ドーミン
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謎の飛行物体

 ここは気球のカゴの中。
「美しい眺めだねえ、ママ」
「そうね、あなた。ドーミン谷を空の上から眺める事ができるなんて夢のようだわ」
 ドーミンパパとドーミンママは自然と手を繋いでいた。
「仲の良いことだな、私の目の前で手を繋ぎおって。それにしても、カゴの中とバルーンの下側と空以外な〜んにも見えないんだが、何とかならんかな、モモトフさん」
 チンチクリンのムッシュさんは頭の先しかカゴの上に出ない。
「カゴの編み目から少し見えますよ」
「む〜、ほとんど見えんなあ。なんか踏み台はないかね」
「そりゃあいけません。子供が踏み台に乗って手すりから顔を出すと、頭が重くて落っこちちゃう事故が少なくありません。ムッシュさんの場合、確実に落っこちますから」
「む〜。じゃあさ、次に乗る時までにカゴの横っちょに穴開けといてよ。のぞき窓。子供たちが乗った時にも必要だよ。商売にはそういう細かい配慮が欠かせないのだよ」
「さすがはムッシュさん。勉強になります」
 商売に関しては抜け目のないモモトフも、ムッシュさんから学ぶことはまだまだ多い。

「ねえママ、一つ疑問なんだがね」
 ドーミンパパが言った。
「あら、なにかしら」
「ふたりともこんな格好をしているけど、どうしてドーミンの結婚を認める前提になってるんだ?」
「あら、そういえばそうね。認めたわけでもなかったのに。おめかししちゃったわ」
「そもそも、ドーミンの結婚については認めるのかな、認めないのかな」
「どうなのかしら、私は相手次第だと思うわ」
「しかし、まだ相手のことは知らないぞ。とりあえず裸で行くべきか」
「あなたはそれでもいいけど、私はかっぽう着を持ってきてないわ」
「ママも裸じゃダメか」
「ばかじゃないの!ダメに決まってるじゃないの!」
「ばかじゃないつもりだが。そうか、ダメか」
「なにが、ばかじゃないつもりよ。女心の分からないあんたは大バカタレよ!」
「なんだと!大バカタレだあ!?このクソバカタレ女があ!」
「なんですって!」
「まあまあまあ、お二人さん、落ち着いて落ち着いて。毎度毎度ほんとに周りの迷惑を考えなさいよ。とりあえずドーミンパパが裸で行ったらいい。ママは相手の様子を聞いてからどうしたものか判断したらどうかね」
 ムッシュさんのとりなしでひとまず喧嘩は収まった。ドーミンパパは裸に戻って、得体のしれない村長との対面に備えた。

「山の上が近づいてきたね。どの辺に着陸するんだい」
 ドーミンパパがモモトフに尋ねた。
「向こうの方に小さく見えるのが村長さんのお屋敷でさ。まだよく見えませんがね、近づいてきたらその大きさにビックリなさると思いますよ」
「へえ、そんなにでかいのか。相当な資産家なのかな」
「へい、そのとおりでして。ドーミン様もなかなか抜け目がない。いい暮らしができますよ」
「あらやだ、あの子、逆玉を狙っていたのかしら。そんな打算的な人間に育てた覚えはないわ」
 ドーミンママは少なからずショックを受けているようだ。
「ドーミンは人間じゃないよ、ママ。妖怪だよ」
「妖怪?あら、妖精じゃなかったかしら。じゃあ私達もそうだって言うの?わたし嫌よ、妖怪なんて」
「妖精だろうが妖怪だろうが似たようなもんだよ。要するに“物の怪”の類いだ」
「腿の毛?」
「“もものけ”じゃないよ、“もののけ”だ。そこは間違っちゃいけない。嫌だろう、“もののけ姫”が“もものけ姫”だったら。『わらわは腿の毛姫じゃ』なんて言って、太ももに毛をモッサーと生やした姫が出てきてさ。それじゃ映画もヒットしないってもんだ」
「あら、なんだかそれも楽しそうだわ。私なら見に行くかも」
「行かぬがよい。あがめよ」
「ん?なんか言ったか」
 ドーミンパパはムッシュさんに顔を向けた。
「いや、なにも」
「言っただろ、偉そうに。偉そうなのはお前しか考えられねえ」
「言っとらん」
「ひかえよ」
「あ、また偉そうに。こりゃ!チンチクリン!」
「私じゃない!この腐れブタが!」
「なんだとお!」
「しずまるがよい。ひかえよ」
「あ、まただ」
「少し遠くの方から聞こえたわ」
「あ、あれですよ。変なもんが浮かんでます」
 モモトフが指さす方向に、得体のしれない赤色の物体がポッカリ浮かんでいた。
「ドビューン!!」
 それが突然目にも留まらぬ速さで気球のすぐ脇をかすめ飛んで行った。
「うわー!なんだなんだ、UFOだ、UFOだ!」
 ドーミンパパは腰を抜かした。
「驚かぬがよい。あがめよ」
 反対側へ移動した物体はまた動かなくなった。プカプカ浮かんでいる。
「なんかソファーのように見えますね。誰か座っているような」
 モモトフがムッシュさんにむかって言った。
「私に言われてもわかんないよ。見えないんだから」
「ああ、そうでした」
「あ、ゆっくり近づいてくるわ」
「赤ん坊だぞ!」
 その飛行物体の正体は赤いソファーに腰掛けた赤ん坊であった。
「今からそちらへ行く。驚かぬがよい」
 赤ん坊はそう言うと、一瞬にしてその姿を消した。
「わああ!」
 腰砕けで横たわっていたドーミンパパの上に突然赤ん坊が現れた。
「なんだお前!驚くじゃねえか!」
「驚かぬがよいと言ったはずじゃ。ワシはご先祖様なるぞ。あがめよ」
 赤ん坊はふんぞり返った。
「ご先祖様がお見えだぞ、おい」
 ドーミンパパがムッシュさんに言った。
「なんだ、私は知らんぞ、こんなひねた赤ん坊」
「だって、同じ1.5頭身じゃないか。そのくせ偉そうだし。あんたの先祖以外考えられないだろう」
「そんなこと言ったって、こんな先祖がいるって話は聞いた事がない」
 ムッシュさんはご先祖様にやさしい笑顔を向けた。
「ねえボクちゃん、いったい誰のご先祖様でちゅか」
「訊かぬがよい。それに赤ん坊だからといって赤ちゃん言葉で話さずともよい。あがめよ」
「なんだよこいつ、さっきから『あがめよ、あがめよ』って。だんだん腹が立ってきたぞ。だいたい誰の先祖かもわからないのに、なんであがめなきゃなんないんだ、コラ」
 ドーミンパパはご先祖様を小突いた。
「イタッ!なにをするか無礼者!」
「こらこら暴力はやめなさいよ、相手は赤ん坊なんだし。ムギュ」
 今度はムッシュさんがご先祖様の腕をつねった。
「アイテテテ!やめぬかコラ!」
「窮屈だわねえ。こんなところに無理矢理入り込んできて。非常識だわ」
 ドーミンママはご先祖様を睨みつけた。
「こ、こらえよ」
 ご先祖様の表情に余裕がなくなってきた。
「なんですって?もう一度言ってご覧なさいな」
「いえ、いいです。これで失礼しますから」
 そう言ってご先祖様は姿を消すと、浮かんでいるソファーの上に再び現れた。
「この、無礼者どもが!あがめよ」

「お、逃げたと思ったらまた強気になったぞ」
「人が親切で忠告してやっておるのに、なんだその態度は。けしからん」
「忠告?なんか忠告されてたっけ」
 ドーミンパパは皆を見回したが、誰もが首をかしげるばかりだった。
「たわけもの!行かぬがよいと申したであろうが」
「そうだっけ?」
「ああ、最初にそう言った気がするわ。もものけ姫の話をしていた時に」
「思い出した思い出した。しかし、そんな忠告されなくたって『もものけ姫』なんて映画はないんだからね。行きたくたって行きようがないってもんだ」
「馬鹿者!誰が映画の話をしておるか。結婚式のことじゃ、結婚式の」
「おや、どうしてそれを」
 ムッシュさんが感心したように言った。
「ワシは先祖じゃからの。よーけわかっとるのじゃき」
「あれ、あんた四国のほうの出身?」
「おいどん、四国の出ではありもさん。生粋の木曾っ子だす。蜂の子うまいぞなもし!」
 ドーミンパパはムッシュさんの袖を引いた。
「おいおい、こいつ壊れてるよ。相手にしない方がいいんじゃないか」
「確かに危ない気もするが、結婚式のことを知っているからにはもう少し話を聞いてみた方がいい」
「これこれ、なにをごちゃごちゃやっておるか。ちゃんと話を聞くがよい」
「しょうがねえなあ…。はいはい、かしこまってござりまする」
「よき態度じゃ」
「どうして結婚式に行っちゃいけないのかしら」
 ドーミンママが尋ねた。
「おぬしらは騙されておる。村長と申す者、とんでもない極悪人じゃ。今屋敷を訪ねたところで、ドーミンはもはやいないぞよ。そんなところへのこのこやって来れば、それこそピエールの思う壷じゃ」
「ピエール?誰だそれ」
 ドーミンパパが言った。
「ピエールとは村長の本当の名前である。のう、モモトフよ」
「へい、よくご存知で」
「ピエールって、まさか…」
 ドーミンママの顔つきが変わった。
「あなた、行きましょう。こんな得体のしれない赤ん坊の言うことを聞くことはないわ。たとえ騙されたとしてもドーミンを放ってはいられないもの」
「うん、そりゃまあそうだ。ご先祖様、ありがとね。わかりましたからどっか行っちゃって下さい」
「そうかそうか、わかったならよい。幸あれ!」
 ご先祖様はピカッとひと光りすると遠くへ飛び去っていった。
「ありゃあなんだろうね。事情通のモモトフさん、なんか知らんかね」
 ムッシュさんが訊いた。
「さあ、私も初めて会いましたから、何者なのやらさっぱり」
 さすがのモモトフにもご先祖様の正体はわからない。
「外の世界は神秘に満ちているんだよ、ママ」
 ドーミンパパが言った。
「そうね、驚くことが待っていそうだわ」
 ようやく近づいてきた村長の屋敷を眺めながら、ドーミンママは小さく呟いた。
「ピエール…」

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