ドーミン
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招待状

「はあ〜…」
 ドーミンママがため息をついた。ドーミンが家を出てから既に1ヶ月が過ぎている。季節はすっかり秋になった。
「ドーミン、今ごろどこで何をしているのかしら」
 ドーミンママはテーブルの上に置かれた家族写真を眺めて涙ぐんだ。ドーミンママの膝の上で、赤ん坊のドーミンがひねた顔をしておしゃぶりをくわえている。横に立つドーミンパパは筋肉質の引き締まった体を誇らしげにさらしている。なぜか足が長い。
「あなたが生まれた時、どんなに嬉しかったことか…」
 ドーミンママは写真立てに手を伸ばした。
「あっ!」
 写真立てがドーミンママの手から滑り落ちた。写真立ての裏ぶたがはずれ、中の写真が飛び出した。
「あら、2枚あるわ」
 ドーミンママは床の上の写真を拾った。
「あのときのバックショットだわ。こんな写真撮ってたのね。これを見たら、ドーミンはなんて思うかしら」
 それは3人の後ろ姿を撮影したものだった。皆、大きな板の穴に首を突っ込んでいる。ドーミンママもドーミンパパもそしてドーミンも、ずんぐりむっくりの短足であることは今と変わらない。あの家族写真が、ムッシュさんの手による等身大イラストの描かれたパネルに、後ろから頭だけを突っ込んで撮った写真であったとは、さすがのドーミンも気付いていなかったに違いない。
「ああ、ドーミン。またあなたをからかいたいわ!早く帰ってきて、あなたのニヤニヤした明るい笑顔を見せてちょうだい!」
 涙がドーミンママの頬を濡らした。

「ごめんくださいよ」
 その時、玄関で声がした。ドーミンママはかっぽう着の袖であわてて涙を拭うと、玄関の扉をそっと開いた。
「あら、奇遇だわ」
 そこにはムッシュさんが立っていた。
「どうもこんにちは、奥さん。奇遇だとは、私のことを夢想でもしておられましたかな」
 ムッシュさんは嬉しそうな笑顔で言った。
「あらやだ、変なこと言わないでくださいな、この、すけべおやじ」
 ドーミンママは露骨に不快な表情を作った。
「こりゃまた、すけべおやじとは、いい響きですな」
 ムッシュさんはめげない。
「……」
 ドーミンママはムッシュさんを一瞥すると、無言のまま扉を閉めようとした。
「待って待って!私が悪うございました。許して下さいまし」
 ムッシュさんはあわてて頭を下げた。
「全くママさんにはかないませんよ」
「わかればいいんです。ところでなんの御用で?」
「パパさんはいらっしゃるかね」
「出かけてます、ドーミンハウスのほうへ」
 ドーミンハウスは公民館を兼ねた科学館である。ドーミンパパが管理人をしている。
「おや、めずらしい。ほとんど居たためしのない不良管理人が急に何の用かね」
「こんど蝋人形コーナーを始めるんですって。ザッパ人形を作るそうですわよ」
「なんだい、そのザッパってのは」
「私も良く知らないけど、ヒゲ親父の一種みたい」
「ふうん。戻りはいつだい?」
「わからないわ」
「そうか」
 ムッシュさんは、しばらくじっと考えている。
「大事な用件があるので、至急ドーミンパパを呼んできてくれないかな」
 真剣な眼差しで言った。
「大事な用件って?」
 ドーミンママが尋ねた。
「ドーミンに関する事だよ」
 その言葉を聞いた途端、ドーミンママは家を飛び出した。

「ドーミンがどうしたんだ!」
 間もなくドーミンパパが帰ってきた。
「やあ、お帰りなさい」
 ムッシュさんは葉巻をくゆらせながら落ち着いた様子で言った。
「これね、買ったんだよ。注文していたやつがやっと届いてね」
 ポケットからライターを取り出して自慢気に見せた。
「これでいちいちガスコンロまで火をつけに行かずに済むよ」
「そんなことはどうだっていい。ドーミンの話はどうした。何か分かったのか」
 ドーミンパパはイラつきを隠さずに言った。
「まあまあ、まずはそこへ掛けなさいよ。ママさんもどうぞ、お茶など入れて落ち着いて」
 ムッシュさんには遠慮がない。
「あら、これは気が付きませんで」
 ドーミンママは渋々お茶を入れた。
「どうぞ、渋々茶です」
「ほほう、こりゃあなかなか含みのあるお茶だね」
 ドーミンママとのそんなやりとりがムッシュさんにはとても楽しい。

「ほら、お茶も出したんだし、早く話しなさいよ」
 ドーミンパパが急かした。
「実はね、このライターは今朝トリガー君が配達してくれたんだが」
「ライターの話はもういい!」
 ドーミンパパは大きな声を出した。
「まあまあ、黙って聞きなさい。トリガー君が一緒に持ってきた手紙があるんだよ、ドーミンパパ宛にね」
 ムッシュさんは胸ポケットから封書を取り出し、ドーミンパパに手渡した。
「差し出し人に覚えはあるかい」
 ドーミンパパは封筒を裏返すと差し出し人の名前を見た。
「村長?」
「心当たりがないかね」
「いや、知らんな。どこの村長だい」
「どこの村長でもないさ。まあ、中を見てみるといい」
 ドーミンパパは封を切った。
「なになに…」
 ドーミンパパの表情が激変した。
「なにい〜!」
「なんなの、あなた!」
 ドーミンママはドーミンパパの手元を覗き込んだ。
「なんてこと!」
 それは招待状であった。

 謹啓、食べ物の美味しい季節となりました。皆様におかれましてはますますご繁栄のこととお喜び申し上げます。いつも一方ならぬお力添えにあずかり、誠にありがとうございます。
 さてこのたび、ムッシュご夫妻のご媒酌によりまして、ドーミンパパ長男ドーミンと村長長女エカテリーナとの婚約が成立し挙式の運びと相成りました。
 つきましては、日頃よりご交諠をいただいております皆様方に二人の門出を祝福していただきたく存じ上げます。御多忙のところ誠に恐縮ではございますが、なにとぞご出席くださいますようご案内申し上げます。結婚式にもご参列頂ければ幸甚に存じます。

敬具
平成15年10月1日

ドーミンパパ
村長


日時 平成15年10月4日(土) 結婚式午前10時 披露宴午後1時
場所 村長屋敷パルテノンの間

「どういうことだ、これは!なんであんたが媒酌人なんだ!」
 ドーミンパパはムッシュさんを怒鳴りつけた。
「私だって知らんよ、晴天の霹靂だもの」
「そもそも、なんだって親である私に招待状が届く?連名で差し出し人にもなってるってのに。いや、それよりもどうしてドーミンが結婚なんてするんだ?あいつはまだ13歳だぞ。いったいこの村長ってのは何者だ!?」
 ドーミンパパは混乱した。
「さてねえ、どこの誰やら。ただ地図が付いてるから、屋敷の場所は分かるんだが」
「本当にあんたの知り合いじゃないんだな?」
 ドーミンパパはムッシュさんに疑いの眼差しを向けた。
「私も同じ招待状をさっきもらったばかりなんだ。いきなり媒酌人にされてるんだからびっくりしたよ」
「でも、今日が3日だからこれ明日だわ。今日の明日じゃドレスだって用意できないわよ。あなたのモーニングをどうしましょう。それとも羽織袴がいいかしら」
 ドーミンママが心配顔で言った。
「服なんてどうだっていい。私はいつだって裸だ!」
「あら、でもこんな時ぐらいはちゃんとしないといけないと思うわ」
「いいんだ、そんなものは。おまえだってかっぽう着でいい。花でも着けてりゃ問題ない」
「そんなわけにはいかないわ!あなたには女心が全然解ってないのね」
「そんなもん、分かりたくもない」
「ひどいわ!あなたがそんな人だなんて!」
「ええい、うるさい!」
 夫婦の会話がヒートアップしてきたところへムッシュさんが口をはさんだ。
「あのう…、御両人、明日、出席されるおつもりか?」
「当たり前だ!我々は花婿の両親だぞ」
「そうよ、何をおっしゃってるのかしらムッシュさん」
 ムッシュさんは少しあきれたような顔で、
「いやね、ドーミンの結婚を認めてるみたいだけど、それでいいのかなあと思ってさ。それはともかく、どうやって会場まで出かけて行くつもりだい?谷を出る算段でもあるのかい?」
 と言った。
「あ…」
「あら…」
 そういやそうだと2人は気付いた。
「そうだ、トリガー君になんとかしてもらえないかな」
 ドーミンパパが言った。
「あいにくトリガー君はもう飛んでっちゃったよ。来るのはまた来週だ」
「なんで引き止めておかないんだよ!どうしてあんたはそうやって気が利かないかな、この役立たずのチンチクリンが!」
 だんだんイラついてきたのか、ドーミンパパの悪態も激しくなった。
「なにっ!そうかい、ほんじゃあ役立たずのチンチクリンはこれで帰るとしよう。どうせ私は披露宴なんざ行く気はないんだからね、どうぞ勝手に飛んで行くなりするがいいさ」
 ムッシュさんは機嫌をそこねて出て行ってしまった。
「あ〜らら、怒らせちゃった〜」
 ドーミンママが楽しそうに言った。
「喜んでる場合じゃないよ、式の前までにどうにかしてドーミンに会わないと。あいつがどういうつもりなのか、ちゃんと話を聞かないとな」
「そうね。でも、どうやって行けばいいのかしら」
「それが大問題だ」
 2人は途方に暮れた。

 夕方になった。まだ良い案は浮かばない。
「困ったなあ」
 その時、
「ズンズンチャッチャ、ズンズンチャッチャ…」
 聞き覚えのある軽快な音楽が聞こえてきた。
「あ、モモトフ…」
「下着〜下着、下着〜下着」
「あ、なんだ、売り声がまた変わったな。今度のは大名行列みたいな」
「こちらはモモトフ・ランジェリー・ショップでございま〜す。パンティー、ブラジャー、ブリーフはいかがですか〜、ステテコ〜、サルマタ〜、メリヤスの肌着〜、ラクダのモモヒキ〜」
「あら嫌だわ、なんとなくはしたない売り声ね」
 ドーミンママは少し恥ずかしそうである。
「ガラリ!え〜、おごめん!」
 お決まりの『ガラリ!』でモモトフが顔を出した。
「おお、これこれ、ママ聞いたか!これが本家の『ガラリ!』だよ」
「あら、これが?すごいわ!」
 ドーミンママは目を輝かせた。
「お、こんなに喜んでもらったのは初めてだな」
 モモトフは少し照れ臭そうだ。
「でも下着なら間に合ってますわよ」
 セールスに対しては冷たいドーミンママである。
「まあまあ、奥さんそう言わずに」
「今日は下着一本で来たのかい?」
 ドーミンパパが訊いた。
「ええ、そうですが、それも奥さんを狙い撃ちでございますよ」
「いらないわよ」
 ドーミンママはすかさず言った。
「しかし奥さん、巨乳過ぎますな」
「あら!なに言うのいきなり」
「花婿のお母さんがそんなに巨乳じゃあ花嫁さんが霞んでしまいますよ」
「あら、花婿だなんて、どうしてそれを?」
「ムッシュさんに聞きましたよ。明日がドーミンさんの結婚式だそうで。なんとかお2人の力になってやって欲しいって言われてきましたよ」
「あら、ムッシュさんがそんなことを?意外といいとこあるのね。でも無理よ。さっきから2人で考えてるんだけど、どうせ行けるわけないもの。この谷を出られるわけないわ。ねえ、あなた」
「そうなんだよ。全く頭を抱えちゃってね」
 ドーミンパパの表情にも力がない。
「そのことなら、私がお手伝いしますよ。ちゃんと会場までお連れいたしますから、ご安心なさい」
「ほんとかい!?そうか、そういやドーミンたちが谷を出る手伝いをしたのもあんただったな。今度はいったいどうするつもりだ」
「まあ、それは明日のお楽しみでね。とにかく100パーセント確実にお送りしますから、任せて下さいよ。ですから、今は明日の身だしなみのことを考えましょうや」
「あなた!よかったわね、これでドーミンに会えるわ!」
「ああ、そうだな」
 2人は興奮した。
「ところで奥さん、先ほどの話ですがね」
「あら、何だったかしら」
「巨乳の話です」
「巨乳巨乳ってセクハラよ、それ」
「いえいえ、いやらしい意味じゃございませんよ。ランジェリーの専門家の立場で言うんですからね」
「あんた、なんでも屋じゃなかったのかい。いつからランジェリー専門になったんだ」
 ドーミンパパが言った。
「まあ細かい事はいいんです。とにかく、奥さんの巨乳をなんとかしなきゃなりません」
「でも、巨乳はしょうがないじゃないの」
「それがですな、いいものがあるんですよ」
「あら、そうなの?」
「こちらです」
 モモトフは風呂敷からブラジャーを1つ取り出した。
「これ、巨乳対策ブラ、離して下げる『悪魔のブラ』です」
「……」
 ドーミンママは黙ってしまった。
「おや、どうしました?」
「イヤ…」
 ドーミンママは聴き取れないほどの小さな声で言った。
「は?」
「嫌よ!そんなもの着けられないわ!」
 ドーミンママは不快感をあらわにした。しかし、それをたしなめるようにムッシュさんは静かに語った。
「奥さん、よくお聞きなさい。普段の事ならいざ知らず、明日は特別な日です。皆が皆、私が俺がで、寄せて上げて膨らませてでは、秩序が乱れます。主役はあくまで花婿と花嫁。周りの者たちは己を小さくする事で主役を立てなければなりません。これぞ謙譲の精神です。『悪魔のブラ』、それはまさに『謙譲のブラ』なんですぞ。というわけで、ついでながらパパさんには『悪魔のブリーフ』です。股間を地味に致します」
「はいはい、わかりました」
 ドーミンパパには特にこだわりもない。そもそも彼の股間はいつもスッキリしているのだ。そして、その様子を見たドーミンママも、ようやく納得した様子で『悪魔のブラ』を静かに受け取った。

 いよいよ明日、2人はドーミンと再会することになる。

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