フランク・フリップ
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ゴング 〜Gong〜

 なんというか、変なバンドだ。変なおっちゃんとおばちゃんがいる。結成当時は変な兄ちゃんと姉ちゃんだったかも知れない。今や変な爺さんと婆さんになったようだ。最近はどんな感じかとネットで検索してみたら、もはや変を遥かに通り越してすっかり変態ジジイにまで至った気配である。変なおっちゃんの正体はデヴィッド・アレン、変なおばちゃんはジリ・スミスだ。デヴィッド・アレンは魔女のような格好をしていたが、男ながらに顔付きも魔女のようである。この二人が中心となってゴングは結成された。というか、実際の中心はおっちゃん1人で、おばちゃんはおまけである。

 ゴングはフランスを代表するプログレッシブ・ロック・グループだが、カンタベリー・ロックの仲間に入れられたりする。カンタベリー・ロックについて分からない方はハットフィールド・アンド・ザ・ノースの稿を参照のこと。なぜフランスのバンドがイギリスの音楽であるカンタベリー・ロックの範疇に入れられたりするのかといえば、それは主に変なおっちゃんのせいである。この変なおっちゃんは、かのソフト・マシーンのオリジナル・メンバーであった。ただしオーストラリア人であり、なおかつファースト・アルバムのレコーディング以前に脱退を余儀なくされた。また、ほとんどメンバーが固定したことがなさそうなほど流動的であったゴングには、ピップ・パイルやスティーヴ・ヒレッジといったカンタベリー系ミュージシャンも参加していて、このあたりも変則的にゴングがカンタベリー・ロックの仲間にされている理由でもあろう。いわば英仏豪の連合国バンドみたいなものだが、活動の場はフランスとイギリスの両国に渡っていたようである。

 そもそもおっちゃんは、パリにおいて活動していた、かのビート・ジェネレーション作家の旗手ウィリアム・バロウズ(私はついこのあいだ、彼の最高傑作といわれる『裸のランチ』を読もうとして途中で挫折した。とてもじゃないが私にはついていけません)と共同作業をしていたことがあるらしい。その後スペインのマジョルカ島でケヴィン・エアーズと知り合ってソフト・マシーン(このバンド名がバロウズの作品からとられたことはもちろん常識)へと至るわけだが、おっちゃんがなぜソフト・マシーンを早々に脱退せざるを得なかったかというと、正真正銘のヒッピーであった外国人のアレンは、麻薬常習のため、ツアー先のフランスからイギリスへの再入国を拒否されたからだそうな。

 やむなくフランスに残ったアレンは、フランス警察にも追われて(学生運動がらみらしい)スミスとともにしばらくスペインに逃亡したり、なんだかんだを経て、やっとこパリでゴングの活動を始めた。おっちゃんは英語圏の人なので、歌詞は英語である。私は基本的に英語以外のロックは聴かない。ロックというものは本来英語のための音楽であり、英語以外の歌詞を乗せると本当のロックではなくなってしまうという気がするからだ。本当じゃないロックでも構わない人はいくらでも聴けばいいのだが、私はどうもフランス語ロック(もどき)やイタリア語ロック(もどき)や、日本語ロック(もどき)が好きじゃない。だからゴングがフランス語で歌わないことが重要である。きっと、フランス語で歌っていたらカンタベリー・ロックの一角には加えられなかっただろう。

 ゴングのデビューアルバム『マジック・ブラザー / Magick Brother』(ところでこのアルバム、『ミスティック・シスター・マジック・ブラザー / Mystic Sister Magick Brother』と書いてあったり『マジック・ブラザー・ミスティック・シスター / Magick Brother Mystic Sister』と書いてあったりもして、どれが正しいのやらよく分からない)は、音楽的にはカンタベリー・ロックとは言えないと思う。いかにも、
「ドラッグやってます」
 という調子のサイケデリックなロックで、後の超絶テクのゴングに比べると演奏はとても稚拙でシンプルである。だが、ここでほぼ初めて露にされたアレンの音楽的才能の豊かさは見事だ。独特の個性を備えた音楽的才能の特徴は『哀愁』であると私は常々思っている。ジョン・レノンしかり、イーノしかり、ピーガブしかり、ボウイしかり、そしてちょっと信じがたいかも知れないが、ザッパもフリップもしかりだ。この変なおっちゃんデヴィッド・アレンもまたその仲間である。彼らの作る音楽が醸し出す哀愁は計算されたものではなくて、その魂から自然と出てくるものだから他人が真似しても出せるものではない。他のメンバーの曲もなかなかいいじゃないか、なんて聴いていても、いざ真打ちが出てくると、
「ああ、やはり味わいがまるで違う」
 と唸らされてしまうのが彼らの持って生まれた才能というものである。

 とにかく、ゴングはデヴィット・アレンのバンドであった。その後、スティーヴ・ヒレッジやらなんやらが加わったりで、ファーストアルバムが嘘のようにテクニック抜群のバンドに変貌して行ったが、それでもアレンがいる限り、ゴングは“変”であった。音楽的にはなんちゅうことのないスミスとともにアレンがゴングを去った時、おっちゃんは、
「みんな巧くなり過ぎた」
 なんてことを言ったらしい。巧くなり過ぎたのが本当にいけなかったのかどうかは分からないが、彼の目指す音楽性には確かに超絶テクは必要なかったかも知れない。アレン時代のゴングといえば、いわゆる『ラジオ・ノーム・インヴィジブル三部作』(カナで“グノーム”と書いてある解説が多いが、“Gnome”は“ノーム”が正しいだろう、君!)が良い、みたいに取り上げられがちだが、私が最も好きなのは『カマンベール・エレクトリック / Camembert Electrique』であり、次いでファーストである。『カマンベール〜』においては、既に相当の演奏技術の向上が見られる。それでいてアレン独特の哀愁あるメロディーが(哀愁ばかりでもないが)健在で、ゴングのスタンダードになった名曲が数曲含まれている。

 あれだけの才能とカリスマを持ったボスが抜けた穴を他の人間が埋められるはずはないので、アレン脱退後のゴングが、演奏力第一主義みたいな方向に向かったのは致し方なく、また正しい選択だっただろう。アレン独特のユーモアの色合いはすっかり消え去って、全く生真面目なジャズ・ロック・フュージョン・バンドのようになってしまったが、アラン・ホールズワース始め、一流ミュージシャンを次々に呼んで続けただけあって、それはそれでなかなか素晴らしい。ゴングというバンド名にこだわったかのような、打楽器をフィーチャーした音楽性は何かやわらかみがあり、他のジャズ・ロック・フュージョン系のバンドとは一線を画していてとても面白い。前期の変なゴングも、後期のジャズ・ロック・ゴングもどちらも個性的で素晴らしく楽しいのである。

 ちなみに、アレンはその後、プラネット・ゴングやニューヨーク・ゴングといったバンドを散発的にやっているが、後にマテリアルというバンドに至るメンバーたちと共にやったニューヨーク・ゴングはとても良い。プレイヤーの質が高く個性的で、演奏はシャープでキレがあるし(一本調子という感じもするが)、アレンの存在感の大きさと才能には改めてうならされる。アレンと夫婦別れした一方のジリ・スミス主体のマザー・ゴングなるものの出来は残念ながらさっぱりである。お手伝いのアレンの曲ばかりが圧倒的に素晴らしいので、持って生まれた才能の差というものはいかんともしがたいのだなあという思いを強くするばかりなのである。

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