出不精が行く!!
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イタリア失業旅行記 〜その6 どこだ!?〜

 ローマ2晩目の宿は、『地球の歩き方』にも載っている良心的なペンショーネ(ペンション)だった。昨夜の半額以下だがとても綺麗な部屋だ。親父さんはイタリアっぽくない物静かな人。という言い方はちょっと偏見が強いかも知れない。イタリア人といえどもみんながみんな馬鹿陽気なわけではないし、誰もが広い通りの両側で大声の会話を交わすわけでもなかろう。綺麗な女性を見ても声をかけない男性だっているだろうし、ましてや、空港で、乗客を乗せたバスの行く手をふさいだまま、平気な顔で延々とおしゃべりを続けている貨物運搬車の運転手のような連中ばかりがイタリア人というわけでもない。冗談を言わない関西人がいるように、物静かで実直なイタリア人もいるのである。とはいっても、イメージとしてはやはりイタリアっぽくない親父さんではある。

 『地球の歩き方』で紹介されているだけあって日本人の客が多い。フロントには日本人の名刺が大量に置いてあった。日本人客が多い宿ということで多少の安心感があると共に、こんな所まで来て日本人と顔を合わせたくはないという思いもある。どういうわけかむしろ後者の気持ちのほうが強い。宿の親父さんとペラペラのイタリア語で談笑していた若い女性2人組の日本人旅行者と顔を合わせたら、なんとなく面白くない気分になった。こちとら、ほぼ100%イタリア語を解さず、おまけに英語さえ達者でない身の上からすると、学生らしき若さにもかかわらず旅慣れた風で、あまりにも余裕シャクシャクな彼女たちの様が私のシャクにさわったらしい。我ながら了見が狭い。しかしシャクなものはしょうがない。

 部屋では浴槽で手ずから洗濯をした。“手ずから”ではすぐ疲れたので、“足ずから”にしてみるとなかなかはかどったが、それでも大変なことに変わりはない。洗濯機の便利さが身にしみた。日本ほどトイレットペーパーが柔らかい国はないと聞くが、実際イタリアのそれはゴワゴワであった。といっても使えない堅さではないし、もちろんあのあたりを傷つける程なわけでもない。これが当たり前と思っていれば特に問題に感じるようなものではない。むしろ日本のトイレットペーパーは柔らかすぎではないかと思った。日本人は必要以上に贅沢をしていると最初に感じたのはこのトイレットペーパーについてだったかも知れない。

 この晩、初めてレストランへ入った。ペンショーネから数軒先に手頃なトラットリアがあったのでやや緊張しながら席に着いた。トラットリアというのは庶民的で比較的安めのレストランである。いわゆるちゃんとしたレストランはリストランテという。私はグルメではなく、食い道楽でイタリアに来たわけではないので、そもそもあまり高いところへ入る予定はない。しかし、イタリアには日本のような定食屋やファミリー・レストラン、あるいはラーメン屋といった店に相当するものが基本的に無く、トラットリアといえども生活者が日常的に訪れるようなところではなさそうであるから、それなりの値段はするのである。ワインも飲んで、前菜からデザートまで一通りをたのめば少なくとも4千円程度は覚悟しなければならない。しかし、貧乏旅行者にとってありがたいことに、多くの店ではツーリストメニューというものが用意されている。要するにセットメニューであり、量はやや控えめだが値段はだいたい2千円以下に抑えられている。それでも毎日食べるにはちょっと高いけれど、ワインもついて、前菜のパスタからデザートまでひととおり味わうことができるのは魅力である。良心的な店ではワインがボトルの半分ほども付いてくることさえある。私は日本ではワインなど滅多に飲まないが、イタリアへ来て本場のワイン(そう高いものではないだろうが)を飲んでみると、そのうまさに感激した。やたら晴れまくっている乾燥した気候の中を一日中歩き回っているために、ワインが一層美味しく感じる。最初は普段日本でやっているように喉の渇きをビールで潤してみたが、どうもあまりピンとこない。いったい何故だろうかと考えてみるに、イタリアのビールが日本のものほど美味しくないということもあるのかも知れないが、どうやらイタリア料理にはビールは合わないようなのである。しかし、そればかりでもない。実は、それ以上に私が強く感じた要因というのは、日本とイタリアの気候の差なのである。ビールは日本のように湿気の多い蒸し暑さの中で飲むのが一番美味しいように思う。逆に、ワインはイタリアのような乾燥した暑さの中で飲んでこそ最高に美味しい。イタリアで飲んだ最高にうまいワインを日本に持って帰っても、きっとそれほど美味しくは飲めないだろうと思った。やはり、その土地で作られ磨かれていったものは、その場所で口に入れなければ本当の美味しさはわからないものだろう。喉の渇きをワインで潤すなんてことは日本では考えられない感覚だが、イタリアの気候の中ではまさにそれこそが当然なのである。ワインが水代わりという感覚がよく理解できた。

 さて、最近はそうした手続きを廃止した航空会社も多くなっているらしいが、『リコンファーム』というものがある。飛行機の予約をしている場合に、「予約どおりに乗りますよ」ということを航空会社の現地事務所に伝えなければならない。それを怠ると、場合によっては予約が取り消されて乗れなくなることがある。ツアーなどで行った場合には旅行会社がやってくれるので気にすることはないが、個人旅行の場合は自分で連絡をしなければならない。というわけで、帰国便について大韓航空のローマ・オフィスへ連絡する必要があった。まだ十日も先のことではあるが、忘れては大変であるし、いくら早くとも別に構わないらしいので、ローマにいる間にリコンファームをとっとと済ますことにした。

 電話を一本入れれば済む話なのだが、連絡先がわからない。そもそもどこにも書いていなかったのか、あるいは電話番号の書いてある書類を日本へ置いてきてしまったのか、とにかく調べる必要が生じた。しかし、調べ方がわからないので、この晩、宿の親父さんに片言の英語で説明すると、彼が電話帳で調べ始めてくれた。ところがどういうわけかわからないのである。大韓航空は世界中どこへいっても『Korean Air』で通じるものだと当然のように思っていたが、いくら捜しても電話帳にそんな記載はない。そのうちそこのシニョリーナ(娘さん)も出てきて調べてくれたが、やはりわからなかった。彼女が困った顔で言うには、翌朝に駅のインフォメーションで調べてもらうのがいいだろうということであった。

 翌朝、ペンショーネを出てテルミニ駅へ行った。その日は10時ぐらいの電車でローマを発ち、いよいよ最初の山岳都市、“オルビエート”へ向かう予定である。早いところリコンファームを済ませてしまいたい。早速駅のインフォメーションに行って訊いてみた。こういうところは片言の英語でも通じる。しかし、『Korean Air』についてはここでもわからないという。ツーリスト・オフィスへ行って訊いてみろと言われた。仕方なしにツーリスト・オフィスへ行こうと思ったら、そのオフィスが見つからない。なんだなんだ、もう。電車の時間もあるのでイライラしてくる。テレフォンなんたらというサービスの窓口を見つけたので、とりあえずそこでも訊いてみたが、やはりわからず。どうすれば調べられるだろうかと尋ねてみたが、それもわからないと答える。まったく役立たずばかりそろいやがって。なんでわからんのだ。空港に行けばKorean Airと大きく書いた飛行機があるだろう。オフィスがあることは間違いないのに、なんでそれが電話帳に載っていないのだ。『テレフォンなんたらサービス』なんだから調べられるだろう、そのくらい。なんとか調べてくれ。そんなことを思っても、相手にはそれ以上やる気もないので、こちらはあきらめて再びインフォメーションへもどった。今度はしっかりとツーリスト・オフィスの場所を聞き、期待を胸に訪れた。さすがツーリスト・オフィスだけあって飛行機会社のリストを持っていた。だが、そのリストにも『Korean Air』の文字はないという。

「なんじゃそりゃ、おい」

 大韓航空はイタリアじゃ潜りなのかと思った。しかし、分からないでは済まないのだ。なんとか食い下がって調べてもらうようお願いした。するとそこのシニョーラ(御婦人)がどこかへ電話して、納得顔でメモをとっている。これは手応えがあったなと思って見ていると、そのメモを私に見せて説明してくれたことには、大韓航空はイタリアでは『Korean Air』とは似ても似つかない名前になっているということであった。それじゃあ、分からなくても仕方ないか。しかし、イタリア語では違っていると言っても、飛行機会社のリストにさえ『Korean Air』の文字がないというのはあまりにもお粗末だろうに。

 オフィスには電話をすれば済むのだが、割と近くのようだし、大事なことなので、片言の英語で電話だけというのは多少の不安があって、オフィスまで歩いて訪ねることにした。ところが、いざ歩いてみると意外と遠い。街並みを眺めながら歩いた。前日に歩いたのとは少し違って、比較的現代的な街並の地域である。それでも日本とは随分異なる部分に気が付く。街には看板が少ないし、そもそも店自体が日本ほど多くない。イタリアにある飲食店なんて、実にヴァリエーションが少ないのである。日本ほど色々なものが美味しく食べられる国はないと聞くが、まさにそのとおりだなと実感する。自動販売機も駅の中などにほんのちょっとあるぐらいで、街頭に立っているものなど皆無である。要するに、とても街が整理されているし、質素である。確かに日本ではすぐに何でも食べられるし買えるけれど、日本という国がいかに物に溢れているか、それも無駄な物ばかりをどれほど大量に消費しているか、その異常さというものをつくづく感じた。

 それから治安の問題で、最近の日本の治安の悪さからするとそう変わらなくなっているのだろうが、警官が機関銃を持って立っているということは、やはりそれなりに危険度が高いのかなと思わなくもない。実際、歩いているとジプシーにも襲われる。まあ、襲われると言えばオーバーだが、懐の金を狙って近づいてくるのである。これについては、リュックを貸してくれた会社の後輩、N島君にも注意を促されていたことであるし、ガイドブックでも警戒を呼びかけている。それが我が身にも起こった。歩いている私の前に3人の女性。ジプシーのおばさん達がテテテテと寄ってきた。目がうつろである。おばさん達は手にボール紙を持っている。それを私の胸へ当てたかと思うと、そのボール紙の下で私の懐へ手を入れようとしてきた。この手口については聞かされていたし、とにかくでかい声で追っ払えと言われていたので、無理に怒った表情を作り、我ながら恥ずかしくなるような大声で、

「NO!」

 と叫び、追っ払うジェスチャーをすると、彼女たちはすごすごと去っていった。なんとも哀れを感じるほうが強くて、別に怒ってもいないし、大声なども出したくはないのだが、だからといってそのまま金を取られるわけにもいかないので仕方がない。しかし、なんだが居心地が悪くて、私はやはり大声とか怒声というものには向かない男だなと思った。

 さて、やっと大韓航空のオフィスに着けば、ものの1分でリコンファームの手続きは済んだ。再びテルミニ駅まで歩いて帰ってみれば、既に予定の電車はいない。大幅に時間を食ってしまった。仕方がないので、ここは予定を変更して“オルビエート”をパスし、いきなり“シエナ”に向かうことにした。ローマとはここで一旦お別れである。

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