フランク・フリップ
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ブライアン・イーノ 〜Brian Eno〜

 クリムゾン、ザッパときて続く3番目に私がどうしても持ってきたいのは、ブライアン・イーノである。今やU2のプロデューサーとして有名であるが(プロデューサーなんてのはそもそもそう有名なものではないのかも知れないが)、もともとはロキシー・ミュージックの変な音担当の人だったわけで、ブライアン・フェリーに邪魔にされて追い出されたという話である。


 何故に私がイーノに惹かれるのかと言えば、やはりそこはプログレ魂、強烈なオリジナリティ、マンネリ嫌いの精神、変さ加減に、音楽に対する真摯な姿勢、そしてなにより溢れる才能があるが故にである。イーノの音楽にはただならぬ哀愁がある。たとえばファーストアルバム『ウォーム・ジェット / Here Come The Worm Jets』の冒頭の曲、『ニードゥルズ・イン・ザ・キャメルズ・アイ / Needles In The Camel's Eye』。これなどは、鈍い人にはただの元気の良い曲に聞こえるのかも知れないが、こんなムードはそうそう出せるものではない。何がそのムードを作り上げるのかと言えば、分析すればそれなりの要素もいくらかは見いだせようが、それは本人も計算して作っているわけではあるまい。要するにどういった方向に行けばよいのかを感じながら作っていくのだから、自分の魂にアクセスすることが巧みなのである。自分の魂の奥には宇宙の精神とでもいったものが横たわっているのだが、そこへ通じることが可能な人物でなければそういった芸当はできない。

 よくミュージシャン達は宇宙の源泉から音楽を引き出したのだとか、あるいは音楽の神が自分を通してその音楽を表したのだという表現をする。それは他の芸術においても、あるいは科学的な発見についても同じことが言えるのだが、そうした恩恵に与るためにはある意味で純粋である必要がある。これは必ずしも社会的に善人であることを意味するものではない。例えばロキシーミュージックの核である前出のブライアン・フェリーについて言えば、エディ・ジョブソンなど身内からも人間的な面で随分と批判されているが、彼の音楽的な才能を見れば、必要な純粋さは十分に持ち合わせていると言える。(余談だが、フランク・ザッパについてエディ・ジョブソンは、「本当に優しい人なんだ」と盛んに述べていたことを付け加えておく)

 こうした純粋さ、別な言い方をすれば右脳の使い方を知っていること、あるいは左脳を休ませる術を身につけていることが、創造的な仕事を行う上では重要な要素になる。これは自分の内部の声に耳を傾けることができるかどうかということである。耳を傾けるというのは、その『感じ』に素直に従うということであって、そういう意味で純粋さが必要なのである。

 イーノが好きだと言うと、「屈折してるね」と返されたことがあるが、常套句の使い回しの歌詞と創造性も個性のかけらもない二番煎じの音に底の浅い恋愛観を乗せた歌を、恥ずかし気もなく歌っている連中の音楽とも言えないようなものを本気で楽しんで聴けてしまう、屈折するだけの精神的ふところの深さもない人達の方が、私からすると到底尋常ではない。本当にそれでイーノ?と思う(全然ふところの深さのない駄ジャレ)。

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