ドーミン
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思わぬ再会

「あったかタヌキを冷やす〜」
 ドーミンはひとり歌を口ずさみながらのんびり歩いていた。
「ああ、もうどうでもよくなっちゃったなあ」
 ドーミンパパやドーミンママのことなら、きっと先に行った大ちゃんとアナフキンがなんとかしてくれるに違いない。そう思うと、これ以上歩くのが面倒くさくなった。
「洗って〜洗って〜洗ってパンティ〜」
 ドーミンは道端に腰掛けると、また歌を唄い始めた。
「おいコラ」
 すると、どこかで聞いた覚えのある声が頭上から響いた。
「なにを下品な歌を唄っとるか」
 見上げると、ご先祖様がプカプカと浮かんでいた。
「あ、老けガキ。なにが下品なもんか。これは歴とした人気アニメ『パンティ・パンティ』の主題歌だぞ。不幸な生い立ちのソバカスだらけの女の子が、辛い過去にもめげず元気に明るく生きる物語だ」
「おまえはおそらく聞き間違いをしておるぞ。耳鼻科へ行け。見間違いもしてるだろうから、眼科にも行け」
「ヘン! 俺は保険に入ってないから、医者にはかからないよ」
「そうか、それもよかろう。おまえのようなクソガキは、なにかあった時にはとっとと死んでしまうのも悪くはないかも知れん」
「ぬわんだと〜!」
 ドーミンは顔を真っ赤にしたが、地肌が緑なので実際にはなんとも汚いどす黒い色になった。
「まあまあ、そんなことよりも、だ」
「なんか用か、いかがわしい赤ん坊オヤジ」
「こりゃまた酷い言われようだな。しかし、子供の戯言だと思って見逃してやろう。こう見えてもワシは大人じゃからな。で、おまえの親父たちのことなんだがな」
「あ、どうした、なんか知ってんのか」
「ああ、知ってるとも」
「わざわざそれを教えに来てくれたのかい」
「もちろんだとも。こう見えてもワシは大人なので」
「そう言われると、確かに立派な大人の顔に見えてきた」
「ホントか! そんなことを言われるのは初めてじゃ」
「ウソだよ」
「ぬわにい〜!」
 色白のご先祖様は、はっきりそれと分かるように顔を真っ赤にした。
「そんなことはともかく、早く話を続けろよ」
「やっぱりやめた。気分が悪い」
「なんだよ、大人の対応じゃないなあ。俺みたいなガキンチョの言うことなんて水に流して、早く話せよ」
「ううむ、どこまでもクソ憎たらしいクソガキじゃ。おまえを便所の水で流してやりたい」
「水で流すんじゃなくて、水に流すんだよ」
「うるさいわい」
 さしものご先祖様もドーミンには敵わない様子である。
「で、なにを教えてくれるんだい」
「いろいろと、細かく教えてやろうと思ったが、気を悪くしたからヒントだけにしておこう」
「なんだい、もったいぶりやがって」
「おまえさん、これから先に進むのをやめようかと考えてるじゃろ」
 ドーミンは驚いた。
「あ、なんでわかったんだ?」
「ワシにわからないことはない。…こともないが、そのぐらいはわかることもある」
「なんだか、凄いんだか凄くないんだか」
「とにかく、おまえは先に進まなきゃならん。そして、皆を助けなきゃならん」
「ああ、その話なら大丈夫だよ。先に行った大ちゃんとアナフキンが、オヤジたちをなんとかしてくれるさ」
「わかっとらんようだな」
 ご先祖様は神妙な顔になった。
「その大ちゃんとアナフキンも、おまえの助けを必要としておるのじゃ」
「え、なんだって!? いったいどういうことだい」
「それはおまえ自身の目で確かめることじゃ。実際に見てのお楽しみ…じゃなかった、見て驚かないように気を付けるんじゃぞ。それから、ヤツにも気を付けろ。さもないと、おまえさんも同じ目に遭うからの。フォッフォッフォ!」
 ご先祖様は高らかな笑い声を残して、ジェット風船のようにクルクルと飛び去っていった。
「ちぇっ、なんだい、結局行かなきゃなんないのかよ。めんどくせえなあ」
 この時のドーミンには、まだ事の重大さがわかっていなかった。

「こんちわー、ガッガガー、まいどありー、ガガガガー」
 ドーミンはまた一人、歌を唄いながら村長屋敷への道を歩いた。
「ん? ありゃあ、なんだ?」
 村長の屋敷も間近になったあたりで、前方の道の真ん中に大きな人影のようなものが立っているのが見えた。
「人かなあ。でも、人にしちゃおかしいぞ」
 そのシルエットは人というよりダルマのように見える。
「ははーん、さては大ちゃんだな。なるほど、あいつ妖怪だもんな。人にしちゃおかしいと思ったわけだ、ははは」
 ドーミンは自分のことは棚に上げて、大いに笑った。
「それにしても意外と早く追いついたなあ」
 喜んだドーミンは、自然と早足になった。
「おーい、大ちゃーん!」
 大声で呼んでみたが、まだ遠いせいか大ちゃんには聴こえていないらしい。ドーミンはさらに足を早めた。
「おーい! 大ちゃ……」
 叫びかけて、ドーミンは思わず息を飲んだ。
「ゲッ、な、なんてこったい」
 ドーミンはその時、ご先祖様の言葉の意味を初めて理解した。
「あの赤ん坊オヤジが言ってたのは、このことだったのか」
 ドーミンの目の前には、石像のように固まって動かなくなった大ちゃんの姿があった。
「あ、あれはアナフキン! それにオヤジに母ちゃん、あの小っちゃこいのはムッシュさんじゃないか!」
 さらにその先に立ち並ぶ、石化した友人や家族の元へ駆け寄ると、ドーミンは一人一人に声を掛けた。
「おい、いったいどうしちゃったんだよ、聞こえないのかい? これはなにかのいたずらだろ? 石になったフリをしてるだけだよな? もしかして、ドッキリカメラじゃないのか?」
 ドーミンは皆の脇の下をくすぐってみたり、ドーミンパパのヒゲを抜いてみようとしたが、それは紛れもない石そのものでしかなかった。
「おいおい、手の込んだいたずらだな。よくまあ、こんなよく似せた石像を作ったもんだ。さては財力には事欠かないクソ村長の仕業だな。カメラはどこにあるんだい?」
 ドーミンは周りを見回してみたが、それらしいものを見つけることはできなかった。
「なあ、いいかげん冗談はやめてくれよお。なんだか、目が良く見えなくなってきたよお」
 ドーミンの目が涙にかすんだ。これがいたずらではないということを、ドーミンはとっくにわかっていたのだ。

「クッソー! オインゴボインゴバンバンビンゴロ! どこにいやがる!」
 なんとなくそんなような名前だったという記憶をもとに、それなりに叫んでみた。なんにしても、そんなような名前の怪物が犯人であることに間違いはない。
「おい! オインゴ君! どこにいやがるんだ! 出てくるな!」
 つい本音が出た。怪物の目を見れば、みんなと同じように石にされてしまうことがわかっているから、憎いけれど出て来て欲しくはない。
「だーれがオインゴ君じゃあ!!」
 だが、そいつはたちまちヌーッと出た。横の草むらに潜んでいたものらしい。
「うわ、やべっ!」
 ドーミンはあわてて目を伏せた。かろうじて怪物と目を合わせることは避けられた。カギ爪のある三本指の大きな足が見える。
「おい、兄ちゃん、今、誰のことを呼んでけつかったんかのう」
「うわっ! ガラ悪い!」
「なんじゃと、コラ! ワシの質問に答えたらんかい、シャアーッ!」
「あ、はいはい。質問というか、詰問でございますね。えーと、その、どなたのことって、そりゃあ伝説の美男子怪獣オインゴさんのことでございますが」
「どぅわれぐぁオインゴじゃあーッ!! ワシゃあオンゴ君で通っとるんやでーッ!!」
 ドコドコドコッ! と、凄まじい地響きを立てながらオンゴ君が突進してきた。
「うぎゃーっ!!」
 オンゴ君の激しい体当たりをくらって、ドーミンは上空へと舞い上がった。さしものぜい肉妖怪ドーミンも、オンゴ君の巨体にかかってはひとたまりもない。いわば丸々と太った豚が巨大なサイにはじき飛ばされたようなものだ。
「あれ〜〜〜〜〜っ!」
 お定まりの叫び声をあげながら、ドーミンは遥か遠くへ飛んでいった。
「うわあ〜〜〜っ!」
 どこをどう飛んだのかドーミンにはわからない。なぜなら、万が一でもオンゴ君の目を見てしまったらお終いだ、と、ドーミンはずっと目をつぶったままだったからだ。
「ボヨン!」
 比較的ソフトな衝撃音をたててドーミンは着地した。着地といっても、もちろんスックと立ったわけではない。むしろその逆で、ドーミンは頭を下に倒立の体勢をとっていた。
「おい、大丈夫か、しっかりしろ!」
 ドーミンは誰かの呼びかける声で目を覚ました。
「あっ、もう夜か」
 目の前に広がるのは、闇の世界だった。
「ずいぶん長いこと気を失っていたんだなあ」
 オンゴ君に体当たりされたのは、まだ日も高い時間だったから、少なくとも7,8時間は経っているはずだ。
「おや、その声はドーミンさんじゃございませんか」
 闇の中の誰かが言った。
「なんだ、あんた誰だ!?」
「こりゃ毎度どうも。あっしは行商人のモモトフでございますよ」
「モモトフだって? なんだってこんなところにいるんだい? って、そもそもここはどこだい? なんとなく臭い気がするんだけどな。真っ暗だからわかんないや」
「ここは、村長屋敷の離れ厠、平等院放尿堂でございますよ。それも便壺の中です」
「ベンツ?」
「そんないいもんじゃありません。ベンツじゃなくて、べ・ん・つ・ぼ」
「ええ〜っ、なんだってモモトフはそんなとこにいるんだよ。あ、もしかして、モモトフの家なの?」
「馬鹿言っちゃいけません。いくらドーミンさんでも、ひっぱたきますよ」
「あ、違ったんだ。それは失礼」
 モモトフはこれまでの経緯を話した。
「ははーん、それで一人こんなところに取り残されちゃったわけね。相変わらずだなあ、オヤジもムッシュさんも」
「で、皆さんにはお会いになりませんでしたか」
「ああ、会ったよ。会ったというか…」
 ドーミンは言葉を詰まらせた。
「どうされたんです?」
 ドーミンは外で見てきたことをモモトフに伝えた。
「なるほど、オンゴ君が現れたんですか。それでドーミンさんは飛ばされてその汲み取り口にはまり込んだってわけだ。ようやく事態が理解出来ました」
「えっ! はまり込んだだって?」
 ドーミンは自分の体が逆さになっていることに初めて気付いた。
「なんと、今まで気付いてなかったんですか。こりゃあ、とんだ豪傑というのか…」
「うるさい。とにかく、まずはここから出る方法を考えなくちゃ」
「考えるまでもありません。しばらくこのままでいれば、ドーミンさんは痩せて落ちてきますから」
「えー、やだよう、そんなの。お腹空いちゃうよう」
「駄々をこねるんじゃありません。おそらく、夜になるまでには抜けられるでしょう」
「え? まだ夜じゃないの? だって真っ暗じゃん」
「ドーミンさんが汲み取り口を塞いだから、真っ暗になったんです」
「ああ、そうなんだ。てっきり夜まで気絶してたのかと思ったよ。あははは」
「気絶してたのはほんのわずかの間です。私が起こしてあげましたからね」
「グゥ…」
「あれ? ドーミンさん、もしもし」
「グゥ…」
「なんだ、寝ちまったのか。まったく緊張感のない…。ま、しばらくこのまま落ちてくるのを待つとしようか」
 モモトフは横になり、静かに目を閉じた。

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