出不精が行く!!
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イタリア失業旅行記 〜その7 セピア色の街〜

 イタリアへ来て初めて電車に乗った。ユーレイルパスは一等車に乗れるので、ゆったり快適である。おまけにえらくすいている。それにしても、日本ほど電車が時刻表に忠実に動く国はないそうだが、イタリアのいい加減さも度を過ぎていると思う。30分ぐらい遅れるのは当たり前で、時刻表どおりに発車することなど皆無だろう。むしろ、定刻に発車したらみんな怒るに違いない。初めて乗ったこの列車も当然のように充分遅れて発車した。

 ローマからの直線距離にすると200キロもないが、幹線から外れているので時間を要する。乗り換えを含めて四時間ほど、かなり長時間の移動になった。シエナの駅に着いたときは既に夕方だったろうか。いや、時刻は5時ぐらいだったと思うが夕方ではない。日が長いので、まだまだ空は青かった。駅を出たら外はシエナの街なのかと思っていたら、そこはまだ麓だった。山岳都市であるシエナの市街にはバスで登って行かなくてはならないらしい。中世にはフィレンツェのライバルとして栄えた街だそうだが、この駅の小ささと人の少なさに驚く。

 バスに乗るためにはチケットがいるようだが、窓口が見あたらない。するとバスチケットの自販機を見つけた。誰も買っていない。1人で悠々とそのマシンの前に立った。自販機など、どこの国へ行っても似たようなものだろうと思っていたが、この機械はなんとなく違っていた。

 記憶によればチケットはたぶん900リラだった。100円ぐらいである。私は1000リラ札を入れた。「ウィーン」といいながら札は入っていったが、すぐさまベロンと吐き出されてきた。日本でもよくあることである。私はいったん札を抜き取り、しわを伸ばして再び機械へ突っ込んだ。「ウィーン」という音と共に札は飲み込まれたが、やはり再びベロリと吐き出されてきた。このぐらいなら日本でもまだよくあることである。私は更にしわを伸ばし、もう一度チャレンジした。ベロリンと吐き出されてきた。よくあることだ。札を取り替えた。しかし、ダメだった。

 1000リラ札をあきらめ、5000リラ札を入れた。だが、これも嫌われた。いったい何がいけないのかわからない。更に札を替え、1万リラ札を入れた。望みはかなわずそれも拒否された。しばらく粘ってみたがダメである。もう何度吐き出されたことだろう。私は途方に暮れた。どうして入らないのか。自販機には確かに何種類もの紙幣の絵が描いてあり、今まで入れたものは全てそこにあった。丁寧なことにこういう風に入れるんだよと矢印まで描いてある。

「矢印…?ムムッ、もしや!?」

 ハタと気付いた。私は1万リラ札を自販機に描かれている絵のとおりの向きに入れてみた。すると、紙幣はスルスルと吸い込まれ、そのまま戻ってくることはなかった。

 実は、表裏ぐらいは合わせなくてはならないかとも思い、自販機の絵に描いてある面を上にして入れてみたりもしたのである。しかし、まさか入れる向きまで限定されているとは思わなかった。日本の自販機であれば、向きはもちろん表裏も気にせずに入れられるのだから、そんなこととは思いも寄らなかったのである。とにかく、格闘数分、やっとチケットを買えるところにまで漕ぎつけた。

 いざ購入のボタンを押そうとしたが、自販機にはボタンが3つぐらいついていた。どれを押せばいいのかよくわからないのだが、おそらくこれに違いないというボタンを押した。

「ガチャン!」

 チケットが出た。続いておつりが出るのか、あるいは釣り銭ボタンを押すのかと思っていると、

「ガチャン!」

 再び聞こえた音と共にまたチケットが出てきた。

「ありゃ?」

 予想もしないことだ。何ごとかと思っていると、

「ガチャン!」

 やはりというか、間もなく3枚目が出た。これはやばい。何とか止めなくてはならない。

「ガチャン!」

 4枚目が出た。よく分からないが、他のボタンを押してみた。

「ガチャン!」

 5枚目が出た。こうなればとにかく押してみるしかない。私は3つのボタンを何度も押した。

「ガチャン!…ガチャン!…ガチャン!…ガチャン!…ガチャン!…ガチャン!」

 結局チケットは11枚出た。1万リラ分購入したわけである。
「はぁ〜…」
 私はため息をついた。

 その時、横から誰かが声をかけた。見るとダンディーなおじさんが笑顔で近づいてきた。親指をグッと立てて、

「ウーノ(数字の“1”の意味)、なんたら、かんたら」

 ジェスチャーを交えて何か言っている。どうやら自販機の使い方を説明してくれているらしい。それによると、金を入れ、まず枚数ボタンを押し、次に購入ボタンを押す、という手順のようだ。なるほど。枚数ボタンといっても1つしかないようだから、枚数分の回数を押すのだろうか。しかも、枚数ボタンを省略すれば、投入額分のチケットが一気に買えるという、とても親切な設計でもある。きっと、勝手の分からない観光客などからこうやっていつも余計な金をせしめているに違いない。なんたるわかりにくさか。もっとも、イタリア語では説明がちゃんと書いてあるのかも知れない。私は分かったと大きくうなずくと「グラッツィエ」とお礼を言った。笑顔が素敵な、とても親切な紳士だ。うれしくなった。だが、後の祭りである。今更使い方を知ったところで、手元にある10枚の余分なバスチケットは戻すことができない。

 しばらくしてバスが来た。よく分からないが、とりあえず乗り込んだ。後乗り前降りである。チケットを手にしていたが、乗るときには特にどうする必要もなさそうなのでそのまま持っていた。程なくシエナの中心に付いたようなので、他の乗客と一緒に降りようとした。しかし、降りるときにチケットを出そうとしてもどこに出していいやら分からない。運転手も何も言わないので、結局そのまま降りてしまった。あんなに苦労して買ったのに、まるでタダ乗りのような格好になった。旅の間にまた使う機会もあるかとも思ったが、結局11枚のチケットはそのまま日本へのお土産になった。

 古都シエナは、絵の具のシェンナ色の語源となったというだけあって、街全体がセピア色に覆われていた。道は石畳で、全てが坂道といっていい。街の中心にはカンポ広場という世界的に有名な広場がある。おそらく世界中の建築科の学生がこの広場についての講義を受けているに違いないが、私はと言えば、特に記憶もない。だが、きっと耳にしてはいるはずだ。そんな有名な広場である。夏にはこの広場で“パリオ”というこれも世界的に有名なお祭りがあるようだが、見ることのできなかったことなのでどうでもよい。

 この街には思いのほか人間が多い。県庁所在地であり(何県かは知らないが)、大学もあるので通りは人で溢れている。若者が多いため、全く現代風のお洒落なお店も沢山ある。有名な観光地なので世界中から集まった観光客たちもいる。中世の山岳都市ということで、もっと静かで趣のあるところを期待していた私としては、正直、この街はあまり好きにはなれなかった。

 その日の宿はもちろん飛び込みである。最初、『地球の歩き方』に載っている宿に行ってみたが満室だった。そこのフロントで他のホテルを紹介されたので、そこへ泊まることになった。それがまさに中世の建物である。もともとは名士の豪邸だったところかも知れない。玄関を入ると、ロビーの天井の高さに驚いた。3層吹き抜けぐらいはある。壁には大きな肖像画が何枚も掛けられていて、代々このお屋敷を所有したご先祖様方といった風である。全くもって中世に迷い込んだかのような、外国のホラー映画に出てくる光景そのものといったような感じである。ポーターに案内され、赤い絨毯の敷かれた木製階段をギシギシと上がっていくと、これまた高い天井の廊下を突き当たりまで歩き、不気味に薄暗い一画の、年季の入った扉をギイッと開けた。

 怖い。『出そう』とはこういうところを言うのかと思った。数百年間の染みついた思いが部屋中に満ちているような寒気を感じた。部屋の天井は5メートル以上もあろうか。無駄に高い。唯一の小さな窓から明かりが差し込んではいるが、夜になったらどれほど気味悪いことかわからない。今夜は覚悟した方がいいかも知れないと本気で思った。

 いったんホテルを出て、シエナの街を歩いてみた。1時間も歩けば一巡りできてしまうほどの小さな街だ。街全体が1つの見所のようなものであるが、なんせ小さいので観光スポットとしては数えるほどしか見所がない。そのうちの1つ、ドゥオモ(大聖堂)は強烈である。ファサード(建物の顔となる正面の部分)の一部はレプリカだそうだが、その装飾にかける熱意は大変なものだ。やれる限りやり尽くしました、といった感じだろうか。キリストの教えとは特に関係ないだろうになあ、と思う。

 カンポ広場に座ってしばらく景色を眺めていた。随分と違った世界に来たものだと感慨にふけろうとするものの、若者が多くて落ち着かない。その辺の路地をしばらく歩き回ってから、晩飯のピザを買ってホテルに戻った。貧乏旅行では毎日レストランで食うわけにも行かないので、時々こういう晩飯になるのだが、ピザはうまい。日本では食べたことのないようなものも多く、さすが本場だと思う。だが、太る。

 夜のホテルはいよいよおっかない。部屋の照明はスタンドが2つばかりの薄暗さ。ばか高い天井に自分の巨大な影が揺らめいている。
「この影が2つになったりしたらやだなあ」
 などと嫌な想像を膨らまして、ますますゾッとする。部屋にシャワーが付いていたが、実に古い設備で、あまり心地よくない。頭を洗うときに目をつぶるのが久しぶりに怖かった。寝てしまった方が楽だろうと、日記をつけたらすぐ寝ることにした。電気を消すとそこは暗黒の世界である。何も出ませんようにと祈りながら眠りについた。

 無事、朝を迎えた。窓の隙間から朝のまぶしい光のすじが差し込んでいる。窓を開けると、この日もウンザリするほどの大快晴だ。朝の日差しが部屋の不気味さを一掃していた。本日は、サン・ジミニャーノとフィレンツェへ向かう。

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