ドーミン
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 ドーミンパパたちの乗った気球は村長の屋敷のそばへ着陸した。
「モモトフさん、村長と馴染みのあんたが先に行っておくれ」
「へいへい」
 ムッシュさんに促されてモモトフが先頭を歩いた。
「旦那、毎度どうも」
 モモトフが挨拶すると、屋敷の門番は嬉しそうに笑った。
「おお、モモトフじゃないか。しばらく顔を見ないからどうしたのかと思っていたが、元気そうでなによりだ。しかし、今日は随分と静かにやって来たんだな。いつものズンズンチャッチャはどうしたんだい」
「今日は商売じゃございませんのでね。実はお客さんをお連れしたんですよ。お取り次ぎをお願いいたしやす」
 するとモモトフの後ろにいたムッシュさんが前へ出て来て、
「ドーミン谷からやってきたムッシュでございます。こちらはドーミンの御両親。今日は結婚式があるとかで呼ばれてきたんですがね」
 と言った。
「ドーミン…」
 ドーミンの名を聞いた門番は動揺を見せた。
「ドーミンはここにいるんでしょ、早く会わせてちょうだい!」
「ママ、落ち着きなさい」
 ドーミンパパはドーミンママをなだめると、静かに言った。
「村長さんに話を伺いたい」
 それはいつものドーミンパパらしからぬ堂々とした態度だった。
「少々お待ち下さい」
 そう言って門番がどこかへ電話をかけると、やがて、
「これはこれは、ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ」
 迎えに出て来たのは冥土さんだった。

「こちらでお待ち下さい。すぐお迎えにあがります」
 応接間に通された一行はテーブルの上に茶色い物体を見つけた。
「あ、これは見覚えのある…」
 ドーミンパパはその一かけらをつまむと自分の口の中へ放り込んだ。
「うん、うまい!やっぱり、ママが作った得体の知れない佃煮そのものだ。いったいどうしてここにこの佃煮があるんだい、ママ」
「そ、そんなこと、私が知るわけないじゃない。ピエールに訊いてちょうだいよ」
 ドーミンママはついうっかり親しげにピエールの名前を口にしてしまった。
(しまった)
「ピエールに訊け?」
 案の定、ドーミンパパにはそれが引っかかったらしい。真剣な眼差しをドーミンママの方へ向けて、ゆっくりと言った。
「おい、ピエールって誰だ?」
「ピエールは村長の本名だってさっき話してただろう。ぼやーっとしておって、まったく」
 ムッシュさんが呆れ顔で言った。
「ああ、そうだったかな。そうか村長か。そりゃそうだな。村長の屋敷に置いてある佃煮のことをママに訊いたってわかるわけがない。こりゃあママが正しい」
 ドーミンパパにはそれ以上の疑問はなさそうである。

「お待たせいたしました。さあ、こちらへどうぞ」
 冥土さんが皆を案内したのは礼拝堂であった。ここが結婚式場なのだろうか。中へ入ると正面に村長がただ一人、微笑んで立っていた。
「これは皆様、ようこそおいで下さいました」
「どうも御主人、お客人を案内してまいりました。こちらがムッシュの旦那、こちらがドーミンさんのパパさんで、こちらがドーミンさんのママさんでございます」
「おお、モモトフか。あんたが彼らをあの秘境ドーミン谷から連れ出したんだな。招待状は出したものの、まさかあの谷を出てこられるとはねえ」
 村長は苦笑いの表情を浮かべた。
「なんだね、それじゃあ最初から我々が来られないことを見込んで招待状を出したってことかね」
 ムッシュさんがムッとして訊いた。
「いやいやとんでもない。もちろん来ていただくつもりでお出ししておりましたよ。しかし、実際問題あの谷からどうやっていらっしゃるのやら見当がつきませんでしてな」
「結局同じことじゃないか」
 ドーミンパパが言った。
「とにかく、我々は媒酌人だの花婿の両親だのと勝手に書かれたことに腹を立てとるのだ。そもそもムッシュ夫妻とはなにかね、私は独身じゃぞ!」
 怒りのあまり、ムッシュさんは床をドンと踏みならした…つもりだったが、短足で非力のあまり、その音はパコンといった。
「とにかくドーミンに会わせてもらおう。本人の口から事情を説明してもらうのがまず最初だ。ドーミンはどこだね」
 ドーミンパパは礼拝堂の中を見回してみたが、ドーミンの姿は見えない。
「残念ながら、ドーミン君ならもうこの屋敷にはおりませんでな」
「なんですって!」
 ドーミンママが叫んだ。
「じゃあいったいどこにいるの?」
「それはこちらが訊きたいぐらいですよ。出て行ったのが3日前ですから、そろそろ御実家へ戻っている頃だと思っていましたがね」
「家になど戻っていないぞ」
 ドーミンパパは憮然として答えた。
「そうですか。すると連中が勝手にやったことなのですかな」
「連中?連中とはアナフキンと大ちゃんのことか」
「ああ、そんな名前だったかも知れません」
「勝手にやったこととはどういう意味です」
 ムッシュさんが訊いた。
「あ、いえいえ、それについてはもういいんですよ。若い頃にはありがちなことです。ドーミン君も初めてあの狭い谷を出て、広い世界を見てまわりたくなったんでしょう。あのぐらい、私からすればお土産みたいなものですからな、気になさらなくても結構」
「なんのことです?よくわからないわ」
 ドーミンママが尋ねた。皆にも話がよくわからない。
「わかりませんか。ならばはっきり申し上げましょう。ドーミン君は私の娘との結婚話を持ち込んですっかり私を信用させておいて、式の直前にまんまと姿をくらましたんですよ。一緒に随分と金目のものを沢山お持ちになったようだ。要するに結婚詐欺です。だが、盗まれたものなどどうだっていい。私の資産からすれば微々たるものですからな。問題は娘です。あなた方の息子さんは私のかわいい娘の心をひどく傷つけてくれました。それだけは許すわけに参りません」
「なんだって…」
 ドーミンパパは言葉を失った。ドーミンママも同様であった。
「ドーミン君に出ていかれた時には、私たち家族も今の御両親のように呆然として言葉もありませんでした。娘など、今も口がきけない状態ですよ。しかし、もはやどうすることもできない。あきらめるしかないと思っていました。よもや御両親が本当にいらっしゃるとは思っていませんでしたからな。だか、こうしてせっかく来て下さったからには、ドーミン君に代わって償いをしていただきましょう」
 村長の目がドロリと鈍く光った。

「佃煮?」
 ドーミンママが聞き返した。
「ツクダニじゃない、ツグナイだ!」
 村長が怒鳴った。
「償いとはいったい何をさせる気だね」
 ムッシュさんの顔には他人事だという余裕がある。
「そうですな。まず盗まれた物品、それと娘の傷ついた心に対する贖いとして、相当の労働力を提供していただきましょう」
「なるほど。もっともですな」
 ムッシュさんは頷くと、ドーミンパパに向かって、
「致し方あるまい。馬鹿息子の起こした不祥事だ。親が尻を拭ってやらねばならん。務めが終わったらまた迎えに来てやるから」
 と諭すように言った。
「まあ、せいぜい二人をこき使ってやって下さい。それじゃあ行こうか、モモトフさん」
「へい」
 ムッシュさんがモモトフとともに出て行こうとすると村長が声を掛けた。
「待ちなさい。どちらへ行かれる」
「もちろん帰るんですが」
「馬鹿を言ってもらっちゃ困る。労働力は多い方がいい」
「な、何を言っておるか、私はあんなクソガキのやった事にはなんの関係も責任もないぞ!」
「私なんてそれこそ関係ございませんよ、旦那!」
 ムッシュさんとモモトフは顔を真っ赤にした。
「関係ないかどうかは調べてみなけりゃわからん。ホントの所、全員がグルになって組織的詐欺を働いていないとも限らないからな」
「な、なにを馬鹿な!ふざけるな!」
「とにかくしばらくはこの屋敷に留まっていただこう。逃げる事はできないよ。働くか働かないかはあなた達の自由だが、働かざるもの食うべからず、働かなければ食事にはありつけないと思ってくれ。おーい」
 村長が大声を出すと、冥土さんが現れた。
「彼らを部屋へ案内して」
「かしこまりました」

 4人は2部屋に分けられた。
「なんてこったい」
 ムッシュさんが床をパタパタ踏みならしながら言った。
「申し訳ありません、旦那、私なんかと同じ部屋で」
 モモトフが頭を下げた。
「そんなことに腹を立ててるわけじゃない。なんで私らまで軟禁されなきゃならんのだ。全てはあの悪ガキどものせいだ。なんだって結婚詐欺だなんて大それたことを」
「いえいえ、旦那、おそらくドーミンさんたちはシロですよ。私らはまんまとはめられたんです。やはり村長の悪い評判は嘘じゃなかったんですなあ。私とした事がまったく不用意でした」
 その時、部屋のドアが開き冥土さんが入ってきた。
「これに着替えて下さい。皆さんの仕事着です。着替えたら廊下に並んでお待ち下さい」
 それは妙な服だった。
「なんだこりゃ?」
 ムッシュさんたちが着替えて廊下に出てみると、既にドーミンパパたちが立っていた。2人もムッシュさんたちと同じ格好をしている。4人が並んだ姿を眺めて、冥土さんは満足そうに微笑んだ。
「今からあんたたちはお客じゃなくなったんだ。私の下で目一杯働いてもらうよ。今まで年寄り一人でこの広い屋敷の雑用を切り盛りしてきたけど、これからは随分と楽になるねえ。せいぜいいい家政婦になっておくれ」
「家政婦!?」
 冥土さんとおそろいの蓑虫ルックに身を包んで、ドーミンパパたちは深い溜め息をついた。

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