ドーミン
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さすらいのフラミンゴ

「それじゃあ、行ってきます」
 ドーミンパパはいつものようにギターを背負って出かけて行った。
「ねえママ、父ちゃんはまたバンドの練習に行ったの?」
 ドーミンが訊いた。
「そうよ、ギター背負ってるんだから見れば分かるでしょ。分かり切った事をいちいち訊くんじゃないのよ」
 ドーミンママは厳しい。だがドーミンは気にしない。
「僕も入りたいなあ、バンド」
「そうね、ドーミンもそろそろ大きくなったから、いいかも知れないわね」
「ホントにそう思う?」
「ええ、パパに頼んでみたら?」
「うん、そうする」
 ドーミンは目を輝かせた。
「パパの所へ行くんだったら、傘を持って行ってあげてちょ……って、もういないわ。まったく、せわしないわねえ。体つきはあんなにまったりしてるっていうのに。ドーミンまで雨に降られちゃうわね。まあいいわ、自業自得よ。少しは濡れて頭を冷やすのもいいでしょう」

「えーと、確かこの空き倉庫だったはずだけど…」
 ドーミンは気付かれないように扉を少しだけ開けて、中を覗き込んだ。
「違うんだよ!歌詞の意味が全然分かってない!」
 ドーミンパパが真剣な表情で怒鳴っている姿をドーミンは初めて見た。
「そんなこと言われたって俺にはわかんないッスよ。なんスか、この『エリーゼのためだ』ってのは。“お前のためだ〜お前のためだ〜”って、なんだか押しつけがましいっつうか、御為ごかしっつうか、上から物言ってる感じッスよ。愛が感じられないんスよね」
 ヴォーカルのサブがドーミンパパに疑問をぶつけている。
「おお、サブ!お前、分かってるじゃないか!それでいいんだよ。この『エリーゼのためだ』って曲はな、愛の歌じゃないんだ。お仕着せの愛、お為ごかしの愛、見下した愛、そうした偽物の愛を批判する歌なんだよ」
「え!?そうなんスか!フランクさん、俺、目からうろこッスよ」
 フランクというのはドーミンパパの芸名である。
「分かってくれればいいんだよ」
 ドーミンパパの表情が優しく変わった。
「よかったな、サブ!」
「やったな、サブ!ひとまわり成長したぜ!」
「ありがとう、チェリー、ゴルビー」
「さあみんな、もう一度頭からだ!」
「おお!」

(ああ、これがバンドってもんなんだな。熱いなあ、カッコいいなあ)
 ドーミンはバンドへの憧れをますます強くするのだった。
「パパ!」
 ドーミンは扉を開け、叫んだ。
「パパ?ママ以外にそんな呼び方をするのはいったい…、ド、ドーミン!!」
「パパ、僕だよ!」
「おお、ドーミン、ついに私を『パパ』と呼んでくれたんだね」
 ドーミンパパの瞳が心成しか潤んで見えた。
「いままでごめんなさい、『父ちゃん』なんて呼んで」
「そうかそうか、ドーミンがなあ、ついに『パパ』って…。で、何が望みだ」
「ケッ!バレバレでやんの」
「私はそんなつまらん情にほだされたりはしないよ。そもそも『パパ』だろうが『父ちゃん』だろうが、実はそんなことどっちでもいいんだ」
「喰えない奴…」
 ドーミンは父親の底知れなさを感じた。

「じゃあ、父ちゃん」
「なんだ」
「バンドに入りたい」
「この“ファザーズ・オブ・ハイテンション”にか」
「そういう名前なの?じゃあ、それ」
「『じゃあ、それ』って、アンタ」
「そのファザーなんとかってのに入れておくれよ」
「いい加減な奴だな。ものごとに取り組む姿勢がいい加減だ。ウチのバンドは品行方正、礼儀を尊び、仕事には誠実をモットーとする。ステージでヒヨコを踏んづけたり、ウンコを食べたり、生放送の途中で出番を待たずに帰っちゃったりしないんだぞ」
「しないよ、普通」
「そう思うだろ?ところがいるんだなあ、生放送の出演をすっぽかして帰っちゃう連中が」
「あ、いたッスね」
「あ、俺も見た」
「俺も」
 サブとチェリーとゴルビーが話題に食いついてきた。
「アレって、どうなんスかね」
「わがままな年頃なんだよ」
「でも、とりまきが悪いんだよ、きっと」
「なんでも、プロデューサーってのがさ…」
「おい」
 ドーミンがイラついた表情で静かに言った。その迫力にバンドの連中は黙り込んだ。

「それはそうと、ドーミン、何か楽器はできるのか」
 ドーミンパパが尋ねた。
「できないけど…」
「それじゃあしょうがない、あきらめるんだな」
「ヴォーカルならできるよ」
「間に合ってます」
「もう一人ぐらいいても…」
「いらないよ。ウチにはサブという魂のヴォーカリストがいるんだ」
「フランクさん…」
 サブが感激に満ちた表情でドーミンパパを見つめた。
「ヴォーカルが2人になったら、メインヴォーカルとサブヴォーカルってもんができてしまう。『メインヴォーカルはサブ』なんていったらややこしいだろう。だからダメだ」
「そんな理由かい」
「そんな理由だ」
「わかったよ」
 ドーミンは意気消沈しながらも納得した様子で扉のほうへ歩き出した。その後ろ姿へ向かってドーミンパパが声を掛けた。
「ただし、もしお前がこのバンドに新しい何かを持ち込んでくれるなら考えてやってもいい」
 ドーミンは父親に背中を向けたままわずかに微笑んだ。そしてそのまま無言で倉庫を後にした。
(“新しい何か”か。いったい僕に何ができるだろう)
 ドーミンはその言葉の意味を噛みしめながら歩いた。

 ポツリ。ポツリ。
「あ、雨だ。うわ、ひどいなこりゃ」
 雨はたちまち激しさを増した。
「うひゃあ、どこかで雨宿りしなきゃ。あ、あそこがいい」
 ドーミンは崖の岩場の窪みに駆け込んだ。
「ヤレヤレ。しばらくここで待つしかないか」
 ドーミンはハンカチで体を拭くと、しばらくじっと雨の様子を静かに眺めていた。すると、
「フルフルフル〜」
 なにやら柔らかな音が聞こえてきた。
「ん?」
「フルットゥトゥトゥトゥトゥトゥ〜」
 音の出所はそれほど遠くではなさそうだ。
「なんだ?」
「フルットゥフルットゥフルットゥトゥトゥ〜」
「この切れの良いタンギングは、まぎれもないフルートの調べ」
 ドーミンは音の流れてくる方向を眺めてみた。すると、少し離れたところに洞窟の入り口らしきものがあった。
「あ、あんなとこに洞穴が」
 ドーミンはその穴まで駆けた。
「あ!」
「あ!」
 そこには見た事のない人物が座っていた。お互いが驚いて声を上げた。その人の手には銀色に輝くフルートが握られている。
「こんにちは」
 ドーミンは声を掛けた。
「こ、こんにちは」
「雨宿りですか?」
「いや、その、昨日からここにいます」
 見れば、大きなリュックサックとシュラフがあった。どうやら旅人のようだ。
「旅の方ですか?」
「は、はい」
 ドーミンは驚いていた。生まれてこのかた、このドーミン谷にやってきた旅人を見たことがなかったのだ。
「いったいどうやって来たんです?このドーミン谷は“出るに出られぬ大渓谷”と唄われる、外界とは隔絶された土地ですよ」
「この上の崖をつたって下りてきました」
「ええ!?この断崖を?」
「はい。一応山男なので」
「すごいんだなあ、カッコいいですね。でも出るのは大変ですよ」
「そうですね、出るに出られないかも。ははは」
 明るく笑っているようだが、その笑顔は少しばかり引きつっているようにも見えた。

「僕、ドーミンです。お名前は?」
「な、名前ですか。えーと…」
「エートさん?」
「いや、そうじゃなくって」
「基本的なボケですみません」
「アナ…」
「穴さん?」
「いえ、もうちょっと長いんですが…」
「あ、ごめんなさい」
「アナ…」
「穴…」
「…フキン」
「…付近?穴付近?」
「はい…」
「穴付近さんですね、よろしく」
「よ、よろしく」
「どうしたんです?顔が真っ赤ですよ」
「いや、その、名前が名前なので…」
「え?なにが?穴の付近だから?」
「あのう…」
「なんですか」
「“穴付近”って、漢字でイメージしてませんか?」
「してます」
「カタカナでお願いします」
「あ、そうなんですか。てっきり穴の付近なんだと思いました」
「決してそういうわけじゃありません」
「わかりました。ところで、アナフキンさん」
「はい」
「フルートを聴かせてもらえますか?」
「いやあ、恥ずかしいなあ」
「恥ずかしがることないですよ。すばらしい音色でした」
「でも、人前でやるのはちょっと」
「人前でやらないでどうするんですか!いったいなんのための楽器なんだ!」
「ひゃあ!怖い!」
「あ、ごめんなさい。つい興奮して」
「やりますやります」

「ヒューヒュー、パチパチパチ!」
 ドーミンは激しく手を叩いた。
「フルフルフル〜」
 最初は控えめに演奏していたアナフキンだったが、そのうちに段々と体の動きが激しくなった。フルートを吹きながらそこらじゅうを縦横無尽に駆け回る。
「おお、凄いパフォーマンスだ」
 そして、極め付けは片手片足をあげての演奏だった。片足でも全く微動だにしないそのバランス感覚にドーミンは息を飲んだ。
「凄い!凄いよ、アナフキンさん!」
「ふう…」
 演奏を終えたアナフキンは汗だくだった。
「最後のアレはなんて言うの?」
「フラミンゴ奏法です。パクリです」
「パクリ?」
「そう、大きい声じゃ言えませんが」
「その技をぜひ僕に教えて下さい!」
「その技をって、ドーミン君はフルートはできるの?」
「いえ。だからそれも含めて一からお願いします」
「むむ、それは大仕事だ。ちょっとやそっとでできるものではありませんよ」
「わかっています」
「わかっているなら、あきらめたほうが…」
「でも、僕はどうしてもバンドに入りたいんです」
「バンドにねえ」
「これをマスターすれば、父ちゃんの言う“新しい何か”をバンドにもたらすことができるんです」
「新しい何かって言っても、二番煎じですよ。というか、完全なパクリですから」
「そんなこと構いやしません。ダメですか?」
「うーん…」
「いいじゃないですか!なんで教えてくれないんだ!」
「ひゃあ!怖い!やりますやります」

 こうしてドーミンとアナフキンとの厳しいレッスンが始まったのである。

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