フランク・フリップ
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ブルッフォード(ブラッフォード改め) 〜Bruford〜

 ここで扱うのはビル個人じゃなくて、バンドとしてのブルッフォードである。自分の名前を正しく呼んでもらいたいらしいビル本人の意思を尊重して、最近の日本では“ブラフォード”あるいは“ブラッフォード”から“ブルッフォード”という表記に変わったようなので、長年“ブラ”に親しんだ私としては(ここだけ読むと変態みたいだが)非常に気持ち悪いけれど、仕方なく従う。確認してはいないが、個人名のビル・ブラフォードがビル・ブルッフォードになったからには、バンド名もまた“ブルッフォード”と表記されることになったはずだと決め込んで書く。個人名もバンド名も、私はずっと“ブラフォード”と呼んできたが、私の持ってるCDの日本語解説には“ブラッフォード”と書いてあったことに今気づいた。ビルの個人名とバンド名の区別がつきやすいように、バンドの場合は以下『ブルッフォード』と書く。

 何かがとっても気に入らなかったアラン・ホールズワースに引っ張られてなのか、それともブルッフォード自身もまた何かがとっても気に入らなかったのかは知らないが、とにかく2人は揃ってUKを脱けた。’78年のことである。まあ、おそらくはウェットンの音楽性と人柄が一緒くたに嫌になったのだろうと想像するが、ジャズ嗜好でジャズ指向の2人からすると、ウェットンのやってることがコマーシャル過ぎて子供っぽく感じたんじゃなかろうか。音楽に対する自分の可能性を純粋に求めて行くことが一番である人達なので、売れることを念頭においた(結果的にはあんまり売れないんだが)曲作りをするウェットンには付き合ってられない、というところだったのだろう。もしも、ウェットンがもっと徹底してものすごく売れる音楽を作れるミュージシャンだったら、却って彼らはビジネスとして割り切って付き合ったかも知れない。結局、UKを半端なバンドと感じたんだろうと思う。

 昔からジャズを聴きながら育って、ずっとジャズに憧れを持っていたらしいブルッフォードなので、アースワークスなんてバンドまで組んで、年々ジャズばっかりやるようになって行ったから、ロック・ファンとしては面白くないという人も多かろうと思う。そうやって歳をとるほどジャズ寄りになっていく元ロック・ミュージシャンというのも少なくない。元ポリスのアンディー・サマーズなんかもその手だろう。スティングもジャズ寄りになった。フィル・ミラーとかヒュー・ホッパーとかカンタベリー系のミュージシャンは元々ジャズ・ロックと言われるようなジャンルをやっていたわけだが、より純粋にジャズをやるようになって行く。でも元々彼らはジャズ・ミュージシャンのつもりだったのかも知れないからなんとも言えないけど。歳をかさねるごとにおっとりしたジャズをやるようになる元ロック・ミュージシャンというのは、純粋なロックは若者の音楽、もっと言えば子供っぽい音楽、という意識があるんじゃなかろうかと思う。文学で言えば、ジャズは芸術性の高い純文学、売れ筋のロックは2時間ドラマクラスのミステリーというような感覚か。

 最近のあまりにもジャズ・ドラマー然としたビル・ブルッフォードは面白くないが、バンドとしての『ブルッフォード』はまだまだ楽しめたという人は少なくなかろう。『ブルッフォード』はロックファンでもまだ充分に聴ける内容だった。ただ、パワーが足りないと思う人はいるかも知れない。ウェットン期のクリムゾンファンの多くは、おそらくその後のUKと『ブルッフォード』はどちらも聴いただろうが、UK派と『ブルッフォード』派の比率がどのぐらいだったかにはちょっと興味がある。

「UK大好き!」
 という人はそのままエイジアも好きになったりして、ウェットンのソロまで追っかけて、さらには『ウェットン / マンザネラ』にまで手を出して、『ドゥ・イット・アゲイン / Do It Again』なんて曲で、

「僕が充分にタフなのはわかってたよ。もう一回やろうよ。僕は強く作られているんだ。もう一回やろうよ。君はいつも荒っぽいのが好きなんだね。でもこれが愛なのさ。さあ、もう一回やろうよ」

 といったアホ歌詞にゲンナリしたりすることになる。ほんとのウェットン・マニアならそんなことぐらいでゲンナリしないのかも知れないが、私はウェットン・マニアではないので、すっかり長嘆息した。そりゃあ、ブルッフォードもホールズワースも愛想を尽かすし、フリップも二度と呼び戻さないってもんだ。

 私も属する、一方の『ブルッフォード』派は、ホールズワースやデイヴ・スチュワート繋がりから、ソフト・マシーンをはじめとするカンタベリー・ロック全般を抵抗無く聴くようになって、ちょっとしたジャズぐらいまでは付いて行くようになるはずだ。以前、知り合いに、
「プログレ好きの人って、そのうちジャズを聴くようになりますよね」
 と言われ、
「ならないよ、ジャズなんて聴かない」
 と答えたものの、気がついてみればマイルス・デイヴィスぐらいは聴いている自分がいた。が、やっぱり純粋なジャズ・ミュージシャンがやるジャズは、なにか面白味が足りないと感じるところもプログレ発のリスナーにはあるんじゃなかろうか。せいぜいがジャズ・ロック止まりにしておきたい、というのが正直なところかも知れない。

 で、『ブルッフォード』の音楽性といえば、アースワークスなんかに比べたらまるっきしロックに聴こえるのだが、クリムゾンとかUKに比べると、とてもジャズっぽく聴こえるという代物である。『ブルッフォード』は普通、カンタベリー・ロックには分類されないが、音楽性はカンタベリー・ロックと同じようなものと言えるだろう。デイヴ・スチュワートが主要メンバーで、ブルッフォードも一時かかわった、カンタベリー・ロックの有名バンド、ナショナル・ヘルスの曲の一部がそのまんま『ブルッフォード』の曲の中に持ってこられたりもしているぐらいだ。

 『ブルッフォード』におけるデイヴ・スチュワートの貢献度といったら相当なものだろう。ブルッフォードが後にインタビューに答えているところによれば、スチュワートは、彼の作曲の先生みたいな存在らしい。それまでほとんど曲作りをしていなかったブルッフォードが、己の音楽世界を拡張すべく作曲をやろうと思いたった時に、ナショナル・ヘルスで知り合いになったデイヴ・スチュワートが随分と力になってくれたという。スチュワートはカンタベリーシーンの中では、かなりロック寄り、というよりもポップ寄り、というぐらいにしっかりしたメロディーラインの、聴き易くまとまりのよい曲を書く。『ブルッフォード』がそれほどジャズ寄りに行き過ぎていないのは、スチュワートとの共作が多いこと、スチュワートから教えを受けたばかりのブルッフォードの曲が多いことによるかも知れない。言い換えれば、ホールズワースがほとんど曲を書いてないからということも大きいだろう。

 『ブルッフォード』としてのスタジオアルバムは『ワン・オブ・ア・カインド / One Of A Kind』と『グラデュアリー・ゴーイング・トルネード / Gradually Going Tornado』の二枚だけで、バンドのファーストと思われがちな『フィールズ・グッド・トゥ・ミー / Feels Good To Me』は実はビルのファースト・ソロ・アルバムであるということだが、このアルバムでは『ブルッフォード』のメンバーが揃って演奏しているし、『ブルッフォード』としてのライブでもこのアルバムの曲を当たり前にやっているから、実質的にはバンドとしてのファースト・アルバムと言っていいのだろう。ただ、他のミュージシャンが何人か参加していて、特にボーカルのアネット・ピーコックなる“実力派”女性シンガーの存在が目立つところが、やっぱりバンドのアルバムとは違うところである。このアネットさんについて、
「この人の歌、うまいの?」
 と、友人が素朴な疑問をぶつけてきたことがある。
「さあ」
 といったような返事しかできなかった気がするが、解説にはあくまでも“実力派”と書いてある。

 このアルバムの冒頭、『ビーエリザバブ / Beelzebub』なる、ホールズワースのギターに唸らされる名曲がある。ホールズワースが脱けた後、「なんの取り柄もない」ぐらいにけちょんけちょんに言われちゃってる後任のギタリスト、“無名の”ジョン・クラークさんがライブ盤『ザ・ブルッフォード・テープス / The Bruford Tapes』で聴かせるこの曲の演奏は、ホールズワースに比較するとあまりにもお粗末で寂しい限りだが、でもまあ彼なりに頑張っていたみたいではある。なんたって相手がホールズワースだから、比べるのが可哀想ってもんである。この“Beelzebub”という単語、英語の発音的にはビーエルジバブと書いたほうが近いようだが、要するに、堕天使の魔王、ベルゼバブのことである。ベルゼブルとも言う。なんでこういう曲名が付いているかというと、フリップが信奉するグルジェフから来ているのだろうと思う。

 神秘思想家とされるグルジェフの代表的な著書に『ベルゼバブの孫への話』という、ものすごい本がある。後にフリップがリーグ・オブ・ジェントルマンでやった曲に『ヘプタパラパーシノク / Heptaparaparshinokh』というものがあるが、この言葉をはじめとして、わざと読みにくくするための造語がワンサカ盛り込まれている。文体も読みづらくしてあり、分量も膨大で、読者はこれを修業として最低三回読め、と書いてあるが、神秘思想好きの私でもさすがに一度読むのがやっとで、おまけにほとんど頭に入っていかない。グルジェフを信奉していたフリップがこの本を読んでいないはずはなかろうと思うので、そこから発してか、フリップは、
「キング・クリムゾンの別名は“ベルゼバブ”」
 なんてことを言っていたらしい。ゆえに、『ブルッフォード』における『ビーエリザバブ / Beelzebub』という曲は、クリムゾンについての曲という可能性もなきにしもあらずであるが、曲調からするとなんだか違う気がする。ブルッフォードも意外とフリップの哲学(要するにグルジェフの思想かと思うが)に理解を示していた風のところがあるようなので、フリップに話して聞かされたか、あるいは自分でも読んだのか、『ベルゼバブの孫への話』から直接インスパイアされた曲なのかも知れない。

 さて、ホールズワースが脱けた後は、『魔法の右手、奇跡の左手』ベーシスト、ジェフ・バーリン(確かそんな言われ方をしていた。微妙に違うかも知れないし、左右逆かも知らん)がリード・ベースとでも言えるような主役級の活躍で、新境地を切り開いた『ブルッフォード』であった。ホールズワースの亜流であまりに無個性、もちろん本家に比べたら見劣りは甚だしいとはいえ、ジョン・クラークもそんなに下手なギタリストではないようで、この先楽しみだと思うところだったのに、『ブルッフォード』はあっけなく解散してしまった。なぜ解散したかというと、ブルッフォード曰く、

「お金が無くなったから解散したんだよ。いつもそれだ。私のバンドは、よくお金がなくなって解散するんだ」

 とのこと。ディシプリン・クリムゾンに参加のため解散させたというわけではなさそうである。どうして金が無くなったのかといえば、ツアーでハモンド・オルガンをアメリカ中運ぶ飛行機代のせいだったらしい。すなわち、デイヴ・スチュワートのせいとも言える。結局、ツアーをやらなきゃよかったわけだ。

 もし、ファンがバンドを解散させたくないと思ったら、もっとアルバムを買え、みたいなことをブルッフォード氏はおっしゃってます。要するに一般受けしにくいバンドを維持させたければ、アルバムを複数枚ずつ買えってことか。内容は素晴らしくて、いいアルバムばかりだけど、さすがにそれはちょっとなあ。とりあえずちょうど紙ジャケで再発するようなので、聴いていない人は買ってみて損はないと思う。最高傑作は『ワン・オブ・ア・カインド / One Of A Kind』で間違いなし。

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