ドーミン
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救出へ

「お前のふざけた父ちゃんたちが大変なことになっておるぞ」
 ご先祖様にそう聞かされたドーミンたちは、ビッグヘッドとの再会を目の前にしながら、泣く泣く村長の屋敷へ引き返すことにした。
「ああ、ビッグヘッドちゃん、僕らはまたしても引き離されるのか」
 ドーミンの嘆きは激しい。
「オイ、ご先祖様」
 大ちゃんが脅すような顔付きで言った。
「オイとはなんじゃ、オイとは。『オイ、ご先祖様』とは矛盾した言い方じゃぞ、コラ」
 ご先祖様はムッとして答えた。
「おお、そうか。ほんじゃ、言い直し。オイ、先祖!」
「ムムッ、どうせそう来ると思ったぞ、この、ハゲバルーンが」
「なんだと!俺だってさっきまではハゲじゃなかったんだ!これには色々と事情があるんだよ、こん畜生!」
「まあまあ」
 二人の様子を見ていたドーミンもさすがに呆れた様子で声をかけた。
「大ちゃんは毛を抜く前もほとんどハゲみたいなもんだったし、そういうご先祖様だって、限りなくハゲに近いよ」
「うむむ…」
 二人はその的確な指摘に言葉を失った。
「そんなにハゲが気になるんだったら、あれはどうだい?ちょうどいいところにあんな広告があるよ」
 そう言ってアナフキンが指さした先には、大きな看板があった。
「なになに?ライブ21、脱毛の悩みに783−714、ナヤミナイヨ?」
「ハゲの悩みを解決してくれるらしいよ」
 大ちゃんとご先祖様は何も言わずにその看板の側へ近づいて行った。ドーミンとアナフキンも慌ててその後を追った。
「まだ何か書いてあるね。なになに…」
 ドーミンがその文言を声に出して読んだ。
「『脱毛の悩みを脱毛の喜びに!』だって?なんだこりゃ、『発毛の喜び』じゃないのかな」
「要するに精神論なんだな。悩みだったハゲが喜びに変わるっていうんだから、これは凄い精神鍛練だぞ!火もまた涼し、ってことだよ」
 アナフキンが感動を顔に表して言った。
「凄くても嬉しくねえな」
「全く嬉しくないのぉ」
 だが、大ちゃんもご先祖様も浮かない顔をしている。
「なに言ってんだい、それが嬉しくなるんだってば!」
 ドーミンが大ちゃんの背中をドンと叩いた。
「いいからやってみろよ」
「いや、いい。俺は遠慮する」
「ワシも結構だ」
 大ちゃんもご先祖様も全く気乗りしていない。
「なんだよ、せっかくのチャンスなのに」
「なにがチャンスなもんか。本人がハゲで喜んでたって、それを見てる周りの連中は『ハゲて喜んでやがる』ってバカにするのがオチじゃねえか。そんな間抜けな話があるか」
「バカだなあ、大ちゃん。みんなにバカにされてたって本人は喜んでられるんだぜ。こんな凄いことはないじゃないか」
「だから、凄くても嬉しくねえって。それこそ空気の読めねえバカじゃねえか。そんなことより早く行こうぜ。お前のふざけた父ちゃんたちが大変なんだぜ、それどころじゃねえだろうよ」
 その言葉を聞いて、ドーミンは目を見開いた。
「あ、そうだった!俺のふざけた親父たちが大変なんだった!」
 自分の家族に“ふざけた”という形容詞を被せられることに、ドーミンは特に異論を持たない様子である。一行はそそくさと歩き始めた。

「おい、先祖!」
 突然、大きな声で大ちゃんが叫んだ。
「なんだってお前はそうやってプカプカついて来やがるんだ」
「うるさいわい。そんなのは、ワシの勝手じゃ」
「ねえねえ、ご先祖様、ついてくるからには何かの役に立つんだよね」
 ドーミンが含みのある笑顔で言った。
「何をたわけたことを。野次馬でついて来ただけじゃ、ふん!」
 ご先祖様はなぜか偉そうにのけぞった。
「どうしてそこでそうやって偉そうに出来るかなあ。皆が身内の救出に向かおうってのに、ただの野次馬でついて来てるなんて、恥ずかしくもなくよく言えたもんだと思うよ。うちのふざけたヒゲオヤジでもそんなことはさすがに言わないよなあ」
「ふふん」
 ご先祖様は恥じ入る様子もなく鼻で笑ってみせた。
「なんとでもほざけばよろしい。ワシはご覧の通りの赤ん坊じゃからな。赤ん坊には羞恥心などないのじゃ。なんならスッポンポンになって無邪気にはしゃいでやってもよい。どうじゃ!ほーれ、プルプルプル〜」
 ドーミン達は顔をしかめた。
「こんなに邪気に満ちた赤ん坊もないってもんだよ」
 すると、ご先祖様はドーミンに顔を向けて言った。
「つれないことをお言いでないよ、子孫」
 ドーミンの顔からサーッと血の気が引いた。
「オイ!!!」
 ドーミンがご先祖様を睨みつけた。
「はいよ」
「今何と言った!?」
「子孫といったのじゃ」
「誰が」
「お前がじゃ」
「お前とは」
「そこのずんだ餅みたいな、お・ま・え」
「嘘だ!そのチンチクリン具合と横柄な態度、どう見たってあんたはムッシュさんの先祖じゃないか」
「もしもワシがムッシュの先祖だったらなんじゃ」
「ははは、だったら俺があんたの子孫のわけないじゃないか。俺はムッシュさんの息子じゃないぞ。ドーミンパパと、ドーミンママとの間にできた一人息子さ」
「果たしてそうなのかな?」
 ご先祖様はニヤニヤと笑った。
「えっ!?そ、それってどういう意味だい」
「ふふふ、お前さんは本当にあのドーミンパパの子供なのかな、と言っておるのじゃ」
「なんだって…!?そ、そんなこと、決まってるじゃないか!」
「そうかね、決まっているのかね。そうかそうか、それは知らなかった。だがね、お前さん、あのムッシュという男に何か懐かしさを覚えることはないかのう」
「……」
 ドーミンの顔に冷や汗が流れた。
「『ムッシュさん、かわいい!』とか思ったことはないかね」
「それは…」
 ドーミンは必死に記憶を辿った。
「まったくない」
「あれ?そうか、じゃあ違うのかのう。まあ、なんにしてもお前さんはわしの子孫じゃ、たぶん」
「たぶん?」
「うん、たぶんね」
「なんだよ、たぶんって。さっきは子孫だって断言してたろう」
「やかましいわい。DNA鑑定したわけでもあるまいし、本当にお前さんがワシの子孫かどうかなんてわかるかわけあるか!たわけ!!バカ話も休み休み聞け!」
「おい、ドーミン、行こ行こ、相手してるだけ時間の無駄だからよ」
 大ちゃんが呆れ顔で促すと、皆は無言で歩き始めた。
「おいおい、つれないのう。野次馬と言いながらも、本当はかわいい子孫たちが心配でついて行くのじゃぞ。ありがたいご先祖様じゃろう。あがめよ」
 ご先祖様はのけぞったが、もはや彼を顧みる者はなかった。

 さて、こちらは村長の屋敷。

 冥土のバーサンにこき使われることになったドーミンパパ一行は、ブツブツと文句を言いながらも表面上は従順に仕事をこなす風を装っていた。もちろん、その陰で屋敷を脱出するスキを窺っていたのは言うまでもない。

「ドーミンママさん」
 冥土さんが声をかけた。
「はい」
「あなたは御主人様のお部屋を掃除してちょうだい」
「と言うと、ピエールさんの?」
「ピ、ピ、ピ、ピエール!御主人様を名前で呼ぶとは、なんて不遜な!」
「あら、ごめんなさい。村長さんね」
「それでもまだ馴れ馴れしいけど、まあいいわ。パルテノンの間の2つ先が御主人様のお部屋だから。くれぐれも粗相のないように」
「はいはい」
 ドーミンママは密かにほくそ笑んだ。自分たちが解放されるチャンスが早速巡ってきたと思ったからである。ドーミンママは掃除用具を抱えると、そそくさと村長の部屋へ向かった。

「さて、あんたたちだけど」
 冥土さんはドーミンパパたち残った3人のオヤジに向かって言った。
「便所掃除をやってちょうだい」
「なんだと!私がなんで便所掃除など!」
 ムッシュさんが血相を変えた。
「あら、文句があるならいいのよ、別にやらなくても。ただし、食事は抜きになるわね」
「むむう」
 ムッシュさんは唇を咬んだ。
「やるやる、みんなでやるさ、なあ」
 ドーミンパパがムッシュさんの肩を叩いて言った。
「さすがドーミンさんのお父様だけあるわね、物分かりがいいこと」
「そりゃどうも。で、便所はどこだい?」
「あそこに鳳凰の間という部屋があるでしょ」
 冥土さんは廊下の先を指さした。
「鳳凰の間!そりゃ、随分と豪勢な名前の便所だね」
「違うわよ、話は最後まで聞きなさい」
「ああ、そりゃすんません」
「鳳凰の間の向こう側に見えるでしょ、放尿の間ってのが。お屋敷内には12ケ所の放尿の間があるから、全部きれいにしてちょうだいよ」
「ああ、放尿の間ね。随分とストレートなネーミングで」
「それから、お庭には離れで平等院放尿堂ってのがあるから、そこもお願い」
「うわあ、そりゃまたたいそうなダジャレだね。でも、平等院って名前を被せるのはどうかなあ、文句が来るんじゃないかなあ」
「いいのよ、個人のお屋敷内のことなんだから、気にしないで」
「まあ、そりゃ俺らの知ったこっちゃないけどね。でも放尿の間ってことはあれかな、小便専用なのかな。じゃあ、脱糞の間はどこだろう」
「バカをお言いでないよ。そんなデリカシーのない名前の部屋があるかい」
「ああ、そうね、あるわけないね、はいはい」
「放尿だろうが脱糞だろうが好きにするがいいさ。要するにただの便所なんだから」
「だったら、いちいち放尿の間なんて名前を付けなきゃいいだろうになあ。変な屋敷」
 ムッシュさんがボソリと言った。
「なに!」
 冥土さんがキッと睨みつけた。
「何でもない何でもない、さあ掃除掃除!屋敷中の放尿の間をきれいにするぞ!」
「オー!」
 3人はやけくそ気味に大声を出して仕事に取りかかった。

「失礼いたします」
 ドーミンママが部屋に入ると、村長は佃煮を食べていた。
「お掃除に参りました」
「ああ、ご苦労さん。ドーミン谷仕込みの奥深い掃除を頼むよ、フォフォフォ」
 ドーミンママはフッと微笑みを浮かべた。
「相変わらず佃煮がお好きね、ピエール」
「え?」
 佃煮を取る手を止めて、村長はドーミンママの顔をじっと見つめた。
「私、あなたに教わったその佃煮、今でも作っているのよ」
「まさか…」
 村長の手から、佃煮がポロリと床に落ちた。

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