フランク・フリップ
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キング・クリムゾン 〜King Crimson〜

 私はクリムゾンがないと生きていけない。その割には2000年秋のジャパン・ツアー、 The ConstruKction Of Light Tour 2000 には2回しか行かなかったが、そこは貧乏人なので経済的状況からするとどうにも致し方ない。それにしてもこの歳になって生クリムゾンを見ることができるというのはとても嬉しいことだ。嬉しいなんて表現では足りないが、とにかく喜ばしい。

 そもそも私のクリムゾン歴はたいしたことがなくて、初めてクリムゾンを知ったのはたぶん1981年のこと。ちょうどフリップ先生がディシプリン・クリムゾンでカムバックした年だったのだが、私はそんなことなど知るわけもなく、10年ちょっと前のデビューアルバム、言わずと知れた『クリムゾン・キングの宮殿 / In The Court Of The Crimson King』を耳にして、「こいつはいい」とただなんとなく感心していたのであった。その頃私は高校1年生。本格的に洋楽を聴き始めたばかりで、まだまだポップなものしか楽しめない、耳の貧しい時代だった。もちろん『宮殿』も充分ポップではあったが、あのころはチープトリックやらレインボーやら、挙げ句の果てにはエレクトリック・ライト・オーケストラまで聴いてみたりした試行錯誤の時代で、クリムゾンの本当のところが解りかねて、こともあろうにブルー・オイスター・カルトと似たような範疇にあるものぐらいに思っていたきらいさえある。私としてはあのスキゾイド顔のジャケットも含めて、ただ者ではない気配を感じてはいたものの、当時の音楽収集は兄が主導権を握っており、兄がなんとなくそれ以上クリムゾンに手を出さなかったのでそのまま数年が過ぎ去ってしまった。その間、日本で言われる5大プログレバンドのうち、ピンク・フロイド、イエス、ELP、ジェネシスといったところはなんとなくコレクションが増えていき、兄と私の好みもプログレ中心に収束して行った。

 プログレと言えばクリムゾン、5大プログレバンドなどとは言っても本当は1大4中ぐらいで(もちろんクリムゾンが大、現在の状況では1大4小か)、クリムゾンだけがホントに進歩的と思っている現在からすると大変不思議なのだが、とにかくクリムゾンだけがずっとほったらかしだった。しかし、私の中ではこのレコードは素晴らしいのではないかなという思いがひっそりと培われ続けていて、時々はそのテープを聴いてはいたのである。ところが、ある時気付けば宮殿のテープはつぶされて何か他の物に置き換えられてしまった。

「あれ、クリムゾン消しちゃったの?」と私。
 さすがにここで私も兄に対して意見を言う。
「クリムゾンって、結構良くなかった?」
 控えめに言ってはみたが、ホントはとても良いと思っていたのだ。すると兄が答えた。
「うん、結構いいけどね、精神異常者なんて元気があって画期的な感じだし。でも、なんだか暗いからなあ」
 暗いかあ。確かにそう受け止める人にはそうかもしれない。でも、あれは暗さというより「ムード」である。普通の人達にはなかなか出せない「雰囲気」である。

 私は『クリムゾン・キングの宮殿』をいつか再び聴こうと密かに決意した。だが、その機会は兄が就職で家を出て行くまで訪れなかった。私が再び『宮殿』を手にした時、既にディシプリン・クリムゾンは活動を停止した後だった。

 思えばあの耳が貧しかった時代、さまざまな名盤のテープを理解できないままつぶしてきたものだった。『宮殿』を始め、サンタナの『キャラバン・サライ / Caravanserai』、ピンク・フロイドの『ザ・ウォール / The Wall』、レッド・ツェッペリンの『プレゼンス / Presence』など。これらは後にCDで買い直して今は時々楽しんで聴いているが、どうしてこれらを良いと感じなかったのか、今にして思えば不思議なものである。まあ、こういうものの評価というのはいろいろとその人の精神性に影響を受けるものだから、時期によって聞こえ方が違ってくるのは当然といえば当然なのだけれど。だから、クリムゾンもそのうち全く楽しめなくなるかも知れないし、今はどうしても理解できない、キャプテン・ビーフハートの名盤(と人は言う)、『トラウト・マスク・レプリカ / Trout Mask Replica』なんかがとても良く聞こえたりする日もやって来るのかも知れない(来ないとは思うけど)。

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