ドーミン
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父、驚く

「イザベラ〜イズ、スピ〜キ〜ン、ウ〜ウォウ!」
「ストップストップ!駄目だ駄目だ!」
 ドーミンパパが叫んだ。ここはファザーズ・オブ・ハイテンションのいつもの練習場所、空き倉庫である。

「どうしたゴルビー、リズムがとれてないじゃないか」
 ドーミンパパが言った。
「え?俺?ちゃんとやってるっしょ」
 ドラマーのゴルビーはロシア出身だ。小さい頃、家族と一緒に北海道に渡ってきて函館周辺で育ったから、ときどきその訛りがでる。

「いやいや、“イザベラ〜”でズドドドドだろ。なんか、全然あってなかったぞ」
「確かに変な感じだったな」
 ボーカルのサブが言った。
「そう?自分じゃちゃんとしてる気がするんだけどなあ」
 ゴルビーには自覚がないようだ。
「よし、もう一回行こう!」

「ワン・ツー・スリー!」
 ゴルビーのカウントと共に演奏が始まった。新曲“イザベラのくちもと”、ドーミンパパ渾身の一作である。
「薄紅色の唇めくり〜歯茎の色を〜確かめてみる〜、ワァナナ〜ワァナナ〜」
「ストップストップ!」
 サブの唄が入ったところでドーミンパパが再び演奏を止めた。

「おいおいゴルビー、しっかりしてくれよ〜」
 ベースのチェリーが言った。
「俺、ちゃんとやってるっしょ」
 やはりゴルビーには自覚がない。
「全然駄目だ。なんだよ、あの間の抜けたリズムは」
 ドーミンパパは少しイラついているようだ。
「間の抜けたリズム?」
「そう、ズンズンチャッチャっていうような」
「俺、そんな風に叩いてないっしょ」
「いやいや、確かに」

「ズンズンチャッチャ…」
「そう、これこれ。このズンズンチャッチャっていう、…アレ?」
「なんだよ、外から聞こえてくるじゃないッスか」
「ズンズンチャッチャ、ズンズンチャッチャ…」
 確かにそのリズムは倉庫の外から聞こえてくる。
「アイスクリーム、アイスクリーム、アイスクリームだよ〜」
「なんだ、アイスクリーム屋だったのか、紛らわしい」
 ドーミンパパは少しばつが悪そうだ。

 その音はだんだん近づいてきたかと思うと、倉庫の前でぴたりと止んだ。
「なんか、静かになったッスね」
 サブが言った。

「ガラリ!」
 引き戸の開かれる音と共に、見慣れぬ男の顔がのぞいた。
「えー、おごめん!」
 大きな声である。

「誰だい、あんた。言っとくけど、そこの扉は開き戸だからね、『ガラリ!』って音は間違ってるよ」
 どうやら男は口でその音を出していたようだ。
「おや、そういやそうだね。ほんじゃ、やりなおし。えーっと…」
 男は外へ消えた。

「ギィーィ…キュイッ…イィ〜。えー、おごめん!」

「……」
 ドーミンパパたちは、しばし呆気にとられている。
「えーとね、随分ときめ細かい演出なのに申し訳ないけど、その扉、建て付けいいから、そんな音しないんだよね」
「おや、そうですかい。ほんじゃあ…」
 男が再び外に出ようとしたので、ドーミンパパが制止した。
「扉の音なんてどうでもいいよ」
「ああ、そうですか…」
 男は少し残念そうだった。

「ところで何の用だい」
 ドーミンパパが訊いた。
「私、行商人のモモトフと申します。以後お見知りおきを」
「要するに、何か買ってくれってことかい?」
「いえいえ、もう既にお買い上げ頂きましたのでね、代金といいましょうか、代わりの品を戴きに上がりましたんですよ、ドーミンパパさん」
 モモトフは笑みを浮かべている。
「なに!?なんで私の名前を知ってる。私はあんたなんて知らないよ。なんかの間違いだろう。あっ!さては詐欺師か!今流行りの“オレオレ詐欺”か!」
「なに!“オレオレ詐欺”だって!?」
「お年寄りからなけなしの金を奪いやがって!」
「弱いものを騙すなんて許せねえ!」
 バンドのメンバーがモモトフを取り囲んだ。

「ちょっとちょっと、誤解誤解!なんで“オレオレ詐欺”なんですか。『オレだオレだ』なんてひとことも言ってないでしょう。思いっきり顔見せてるし」
「じゃあ、どういう詐欺だ!言ってみろ!」
「いやいや、だから、詐欺師じゃないですってば」
「でも、買ってもいない物の代を取りに来たんだろう、立派な詐欺じゃないか!」
「そうだそうだ!」
 メンバーたちの興奮は収まらない。

「まいったなあ」
 モモトフは困り顔である。とんだ連中を相手にしたものだと思った。
「お、『参った』ってよ!ついに観念したぞ、それ、とっつかまえろ!」
 4人がモモトフに飛びかかった。モモトフはたちまち床に組み伏せられてしまった。
「痛い痛い!ちょっと落ち着きなさいよ、あんたたち!誰もドーミンパパさんが買ったなんて言ってないでしょう!話を最後まで聞きなさいって!」
「なに?買ったのは私じゃない?」
「そうです。持ち合わせがないから、お代は後でドーミンパパさんから受け取ってくれって。ヘッドフォンの付いたアメリカンなシルクハットをかぶってるヒゲオヤジだからって言われましてね。ほんと、すぐ分かりましたよ」
「ははあ、そういうことね」
 ドーミンパパは納得した様子でモモトフを立ち上がらせた。

「こりゃあ悪いことをしました。とんだ勘違いで。いったいあいつ、何を買ったんです?ダイエット食品か何かかな。化粧品ですかね。それとも洋服?まさか、宝石じゃないでしょうね。悪いけど、あんまり高いものだったら払えませんからね、商品をお返ししますよ。まったく、ママの浪費癖にも困ったもんだ」
「いえいえ、奥さんじゃありません。ドーミン坊ちゃんですよ」
「ドーミンだって!?いったい奴が何を買ったんです」
「水素です。これが納品書の写し。坊ちゃんのサイン入ってるでしょ」
「水素だあ?いったいそんなもんを何のために?」
「谷を出るためにね、大ちゃんとやらのケツの穴から水素を注入しまして。注入作業は穴探しのプロのアナフキンさんがやりました。いやあ、さすがプロ、一発でプスリと…」

「ちょっと待った!ドーミンが谷を出たのか!?」
 ドーミンパパは大いに驚いた。
「ええ、今ごろ出られてると思いますよ」
「いったいどうやって?」
「だから、大ちゃんとやらのケツの穴から水素を注入しましてね。最初は私が穴を探したんですがねえ、どうにも難しくて。そしたらアナフキンさんが代わりにやってくれました。いやあ、さすがに穴探しのプロだけあって、一発でプスリと…」
「一発でプスリ、はもういいんだよ。その先を言いなさいよ、その先を」
「はいはい。大ちゃんの体を水素でパンパンに膨らましましてね、すると当然プカプカ浮くわけですよ。要するに気球みたいなもんですな。それで、アナフキンさんとドーミンさんがそれにぶら下がって飛んで行きましたよ。ウチワでパタパタパタ〜ってあおぎながらね」
「いったい、なんだって谷を出て行ったりしたんだ?」
「なんでもトリガー君とやらを救出に行くんだとか言ってましたがね。山の上に墜落したとかなんとか」
「トリガー君が?なるほど、あいつフルートを注文するつもりだったから…」

 ドーミンパパは思いついたように急に駆け出すと、出入り口の扉を開いた。そこで振り向くとメンバーたちに言った。
「私はちょっとムッシュさんのところへ行ってくる。悪いが、今日の練習は終わりだ」
 そう言い残して出て行こうとしたので、モモトフが慌てて止めた。
「ちょっとドーミンパパさん、待って下さい!お代のギターを戴かないと。どれでも好きなのを戴けるということだったので」
「ギターだって!?あの野郎、勝手な約束しやがって」
「適当に見繕ってよろしゅうございますか?」
「あーもう!しょうがない、好きなの持っていきな。ただし、一本だけにしてくれよ。それで充分だろう」
「ええ、そりゃもちろん。まいど」
 ドーミンパパは渋い顔で出ていった。

「ガラリ!」
 突然引き戸の開かれる音がして、ドーミンパパが顔を出した。
「あはは、面白いねえ、この『ガラリ!』っての」
「な、なんですかドーミンパパさん」
 さすがのモモトフも少したじろいだ様子である。
「モモトフさん、やっぱりね、ギターじゃなくてベースにしてよ。チェリー、たのむよ」
「ええ〜!?そりゃないッスよお〜、フランクさ〜ん」
 チェリーは半べそをかいている。
「いいからいいから、悪いようにはしなから。先々のことを良く考えてね。それじゃあそういうことで、モモトフさん」
「はい、分かりました」

「ギィーィ…キュイッ…イィ〜」
 ドーミンパパは扉のきしむ音を真似しながら再び出て行った。
「……」
 残された4人はしばし呆然としていた。
「皆さんも…」
 モモトフが静かに言った。
「苦労されますな」

 その頃。

「それにしても、そもそもここはどのあたりなんだろう。随分飛ばされちゃったみたいだけど」
 ドーミンが言った。
「こうなれば声を掛けながら捜すしかないだろうね」
 2人はトリガー君への呼びかけを始めた。
「おーい、トリガーくーん!おーい!」
「トリガーくーん!」
 しかし、反応はない。
「見当違いの所へ来ているのかも知れないからなあ。見つかりっこないんじゃないかなあ」
 ドーミンがあきらめの表情で言った。
「弱音を吐いちゃあいけないよ。我々よりもトリガー君のほうが苦しんでいるんだから」
 アナフキンはあくまでも人命救助のつもりである。フルートを早く注文したいだけのドーミンとは熱意が違う。
「とにかくあきらめずに続けよう。おーい!」

“ブーン”
「ん…?」
“ブーン”
「何か聞こえるよ、アナフキン」
 何かがうなるようなその音は、頭の上から聞こえてくるようだった。
「あっ!」
 見上げると、何かが飛んでいた。
「あのクルクル回って飛んで行くものは…」
「おそらくあれがトリガー君だね」
 トリガー君はドーミン達に気付くこともなく、谷の方へ飛び去って行った。

「せっかくここまで来たのに!」
 ドーミンに落胆の色は隠せない。
「無事だったんだね、トリガー君。良かった良かった」
 ドーミンとは対照的にアナフキンは素直に喜んでいる。
「我々は役には立てなかったけど、彼が無事でなによりだったよ」
 アナフキンがドーミンの肩をポンと叩いた。
(なんにも良かあないだろうよ、まったく)
 ドーミンは腹立たしかった。

「それはそうと…」
 アナフキンが言った。
「これからどうする?」
「どうするったって、戻るしかないじゃんか」
「悪いんだけどね、ドーミン」
 アナフキンの表情が曇って見えた。
「私は村へは戻らないよ。実は、最初からそのつもりだったんだ」
「え?」
 ドーミンには思いもかけないアナフキンの言葉だった。
「じゃあ、俺はどうすれば?」
「どうしても戻りたいというなら、なんとか1人で戻れるように方法を考えなきゃならないけど、もしも、ドーミンがもう少し外の世界を見たいというなら、しばらく一緒に旅をしてみるってのも悪くはない」
「旅か…」
 ドーミンは考え込んだ。
「いいね、せっかくの機会だ。行こうよ、アナフキン!」
「そう来ると思ってたよ。じゃあ、まずは寄らなくちゃならないところがあるので、付き合ってもらうよ」
 2人は足取りも軽く歩き始めた。もう夏も終わりに近づいている。

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