フランク・フリップ
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キング・クリムゾン 〜King Crimson〜 その2

 『The Power To Believe Japan Tour 2003』に行ってきた。東京厚生年金会館の大ホールだが、“大”といってもここのホールは小さい。小さいゆえ良く見える。席は端の方だが通路に面した席で、視線を遮られることのないとても良い席だ。足も伸ばせる。

 メンバーは前回のラインナップと同じで、フリップ以外の3人はアメリカ人だ。次からはトニー・レヴィンが戻ることが決定したという話を聞いたが、そうすると4人がアメリカ人になる。オリジナルのクリムゾンからするとえらい変わりようだなあと改めて思う。

 演奏した曲目は全て『ヴルーム / Vrooom』以降のものだった。プレッシャーの大きい『フラクチャード / FraKctured』はやってくれなかった。前回のツアーではあの曲がちゃんと弾けるだろうかと会場が一体になってフリップ先生を見守っていたから、その緊張感がなんともいえず感動的だったものだ。しかし、あれをやらないおかげでかえって伸び伸びした演奏になっているような感があったので、それもまあ良いかも知れない。『太陽と戦慄パート4 / Larks' Tongues In Aspic, Part IV』あたりはもうお手の物という感じで、とても切れのある演奏だった。全体的にとてもシャープで良いパフォーマンスだったと思う。

 ステージの様子はと言えば、フリップ先生は例によって右側で座ったままだが、私の席からは一番遠い位置である上に、例によって薄暗闇の中に埋もれていて、姿がほとんど見えない。おそらくWOWOWのものだと思われるカメラが撮影をしていたが、あれでは撮るほうも大変だろうなと思った。ビデオになっても画面が暗くて見るのがまた辛いのである。あまりわがままばかり言わないで、もうちょっとだけ気を使ってくれるとうれしいなあ、先生。

 トレイ・ガンはぴったりした白いシャツを着ていて体の線がよく見えたのだが、とても締まった良い体をしていることに感心した。おまけに背筋がピンと伸びて無性に姿勢が良い。顔も悪くないのだから、さぞ素敵なのかと言えばなんだかやっぱりとても地味である。

 パット(しない)・マステロットは相変わらずで、極めて体が柔らかい。首から腕から手首から、全てがグニャラグニャラとタコの足のようにソフトに動く様がどうにも素敵じゃない。ドラマーとしての能力は高いのかも知れないが、ビジュアル的には何だかなあという感じ。ドラミング自体もビジュアル面でも私は圧倒的にブラフォードの方が好きで、どちらかというとシャープで堅い動きの彼の姿はとても格好良くて、それが無性に恋しい。

 エイドリアン・ブリューの声は相変わらず良く通って衰えはないが、ギターの演奏のほうは今一つだったような気がする。ちょっと雑だったか。

 4人編成というのは、ひところのダブルトリオ6人編成に比べるとまとまりが良く、余計な音が無い分とても締まっていて完成度も高いという印象だが、まとまりすぎていてなんとなく物足りない気もする。音圧という点からは多少の薄っぺらさを感じる。だから、トニー・レヴィンが加わるというのは良い方向だろうと思う。前作からの方向性はきっとこれでお終いで、次からはまたちょっと大きな方向転換があるかなという期待を持っている。

 さて、会場にてもらったチラシで、この秋またジョン・ウェットンがソロとして来日するらしいことを知った。彼自体には興味がないので私は行かないが、今やすっかり寂しい晩年を過ごしている彼でも日本のファンはいつも優しく迎えてくれるようで、気が付けば色んなプロジェクトの名目でやたらと来日しているように思える。日本のファンはきっと世界一彼にやさしいファンなのだ。UKにもエイジアにもあんなに優しかった国民は日本人ぐらいなものだろう。なぜこんなにみんながウェットンに優しいかと言えば、それはひとえにウェットン在籍時のクリムゾンが大人気だからであるに違いない。

 ディシプリン以前はウェットン在籍時のクリムゾンを後期クリムゾンと言っていたようだが、今となっては“後期”というあいまいな表現ではいつの時代を指すのか分からなくなってしまった。なんといってもクリムゾンのラインナップは現在で10パターン目である。わかりやすいのでウェットンのいた時期をウェットン期と言おう。

 ウェットン期は格好良い。上手いか下手かといえば、演奏力もヴォーカルもディシプリン以降のほうが上だろうが、ウェットン期はとてもキマッテいるのである。オールドファンにエイドリアン・ブリューが好かれないわけは、彼の持ち前の明るさにある。彼は格好良いとか格好悪いとかいう評価軸から外れたジャンルにいるので、彼が存在している時点でウェットン期のような硬派的格好良さへの道は完全に閉ざされてしまう。おまけにトニー・レヴィンもとても良い人なので、ディシプリン期以降はバンド自体があまりにも穏やかムードなのである。もちろん仕事には自虐的に望むフリップ先生とちょっと短気なブラフォードの軋轢が緊張感を生んではいるものの、それでもブリューとレヴィンの笑顔パワーがバンドを丸くする。さらに現在のラインナップは全く紳士の集まりのようで、ライブの最後に実に丁寧なお辞儀をする。フリップの表情は仏のようであり、他のメンバーも実に穏やかな笑みを浮かべている。客もみな紳士的なので、日本におけるクリムゾンのライブは世界一大人のロックコンサートである。それなのに会場に3,4歳児を連れてきている客がいるのだから驚いた。わきまえなさい。というより、なんでだ?何が目的か。その子をどうしようというのだ。英才教育か?

「お前は、フリップを超えるギタリストになれ!」

 とかいったことか。

 それはともかく。ウェットン期が格好良くて硬派のイメージがあるというのは、当時の彼らの若さから来るものもあるだろうが、ウェットンがあまり賢くない人というところも、ウェットン期を成功に導いた要素かも知れない。余計なことは考えず、ただひたむきにやった姿がシンプルで良かったのだろう。彼のもつ単純なダンディズムとフリップの理知とが組み合わさったバランスが絶妙だったに違いない。ブラフォードのドラムもウェットンのブリブリベースと相性が良く、下手なクロスのヴァイオリンもそれなりに良い薬味にはなっていた。

 ジェイミー・ミューアについては、彼の存在自体が後にまで影響を残したようで、それは単に音楽的な面だけではなかったようだ。フリップでさえ彼に相当の影響を受けているようだし、アルバム一枚に参加しただけという見方では単純に計れない力を持った特異な人物と言えそうである。ビデオで見ても、その服装や表情、動き全てがまさに特殊な男だとわかる。マタギのような格好をしてウロウロしながら色んな音を鳴らしている様は、見ていて吹き出してしまう。とても魅力的な人物だ。

 さて、とりとめもない感じだが、クリムゾンについてはあまりにもいろいろなことがあるので2回ぐらいでは書き足りない。とりあえず、今回はこのぐらいにして、またそのうち3回目を書く。

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