ドーミン
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屋敷を去る

「通してくれるかな」
「あ!どうして!」
 ドーミンが門の外から姿を現したので、門番は大いに驚いた。
「他にお客さん2人追加ね」
「こんにちは。またお邪魔しますよ」
 アナフキンは笑顔で挨拶した。
「おごめんよ」
 大ちゃんは悠然と通りすぎた。
「あ、ドーミン様」
 玄関の前にエカテリーナが立っていた。顔には安堵の色が浮かんでいる。
「ホッとした顔をしてるね。もう戻ってこないと思ったかい」
「いえ、私はなんにも知らないッスから。蛇が怖くて逃げただけで、あとのことはなんにもわかんないッスから。ドーミン様がどこに行ってたかなんてなんにも知らないッス」
「なんだか一生懸命だな。そんなに必死にならなくたっていいよ、わかったから」
 2人の会話を眺めていた大ちゃんがアナフキンを小突いて耳打ちした。
「おいおい、村長の娘ってのはこれかい?こりゃ大変なこったね。こんなのと結婚しようなんて、ドーミンはまともじゃないよ。変な薬でも飲まされちゃったんじゃないの?」
「それほどの覚悟をしているってことだよ、ドーミンは。男になったんだな」
「なに!男になった!?まさか、この娘相手にか!」
「そういう意味じゃないよ、大ちゃん。でもまあ、近いうちにそんなことになるという覚悟を決めているんだから、似たようなものかな」
「こうしちゃいられねえ。なんとかドーミンの気持ちを変えさせなきゃ。先生だってこのままドーミンが婿入りしちまったら寝覚めが悪いだろう」
「ま、まあそうだけど。しかし、ドーミンの気持ちが変わらない限りはどうしようもないから」
「村長とやらもこの娘も、邪魔するやつはみんな俺がぶん殴ってでもドーミンを連れ出してやるぜ、先生」
「たのむから手荒な真似はやめてくれよ、大ちゃん」
「さあね、成り行き次第でどうなるかわからねえぜ。こればっかりは俺自身でもどうしようもねえ」
 アナフキンは首を横に振り大きなため息をついた。もはや彼にはどうする術もない。もうなるようになれという心境であった。

「おや、ドーミン様、お散歩からおかえりですね。あれま、アナフキン様と見慣れないお客人まで御一緒で、いったいどういったわけです」
 玄関を入ると冥土さんが待ちかまえるように立っていた。
「村長はどこにいる。大事な話があるんだ」
「ご主人様ならまだ食堂にいらっしゃいますけど。大事な話ってなんです?」
「冥土さんにゃあ関係ないよ」
「まあ!なんて冷たい。これまで孫のように優しく接して来たというのにその仕打ち。なんて情けないことでしょう。ねえあなた、どう思います?」
 冥土さんは大ちゃんにすがるような目を向けた。
「おいおいドーミン、年寄りには優しくしなきゃいけねえぞ。バーサン、ここは俺から強く言っとくから、勘弁してやってくれよ」
「まあ、なんて優しい人なんでしょう。ドーミン様とは大違いね」
「だったら、しばらくいたわってもらえばいいさ。大ちゃんとアナフキンはここでバーサンの面倒でも見ててよ。俺は村長に会ってくるから」
 そう言って食堂へ入ろうとしたドーミンの背中に大ちゃんが声をかけた。
「おいおい、一人でいくのかよ。なんのためにここまでついてきたと思ってんだ。こんなミノ虫バーサンのおもりするために来たんじゃねえぞ。俺達も一緒に行くぞ、なあアナ先生」
 大ちゃんはそう言うと、ドーミンを追い越して食堂のドアを開けた。

「君は誰だね」
 突然入ってきた大ちゃんを見て、村長が言った。
「あんたが村長さんか。俺はドーミンの友達の大ちゃんってもんだ。自分でちゃん付けするのもなんだけどな。ドーミンとアナ先生がずいぶんお世話になったみてえじゃねえか」
「アナ先生?」
「私のことですよ、村長。彼は私の昔の教え子です」
 アナフキンが大ちゃんの背後から顔を出した。
「これはこれはアナフキン、そんなところにコソコソ隠れていたのかね。ぜんぜん見えなかったよ。やはり後ろめたいと見えて堂々とはやって来れなかったようだな。それにしても、どういった用件でまたのこのことやって来たのかな。こちらとしては君はもう用無しなんだがな」
「くっ…」
 アナフキンは唇をかんだ。
「くぅおらあー!アナ先生を侮辱するとただじゃおかねえぞ、このクソ村長があ!だいたいてめえはどこの村長だ!」
 大ちゃんが怒鳴った。
「な、なんだ、ずいぶんとガラの悪い。どこの村長だっていいじゃないか。君の知ったこっちゃない」
「ははあ、さては偽村長だな。どうせ村長の名を語るただのあくどい金貸しジジイなんだろう」
「う、うるさい。人聞きの悪いことを言うな。だいたい私のことを『ソンチョー、ソンチョー』と呼ぶのは周りの連中の勝手であって、私は自分からそんな風に呼ばせた覚えはないぞ。私は“ムラナガ”という名前なんだ。村長米蔵といってな。昔はヨネちゃんヨネちゃんと呼ばれていたもんだ」
「ムラナガ ヨネゾウ?」
 大ちゃんは後に立っていたドーミンの方を振り返って、
「知ってたか、ドーミン」
 と言った。
「いや、知らないよ。アナフキンは?」
「私も初耳だよ」
「するってえと、お嬢さんの名前は」
 大ちゃんが顔を向けると、
「“村長 エカテリーナ”ッス」
 娘は少し恥ずかしそうに答えた。
「奥様はさしずめマルガリータってところですかい」
「いいえ、私は“村長 真由美”ですの」
「あ、普通ですね」
「そんなことはともかく、君らはいったいなにしに来たんだね」
 村長がイラついた声で言った。
「そんなこたあ言うまでもねえ。ドーミンを取り戻しに来たのよ。ドーミンが何を言おうと俺はこいつを連れ帰るぜ」
「ほほう、そうなのかい。アナフキンも同じかね。私との契約を破ろうというのかな」
「そ、それは…」
 アナフキンは言葉を発することができない。

「俺にはそんなつもりはありません」
 ドーミンがきっぱりと言った。
「それじゃあどういうつもりかね」
 村長はドーミンをジッと見つめた。
「俺はエカテリーナさんと結婚します」
「ドーミン!」
「ドーミン早まるな!」
 アナフキンと大ちゃんは悲痛な叫び声をあげた。
「娘との結婚を許してくれと言うのかね」
 村長は満足そうに微笑んだ。
「ドーミンがそう言うなら考えてやらないこともないが」
 村長は娘の方に顔を向けて、
「そういうことだそうだが」
 と言った。
「良かったわねえ、エカテリーナ」
 母の真由美も嬉しそうだ。ところが、エカテリーナは浮かない顔をしている。
「あら、どうしたんですの?」
「私…」
「どうした」
 村長は嫌な予感をおぼえた。
「その話、お受けできないッス」
「エカテリーナ!」
 村長は思わず大きな声をあげた。
「どうしてですの!?」
 母も困惑の色を隠せない。
「私、ドーミン様が好きじゃないッス」
「なんだとお〜!」
 その言葉に大ちゃんが息巻いた。
「お前、いったい何様のつもりだあ!ドーミンの気持ちも知らねえで!」
「落ち着きなさい、大ちゃん。むしろ好都合なんだから」
 アナフキンは大ちゃんをなだめた。
「そ、そりゃまあそうだが」
「理由を言いなさい、エカテリーナ」
 村長は静かに尋ねた。
「理由と言われても、よく分からないッス」
「分からない?どうして分からないんだ」
 村長は席を立ち、ドーミンの横へ行った。ポンポンとドーミンの腹を叩きながら、
「これか、これが嫌いか。このだらしない、たるみ切った腹が嫌いなのか」
 イラついた声で言った。
「この短足が気に入らないか。それともこのニヤけた面が許せないのか!」
「わ、わからないッス」
「なぜわからん!この色が嫌なのか!ずんだ餅みたいなこの質感が不快か!」
 村長は怒鳴りながらドーミンの腹の肉をムギュウとつまんだ。
「イテテテテテ!」
「そうッス、そうッス!全てが嫌いッス!生理的に耐えられないッス!だから今すぐこの家から出ていって欲しいッス!はやく追い出して欲しいッス!」
 エカテリーナの顔は涙でグチャグチャになっていた。
「私がいったいどれほどの思いでここまでお膳立てをしてやったと思っているんだ。せっかく向こうから結婚の申し込みをさせるところまで漕ぎ付けたっていうのに。全てはお前のためにやっていることなんだぞ。贅沢を言えるような立場じゃないことぐらい分からないのか!このバカ娘が!」
「あなたもうやめて!」
 真由美も泣いていた。
「もう勝手にしろ!」
 村長はそう言うと食堂を出ていった。
「エカテリーナ…」
 ドーミンはエカテリーナを静かにながめていた。そしてエカテリーナもまた、母親に抱えられるようにしてドーミンの目の前から立ち去っていった。ドーミンがエカテリーナを見たのはこれが最後であった。

「ドーミン様」
 すぐに冥土さんがやって来て言った。
「皆さん方、今すぐこの屋敷をお出になるようにとの御主人様のおいいつけです」
「そうか」
「御案内します」
「案内されるまでもないよ」
「そんなことを言わずに案内をさせてくだされ。たまには年寄りの言うこともきくもんじゃ」
「はいはい」
 ドーミンは苦笑いをした。
「この先は屋敷の外でございます」
 正門に着くと冥土さんが言った。
「そんなことは言われなくたってわかるさ」
「このバーサンだいぶボケてんのかい、ドーミン」
 大ちゃんが少しからかうように言った。
「ボケとりゃせん!」
 そう怒鳴った冥土さんの顔はいつにも増してしわくちゃだった。
「あれ、泣いてるのか、バーサン」
 ドーミンが冥土さんの顔を覗き込んだ。
「うるさいわい」
「そうか、エカテリーナにはフラれても、バーサンには寂しがってもらえるんだな。これで少しは救われたよ」
「お嬢様のお気持ちはあの言葉のままじゃございませんよ。どうか察して差し上げてくださいませ」
「うん、よくわかってるよ。エカテリーナに『ありがとう』って伝えておいておくれよ」
「はい、きっと」
「バーサン、達者で。あんまり早く冥土に行かないようにね」
「はいはい。ドーミン様もお気をつけて。お嬢様のお気持ちに答えて、いいお嫁さんをもらってくださいよ。ただしデカ頭娘はやめときなさい」
「ん、デカ頭娘?」
 アナフキンが何かを敏感に感じ取った。
「いやいや、アナフキンは気にしなくていいから」
「それでは私はこれにて失礼します」
 意外なほどあっけなく、冥土さんは屋敷のほうへ戻っていった。
「あれ、しんみりしてた割にはあっさり行っちまったなあ」
 大ちゃんが少ししらけたように言った。
「その方が彼女にとっては楽だったんじゃないかな」
「ははあ、なるほどね、そういうことか。いやあさすが先生、勉強になるねえ」
 大ちゃんは心底感心した様子だった。
「いよいよこの屋敷ともお別れだな。さっきまでは一生ここで暮らすもんだと覚悟していたのに、わかんないもんだ」
 ドーミンは屋敷をじっくりと見回した。
「なんだかいろいろややこしかったみたいだけど、なんにしてもよかったじゃねえか。なあアナ先生」
「そうだね。私もやっと肩の荷がおりたよ。エカテリーナには本当に感謝しなきゃね」
「うん。俺、女性の見方が少し変わった気がするよ」
 ドーミンの顔には清々しさがあった。
「ところで、これからどこへ行こう」
 アナフキンが尋ねた。
「実はさ、行きたい所があるんだよ」
 ドーミンは目を輝かせた。
「ビッグ・ヘッドちゃんのところ。ねえお兄さん、案内しておくれよ」
「え、私の家に?」
「俺も行きてえな、先生」
「ビッグ・ヘッドちゃんに会いたいんだよう。ダメかい?」
 アナフキンは少し迷っていた様子だったが、ニコリと笑うと、言った。
「よし、いいだろう。行こう」
「ヤッター!」
 これといって女性の見方が変わったふうでもないドーミンであった。

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