ドーミン
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不穏

 しばらく佃煮を食べながらくつろいでいたドーミンのもとへ、例の小さくて可愛い女の子が再びやってきて言った。
「食事の用意ができましたので、御案内します」
「ああ、そうですか。ありがとう」
 ドーミンにとっては跳び上がらんばかりに嬉しい知らせだったが、彼女の手前、ここはクールな態度を演出しなければならない。

 広い廊下を歩きながらドーミンは彼女の後ろ姿を眺めていた。
(なんて素敵なうなじ…)
 実際には彼女にうなじと呼べるような部分はない。彼女の全体像を簡単に説明すれば、丸い大きなまんじゅうの下に短い棒が一本くっついているようなものなので、そもそもが首の存在さえ定かではない。ドーミンが何を見て“うなじ”と思ったか、推測するのは容易ではない。

「やあ、待たせたね。こちらへどうぞ」
 食宅の大きなテーブルの一番奥には村長が待ちかまえていた。横にはアナフキンがいて、ドーミンはその隣に座らされた。向かい側には女性が2人腰掛けていた。
「紹介しよう。妻と、それから娘だ」
 村長の妻はそれなりに普通の顔に見えたが、それは世にも珍しい顔をした村長に比較しての相対的な印象かも知れない。しかしながら、ドーミンの真正面に座っているこの娘は、まぎれもなく村長の娘であろうという顔をしている。

「初めまして。ドーミン谷のドーミン村からやってきたドーミンです」
「ようこそドーミンさん。私、村長の妻ですの」
 村長の妻はにこやかに言った。
「えーと、今伺いましたので、存じております」
 ドーミンは苦笑いをした。

「ほら、あなたもご挨拶なさい」
 村長の妻は横にいる娘を促した。
「そ、村長の娘ッス」
 娘は俯いたままボソリと言った。
「あらやだ、『娘ッス』なんて、そんな言い方。田舎のガキンチョじゃないんだから、しょうがないわね。ごめんなさいね、ドーミンさん。この子、村長の娘ですの」
「はあ、そのようですね…」

 ドーミンは横にいるアナフキンに耳打ちした。
「この人達、ちょっと頭足んないのかね。わかりきった事を何回もさ」
「シッ、そんな事を言うもんじゃない」
 アナフキンはドーミンを睨みつけた。
「命にかかわるぞ」

 尋常ではない発言である。ドーミンは驚いてアナフキンの顔を見つめた。
「な、なんだよそれ。どういうことだよ、アナフキン」
 ドーミンの体を得体の知れない不安が覆った。
「ねえ、アナフキンってば」
 しかし、アナフキンはそれ以上ドーミンにはかまわず、穏やかな口調で村長たちに向かって言った。
「ドーミンも私もとてもお腹を空かしていましてね。そろそろこのご馳走を頂いてもよろしいでしょうか」
「おお、それはすまなかった。どうぞ始めてくれたまえ」

 魔法の言葉だった。村長のその言葉を聞いた途端、ドーミンを支配していた不安は一瞬にして消しとんでしまった。
「いななきまーす、ヒッ……」
 調子に乗っていつもの食事前の掛け声を口に出しかけた。
「あら、何ですの?」
 村長の妻が不審な顔をしてドーミンを見た。
「いや、なんでもありません。それでは、いただきます」

 食事はこれ以上ないほどにうまかった。
「どうだね、我が家の料理は気に入ったかね」
 村長が尋ねた。
「ええ、そりゃもう!毎日でも食べたいですとも」
 それを聞いた村長はたいそう喜んだ。
「そりゃよかった。伝説の土地ドーミン谷からやって来た青年だから、我々の食事なんて口に合わないかと心配していたんだがね。そんなに気に入ってもらえたとは、やはりこれも運命というべきかな」
「運命?」
 妙な事を言うオヤジだとドーミンは思った。
「運命といいますと?」
 ドーミンは尋ねた。
「運命は運命さ。君と我々との出会いが、神によって仕組まれたものだということだよ」
「神に?そりゃずいぶんと大仰な話ですね」

 ドーミンは再びアナフキンの耳もとへささやいた。
「大丈夫かい、あのオッサン。変な宗教やってないだろうね」
 するとアナフキンは血相を変えて言った。
「シッ!ドーミン、殺されたいのか」

 これまた物騒な言葉であった。ドーミンは再び不安の虜となった。
「殺される!?な、なんだよそれ…」
 ドーミンの声がつい大きくなった。
「コロサレルとはなんのお話ですかな」
 村長が尋ねた。その顔には含み笑いが浮かんでいるようにドーミンの眼には映った。
「コ、コロサレル?な、なんですかそれ」
 ドーミンが慌てて答えた。
「なんですかとはなんですか。こちらがお伺いしているんだが。なあ、お前たちも聞こえたろう、コロサレルって」
 村長は妻たちへ向かって言った。
「いえ、私にはよく聞こえませんでしたの」
 村長の妻は答えた。
「お前はどうだね」
「私もわからないッス」
 村長の娘が俯いたまま答えた。
「まあ、『わからないッス』だなんて、そんな言い方。田舎のガキンチョじゃないんだから。もう、あなたって娘はホントに、トホホなの」
 村長の妻は嘆いた。

「ああ、もしかしたら、あれかな?『うんこをされる』ってのをお聞き間違いになったのでは?」
 ドーミンが笑顔で言った。
「うんこをされる?君たちはいったいどういう話をしているのかね、食事中に」
「ホントだわね。どういうことですの?ドーミンさん」
 村長たちは少し機嫌をそこねたようだ。
「いえね、あんまりお嬢さんがお美しいものだから、アナフキンと2人で話していたんですよ。『あんなに綺麗な方なのに、やっぱりうんこをされるのかな。そうだとしたら、神様はなんて残酷なんだろう、お嬢さんだけはそんな汚いものから解放させてあげるべきだ』って」
「あれまあ、なんてことかしら!」
「そんなに美しいかね、この娘が」
 村長夫妻の表情がパァッと輝いた。
「ええ、そりゃもちろんですよ。こんな美しい方を見たのは初めてです。谷を出てきて本当に良かったと神に感謝しているところですとも」
 さすがに少し調子に乗り過ぎているなと感じているドーミンだったが、話の流れ上、あとへは引けなくなっていた。
「そうかそうか、そりゃあよかった。やっぱりドーミン谷ってのは秘境なんだねえ。文化も価値観も随分と違っているのだろうね」
「そうですね、あなた」
 当の村長の娘はといえば、俯いたまま目だけをドーミンの方へ上げて、はにかんだ表情をしている。目が合ったドーミンは微笑みを返したが、心の中では苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。

「いやあ、それなら私も心が軽くなったよ。いかに私といえどもね、嫌なものを無理矢理というのは心苦しいところがあったんだよ。だが、ドーミン君がそうまで言ってくれるなら、これほど結構なことはない。いやあ、本当にありがたいことだ。なあアナフキン、実にいい青年を連れてきてくれたね。礼を言うよ」
「本当に。私からも、もちろん娘からもお礼を言いますの」
「いやいや、私は何も…」
 アナフキンは少し面白くなさそうな顔で答えた。

 なんとなく話の流れがおかしいと、このときドーミンは感じていた。アナフキンは何かを隠しているのではないか。
(嫌なものを無理矢理…とは?)
 ドーミンの不安はますます膨らみつつあった。

「どうだねドーミン君、お腹がいっぱいになったら眠くなってきたんじゃないか?寝室に案内するからしばらく昼寝をしたらどうだね」
 村長が言った。
「ええ、そうですね。今日は朝から大変でしたから、急に眠くなってきました。せっかくなので、お言葉に甘えさせてもらいます」
 村長に対する警戒心はあったが、体の疲れはいかんともし難かった。ここは少し寝て、元気を取り戻すのが先だと思った。

“チリンチリン”

 村長は手元の鈴を振った。すると間もなく、例のかわいい彼女が現れた。
「ドーミンさんを寝室へ御案内して」
「はい、かしこまりました」
 ドーミンは食堂を出た。

「あれ?」
 ドーミンが突然声をあげた。
「どうなさいました?」
「そいうや、アナフキンはどうするんだろう。昼寝をするのは俺だけかなあ」
「アナフキン様にはまた別のお部屋を御用意してありますので、御心配には及びません」
「ああ、そう」

「こちらでございます」
 部屋に入って驚いた。
「うわ、でかいベッド!こりゃあ3人前だ。ずいぶんと手厚くもてなしてくれるもんだなあ」
「それはもう、大切な方ですから」
「大切?俺が?どうして?」
「いえ、余計な事を言いました。これで失礼します」
 小さな彼女は少し慌てた様子で部屋を出て行こうとした。
「ちょっと待ってよ、何か知ってるの?」
「いえ、私はなにも。ただの小間使いですから」
「え?コマ使い?コマ回しする人?芸人さんなんだ、見たいなあ」
「いえ、そうじゃありません。ただのメイドですから」
「冥土?え!この世の人じゃないの!?」
「いえ、この世のものですが、つまりその、家政婦です」
「ああ、お手伝いさんね。見た通りじゃんか。言われなくてもわかるよ」
 小さな彼女は少しムッとした。
「とにかくこれで失礼します」
「ちょっとちょっと、待ってよ。ねえ、俺は君をなんて呼んだらいいのかな。名前を教えてよ」
「名前はちょっと言いたくありません」
「どうしてさ。だって、君に用事がある時に困っちゃうじゃないか」
「そのときはなんでも結構ですから適当に呼んで下さい。『おい、そこの!』でもなんでも」
「いやいや、そんな風には呼べないよ。いいから名前教えてよ」
 彼女は少し考えてから、ためらいがちに言った。
「ビッグヘッド」
「ビッグヘッド?デカ頭ってこと?」
「確認するまでもありません」
「かぁわいい名前だねえ」
「そうですか?」
「ホントはそうでもないけど」
「失礼します」
 ビッグヘッドは部屋を出て行こうとした。
「待って待って。確かに体のバランスからするとビッグヘッドかも知れないけど、でも俺なんかよりよっぽど小っちゃい頭してるじゃんか。君の場合はビッグヘッドというよりはスモールボディだよ。いうなれば鬼太郎の目玉おやじみたいなもんで、とにかく全てがかわいいんだから、名前なんてどうだっていいってもんさ」
 ビッグヘッドは驚いた表情でドーミンをジッと見つめた。

(なんて魅力的な瞳で見つめるのだろう。俺に恋をしたかな?)

 手ごたえを感じ、ひとりほくそ笑むドーミンだったが、目玉おやじにたとえられたことにビッグヘッドがひどく腹を立てているなどとは、もちろん全く知るよしもない。

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