ドーミン
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母、驚く

「ガラリ!ごめんよ」
 ドーミンパパが店に飛び込むと、ムッシュさんは誰かと話をしていた。
「あ、なんでトリガー君がいるんだ。ドーミンはどうした、うちのドーミンは。墜落したあんたを助けに行ったんじゃないのか」
「おやおや、ドーミンパパじゃないか。なんだい、その『ガラリ!』っての。そこは自動ドアだ。そんな音はしないよ」
 ドーミンパパの慌てた様子を気にすることもなく、ムッシュさんはまったりと言った。
「こら、ムッシュ!どうしてドーミンが谷を出るって話を俺に教えないんだ」
 その言葉を聞いたムッシュさんが驚いた顔で答えた。
「なんだいなんだい、珍しいな、怒ってんのかねあんた。どうしてって、ドーミンがあんたに言ってったんじゃないのかね」
「俺は今日はあいつに会ってないんだよ。それで、ドーミンはどうしたんだんだ、トリガー君」
 トリガー君の顔が青白いのはいつものことだが、この時は普段にも増して青ざめているように見えた。
「こんにちは、ドーミンパパさん。そのことなんですけどね、ムッシュさんにも話したんですが、私、息子さんにはお会いしてないんですよ」
「そうらしいんだよね」
「どうして?」
「どうしてと言われましても、ドーミンさんは私の墜落現場にはいらっしゃらなかったので」
「そうらしんだよ。結局ドーミンは谷を出られなかったんじゃないのかな」
 ムッシュさんの言葉にドーミンパパは目を吊り上げた。
「そんなはずはない!大ちゃんが気球のようになって、アナフキンと3人で谷の上に飛んで行ったという証言を確かに聞いてきたんだ」
「ほほう、なるほど。じゃあホントに谷を出たのか。意外とたいしたもんだな、あんたの息子も。ただのでっぷりまったりじゃなかったってわけだ。見直したよ。で、誰がそんな話をしてたんだい?」
「それが、初めて見る行商人でね。『太もも』とかいったかな」
「太もも?そりゃ、セクシーな名前だが、いい女かね」
「うんにゃ、赤目の変なおっさんだ。開き戸なのに『ガラリ!』とか言って入って来やがった」
「なんだ、じゃあさっきのはパクリかね。パクリとは落ちたもんだなドーミンパパも」
 ムッシュさんの暴言にドーミンパパは珍しく激高した。
「落ちたとはなんだ、落ちたとは!いいものはいいのだ!気に入ったからパクったんじゃねえか!気に入ったものをパクって何が悪い!じゃああんたは絶対やるなよ、『ガラリ!』っての。やったら怒るぞ!」
「やらないよ、そんなアホらしいこと。大人だもの」
「アホらしいとはなんだ!お前なんかにゃこの『ガラリ!』の良さがわかるわけないんだ」
 ドーミンパパは『ガラリ!』にかなり執心らしい。

「あのう…」
 その時、トリガー君がおそるおそる声を掛けた。
「その人、もしかして『モモトフ』じゃないでしょうか、『太もも』じゃなくて」
「あ、そうだそうだ、モモトフだった。知ってんの?」
「ええ、ちょっとだけ。最近急成長してるんですよね、モモトフ商会。そうか、ついにドーミン谷にまで進出してきたのか、私もうかうかしてられないな」
「なんか面白そうな男だね、そのモモトフというのは。まだ谷にいるのかね」
 ムッシュさんはモモトフに興味を持ったようだ。彼の商人魂が刺激されたのかも知れない。
「ああ、まだいるだろうよ。そのうち嫌でも聞こえてくるよ、ズンズンチャッチャってのが」
「そうかね。なんかいい商売ができそうな気がするな、その男となら」
 ムッシュさんの顔にうっすらと笑顔が浮かんだ。
「ああ、あこぎなあんたらなら、良いコンビになるかも知れないな。せいぜい稼ぎなさいよ」
 ドーミンパパには興味のない話題だ。言い方がどことなく投げやりである。

「ところでトリガー君、体は大丈夫なのかい」
 ドーミンパパは思い出したように訊いた。
「ちょっと、痛いです」
「いったいどうして落っこちたんだ?」
「いやあ、ちょっと体調が悪かったもので、目まいがしちゃいましてね。私いつもクルクル回りながら飛んでますから、目まいがしちゃうとどうにもわけがわからなくなっちゃって。それで落っこちました」
「体調が悪いのか。それでいつもより顔色が青いわけだ。そもそもその飛び方が間違ってるんじゃないか?」
「はあ、そうかも知れませんが、我が家では先祖代々これで飛んでますから」
「先祖代々目まいがするたび落っこちてきたわけね」
「まあ、そういうことです」

「ときに大将」
 ドーミンパパはムッシュさんに向かって言った。
「ん?大将とは私のことかね」
「あんただあんた。1.5頭身のちんちくりんなあんたのこと」
「むむ、全くその通りだが、なんだか癪に障るな」
「ドーミンがなにか置いて行かなかったかね」
「注文書ならもうトリガー君に渡してあるよ、フルート一本」
「私からの紹介状はもらってないか」
「もらってないよ。そういや、直接トリガー君に説明したいことがあるからって言ってたけど、それを渡すつもりだったのかな」
 ドーミンパパは少しのあいだ考えを巡らしているようだった。
「トリガー君、そのフルートの発注先だがね、御茶ノ水の『トントン・チュー』って店にしておくれ。そこの爺さんのもんじゃないと困る。お代は俺が出すからね」
「ああ、トントンさんですね、わかりました」
「なんだい、その『トントン・チュー』ってのは。ブタさんとネズミさんかい、ははは」
 ムッシュさんはからかうように笑った。
「ちがうよ。古い建物でね。店が年中修理中なんだ。いつ行ってもトントンやってるから、トントン中」
「なるほど、おしゃれだね」
「全然おしゃれじゃないだろう、何をいってるのかな。ちんちくりんは発想もちんちくりんだね」
「むむ、全くその通りだが…。いや、その通りなのか…?」
 ムッシュさんは少しばかり打ちのめされている。頭が混乱しているらしい。
「トリガー君、悪いんだけど、帰る時にドーミンたちを気にしておいてくれないか。もし見つけたら、ちゃんと戻ってくるよう言っておいてほしいんだ」
「わかりました」
「じゃあ、私はこれで」
 ドーミンパパは店の出入口へ向かった。
「ガラリ!…ガラピシャ!」
 ドーミンパパは新たに引き戸を閉める音を付け足した。ただのパクリではないという、彼なりの意地であった。

「ガラリ!ただいま。ガラピシャ!」
 ドーミンパパはかなりしつこい。
「あら、なあに?開き戸なのに、楽しいわね、あははは」
 ドーミンママはやはり素晴らしい理解者だ。しかし今のドーミンパパにはそんな喜びを感じている心の余裕はなかった。
「ママ、落ち着いて聞きなさい。驚くと思うけど、静かに驚きなさいよ」
「あら、何かしら、ちょっとワクワクするわ」
 ドーミンママは楽天家だ。
「ドーミンが…」
「ドーミンが?」
「飛んで行ったよ」
「…?」
 ドーミンママはキョトンとしている。
「プカプカ飛んで行った」
「プカプカ?」
「そう」
「…?」
「驚いたろう」
「いいえ」
「驚かないのか?」
「ええ」
「こりゃ驚いた!」
「あら、あなたが驚くのね」
「どうして驚かない」
「だって、何のことやらわからないもの」
「ほほう」
「ほほうじゃないわ」
「まあ、そういうことだから」
 ドーミンパパは満足したようにお茶を飲み始めた。

「あなた」
 暫くそのまま様子を見ていたドーミンママが、しびれを切らしたように言った。
「ん?」
「まさかそれで終わりじゃないでしょうね」
「何が?」
「話がよ」
「話?」
「そう」
「何の話?」

“バシン!!”

 突然、ドーミンママの平手が飛んだ。
「あなた!目を覚ましなさい!」
「はっ!」
 どうやらドーミンパパは、ドーミンが谷を出たことにショックを受けていたようだ。頭がボーッとしていたらしい。
「ちゃんと説明しなさい!ドーミンがプカプカってどういうことなの!」
「ああ、そうか。すまんすまん。説明不足だったね」
 ドーミンパパもやっと自分を取り戻したようだ。

「実はね、大ちゃんとアナフキンとドーミンの3人で、谷を出て行ったらしい」
「何ですって!」
「トリガー君が山に墜落してね。それを助けに行くと言って出て行ったらしいよ」
「出て行ったって、いったいどうやって?ここは出るに出られぬ大渓谷じゃなかったの?」
「確かにそうだが、プカプカ飛んで行くなら話は別さ」
「いったいどうやってプカプカ飛んで行けるというの?」
「それはね、私もモモトフという行商人から聞いた話なんだが、大ちゃんのケツの穴から水素を注入してね。水素はその行商人から買ったそうなんだが、最初はそのモモトフが大ちゃんのケツの穴を探したんだけど、難しかったらしくてね。そしたらアナフキンが代わったんだが、さすがに穴探しのプロだけあって一発でプスリと挿したらしいよ。すごいねえ」
「あら、アナフキンさんってそんなもののプロだったの?」
「そうらしい。それでね、水素でパンパンに膨らんだ大ちゃんが気球代わりになって、3人でプカプカ飛んでったんだそうだ」
「それで、トリガーさんを助けられたの?」
「『トリガーさん』じゃないよママ。『トリガー君』だ」
「どっちだっていいじゃないのよ、いっしょでしょ」
「いっしょじゃないよ、『トリガー君』が正式名称だもの。“君”までが名前だからね。“さん”付けしたいなら『トリガー君さん』と呼びなさい」
「はいはい。全くあなたの周りは変わり者ばかりね。それで、ドーミンたちはトリガー君さんを助けたの?」
「それが、トリガー君は1人で復活して飛んできたよ。ドーミンたちには会ってないって」
「なんで1人で飛んでくるのよ!ドーミンたちはどうしたってのよ!」
「わからないんだ」
「ちゃんと帰ってくるんでしょうね」
「あいつのことだから、簡単に帰ってくるかどうか…」
 父のその読みは当たっていた。
「ああ、ドーミン!無事に帰ってきてちょうだい!」
 母の目から大粒の涙がこぼれた。

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