ドーミン
ホーム      INDEXへ 次へ
ドーミン、己を知る

「父ちゃんも昔は筋肉質だったんだ…」
 ドーミンが一枚の写真を眺めながらしみじみと言った。ドーミンが生まれた年に家族で撮った大切な写真だ。村の名士であるムッシュさんの写真館で撮ってもらった。この頃のドーミンパパは引き締まった体をしていたし、ドーミンママも若くて綺麗だった。

「こんなに締まった体をしていたなんて…」
 ドーミンは大きなショックを受けていた。ドーミンはこの写真の中の父親の年齢よりも今はずっと若いが、体つきは現在のドーミンパパと瓜二つだ。実は今の今まで、この体つきは自分たち種族の生物学的特性だと思い込んでいたのだ。自分は生まれて此の方、筋肉質だったためしが無い。ドーミンが物心着いた頃には、ドーミンパパもドーミンママも自分と同じような贅肉質の体になっていたから、なんの疑問も持たずにそう信じて来たのだ。

 ドーミンの表情は明らかに沈んでいた。その様子に気がついたのか、ドーミンパパが近づいて行って、ドーミンの肩をポンと叩いた。
「どうした、ドーミン」
「父ちゃん…」
 ドーミンはドーミンパパのやさしい笑顔を見ると、どうしてか目が潤んだ。
「父ちゃん…、オレ…」
「ドーミン…」
 ドーミンパパはドーミンの言葉を遮ると、静かに言った。

「どうしてお前はこの『ドーミンパパ』をつかまえて『父ちゃん』などと呼ぶか」

 ドーミンの表情が変わった。
「ケッ!いまどき『パパ』なんて呼んでられるかい、みっともない」
 ドーミンは嫌悪感もあらわに強く言い放った。
「しかし『ドーミンパパ』は私の本名だぞ」
 ドーミンパパの態度はあくまでも冷静だ。
「父親のことを本名なんかで呼んだら、それこそどうかしてるじゃないか。少しは考えろよ、父ちゃん」
「それもそうか、ははは」
 ドーミンパパは弾けるように笑った。
「はははは」
 それを見たドーミンもつられて笑った。ついさっきまでの沈んだ気持ちはもうどこかへ消え去っていた。その様子を見たドーミンパパは心の中で大きく頷いていた。

(まったく、しょうのねえオヤジだぜ)
 ドーミンは、まだ自分の父親の度量を知らない。

「あら、二人で楽しそうね」
 ドーミンママが買い物から帰ってきた。
「懐かしい写真が出てきてね」
 ドーミンパパはその写真をドーミンママに渡した。
「ほら、ママはこんなに綺麗だったんだぞ」
「あらいやだ」
 ドーミンママは少し赤くなった。
「ホント、ママも昔は綺麗だったね」
「まあ、“昔は”だなんて、ドーミンひどいわ」
 ドーミンママが少し悲しそうな顔をした。すると、ドーミンパパが突然大きな声を出した。
「こら、ドーミン!」
 さっきとは違って、今度はとても怖い顔をしている。その父親の調子にドーミンも思わず首をすくめた。

「どうしてママのことは『ママ』と呼ぶのか。パパは『父ちゃん』なのに」

「そっちの話かよ!」
 ドーミンがツッコんだ。
「あははは」
「おほほほ」
「はははは」
 ドーミンママの悲しそうだった顔も、もう明るくなった。その様子を見たドーミンパパは心の中で大きく頷いていた。

(ありがとう、パパ)
 ドーミンママは、自分の夫の度量を知っている。

 ドーミンは体を鍛えることにした。
「こんな体では彼女もできない」
 目指す体はもちろん昔のドーミンパパである。
「あんなヒゲオヤジに負けてたまるか」
 ドーミンは必死に努力を重ねた。

 ある日、ドーミンママがドーミンの筋トレを目撃した。

「あらドーミン、何をやっているの?」
 ドーミンママの表情には明らかな戸惑いの色が見えた。
「あ、いや、ちょっと…」
「ちょっと、なんなの?」
「いや、だから、その、体を…」
 ドーミンとしては、こっそり体を鍛えていることがなんとなく照れ臭かった。
「体を鍛えているの?」
「うん」
「まあ!大変!」
 ドーミンママは慌ててドーミンの部屋を飛び出して行った。

「こら、ドーミン!」
 すぐにドーミンパパがやって来た。ドーミンママはその後ろに隠れるように、不安げな顔をして立っている。その様子を見て、ドーミンも不安になった。
「ダメじゃないか、体を絞り込んだりしちゃ」
 ドーミンパパが優しく、そして強く言った。
「えっ?」
 ドーミンにはなぜ自分が叱られているのか、理解できなかった。
「どうも最近お前が痩せてきているような気がしていたが、そういうことだったのか」
「どうしていけないのさ」
 もしかしたら、このヒゲオヤジは息子が良い体になることを妬いているのではないか、とドーミンは思った。
「羽化前の大切な体じゃないか」
「ウカ??」
「そうよ、ドーミン、羽化前の大切な体よ」
 ドーミンママが優しく言った。
「体脂肪が減ると、メタモルフォーゼに支障が出る」
「メタモル…??」
「そうよ、ドーミン、メタモルフェーゼに支障が出るわ」
 ドーミンママが優しく言った。
「フォーゼだよ、ママ。メタモルフェーゼじゃない」
「え?そうなの?知らなかったわ。ずっとメタモルフェーゼだと思ってたわ。思い込みってあるものよね。へエーッ、そうなの、メタモルフォーゼねえ」
「そうそう、そういうのってあるよね。パパもイギリスのマチルダ戦車のことをずっとマルチダ戦車だと思い込んでたよ。気付いた時にはショックだったなあ。それから一反木綿。ずっとイッタンモンメだと思ってたんだ。イッタンモメンだとはなあ」
「あたし、あのクラリネットの歌の歌詞、パッキュマラードだと思ってたんだけど、どうやら違うらしいのよね」
「あれはパッキャマラードだろう」
「あら、パッキャラマードじゃなかったかしら」
「いや、パッキュラマードだったかな」
「そうかしら、パッキョ…」
「ねえ!」
 ドーミンが口をはさんだ。
「そんなことより、ウカとかメタモルなんとかとかって話はどうなったのさ」
「おお、そうだそうだ」
「まったく…」
 ドーミンは少し呆れ顔だ。
「羽化する前に体脂肪が減ると、綺麗な羽根ができなくなる」
「そうよ、ドーミン、綺麗な羽根ができなくなるわ」
 ドーミンママが優しく言った。
「羽根って?」
「羽根だよ、妖精の羽根」
「そうよ、ドーミン、妖精の羽根よ」
 ドーミンママが優しく言った。
「ママ、いちいち繰り返さなくていい」
「あら、そう。フーンだ」
 ドーミンママには少し子供っぽいところがある。

「妖精?」
 ドーミンは不思議な顔をした。
「そう、羽根が生えなかったら妖精としては困るだろう」
「え?」
「なんだ」
「僕、妖精なの?」
「そうだよ、当たり前じゃないか」
「父ちゃんも妖精?」
「もちろん」
「その腹とヒゲで?」
「ああ」
「ママも?」
 ドーミンはドーミンママに顔を向けた。
「……」
「ママも妖精なの?そのかっぽう着で?」
「……」
 ドーミンママは黙っている。
「ママ、どうして答えないんだ」
 ドーミンパパが少し苛立った様子で言った。
「あら、しゃべってもいいのかしら。また怒られるかと思ったわ」
 ドーミンママはちょっと感情的だ。
「もちろんママも妖精よ。ドーミン、自分が妖精だってこと、知らなかったの?」
「知らない」
「言ってなかったかな」
 ドーミンパパは説明を始めた。
「我々ドーミン族は、適齢期になると脱皮をして羽化をする」
「脱皮?」
「そう。男も女もそれまでの贅肉質から引き締まった美しい体になる」
「羽根っていうのは、どんな?」
「チョウチョのような羽根だ」
「なんか見た事ある」
「そう、人間の傍らに蝶の羽根をもった小さな妖精が戯れている写真を見た事があるだろう。あれが私たちだ」
「ウソ〜」
「本当だ」
「だって、あの妖精はもっと可愛らしい女の子みたいだったよ」
「古い写真だからそう見えるだけで、よくよく見れば我々と同じ姿なんだよ」
 ドーミンはこのヒゲオヤジに対する不信感をますます深めるのだった。
「父ちゃんもああやって飛び廻ったの?」
「もちろん」
「飛び廻って、伴侶を見つけるのよ」
 ドーミンママが笑顔で言った。もう機嫌は直ったようだ。
「そしてパパとママは出会ったのさ」
「ふうん、それからどうなるの?」
「新しい土地を求めて二人で旅立つのさ。そして、二人の愛の巣が見つかったら羽根を落とす」

「なんだよ、アリかよ!羽アリじゃねえかよ!」

 自分の未来はあまりみっとも良いものではないことを知ってがっかりしたドーミンだったが、取りあえず筋トレを続けなくてもよくなったことにはホッとしていた。

ホーム      INDEXへ 次へ