ドーミン
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ウニョロニョロの目醒め

 ドーミンたち一行はアナフキンの家に向かって森の中を歩き続けていた。
「ちょっと疲れちゃったな、休憩しようよ」
 ドーミンはそう言うと、アナフキンたちの返事も待たずに道端の大きな木の根っこの上に座り込んだ。
「なに勝手に休んでんだよ」
 大ちゃんが少し怒ったように言った。
「いいじゃんか、別に急ぐ理由もないし」
 ドーミンは大ちゃんの言葉を気にする様子もなかった。
「そうだね。私達も少し座ろう」
 アナフキンも腰をおろした。
「チェッ、しょうがねえなあ」
 大ちゃんはアナフキンの妹の顔を早く見たくて気が急いていたのだが、確かにそんなに急がなければいけないわけでもないと思い直した。大ちゃんもまた、ちょうどよさそうな木の根っこを捜してそれに腰を下ろした。
「ムギュル!!!」
 すると突然、尻の下から妙な音が聞こえた。
「なんだなんだ!」
 大ちゃんは跳び上がると、座っていた場所に目をやった。
「あ!」
 そこには大根状の物体が横たわっていた。
「ツチノコだ!」
 ドーミンが叫んだ。
「ツチノコが死んでる!」
 よく見れば、ツチノコの口元にはカエルの死骸もある。

「あのう、それ、違うんです」
 背後から声をかけられ振り向くと、そこには数時間前に別れたウニョロニョロ達がドーミン一行を見上げていた。
「それ、我々の仲間です。つぶれちゃったから広がってツチノコみたいに見えますけど」
「ええっ!君たちの仲間!?なんてこった、俺は君らの仲間を木の根っこだと思って、尻の下敷きにして殺しちゃったのか!」
 大ちゃんはひどくショックを受けた。
「申し訳ない!知らぬこととはいえ、取り返しのつかないことをしてしまった。お詫びのしようもないけれど、とにかく今はこうして頭を下げるしかない」
 大ちゃんは地に額を擦り付け、涙を流して謝った。
「いやいや、いいんですよ、ウニョロニョロの一匹や二匹。我々は言わば十把一絡げですからね。誰が死のうが特に気にする奴はいません。そもそも誰が死んだのかさえわかってないんですから。どうか、お気になさらずに」
 ウニョロニョロは笑顔で言った。しかし、大ちゃんはその言葉を素直に受け取ることができなかった。
「君たちはなんて優しいことを言ってくれるんだ。そうか、俺の昔の悪い評判を気にして遠慮しているんだな。俺は昔の悪ガキじゃない。そんな嘘をつかなくたって、おもいっきり非難してくれたって、俺はその責めを甘んじて受ける。遠慮しないで、君らの仲間を殺したこの俺をケチョンケチョンに罵ってくれ。もちろんぶん殴ったっていい」
「いえいえ、とんでもございません。ぶん殴るったって、我々には手がありませんしね。私が言ったことは決して嘘なんかじゃありませんよ。ここにいる連中だって、誰が誰やらお互いわかってないというのが本当のところで」
「そりゃあ本当かよ」
 ドーミンが心底感心したように言った。
「てことは、君ら、名前もないのかい、もしかして」
「我々はそれぞれがウニョロニョロのうちの一匹でしかありません。それ以上の何者でもないんです。それがウニョロニョロというものです。だから、大ちゃんさんもお気になさらないで」
「しかし…」
 大ちゃんは、そうですか、とは言えなかった。
「いいじゃないか、本人達がいいって言ってんだからさ」
 ドーミンが気楽にものを言ったので、アナフキンが諌めた。
「そういうものじゃないんだよ、ドーミン」
 その言葉どおり、大ちゃんはやはり納得のいかない顔をしていた。
「それじゃあ俺の気が済まねえ、せめて坊主頭になる」
「坊主頭たって、頭に毛なんか生えちゃいないじゃないか」
 ドーミンは大ちゃんの頭をまじまじと眺めながら言った。
「なんだと、どこに目を付けてやがる、これをなんだと思ってんだ!」
 大ちゃんは顔の両側に生えている毛を指さした。
「ああ、それ、毛だったんだ」
「あたりめえだ、毛じゃなけりゃなんだってんだ」
「耳かと思ってたよ」
「バカヤロウ、こんなフサフサでギザギザの耳があるかってんだ」
「でも、ハサミとかカミソリとかバリカンとか、なんにもないだろ?どうやってボウズにするつもりさ」
「うるせえ、そんなもん、こうすりゃ充分だ!」
 大ちゃんはそう叫ぶと、両手で一気に毛をむしり取った。
「うわ!スゴイ!ねえ、アナフキン、見ただろ!」
「ああ、見たとも」
「何が凄いもんか。このぐらいの痛み、奪われた命に比べたらなんの苦しみでもない。せめてもの罪滅ぼしだ」
 大ちゃんは、やや自己陶酔ぎみである。
「違うよ大ちゃん。驚いたのはそんなことじゃないよ。どうしてその短い丸い手が巨大な頭の左右に届いたのかが不思議なんだよ。一瞬のことでよく見えなかったんだ。いやあ、すごいすごい」
「ケッ!そんなことかい。もうお前は黙ってろ。とにかくだ、ウニョロニョロさんたち、せめて亡くなった方の墓をつくらせてもらうよ」
「うん、それがいいね」
 アナフキンも大ちゃんの考えに賛同した。
「それに、カエルの墓もね」
 ドーミンが言った。
「ああ、そうか、そうだな。カエルにも悪いことをした」
 すると、
「いや、それは…違うんです」
 ウニョロニョロが遠慮がちに口を開いた。
「違うって何が違うんです」
 アナフキンが尋ねた。
「わかった!」
 ドーミンが叫んだ。
「もしかして、そのカエルも普通のカエルじゃないんじゃないの?『ウピョコピョコ』とかいう直立して歩く高等ガエルだったりして」
「そうなのか!」
 大ちゃんが目を見開いた。
「大ちゃん、ドーミンの言うことをいちいち真に受けないほうがいいよ」
 アナフキンが言った。
「そのカエルは普通のカエルですが、恥ずかしながら、実は最初から死んでおりまして」
 ウニョロニョロは答えた。
「恥ずかしながら?」
 ウニョロニョロはしばらく黙っていたが、やがて決心したように口を開いた。
「死んだウニョロニョロは食事中でして、つまりそのカエルはエサだったわけで…」
「ははあ、そういうことか。でも、どうしてそれが『恥ずかしながら』なんだい?」
 ドーミンたちにはよく理解できなかった。
「そんなわかりきったこと、説明するまでもありません!」
 今までの態度とは打って変わったウニョロニョロの激しい剣幕に、ドーミンたちは一瞬たじろいだ。

 説明するまでもありません、と言いながら、ウニョロニョロは説明を始めた。
「われわれウニョロニョロは、地面を這いずり回るだけの下等生物から、二足歩行をし、言葉を操る高等生物へと進化を果たしました。当然、高等生物としてふさわしい文化的生活形態を持つべきなのです。ところがどうでしょう。我々には相変わらず手が無い。手が無ければ調理をすることもできません。食事は相変わらずカエルやネズミの丸呑みです。せめてフルーツや穀物といった文化的食事をとるべきなのでしょうが、我々の肉体はまだまだあのカエルたちの味を捨てられないのです。いつまでもみっともなく地面に転がって食事をとる体たらく、そのためにこのウニョロニョロも大ちゃんさんの尻の下で命を散らしました。我々のこの醜態を恥辱と言わずになんと申せましょうか」
 ドーミンたちはウーンと唸ったきり、しばし言葉を失った。
「果たしてそうでしょうか」
 沈黙を破ったのはアナフキンだった。
「食べ物の好みは肉体的なものです。肉食動物は肉を喰らい、草食動物は植物を食べる。それはそれぞれの体がその食物を必要としているからに他なりません。言わば自然の摂理です。ウニョロニョロさんたちがカエルを丸呑みにすることももちろん自然なことです。それを無理矢理に変える必要が、カエルだけに、あるでしょうか。もちろん恥ずべきことでもなんでもない。堂々と今まで通り、食事をなさったらよろしいのです。あなた方が進歩した生物であるかどうかの証はそんなことではないでしょう。むしろ…」
「むしろ?」
「あなた方が持つべきものは、アイデンティティです」
「アイデンティティ?」
「そう。あなた方はお互いの区別を持たないと言った。誰が死んでも気にしないと言った。名前さえ持っていないと言う。それが高等生物の有るべき姿だと私は思いません。ウニョロニョロさんたち、あなた方はカエルを丸呑みにすることを恥じるよりも、個性を持たないこと、アイデンティティを確立していないことこそを恥じるべきではないのですか」
「おお!」
 ウニョロニョロたちは雷に打たれたような衝撃を受けた。
「わかって下さいましたか?」
「まさしくあなたのおっしゃるとおりです。目から巨大なウロコがドドーンと落ちた気分です」
「では、手始めに亡くなられた方に名前を付けて埋葬しましょう」

 ドーミンたちは墓を建てた。
「“ウニョロニョロ郎の墓”ですか。昔のテレビで聞いたような名前だけど、まあいいでしょう」
 ウニョロニョロたちは満足気な表情を浮かべた。
「彼こそウニョロニョロ一族の中で、最初に名前を持った歴史的な人物となったのです。これで彼の無念も少しは晴れるでしょう」
 アナフキンも満足そうである。
「俺もこれで少しは安心したよ。安らかに眠ってくれよ、ニョロ郎さん」
 大ちゃんは墓前に手を合わせた。
「おや、ドーミン、何やってるんだ?」
 横ではドーミンがなにかコソコソと動いていた。
「いやね、カエルの墓を建ててたんだよ。ついでにこいつにも名前を付けたよ。“ウピョコピョコ平”ってんだ。どうぞ安らかにお眠り下さい」
「いやじゃ」
「うわっ!死んだカエルが返事した!」
 ドーミンは驚きのあまり後ろにひっくり返った。
「わははは、ワシじゃワシじゃ、驚かなくともよい」
 そう言って墓の陰から姿を現したのは、赤いソファーに座った赤ん坊であった。ドーミンの頭上をプカプカ浮いている。
「ああ、あんたかい、ビックリしたよ。…って、あんた誰さ。俺、知らないよ。ねえ、誰かこの変な赤ん坊と知り合い?」
 ドーミンの問いかけに全員が首を横に振った。
「変な赤ん坊とはなんじゃ。ワシはご先祖様なるぞ。あがめよ」
 ご先祖様はふんぞり返った。
「ああ、ムッシュさんのご先祖様か」
 ドーミンが言った。
「え、そうなの?」
 アナフキンが訊いた。
「そうに決まってるよ。あの体型にあの態度。間違いない」
「そうか、なるほどね」
 アナフキンはすっかり納得した。
「何をゴチャゴチャ言っておるか。今日は大変なニュースを持って参ったぞ。あがめよ」
「なんだ、いちいち頭に来る赤ん坊だな」
 短気な大ちゃんは、既に気分を害している。
「こら、なんだお前は。用があるならさっさと言え」
「なんじゃ、無礼者。言葉を慎まぬか」
「なんだと!どの口が言ってんだコラ!これか!この口か!」
 大ちゃんはご先祖様のほっぺたをムギューッとつまんだ。
「ふぃふぁうぃふぃふぁうぃ(痛い痛い)、ふぁふぃうぉひゅゆひゃ(なにをするか)!」
「やめないか、大ちゃん」
 アナフキンがあわてて大ちゃんの手を振りほどいた。解放された途端、ご先祖様はビューンと遥か上空へ飛んで行った。
「………」
 上空でご先祖様は何かしゃべっている様子である。
「なんか言ってるみたいだねえ」
 あまりに遠いので、ドーミンたちには何も聴こえなかった。
「おーい、もう手出ししないから、近くへよって来てよ」
 恐る恐る近づいてきたご先祖様が語った言葉に、ドーミンたちはみるみる顔を真っ赤に変えた。

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