後に音楽的には急激に魅力を失ってしまったらしい(聴いてないので知らないが)。今やすっかり仲良し老人クラブのようになっている様子で、いつのまにやらモラーツも抜けていた。

ホーム      前へ INDEXへ 次へ