ドーミン
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再会

「よくも騙してくれたな!」
 そこにいるのは紛れもなくアナフキンであった。
「ゴ、ゴメン。本当に悪かった」
 先日の強気の表情は見る影も無く、いつも通りの弱々しげな顔が答えた。
「ゴメンで済むかよ!ふざけんじゃねえぞ!」
「……」
「なんだチクショウ!なんなんだよほんとによお、許さねえぞ、バカにしやがって…」
「許してもらえるとは思ってないよ。でもとにかく謝ることしか私にはできない」
「今さら謝ったってよお、チクショウ!アナフキン、ひでえよ…」
「ドーミン…」
 ドーミンは不覚にも涙を流してしまった。
「本当にゴメンよ、ドーミン」
「うるせえ…」
 ドーミンは俯いたまま涙を拭おうともしなかった。

「ドーミン、とにかく今はここから逃げよう。詳しい話はそれからだ」
「逃げる?逃げるったってどうやって」
「あれさ」
 アナフキンは上方を指さした。
「よう、ドーミン」
 そこに浮かんでいたのはフーセン体の大ちゃんだった。
「大ちゃん!」
「また膨らまされちゃったよ。まあ、アナ先生の頼みとあっちゃしょうがねえ」
「すまないね大ちゃん。さあ、ドーミン、これにつかまって」
 アナフキンは、大ちゃんからぶら下げられた縄ばしごをドーミンに手渡した。
「さあ、いくぞ」
 アナフキンとドーミンは塀を越え、屋敷の外へ出た。

「さて、説明しておくれよ」
 ドーミンが言った。
「ああ、そうだね」
「プスー、プスー」
 アナフキンが話を始めようとすると、上空から妙な音が聞こえてきた。
「ちょっと待てよ、今降りてくから。俺にも説明してくれよ、先生」
 大ちゃんがガス抜きをしていた。
「ドーミン、無事だったか。大変だったな」
 地面に降りた大ちゃんは、ドーミンの肩をポンと叩いて嬉しそうに言った。
「大ちゃん。わざわざ俺を助けるために故郷から来てくれたのかい」
「まあな。お前らと別れて1週間もしないうちに先生が訪ねてきてよ、俺の助けがいるって言うもんだから」
「ふうん」
 ドーミンは意味あり気な表情で2人の顔を見た。
「はしごさえあれば塀を乗り越えるには充分だろうに。わざわざ大ちゃんに来てもらわなくたって」
「あ…」
「お…」
「2人とも、もうちょっと頭を使ったがいいよ」
 ドーミンは少し笑った。
「お、やっと笑顔が戻ったな。いやなに、俺はさ、お前を助けたかったから、このほうが良かったんだよ」
 大ちゃんが言った。
「なんだよ、しおらしいこと言うなよ、気持ち悪い」
「それにな…」
 大ちゃんはドーミンの耳元でささやいた。
「アナ先生は、お前に一人で会いに行くのが辛かったらしいぜ。いったい何があったんだ?」

「ドーミン」
 アナフキンが神妙な顔で言った。
「あのう…」
 その時、足下から声が聞こえた。
「お取り込み中でもうしわけないんですが、お約束のものを先にいただけますでしょうか」
 ウニョロニョロたちだった。
「ああ、ゴメンなさい。忘れてましたね。はいこれ」
 アナフキンは名刺ほどの紙片をウニョロニョロたちのそれぞれの口にくわえさせた。
「ファフィファフォウフォファイファフ(ありがとうございます)」
 ウニョロニョロたちはそれをくわえたまま立ち去った。
「なんだいあれ」
 大ちゃんがアナフキンに尋ねた。
「大学の学生証。聴講生のね」
「なんだってあんな蛇にそんなものやるんだい」
「彼らは学びたがっているのさ。進化の途上にあって、彼らなりに悩んでいるところだ」
「何だかわかんねえけど、世の中色々あるもんだな」
「もしかすると今に彼らは世界を支配する種族になるかも知れないよ。知能に優れたものが結局は支配者になる」
「なんだって?じょうだんじゃねえ、あんなヘンテコな蛇野郎に支配されてたまるか」
「そうだとしても何万年も先の話だろうから大ちゃんには関係ないよ」
「なんだ、そうかい。そんならどうでもいいってもんだ」

「ねえ」
 ドーミンが不服そうな声を発した。
「あ、そうだゴメン。今度こそちゃんと話さなくちゃね」
 アナフキンは静かに語り出した。
「私の父は、3年前に亡くなったんだけど、色々なところに借りがあってね。要するに借金みたいなもので、それを返さないまま死んでしまったんだ」
「お母さんは?」
 大ちゃんが訊いた。
「恥ずかしながら母はずいぶん昔に家を出て行ったきり行方がわからなくてね。父と妹と3人暮らしだったんだよ」
「妹がいるのか。可愛いのかい、先生」
「さあ、どうだろう。兄の目からはなんとも言えないな」
「大ちゃん、いちいち余計なこと言わずに黙って聞いてろよ」
 ドーミンが大ちゃんを睨みつけた。
「ああ、悪い悪い。それからどうなったんだい、先生」
「父が最も大きな借りを作っていたのが、実はこの屋敷の村長だったんだ。父の死後、すぐにあの男が現れてね、およそ考えられないほどの請求を突きつけられたよ。家も土地も奪われて、最後には妹までも連れていかれた」
「なんだって!妹まで!トンデモねえ野郎だ!先生、俺が行って取り返してやるよ!どんな顔だい?可愛いのかい、妹さんは」
 大ちゃんは息巻いた。
「いや、妹はもう取り返したんだ」
「ああ、そうなのか。そりゃよかったな。取り返した妹ってのは格別可愛いもんなんだろうな、先生。やっぱり顔も可愛いのかい?」
「大ちゃん、黙れ」
 そう言ったドーミンの形相があまりに凄まじかったので、大ちゃんは縮み上がった。
「ビッグヘッドちゃんか、アナフキン。妹だったのか」
「そうだよ、ドーミン」
「なんだ、知ってるのか、ドーミン。可愛いのか?」
 ドーミンがひと睨みすると、大ちゃんはすぐに小さくなった。
「ゴ、ゴメン。さ、話の続きをどうぞ。黙って聞いてますから」
「じゃあ、ビッグヘッドちゃんを取り返すために俺を村長に売ったっていうのは本当なんだな」
「ああ、本当だよ」
「なんだって!?そんなことをしたのか、先生!…ああ、ゴメン、どうぞ進めてください」
「妹を取り戻しに何度も屋敷に足を運んだんだけど、『見返りがなければ返すわけにはいかない』の一点張りでね。いろんなものを持って行ったよ。それでもまだ父に貸したものの半分にも足りないってね、いつまでも妹を返そうとしないんだ。このままでは妹の身はどうなるかわからない。悪い事を想像すると私は気が狂いそうだった。そして3年間通い詰めて、ついにあの男から交換条件を引き出す事が出来たんだ」
「それが村長の娘の婿を連れてくる事か」
「その通りだ。本当に申し訳なかった」
 アナフキンは帽子を脱いで頭を下げた。
「あ!」
「おお!」
 初めて見るアナフキンの全貌だった。
「先生、そんな顔をしてたんだな。授業中でも脱いだことのなかった帽子を…」
「その頭のくびれは、間違いなくビッグヘッドちゃんのお兄さんだ…」
 2人それぞれに感慨深いものがあった。
「頭をあげてくれよ、アナフキン」
 アナフキンは首を横に振った。
「頭をあげるだなんて、とんでもない」
 アナフキンはその場でうずくまると、激しく土下座をした。
「何時間だって、何日だって頭を地面にこすりつけ続けなきゃ、私なんて許されるものじゃない」
 アナフキンは涙で地面を濡らした。
「いいから頭をあげろよ。まだ訊きたい事があるんだ。それじゃ話がしにくいよ」
「いや、あげるわけにはいかない。このまま話をさせてくれ」
「いいから頭をあげろ!アナフキン!」
 ドーミンは大喝した。
「ひゃあ、怖い!あげますあげます!」
 アナフキンは頭を上げたばかりか、そのまま立ち上がって直立不動の体勢をとった。
「アハハハ、それでこそアナフキンだよ、なあ、大ちゃん」
「ああ、そうだそうだ。それでこそアナ先生ってもんだな」
「ドーミン…」
 アナフキンは泣き笑い顔になった。

「なあ、アナフキン。すると、ドーミン村へやってきたのは、やはり始めからそういう目的だったのかい?」
「ああ、そうだよ。この屋敷から一番近い村だったから。村長にそう教えられたんだ。しかし、あそこまで隔絶された世界だとは思わなかった。それに、大ちゃんと再会した時には本当に驚いたよ」
「もしかして、トリガー君もグルなのかい?あれは俺を連れ出すための芝居だったのかい?」
「なんだって!?そうなのか、先生」
 大ちゃんは血相を変えてアナフキンに顔を近寄せた。
「いや、あれは本当に偶然だよ。モモトフから水素を買って大ちゃんがフーセンになったのも、たまたまだ。あの偶然がなければ、私はいつまでもドーミン村から出られなかったかも知れない」
「そうなのか。じゃあ、最後にもうひとつだけ訊くけど、婿候補は最初から俺だったの?」
「それは…、正直言って分からない。私はすぐにドーミンと仲よくなったから、ドーミンを婿として連れ出そうという気にはなれなかった。大ちゃんももちろん教え子だし、他の誰かがいるなら別な候補を見つけるつもりだった。でも内向的な私ではなかなか出会いがなくて、結局2人以外には条件を満たす者をみつけられなかった。結局そのまま3人で村を出る事になってしまって、選択肢は3つあったわけだけど、つまり、ドーミンにするか、大ちゃんにするか、そしてどちらにもしないかだ。大ちゃんとはすぐに別れる事になったから選択肢は2つになり、そしてドーミンを騙したんだ。ほんとうにドーミンを騙したくなんてなかった。でも、こんなことを頼めるのもドーミンしかいない気がした。実際には頼んだわけじゃなくて、ただ騙しただけなんだけど、でも、気持ちとしてはドーミンに必死にお願いしているつもりだったと思う。すごく勝手だな。答えになってないかも知れないけど、そんな感じだった」
 ドーミンは、しばらく口を開かなかった。一瞬ニコリとしてアナフキンの目を見つめると、言った。
「ビッグヘッドちゃんが戻ってよかったね。役に立てて嬉しいよ、アナフキン」
「ドーミン、すまなかった。本当にありがとう」
 アナフキンの目から再び涙が溢れた。
「俺、そろそろ行くよ」
 ドーミンが言った。
「行くってどこに?」
 大ちゃんが訊いた。
「屋敷に戻ってお婿さんになってくるよ」
「何を言ってるんだドーミン!」
 アナフキンは驚いて叫んだ。
「もしかして、村長の娘って可愛いのか?!」
 大ちゃんは目を輝かした。
「まさかドーミン、あの娘を?!」
 アナフキンが訊いた。
「ふざけるな!その勘違いだけは絶対に許さん!」
 ドーミンは目を剥いた。
「じゃあ、どうしてだい。せっかく俺がまたフーセンになってまで助けてやったってのによ」
 大ちゃんは少し不満顔になった。
「どういうことだい?」
 アナフキンが尋ねた。
「村長が悪い奴なのかどうかよくわからないけど、ちゃんと約束通り、俺と交換にビッグヘッドちゃんを返してくれただろ。ここでアナフキンが俺を逃がしたら、筋が通らなくなるよ。アナフキンは約束を破った悪い男って事になる」
「それはそうだけど。しかし、ドーミンの気持ちはどうなる。私はドーミンを騙して連れてきたんだ。ドーミン自身が納得していないじゃないか」
「確かにそうだった。さっきまではね。でも、もう納得したよ。ビッグヘッドちゃんを助けるためなら喜んで力になるさ」
「もう妹は助けたんだから、いいんじゃねえのか?いやいや結婚する事はねえやな。逃げちゃえよ」
 大ちゃんが言った。
「それじゃあアナフキンは俺だけじゃなく村長も騙した事になる。それに俺自身も詐欺に加担したみたいで嫌なんだよ。だから、戻る」
「ふうん。ほんとにそれでいいのか?」
「いいよ」
「お前、なんか偉くなったなあ」
「そうかい?」
「ドーミン…」
 今アナフキンの目の前にいるのは、姿形こそ同じだが以前とは全く異なるドーミンなのだ、とアナフキンは思った。
「ほんじゃあさ、アナ先生。俺達も一緒について行こうぜ」
 大ちゃんが言った。
「ああ、そうだね。村長になんとか話してみよう。誠意を持ってね」
「話の通じねえ野郎なら、俺が締めてやるさ」
 3人は屋敷の正門へと向かった。

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