フランク・フリップ
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ピーター・ハミル 〜Peter Hammill〜

 ピーター・ガブリエルと合わせて、プログレ界の2大ピーターと言えばこの人である。あちらはピーガブと言われるが(もちろん日本国内だけでのこと)、こちらは普通ピーハミとは言わない。でも勝手に言ってる人はいくらかいるには違いない。ピーガブは聴いてもピーハミは聴かないという人はたぶん多い。それどころか、ピーガブは知っていてもピーハミは知らないという人もおそらく多い。ゆえに、あちらは大ピーター、こちらは小ピーターと後々の音楽史では言われるかも知れない。でも、やっぱりたぶん言われない。ちなみにピーガブとピーハミはお友達同士であるらしい。

 ピーガブよりもピーハミ(いつのまにやら当たり前にピーハミと書いている)が好きだと言う人は、たぶん理屈っぽい人だ。それでいて、少しひねくれ者である。付き合うのが七面倒くさいタイプだ。これは偏見である。が、おそらくさほど的外れではない。と、思う。

「俺は本当のピーハミファンだ」

 と豪語する人は、最高傑作を『フールズ・メイト / Fool's Mate』だとは言わず、『イン・カメラ / In Camera』だと言ったりする。私は『イン・カメラ』の凄さ、良さが全くわからず、極くありきたりに『フールズ・メイト』が一番だと思っている(実はゲストのロバート・フリップの活躍が大きな理由だったりもするのだが)から、本当のピーハミファンではない。というか、そもそもファンというほどのものではない。ゆえに来日してもライブに行かない。ちなみにこの『フールズ・メイト』というアルバム、正しいのは『Fool's Mate』なのか『Fools Mate』なのかよくわからない。当のCDの中にも両方の記述がある。ジャケットには『Fools Mate』と書いてあるが、CD自体には『Fool's Mate』と印刷してある。解説にも両方が出てきて、関係者も実はちゃんと把握していない様子が窺える。だが、カバー・イラスト中に描かれたタイトル文字を見ると、どうも『Fools Mate』が有力そうだ、と思ったら、彼自身が主催するホームページのディスコグラフィーに『Fool's Mate』と書いてあるから、間違いなくこっちが正解だろう。解決。

 実は最近の彼の動向を調べていたら、最新アルバムの『Incoherence』は素晴らしい作品で、新たな最高傑作ではないかというぐらいの意見があった。点数評価は皆さん満点。でも、どうせ売れないというレコード会社の判断なんだろう、日本版は無い。とにかく、やや半信半疑ではあったが注文した。予告したフランク・フリップでの更新を一回見送り、ムーディー・ブルースに差し替えて、このアルバムが届くのを待った。結果、

「わからない」

 このアルバムをそこまで評価するピーハミマニア達の感性が私には理解できない。どうも彼らのピーハミに関する評価軸というものは、一般のアーティストに対するそれとは根本的に違うようだ。そもそも彼は地味なアーティストで、ヒットには無縁だと、どこの解説を見ても書いてあるような人だから、単純に

「お、この曲いいねえ」

 なんて聴き方をしていてはいけないみたいだ。そんな風に彼を扱っていては、要するに、

“売れる曲を書けない、いまいちなアーティスト”

 という表面的な捉え方しか出来なくなる。普通にただなんとなく聴いていても、曲の良さで楽しめるということで行けば、『フールズ・メイト』、『ネディアーズ・ビッグ・チャンス / Nadir's Big Chance』あたりが良いってことになるだろう(私としては他に『ブラック・ボックス / A Black Box』も好きである』)。そうした路線で押していけば、彼はもうちょっと売れるアーティストでいられたかも知れない。だが、それはピーハミの本意ではないし、そんな音を求めるのはファンとして底が浅いと言われるのだ、きっと。ピーハミの場合、その奥底にある魂を聴き取らねばならない。

 ピーハミはファーストアルバムの『フールズ・メイト』を出した時点で、「これは今の自分が指向している音楽ではない」というようなことを言っていたようだし、その後の彼の音楽性から判断すれば、『イン・カメラ』や『Incoherence』のほうこそ傑作であるというのは、ファンのみならず、ピーハミ自身が感じていることだとは想像できなくもない。ただ、その感性についていける人が少ないからこそ、彼は売れない。

 彼は詩人と言われる。おそらく彼にとって最も重要なのは詞であって、音楽はそれを乗せる媒体に過ぎない。でなかったら、あんな同じようなメロディーで同じようなアレンジの曲を延々と何十年も出し続けるわけがない。特にここ20年ほどの彼の音楽といえば、本当ににマンネリの音が続いていて、音に対する工夫なんてことは端から頭に無いといった様子である。10年に1度ぐらいのペースで凝った音作りのヒットアルバムを出して食っているピーガブと違って、売れないアルバムを頻繁に出すピーハミは言うなれば自転車操業で、ゆえに凝った事などやっていられずに、結果、やっぱり売れない、といった悪循環に陥っているのではないか。というのはちょっと意地の悪い見方かも知れないが、そういう面がないとはいえない気もする。

 彼の詩の世界を深く突っ込んで味わうつもりが無ければ、本当にピーハミは楽しめないし理解できないのだろう。ピーハミマニアはそういう境地にまで達した人達だ。そこへ行けばきっとピーハミはやめられないに違いない。でも私は行けない。音楽であるからには音で楽しませてくれ、というのが私の思いである。

 ところで、ピーハミ主催のバンド、ヴァン・ダー・グラフ・ジェネレーターについてはソロとまとめて取り上げても良さそうなものかも知れないが、一応別に扱うつもりである。どれだけ違う事が書けるのか、全く想像ができないのだけれど。

 ああ、嫌だなあ。ピーター・ハミルなんて取り上げると、マニアにはきっと怒られるんだろうなあ。

「あなたにはハミルの事が全く分かっていない」

 なんてメールが届いたりするんだ。そうです、わたしゃ分かっちゃいませんよ、どうせ。いいじゃないですか、そんなことに目くじら立てなくたって、ねえ。もっとおおらかに読んでいただく事を希望します、みなさん。どうかよろしく。

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