ドーミン
ホーム      前へ INDEXへ 次へ
使者

 ドーミンが村長の屋敷に軟禁されてから一ヶ月が経っても、村長からは何の要求もない。何をさせられるわけでもなく、ただ食事を与えられて、快適だが退屈な生活を送り続けているだけだ。村長が言った“アナフキンからドーミンを買った”という言葉の意味も、未だはっきり分からないままである。そのことについて尋ねようとすると、村長はいつもはぐらかして質問に答えようとしない。そのうちあきらめて、ドーミンからは何も訊かなくなった。

「ドーミン様、おはようございます」
 冥土さんが部屋に入ってきて、カーテンを開けた。この一ヶ月、毎朝変わらない光景である。
「ああ?何しに来たあ〜」
 ドーミンは寝起きが悪い。
「起こしに来たに決まってるでしょ、ホレ」
「ヒャア!」
 氷水を顔面にかけられて、ドーミンは飛び起きた。
「なにしやがるババア!!」
「起こしたんですよ」
「まったく、毎朝驚かしやがって、この死に損ないのゾンビが」
 昨日はいきなりビンタを食らったし、一昨日は顔に枕を押し付けられて苦しさで目が覚めた。
「毎朝の楽しみでね。年寄りを喜ばせると思って我慢してやってくださいな。今日はどうやって起こしてやろうかって毎朝考えてると、ボケの防止にもなるんもんでね」
「ボケ防止だって?その行動自体が既にまともじゃないんだから、ボケと変わりゃしないよ、このクソバカタレがあ!」
「おやおや、だんだん口が悪くなって来ましたね。ストレスが溜まってるんじゃないの?」
「ストレスだあ?溜まってるに決まってるじゃねえか!一ヶ月もこんなところに閉じこめやがってよお」
「まあまあ、そう朝からプンプンせずに」
「誰がプンプンさせてるんだ、このスットコドッコイ!」
 今朝のドーミンはかなり機嫌が悪いようだ。
「おや?」
 その時、冥土さんが何かに気付いた。
「ドーミン様」
「なんだよ」
「頭に寝グソが付いてますよ」
「なんだって!寝グソが頭に!?」
 これにはドーミンも心底驚いた。
「どうして寝グソが頭に付いてるんだよ!お…俺の寝グソか!?」
 ドーミンは激しくうろたえている。
「あらごめんなさい、寝グセだわ、寝グセ。歳をとると言葉の使い方が曖昧になってきちゃって、やだわ、ホホホ」
 冥土さんは楽しそうに笑った。
「おい、いいかげんにしないかバーサン。そのうちホントに冥土に送ってやるぞ」
 今日も朝からドーミンはグッタリ疲れた。

「ところで冥土のバーサン」
 ドーミンは急に真顔になった。
「俺もそろそろわかってるんだけどさ、ほんとのこと話してくれないかなあ」
「ほんとの事とは?はて、なんでしょう」
「とぼけなくたっていいさ。俺がいつここの娘と結婚させられるかってこと」
「おや、どうしてそれを」
「やっぱりそうなんだな。村長の話を聞いてりゃ概ね見当がつくってもんだよ。俺だってそんなにバカじゃないんだぜ。それにバーサン、最初に俺の事を“お婿様”と呼んだだろ、ボケて忘れたか」
「ボケとりゃしません!よーく覚えとります!年寄り扱いしなさんな!」
「なんでい、歳とるとどうだとか、自分で言ってたくせに、ムチャクチャなんだよ」
「いいんです、細かいことは」
「とにかくさ、だったらどうして一ヶ月もそのまま放っておくんだい?そのためにアナフキンから俺を買ったんだろ?」
「そう、あのデカ頭娘と交換にね」
「交換!?」
「おや、それはご存知でない?」
「そうだったのか…、ビッグ・ヘッドちゃん。お互いが交換の材料にされるなんて、共にいるべき2人なのに、決して僕らは近づく事ができないんだね。ああ、つらいなあ」
「何をたわごと言ってんのかしらね。あのデカ頭娘は、アナフキンさんとできちゃってんですよ。2人でドーミン様を騙してホイホイと出て行った悪い女にいったい何を恋い焦がれているのやら。お人好しにも程があるわね、こりゃ」
「……」
 さすがのドーミンにも言葉がなかった。
「本当にアナフキンは俺をだましたんだろうか」
「決まってるじゃないですか。あの男はデカ頭娘を身請けするためにドーミン様を騙してここまで連れてきたんですよ。どこにも貰い手のない村長のお嬢様の結婚相手として、最初からドーミン様を売るつもりだったに違いありゃしません。いわば生け贄ですわな」
「生け贄か、言い得て妙だな。村長の娘がビッグ・ヘッドちゃんだったら喜んで婿入りするところなんだけど」
「やめときなさい、あの娘はどうせ性悪よ」
「何か知ってるのか」
「いや、知りやしないけどね」
「だったらそんなこと言うなよ。バーサンに比べりゃよっぽどいい娘に決まってるさ」
「まあそりゃあそうでしょうがね」
 冥土さんはなぜか胸を張った。
「それはそうと、俺はいつまでこのままにされてるんだ?村長はどうして結婚の話をしてこないのかな。そのつもりなのは間違いないんだろう?」
「そりゃそうですとも。ただ、今は試用期間みたいなもんで、ドーミン様が婿として適しているかどうか、見極めているんじゃないですかね」
「なるほど。ってことは、婿の資格無しってことになれば、解放されるんだな。ようし、ここは人で無しの能無し野郎を演じてやろう」
「残念ながら、そんなことをしても解放される事はありませんよ。婿失格ということになれば、屋敷で奴隷のようにこき使われることになります。ボロ雑巾みたいになって殺されるのがオチですよ」
「なんだって!?そりゃ本当か!」
「私はそういう人達を少なからず見てますよ。ここは観念して立派なお婿さんになることです。それしか生きる道はありません」
「ああ、なんてこった。こんなことになるなら、ドーミン谷を出てくるんじゃなかった。くそう、アナフキンめ、今度会う事があったら、ただじゃおかねえ」
「まあまあ、そんなに悲観する事はありませんよ。お嫁さんの顔の事さえ気にしなけりゃ、意外と楽しい結婚生活になるかもしれませんよ」
「気にするなったって、そりゃあ無理ってもんだ。あの娘と結婚するなら、バーサンと結婚した方がまだましだよ」
「おや!ほんとですか!嬉しい事言ってくれるねえ!」
「ウソに決まってんじゃねーか。まだ若いだけあっちの方がいいよ」
「そ、そんな…、ヒ、ヒドイ!憎んでやる!恨んでやる!ヒーーーーーッ!」
 その言葉がウソかホントか知らないが、冥土さんはそのまま部屋を駆け出して行った。
「なんだありゃ。まったく変な屋敷に閉じこめられちゃったもんだな」
 そう言いながら、ドーミンはなんだかもうどうでもいい気分になってきた。

「ドーミン、今日は娘と2人で散歩でもしてきなさい」
 朝食のとき、唐突に村長が言った。
「散歩!?外に出てもいいんですか!」
 ドーミンは目を輝かせた。
「ああ。ただし外といってもこの屋敷の敷地内を歩くだけさ。それだって馬鹿にならない広さだぞ。いい運動になる」
「ああ、そうですかい」
 ぬか喜びした分、ドーミンは意気消沈した。
「まあ、そうがっかりせずに。今日はとてもいい天気だ。秋の風が実に爽やかだよ」
 爽やかさからかけ離れたオヤジが何を朗らかに語っているのか、とドーミンは思った。
「そうねあなた。私達も散歩したいぐらいですの」
 村長の妻が微笑んだ。
「これこれ、余計な事を言うんじゃないよ、若い2人の邪魔をしちゃいかん」
「あら、そうでしたわ。どうぞドーミンさん、楽しんでらして」
「は、はあ…」
 こんな化け物のような娘と一緒に散歩して楽しめるもんか、と心の中でドーミンは呟いた。

「私、う、嬉しいッス」
 散歩を初めて数分が過ぎたころ、娘が沈黙を破った。
「ドーミン様と二人きりで散歩だなんて」
 娘は俯いたまま、モジモジと言った。
「ああ、そう。そりゃあ、よかったね」
 ドーミンはそっけなく答えた。以前に成り行き上、この娘のことをやたら美しいかのように褒め上げたから、おそらく娘はドーミンが自分に気があると思い込んでいるに違いない。そんな思い違いをいつまでもさせておくわけにはいかないので、ここはなるべく冷たく扱わなければならないのだ。
「私もドーミン様を美しいと思うッス」
 その言葉にドーミンの動きが停まった。
「私“も”だって?俺が“美しい”だと?」
 ドーミンの口調が思わず強くなった。
「は、はい」
 予想とは違った反応を見たためか、娘の顔がこわ張った。
「俺はなあ…」
 ドーミンは娘の顔を見据えた。
「全然美しくないし、あんた“も”美しくなんかない」
 娘の顔から表情が消えた。
「で、でも…、前に…」
「あの時は成り行き上、お世辞を言ったまでさ。“美しい”というのは、正直言い過ぎだ」
「じゃ、じゃあ、ドーミン様は私の事を本当はどんな風に…。やっぱりブサイクだって思ってるんッスか」
 ブサイク?そんな表現ではとても足りない。
「化けも…」
 化け物だと思っているよ、と言いかけて、ドーミンは娘の頬を滑り落ちる涙の滴を見た。
「バ、バケも休み休み言えよ」
 ドーミンはとっさに続けた。
「バケ?」
「あ、ああ、バケじゃなかった、バカだ、バカ。バカも休み休み言ったがいいよ。ブサイクなんてとんでもない。ただ、あの時言ったほど美しいってわけじゃないけど、充分普通よりかわいいほうさ」
「本当ですか!?」
 娘の顔がパアッと輝いた。
「ああ、いや、やっぱり普通かな、ゴクフツー」
 褒め過ぎちゃいけないと思い直したドーミンだった。
「普通でもいいッス。私、今まで普通って言われたこともなかったッスから」
「いや、うーんとね、ごめん。本当は、普通よりは落ちるかな」
「や、やっぱりブサイクなんッスね」
「いや、ブサイクなんてそんな」
 だからそんな表現では足りないのだ。
「ちょっと顔の調子が悪いっていうのか、目鼻の巡り合わせが悪いというのか」
「要するにブサイクなんッスね」
「だから違うって」
「いいんです。わかってるんッスよ。お父様にもお母様にもいつも言われるんッス、ブサイクだって」
「そりゃあひどいなあ、自分らの事を棚に上げて。君の事をなんだかんだ言える立場じゃないよなあ、彼ら。いったい誰の責任でこうなったと思ってんだろうね、しかしまったく」
「“こうなった”って…」
「いやいや、まあ、気にしないで。そりゃねえ、顔の事はさ、どうしようもないもんな。自分のせいじゃないし。そうなりたくてなったわけじゃないんだから、そんなことでとやかく言われちゃたまらないよなあ」
「でも、ドーミン様も可愛い娘のほうがいいんッスよね」
「そりゃまあそうだ。可愛いに越したことはないさ。顔は顔、それだけのことなんだけどさ、でもしょうがないんだよなあ、顔が可愛いってだけで嬉しくなっちゃうもの。生物としてそんな風にできあがっちゃってるんだもんな」
「…そうッスよね、しょうがないッスよね」
「うん、しょうがない。しょうがないもんは、しょうがない。どうしようもないもんは、悩むだけ無駄ってもんさ」
 ドーミンは娘に向かってニヤリとやさしく微笑みかけた。それは己の境遇に対する彼自身の慰めの言葉だったのかも知れない。

「キャアー!」
 その時、突然悲鳴をあげて娘は駆けて行ってしまった。
「おーい、どうしたー」
 その背中に呼びかけてみたが、娘は振り向きもせず屋敷の中へと逃げ込んでいった。
「いったい急に何がどうしたっていうんだろ。まあいいか、のんびり一人で散歩の続きをしよう」
「ドーミンさん、ドーミンさん」
 すると、足下から呼びかける声が聞こえた。
「あ、ウニョロニョロが3匹も。ああ、そうか。あの娘、おまえらにびっくりして飛んでっちゃったんだな。それにしても、どうしてこんなところにいるんだい」
 ウニョロニョロはドーミン谷特産の蛇である。蛇と言っても、2本の短い足を持っていて、直立して歩く。おまけにしゃべる。
「いやあ、さる方に頼まれましてね、はるばるやって来ました。それにしてもずいぶん待たせてくれましたねえ、ドーミンさん」
「え、待ってたの?」
「待ってましたよ、3週間。毎日張り込んでたんですから」
「3週間も?いったいどうして?」
「まあ、そのへんは直接お訊きになってください。今呼んできますから」
 そう言って、ウニョロニョロたちは塀の隙間から這い出て行った。
「いったい誰を呼んで来るっていうんだ?」
 ドーミンには見当がつかなかった。

「ドーミン」
 数分後、突然後ろから声をかけられた。
「あっ!どうして!」
 そこに立っていたのは思いも寄らない相手だった。

ホーム      前へ INDEXへ 次へ